永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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いけないこと

 後夜祭の前半戦が、文化祭の延長にあるのは、あたしたちが卒業しても同じ。一般の人達がいなくなるのも同じ。でも今日は違う。

 相変わらず音楽と共に遠くの喧騒の雰囲気がここまで伝わってくる。

 

「優子ちゃん、そろそろ行こうか」

 

 浩介くんがなんの前触れもなくそう囁いてくる。

 

「うん」

 

 後夜祭が始まって5分、あたしたちは相談室を出ることにした。

 もちろん、まだこの学校でするべきことは残っている。

 

「おや、2人とも、早く帰ってください。もう後夜祭の時間ですよ」

 

「あ、小野先生!」

 

 部屋から出ると、タイミング悪く、あたしたちは小野先生と出くわしてしまう。

 

「すみません、永原会長から、稲枝弘子さんのメイド喫茶に寄って様子を見るように言われましたので」

 

 あたしが、正直に理由を説明する。

 やましいことをする後半戦はともかく、前半戦は一応小谷学園に残る大義名分がある。

 

「あ、協会の依頼でしたか。これは失礼いたしました」

 

 生徒と先生という関係ではなくなったためか、小野先生は妙にあたしたちに丁寧な扱いをしてくれている。

 まあ、あたしたちもいい加減子供ではないということよね。

 

「いえいえ、ではあたしたちも急いでいるので失礼します」

 

「失礼します」

 

 2人で軽く頭を下げる。

 

「気を付けてください」

 

 同じく軽く頭を下げた小野先生に見送られ、あたしたちはメイド喫茶のある弘子さんのクラスへと向かう。

 幸い、制服姿なので遠くから見れば不審者に見えないらしく、何とか騒がれることなく弘子さんの教室まで来ることが出来た。

 

「はーい、列に並んでー」

 

 すると、メイド喫茶はあたしたちがしていた時に負けないくらいに大繁盛していた。

 永原先生と弘子さんを軸に、クラスからかき集めた美人を使って特別シフトを組んでいた。

 

「あれ? 篠原先輩、まだいたんですか!?」

 

 近くの男子生徒が、あたしを見とがめる。

 制服の色はあたしたちと同じだけど、もちろんあたしたちは生徒になりすましをしている訳で、時間も時間だから、「今は1年生」はさすがに通用しない。

 

「あーうん、永原会長から、弘子さんの様子を見るように言われたのよ」

 

「え!? 稲枝の様子を?」

 

 男子生徒が驚いている。

 

「あの子、TS病でしょ? あたしたち日本性転換症候群協会は、患者さんが120歳になるまでカウンセラーをつけてるのよ。今は一番近い永原会長が担当しているけど、弘子さんが中学生だった時はあたしの担当だったのよ」

 

 あたしが、経緯をまず説明する。

 男子生徒は一つ一つにかなり驚いていた。

 

「え!? 篠原先輩が、中学の頃の稲枝の面倒を見てたんですか?」

 

「面倒ってほど大袈裟じゃないわよ。ただ、この病気は男には絶対に戻れないし、戻ろうと思ったり中途半端に生きようとすると、精神がすぐにやられて自殺してしまうわ」

 

 TS病の基本的な特徴から分かりやすく話していく。

 

「それを防ぐためには、女性として生きていかなきゃいけないのよ。あたしは弘子さんと一緒に、初めて『女性専用』のスペースに連れていったり、初めての女湯にも入れてあげたわ」

 

「はえー」

 

 周囲で聞いていた別の男子生徒が、驚嘆の声をあげる。

 あたしはその後、この際なのでカリキュラムがどういうものかを説明していく。

 例えば男言葉を使ったりすれば怒られること、その度に自分は女の子だということを繰り返し自己暗示させられることや、カリキュラムの後半には学校生活を送る上での課題もあって、がさつな振る舞いをすればもちろんその都度訂正させ、「私は女の子」と言う暗示をかけさせられたり、男時代の服や本などを、女の子を強調したミニスカートで古着屋さんや古本屋さんに売らなければならないという課題についても話した。

 もちろん、かなり大雑把にだけどね。もちろん、スカートめくりのおしおきのことは話さないでおいた。弘子さん、ものすごい恥ずかしそうにしてて涙目になってかわいかったわ。

 

「それにしても、TS病って大変なんですね」

 

 みんな弘子さんがTS病なのは知っていても、こうした苦労のことは知らない。

 男子たちは感心した風に言い、ある男子生徒は「俺、TS病になったら耐えられないかもしれない」とも言っていた。

 

 確かに、カリキュラムは厳しいものだし、完遂しても表面上女の子になれるだけで、深いところは学校生活などで覚えていかなきゃならない。

 もちろんそのことも、事前に患者さんにも断ってある。

 

 そうこう話していると、列が捌け、あたしたちの番になった。

 

「おかえりなさいませーご主人様ー」

 

 メイドさんが元気な声で挨拶していて……って弘子さんじゃない。

 

「ご主人様、お嬢様、こちらへどうぞ」

 

「お、おう」

 

 弘子さんが、浩介くんとあたしを引っ張っていく。

 うーん、あたしがメイドした時よりも、こなれている感じさえするわね。

 女の子歴でいえばあの時のあたしのほうが短かったとは言え、うーん、何か悔しいわ。

 

「ご注文、お決まりでしたらどうぞ」

 

 弘子さんが、注文メニューを出してくる。

 

「ホットコーヒーにハムサンドで」

 

 浩介くんが即答する。

 

「えっと、オレンジジュースとバタートーストで」

 

 あたしも、後ろがつかえているので空気を読んで早めに決断する。

 

「ご注文承りましたー、ホットコーヒー、オレンジジュース、ハムサンドバタートーストでーす!」

 

 弘子さんが厨房に向かってメニューを注文する。

 そしてまた、目まぐるしく応対する。

 かなりの繁盛ぶりなためか、本来もういないはずのあたしたちがここにいることに違和感を話す会話はない。

 あたしは、永原先生の言いつけ通り、弘子さんの様子を見て回る。

 弘子さんはあたしではなく、暇があれば厨房の方ばかりに視線を写していた。

 ふふ、気になる男の子が、あの中にいるのね。

 

「お待たせしましたーこちらがホットコーヒーにハムサンドになります」

 

 弘子さんが、両手にトレイを持って浩介くんの手前にお皿を出してくれる。

 

「こちらがオレンジジュースにバタートーストです」

 

 そして続いてあたしにも、注文したメニュー通りのものを渡してくれる。

 あたしたちは、弘子さんに「ありがとう」と言い、食べ始める。

 混雑が激しいので、「観察」という名目で長居するのもしにくい。

 メイド服姿の永原先生も、5年前と同じように忙しそうに対応に追われていた。

 

「懐かしいなあ。あのメイド喫茶、俺が最後のお客さんだったんだよな」

 

 浩介くんがハムサンドを飲み込んでから話す。

 

「うん、そうだったわね。あたしがコーヒーを淹れたんだっけ?」

 

 そう、浩介くんがあのコーヒーを飲み終わって、後夜祭の前半戦が終了したんだったわ。

 

「そうそう、あの時最後のご主人様になった時に、俺は初めて、本当の意味で『主人』になりたいと意識したんだ」

 

「ふえ!?」

 

 突然の浩介くんの告白に、あたしはぼんっという音がしそうな勢いで顔を真っ赤にする。

 つまり、あの後夜祭の時に、浩介くんはもう、結婚まで意識していたのね。

 

「あーいや、初めて『結婚を意識した』ってだけで、本当に『もう引かない。俺は絶対優子ちゃんと結婚する』って決意したのは春休みの遊園地の時だよ」

 

 浩介くんが慌てた様子で弁解する。でも、そんな風に秘密を暴露されるだけで顔がどんどん赤くなっていく。

 確かに、高校2年生が終わって、3年生までの春休みの時に行った遊園地デートをきっかけに浩介くんは彼氏から婚約者へと変わったと思う。

 何だろう、雰囲気が雰囲気だからかもしれないけど、今日は何だか過去を振り返ってばかりだわ。

 まあ、たまにはそういう日も必要よね。

 

 

「ふう、ごちそうさま」

 

「うん、ごちそうさま」

 

 コーヒーが熱かったのもあって、あたしと浩介くんはほぼ同時に食べ終わると、レジに行って会計を済ませた。

 ……あれ? 永原先生の姿が見えないわね。

 ともかく、外に出ようかしら。

 

「あ、篠原さん、稲枝さんはどうだった?」

 

 外で列整理していた永原先生が、あたしたちを呼び止めた。

 

「あーうん、厨房の方をずっと見つめてたわ」

 

 あたしは、弘子さんの様子を永原先生に報告する。

 

「そう、じゃあ大体の目星はついたわね。ふふ、稲枝さんの恋、実るといいわね」

 

 永原先生が、頬に手を当てて優しそうな表情で微笑んでいた。

 やっぱり、永原先生も恋話が大好きな女の子なのよね。

 

「ええ」

 

「さ、篠原さん、そろそろまっすぐ帰ってね。小谷学園は自由な校風だけど、部外者に対しては話は変わってくるわよ」

 

 朝のこともあったのか、永原先生が釘を刺すように注意してくる。

 

「分かってますって」

 

 幸い、制服着用中なのでパッと見では不審者とは思われないけどね。

 

「行こう、優子ちゃん」

 

「ええ」

 

 あたしは浩介くんの後ろをついていき、校舎の外に出た。

 

 

「なあ、優子ちゃん」

 

 校舎を出てすぐ、浩介くんがあたしに話しかけてくる。

 

「ええ、このまま抜けるわけにはいかないわ」

 

 まだ後夜祭の前半戦だけど、意外とメイド喫茶に居座った時間が長かったため、時間的にはそろそろ後半戦へと入る。

 そうなれば、全校生徒と先生は校庭に集められ、そこでカードゲームやボードゲームをすることになっている。

 

 あたしたちは進路を変え、部活棟に忍び込む。

 ここからは完全に「逸脱行為」だ。

 

「とりあえず、トイレに隠れましょ」

 

「ああ」

 

 あたしたちは話し合いの結果、後夜祭後半戦が開始して5分後まで、部活棟にあるトイレの個室に、それぞれ入ることにした。

 ほとぼりが覚めたのを見計らい、あたしたちは行動を開始することにした。

 トイレに入る前に、一旦部活棟の鍵を確認する。うん、あの時と同じ、中からは脱出できるわね。

 

 まあ、後夜祭の後半戦が終わるまでの時間で、ことを済ませれば大丈夫なはずだわ。

 

「よし、じゃあ何かあったら携帯で」

 

「うん」

 

 あたしたちは男子トイレと女子トイレの分かれ道で別れる。

 トイレの個室の中で、一番奥に座る。

 

 そうだわ。お漏らししないように、今のうちに済ませちゃおう。

 そう思ったあたしは、制服のスカートをベロンとめくりあげ、パンツを下ろして便座に座る。

 

「ふー」

 

 音姫を鳴らしながら、あたしはそのままその場でやり過ごす。

 生徒会長さんの、「後夜祭後半戦がまもなく開始」という放送から、どたばたと部活棟が揺れ始め、後片付けを終えた部活から多くの人の話し声と共に移動していくのが見える。

 このトイレにも何人かが入ってきて、あたしの中での背徳感がいっそう高まっていく。

 小谷学園は極めて校則が緩く、こうした露骨に「いけないこと」をするのは高校生活でもなかった。

 いや、後夜祭の後半戦は、こうした行為をするカップルが後を絶たないという噂さえあった。

 今のこの背徳感も、あたしたちがすでにいてはいけない卒業生だからというのもあると思う。

 

 やがて後夜祭後半戦開始のアナウンスが聞こえ、3分後には完全に静まり返ってしまった。

 アナウンスから5分後、浩介くんとメールでやり取りし、トイレを流してあたしは浩介くんに合流する。

 

「よし、どこに行くか?」

 

「うーん、天文部室……かな」

 

 あたしは、とっさに思い付いた場所を言う。

 

「うっ」

 

「あそこは部活棟の最奥部だし、何より思い出の場所だもん」

 

 そう、最奥部なら、あたしの大きな声が校庭に響く危険性は低い。

 屋上も安全度は高めだけど、夜の音の通りのよさを勘案するとあまりよくない。

 

「ああ。分かった」

 

 あたしたちは、天文部室へと歩を進める。

 天文部室に行くまで、これほどに緊張した経験は他にない。

 桂子ちゃんに初めて連れていかれた時以上だ。

 

「空いてるといいわね」

 

「ああ」

 

 後は、部室に鍵がかかっていないことを祈るしかない。

 あたしは、意を決してドアを開けようとする。

 

  ガチャッ

 

「あら、閉まってるわね」

 

「ああ」

 

 やっぱり、用心深かった。

 あたしたちは部活棟を出て今後について議論する。

 

「な、なあ」

 

「ん?」

 

 今度は浩介くんから提案があるみたいね。

 

「教室、2年2組の教室は、どうだ?」

 

「う、うん」

 

 うん、そこにもたくさんの思い出があるものね。

 あたしたちは、真っ暗な校舎を、5年前と同じように進む。

 あの時は中庭を、そして今は2年2組の教室を目指す。

 

「浩介くん……」

 

 あたしの中で、緊張と興奮が高まっていく。

 あたしが女の子になってから、学校の中で規則違反をしたことがなかった。いや、しようがなかったとも言える。

 でもこれからすることは、どう考えてもよくないことで。

 童心に帰るだけじゃない。あらゆる感情があたしを渦巻いていた。

 そんなことはつゆ知らず、校庭から聞こえる後夜祭の喧騒と、人々の声が妙に生々しく聞こえてきた。

 

 もしかしたら、他にこういうことをしているカップルもいるかもしれないけど、あたしたちは何一つ考えられずにいた。

 誰にも遭遇することなく、あたしたちは教室の前に来ることが出来た。

 

  ガララララ……

 

 教室の扉は、開いていた。

 あたしたちは念のため、扉を閉めてカーテンも閉め、内側から扉の鍵をかける。

 

「優子ちゃん……本当に、いいんだな?」

 

 浩介くんがまた、確認するように言う。

 

「ええ、来て……浩介くん……」

 

 月明かりと校庭の明かりだけを頼りに、あたしは唇を前に突き出してキスをせがむ。

 

「んっ……」

 

「ちゅるっ……じゅうっ……ちゅぱっ……」

 

 あたしの興奮が、一気に高まる。

 破裂するほどに心臓がドキドキする。

 いつもそうだったけど、今日の興奮度は比較にならないほどに高い。

 

「じゅううっ……じゅぅ……ぷはっ……」

 

 とろりとした目つきであたしと浩介くんの唾液の混合糸が垂れていく。

 あたしが血を吐いたところも影も形もなく、ロッカーも別の生徒のものになっている。

 

「優子ちゃん、ほら」

 

 浩介くんが椅子を差し出してきたので、あたしも座る。

 そこはそう、あたしが2年生の時の座席位置で――

 

「よく覚えていたわね」

 

 浩介くんの記憶力に、半ば唖然としてしまう。

 

「優子ちゃんこそ」

 

「ふふっ」

 

 自然と笑みが溢れる。

 

  ぺろっ

 

「やだっ……」

 

 浩介くんにスカートをめくられ、パンツに手が伸びてくる。

 月と校舎の明かりで、あたしのパンツがいやらしく光っている。

 

「優子ちゃん、かわいいよ」

 

「浩介くん恥ずかしい……」

 

 どうしても、これに慣れることはない。

 特に制服のスカートはめくりやすいというのもあるわよね。

 

「優子ちゃん、今からもっと恥ずかしいことするんだよ。この思い出の教室で」

 

 浩介くんがあたしの耳元で息を吹きかけながら囁いてくる。

 

「うー、言わないで……」

 

 顔を真っ赤にしながら、あたしはうずくまる。

 もーだめ、興奮しすぎて頭がおかしくなっちゃいそうだわ。

 浩介くんに主導権を終始握られながら、あたしたちは制服姿で、秘密のイタズラをした。

 

 

 

「ふう、これでよしっと。急がないと」

 

「ええ」

 

 立つ鳥跡を濁さずというからには、あたしたちは原状復帰をさせ、素早く教室の扉を開けて裏口から逃げた。

 幸いなことに、この時間にあたしたちと相対した人はいない。

 どうやらあの時の出来事は、秘密にできそうだった。

 

 あたしたちは、後夜祭の参加者よりも少し早く、家に到着した。

 

 

「「ただいまー」」

 

「おかえり、2人ともどうしたの? 遅かったじゃない」

 

 遅い時間に帰ってきたためお義母さんに心配されてしまう。

 まあ当然よね。

 

「あーうん、弘子さんの都合で、ね」

 

 嘘は言っていない。

 ちなみに、お義母さんも弘子さんのことは知っている。

 

「あー、うん。それよりも、明日の月曜日、ちゃんと準備しなさい」

 

「分かってるって」

 

 制服を着ていると、どうしても高校生に見えてしまう。

 ましてやあたしも浩介くんも、他の人とは年齢の進み方が違う。

 名残惜しかったけど、あたしはこの制服に新しい思い出を加え、パジャマへと着替えていった。

 

 

 小谷学園の文化祭は思い出に残ったけど、反対に佐和山大学の学園祭は、あたしは腹痛で気分が悪くなってしまった。

 それでも、大学生としては最後の学園祭なので、浩介くんに介抱してもらいながら出席することが出来た。

 といっても、大半は天文サークルと蓬莱の研究棟で時間を潰した。

 もちろん、体脂肪率を極端に下げたり、体重を極端に痩せ型にすればこれも止まるらしいけど、そうなったら子供を作れなくなるので、そういったことは絶対にしたくない。

 辛いけど、それでも赤ちゃんのためと思えてくると、それだけでも全く気分が違った。

 そうよね、やっぱりこれが、あたしの中の「母性」なのかもしれないわ。


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