永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
小谷学園と佐和山大学の文化祭が終わった11月、あたしは卒業論文をまとめ上げ、一旦蓬莱教授に論文を見てもらうことにした。
不老に関するメカニズムについて、徹底的に調べ、これまでの学部での4年間では学びきれなかったこともふんだんに取り込んだ。
蓬莱教授が記者会見などで発表したことの根拠になっている論文にいくつもアクセスした。
これらは、資料庫に常時入れたことが大きく幸いしたと思う。一応上層部以外にも、あるいは大学の図書館にも資料はあるけど、やっぱり蓬莱教授の研究の深層を知るにはこっちに立ち寄る必要も会った。
浩介くんは、まだ卒論を書ききってないので、そういう意味でもあたしの勝ちだわ。
まとめ上げるには図表も含めA4で30枚程度、カラー印刷すれば大丈夫だ。
で、蓬莱教授に持っていったんだけど――
「優子さん、君、本当にこれを学部の卒業論文だと思って作ったのかい?」
蓬莱教授が、物凄く驚いた顔をしていてこっちが面を喰らってしまった。
「え!?」
蓬莱教授の言っている意味が、よく分からないわ。
しばらく固まっていると、根負けした蓬莱教授が大きく息を吐いて論文を見ていた顔を上げてこちらを見つめてきた。
「これ、修士論文だと言われても、俺は2つ返事でOKを出す代物だよ。さすがに博士論文ならいくつか不十分だからやり直しだと言うが、学部生がこのレベルの論文を出すこと自体、驚嘆ものだよ」
蓬莱教授は、心の底から驚いているという顔をしている。
確かに、TS病はあたしも当事者の病気だから馴染み深くモチベーションも高いとは言え、知らず知らずのうちにそんな大それた論文を作ってしまったことは驚きだわ。
「優子さんは、今も協会の仕事などもあるんだろう? 大学の修士は忙しい。これは卒業論文にはもったいなさすぎるから修士論文にとっておくといい。大丈夫だ、成績判定もこの論文を基準にするように融通は図っとく。あーもちろん、この論文も修士で出すにしても2年の間に手直しはしてもらうがね」
蓬莱教授が冷静にあたしの将来のことを話してくれる。
でも、これを修士にとっておくということは、もう一個論文を書かないといけないという意味で、後4ヶ月しかない。
「ああ、心配しないでくれ。前にも言ったかもしれないが、大学の教授なんてのは俺も含めて卒業論文ごときに大した期待をしていない。いやむしろ、そうだからこそ、優子さんのこれは飛び抜けて優秀に見える……無論、それを差し引いてもこれが修士論文のレベルに達していることは、否定しないがな」
蓬莱教授が冷静に、あたしの評価を下していく。
あたしにとっては、あまりにも急転直下な事実に未だに気持ちの整理ができてない。
「やはり、俺の見立ては正しかった。優子さん、やはりあなたは天才と呼ぶにふさわしい人間だ。どちらかと言えばそう、本来の優子さんは多くの凡人たちではなくて、例えば多くの大学教授たちや……俺のようなノーベル賞学者、そういった方の側にいるべき人間だったんだよ」
蓬莱教授が確信を持った目つきで言う。
あたしには現実感がつかめない。
いや、以前からそういう伏線はあったと思うし、実際同じようなことを以前にも言われたことは何度かある。
それでも、改めて言われると、嬉しさよりもショックのほうが大きい。
あたしが普通とは違うのは、TS病になってから嫌というほど思い知らされてきたけど、それでも、こんな「異常の塊」のような人から言われると、改めてとっても衝撃的だわ。
「そこでだ。さっきも言ったように、これを卒論に使ってしまうのはあまりに惜しい。実際、大学の学部過程を大きく超えた内容もいくつもあるんだ。そこで今からもう一つ別の論文を作るといい」
「はい」
蓬莱教授がさっきと同じ話をしてくる。
多分、蓬莱教授からすればあたしのことを天才だと思っていたんだけど、まさかこれほどとは思っていなかったんだと思う。
「何。気負わなくていいよ優子さん、卒業論文に求められるレベルは優子さんが作ったこの論文より遥かに低い代物だ。翻ってこの論文は修士論文の中でもレベルは高い方だ。だから今から作る卒論にはもっと簡単なテーマ、そうだなあ……TS病をテーマにするなら――」
蓬莱教授は、よっぽどこの論文を修士課程の時にとっておかせたいらしいわね。
代わりに、あたしに課したテーマは「TS病患者の治療方法」だった。
つまり、あたしと幸子さん、そして大学にあたしがは言って以降の患者の自殺者のことや、「明日の会」がすぐに自殺へと至ったことなどから、正しいTS病患者の治療法の実績をまとめなさいということだった。
凝り性にならないように配慮するためか、分量はこの論文の半分程度でいいとのことだった。
確かに、それなら4ヶ月も必要ないわね。
いや、2日もあれば完成するかもしれないわね。
こうして、あたしは今から意図的に「手を抜いた」卒業論文を書くことになった。
このことを浩介くんに指摘したら「やっぱり優子ちゃんは頭がいいんだよ。蓬莱教授が言っていたこと、本当かもしれねえぞ」と言っていた。
おそらく、浩介くんが言いたいのは5年前の水族館のことだと思う。
あの時、蓬莱教授は「優子さんはいつか佐和山大学で偉大なことを成し遂げる気がする」と言っていた。
学部生の身分で、既に修士論文のレベルのものを、しかもほとんど周囲の助けも借りずに書くことが、どれほどに凄まじいことかはあたしだって、いやそれこそバカにでも分かる。
それと同時に、あたしの博士課程行きも、ほぼ決まっただろう。
でも、修士の2年はともかく、博士は更に3年が必要になる。
そこから就職して今から更に6年後となると、あたしの義両親も定年退職が近くなる。
その時のことも、考えないといけない。
もしかしたら、ここで教鞭をとるのかなあ、なんてことさえ考えてくるけど、さすがにそこまでの未来はあたしには分からない。
今は好景気が続いているけど、5年後はさすがに景気が悪くなっていくんじゃないかと思う。
そうなると、博士余りとも言うし、就職が辛いかもしれないわね。
ともあれ、あたしは日本性転換症候群協会広報部長を退いたわけではないから、他の学生よりも忙しいことには変わりはない。
新しい患者さんのケアについても、最終試験前の今は2人とも落ち着いているため、場合によってはあたしに白羽の矢が立つこともある。
政府との調整も相変わらず続くのであたしにとっては忙しい日々になることに違いはないわね。
「和邇先輩、どう思います?」
「どう思うって言われましても。俺は修士の論文で四苦八苦してるのに、学部生の優子さんがもう修士レベルの論文書いちゃったとは。手抜き論文と言われても……うーん、悪いけど力にはなれそうにないですね」
和邇先輩に、「いい手抜きの方法」を聞こうとしたけど、要領のいい回答はもらえなかった。
おそらく既にあたしの学力が和邇先輩を追い抜いてしまったのかもしれないわ……ってそれはさすがにないかしら?
さて、こうして順風満帆なあたしたちは、残りの大学生活を存分に満喫するはずだった。
あたしと浩介くんが、内部推薦での大学院進学も決まっていて、11月下旬に行われるのが龍香ちゃんの結婚式だ。
あたしたち2018年度小谷学園3年1組卒業生の中では、あたしと浩介くんに続く2番乗りの結婚になった。
最も、付き合いの長さで言えば、龍香ちゃんの方が先になるんだけどね。
「優子ちゃん、他の人の結婚式に行くときは、装飾品をつけたり、過度な飾りつけはダメよ」
「はーい」
龍香ちゃんの結婚式位に招待されたあたしは、お義母さんの指示に従って、当日のコーディネートを考える。
あたしの結婚式の時も、幸子さんが少し派手な服を着てきただけで、他の子は地味な服が多かった。
あたしの場合、頭の白いリボンは、これがないと下手すると認識してもらえない危険性があるのでそのままで、服装は黒いタイトのロングスカートに、トップスも黒い服で胸もなるべく目立たないようにする。
純白の花嫁の龍香ちゃんを引き立たせるには、やっぱり黒くて地味な服がいいかしら?
「うー、難しいわね」
いつも頭につけている白いリボンも、いつもよりずっと小さいのを選んでいたけど、それがあってもなくても、あたしの顔と巨乳はどうしても目についてしまう。
龍香ちゃんも、彼氏にたっぷり調教されたのか、高校在学中に比べてもかなりの美人になったと思うけど、それでもあたしと比べると劣ってしまうのは否めない。
とにかく、結婚式は明日になる。
それを考えると、あまり悠長に構えてもいられないのよね。
「んー、まあこれでいいわね」
さすがに、これだけ地味ならウェディングドレスの龍香ちゃんには負けると思うわ。
あたしも着たことあるから分かるけど、とにかく花嫁ってきれいだし。
ともあれ、お義母さんに見てもらおうかしら。
ガチャッ
「お義母さん、どう……かな? これなら噛ませ犬になれるかしら?」
部屋をて、お義母さんのいるリビングに行く。
「うーん、まあ優子ちゃんだからしょうがないわね」
お義母さんは、少しだけため息をつきながらも了承してくれた。
あたしの素材があまりによすぎて、これ以上地味にしようとすると、マスクをつけるとかそういう方向性に攻めていくしか無くなってしまうのよね。
うーん、露骨過ぎる手段を取らず、かつ意図的に「ブスになる」ってのも難しいわね。かわいくて美人で損するってのも珍しいわ。
ともあれ、これで浩介くんと一緒に行く結婚式の準備はできたわね。
翌日、龍香ちゃんの結婚式場は、あたしたちの式場とはまた違っていた。
婚姻届は前日に出したらしく、学生証とかを新姓に変える準備をしているそうだ。
どうして卒業と同時にしなかったのか聞いてみたんだけど――
「いやー、実は卒業と同時に結婚しようと思ったんですけど、彼の姓で学生生活送ってみるのも楽しいかなあ何て思っちゃいまして!」
というのが龍香ちゃんの弁だった。
まあ、気持ちは分かるわ。
あたしも、この前弘子さんと会うついでに浩介くんと制服で学園祭を回ったけど、「篠原優子」としての学校生活も、ちょっとだけ恋しくなった。
まあそれでも、卒業式の日に結婚式をして、初めても奪われる体験に比べたら、あの形での結婚がベストだったのは分かるし、後夜祭の時にもその体験をちょっとだけさせてもらったので、あたしにとって思い残すことはない。
あたしたちは、結婚式場へ行くために電車に乗る。
うーん、やっぱり胸への視線を感じるわね。
「優子ちゃん、やっぱ花嫁のためにも晒し巻いた方がよかったんじゃねえか?」
浩介くんが、相変わらず胸に視線が集まるあたしに対して、半ば呆れ気味にそう話す。
「あはは、でもさすがにそれは……あたしと認識されなくなっちゃうし」
この大きな大きな胸を小さく見せるのは、あたしにとってはとても辛いことだわ。
あたしが和服を苦手としているのも、晒しを巻かなきゃいけないことが大きいもの。
「だよなあ……」
浩介くんがそう呟いたことで、この話は無しになった。
「よし、ここだな」
龍香ちゃんの結婚式場は、あたしたちのよりも小さかった。
まあ、あれはかなりの人数が参加してたものね。
それでも、小谷学園の卒業生なども多く参加していて、一般的な結婚式よりは人が多いかもしれない。
あたしたちは、受付を済ませると、招待客の枠として、中へと通される。
「おお、篠原夫妻のご登場だぜ!」
高月くんが第一声。
それと共に、控え室が湧く。
同窓会で会った卒業生たちも、あたしたちに注目しているようだった。
「うー、やっぱり優子ちゃんを射止めた篠原は幸せもんだよなあ──」
「うんうん、あれで確か、家事もうまいんだろ?」
「本当、理想の嫁だよなあ。今日だって花嫁より目立たなきゃいいけど」
元クラスメイトの男子たちが、あたしと浩介くんの噂をしている。
うーん、確かにあたしが目立っちゃったら結婚式の意味がないし、あたしたちのテーブル、式場の端になってくれるといいけど。
もし新郎新婦のすぐ近く何てなったら、龍香ちゃん絶対嫉妬しちゃうだろうし。
まあ、さすがに事前に式の人に言ってるわよね。
その後もクラスメイトの他、大学に入ってからの龍香ちゃんの友人と思われる女性も何人か参加していて、同じ佐和山大学のはずなのに向こうはあたしたちのことを知っていて、こっちは知らない。ということが頻発した。
「うー、やっぱりあたしたち有名人なのねえー」
「そりゃあそうだろ、佐和山大学で俺たちのこと知らない学生がいるか?」
あたしがややうんざり気味になっていると、浩介くんが冷静に突っ込んでくる。
やはり蓬莱の薬を普及させる際にあれこれメディアに出たのが聞いているわね。
さすがに、政府との交渉までやっている事実は漏洩してないけど、万一世に知られたら大変なことになるわね。
ガララララ
「あら、みんな揃っているわね」
そして次に控え室に入ってきたのは、レディーススーツの永原先生だった。
「永原先生、お久しぶりです」
「お久しぶりです」
小谷学園の卒業生たちが、我先にと挨拶しに永原先生の元へ殺到する。
やはり美人で童顔の先生、しかもTS病で容姿が全く変わらないとあって、在校生だけではなく卒業生からの人気も高いわね。
あたしにとっては、この前の学園祭の時の他に、定期会合での再会があるので、「久しぶり」というものではなかった。
でも、他の卒業生たちにとっては、永原先生に会う機会なんて言うのはそうそうないのよね。
永原先生があたしたちと同じ席に座ると、結婚式場はさながら同窓会の様相を見せてきた。
そして、更に遅れて桂子ちゃんが達也さんを連れて会場入りする。
卒業生たちも、「まだ関係が続いててよかった」という顔をする。
桂子ちゃんも、そして今回の龍香ちゃんも、更に言えばさくらちゃんも、男子の気持ちをきちんと分かって、合わせようとしている女の子はきちんと長続きする。
それに対して──
「はー」
ため息をついていたのは恵美ちゃんと虎姫ちゃんだった。
恵美ちゃんの方はロンドンから帰ってきたばかりと言うことだけど決勝戦で久々にツアーファイナルの優勝を逃したと言うこともあって不機嫌そうだった。
「虎姫ちゃん、どうしたの? 元気ないわよ」
シーズンが終わって疲労のたまっている恵美ちゃんの方はともかく、虎姫ちゃんは精神的にも元気がなさそうだった。
「いやーね、私、どうしても彼氏と長続きしないのよ。優子だけじゃなくて、龍香も結婚だし、桂子もさくらも長続きしてるし、どうしてなのかな?」
虎姫ちゃんがあたしに恋愛相談を持ちかけてくる。
「虎姫ちゃん、ちゃんと男心を分かってる? どんな人が好みなの?」
「えー、うーん……えっちなのがあんまり好きじゃなくて、自制心ある人がいいかなあ……後、デートおごってくれる財力があって、私にあれこれ役割を求めない人で──」
あー、それじゃあやっぱり長続きしないわね。
元男だからなおのこと求めすぎだって分かるわ。
「虎姫ちゃん、そんなの求めたら、あたしレベルでも長続きしないわよ」
間違いなくあたしでもそんな彼氏や旦那を求めたら売れ残って行き遅れる自信あるわ。
浩介くんだって素敵な男性だけど、きちんとあたしに対しても求めるところは求めるわけだしね。
「ええ!? そうなんですか!?」
虎姫ちゃんはビックリした顔をする。
やれやれ、先が思いやられるわ。
「当たり前よ。男の子だって女の子に好かれたいから女の子の好みに合わせてはくれるけど、限界があるわよ。そんな何でもできる男の子なんていないのよ」
あたしが、顔の前で人差し指を上げて言う。
何だか昔を思い出すわね。
「うー、相変わらず優子の説得力は半端ないですよ!」
虎姫ちゃんが少し悔しそうな表情をする。
やはり、女の子になって、もう5年になるけど、それでも男の頃の17年近い人生に比べれば、まだ3分の1程度にしかなってない。
もちろん、幼い頃の記憶は薄れているから、それも含めればもう少し格差は縮まるかもしれないけどね。