永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「ふう、こんなところかしら?」
佐和山大学は、元々大学なので校則も何もないけど、小谷学園の影響もあってか、かなりフリーダムな空気がある。
今日の卒業式も、「堅苦しい服装はしなくていい」というお達しが大学の方からわざわざ入っていた。
3月初旬は徐々に冬から春の陽気になっていて、あたしも防寒ばかりに気を遣う必要はない。
そこで選んだあたしの服は、Yシャツに茶色のジャンパースカートだった。
これにぬいぐるみさんを抱き締めれば、かなり幼さを強調できる、あたしのお気に入りの服で、浩介くんと始めてデートした時にもお世話になっている。
「おはよー」
「お、優子ちゃんおはよう」
浩介くんも、ラフな格好で決めている。
意図した訳ではないけど、5年前に2人でデートした時とほぼ同じ組み合わせだった。
さすがに浩介くんの私服は色々と入れ替わっているらしいけど。
うーん、この服もだけど、あの赤い服もお気に入りだし、そろそろ同じ服を買おうかしら?
「今日は卒業式か?」
お義父さんがコーヒーを飲みながら聞いてくる。
「うん」
「優子ちゃんたちもいよいよ大学卒業かあ」
お義父さんが遠い目をして、いかにも「月日はあっという間」という感じに話す。
この卒業式が終われば、あたしたちは結婚記念日というイベントを経て4月から始まる修士課程に備えることになる。
そういう意味で、あたしにとってあまり卒業という感じはしない。
「優子ちゃんも変わったわね」
お義母さんが小さな声で呟くように言う。
「そうかしら?」
あたしには、あまり自覚はない。
「ええそうよ、優子ちゃんが結婚したばかりの頃は、まさか優子ちゃんが人類と地球の将来まで担って、総理大臣を含めた政府との交渉パイプになるだなんて、夢にも思わなかったわよ」
お義母さんの深い深い言葉。
確かに、蓬莱教授の研究に加わるということはそう言う要素もあるということだったけど、あたしは分かっていても、その重大さから目を背けてきたのかもしれない。
「うーん……あんまり自覚がないのよね」
だから、あたしはまだそのことについてイマイチ自覚することができない。
確かに、事実だけ述べればとんでもないことだけど。
「どうして?」
お義母さんは当然疑問に思うわよね。
「それはね──」
あたしはお義母さんに、1つ1つ説明していく。
それは、今の地位も、偶然が重なってのことだと言うこと。
あたしがTS病になったこと、浩介くんと林間学校で実行委員になれたこと、永原先生が勇気出してあたしを正会員にしてくれたこと、そして蓬莱教授の力添えや、高島さんの取材など、多くの幸運があって、今の地位があると思う。
「優子ちゃんの言いたいことは分かったわ」
お義母さんが顔を伏せる。
「でも、それって全部運と環境のせいだけなのかしら?」
「え!?」
お義母さんが面白いことを言う。
確かに、運と環境のせいだけじゃない。
あたしが正会員に選ばれたのだって、あたし自身の努力も多くあったからなのは間違いないし、大学に入ってからだって、最終的に政府と蓬莱教授、協会の橋渡し役になったのも、あたしの実力とも言えるのかもしれない。
「もちろん、運が良かったときもあったと思う。それでも、優子ちゃんは誇っていい実績を、既にあげているわよ」
「うん、そうよね」
お義母さんの声を聞き、あたしは気持ちを新たにする。
家から出たあたしはいつものように浩介くんと一緒に歩いて佐和山大学に行く。
どうやら、この習慣は大学院になっても続きそうだわ。
「ふう、混んでいるな」
「あはは」
この時間帯、どうしても行きは混雑してしまう。
他の年次の学生は春休みで来ていない。
大学の中は閑散としているが、卒業式場だけは混雑している。
ちなみに、卒業式の会場は入学式と同じだった。
大学の卒業式と言えば、何と表現していいか分からない独特の服装があるけど、ここ佐和山大学ではそういったことはない。
「お、優子さん、浩介さん、おはよう」
蓬莱の研究棟の前を歩いていると、蓬莱教授に声をかけられた。
卒業に対する祝辞の言葉は特にない。
まあ、早い段階から進学が決まっていたというのもあるけどね。
「蓬莱教授、おはようございます」
「おはようございます」
あたしと浩介くんも、いつものように軽い感じで挨拶をする。
蓬莱教授には、大学在学中どころか、大学に入る前からお世話になってきた。
最初にお世話になったのは、林間学校の部屋割り問題の時だったわね。
もしかしたらあの時点で、あたしの才能を感じる所があったのかもしれないわね。
今回あたしたちがもらうのは、「卒業証書」ではなく、「学位証」と呼ばれるもので、大学卒業はいわゆる「学士」となる。
一応再生医療が専門と言うことになっているので、あたしたちの学位は「学士(医学)」となる。
あたしたちは蓬莱教授と別れ、前方に張り出されている学籍番号から、所定の座席を見つけて並ぶ。
あたしたちは、夫婦と言うこともあり、学籍番号も隣り合ってて、席も隣同士になる。
これは、半年に一度ある試験の時や、実験のような座席指定の講義の時も同じだった。
「また隣だな」
「うん」
卒業式ともなると、自由な服といってもやはりみんなきちんとしたがるわけだけど、そうなってくるとあたしはやっぱり浮いてしまう。
まあ、あたしの場合、地味な格好すると痴漢に狙われる危険性があるという、割りと切実な問題もあるので、周囲も理解はしてくれているけどね。
女の子になって、雰囲気も正反対になったって話だし。
「えー皆さん、おはようございます」
学長さんが、国旗と校旗が掲揚されている壇上に上がって挨拶する。
どうやら、時間になったみたいね。
「ただいまより、2022年度、佐和山大学学位授与式を開始いたします。始めに、国歌、校歌斉唱です。ご起立ください」
年はもう2023年だけど、今は3月なので、年度は2022年になっている。
はじめに、起立して国歌と校歌の斉唱ってことになってるけど、校歌なんて一度も歌ったことがなく、周りの学生も、国歌に比べて明らかに声が小さい。
学長さんも、少し動揺しつつ、次のスケジュールである来賓挨拶に入る。
「えー来賓は、小谷学園教諭であります永原マキノさんです」
って、来賓って永原先生なのね。
いつものレディーススーツ姿の永原先生が壇上に上がり、学長さんと入れ替わる。
「えー佐和山大学の卒業生の皆様、ご卒業おめでとうございます。永原マキノです。佐和山大学の蓬莱先生の研究に対して、私たちも多くの支援を行っておりましたが、皆様も、ここで学んだことや蓬莱教授のことなどを、社会、あるいは進学先の大学院で十分にいかしてください。以上です」
パチパチパチパチパチ
永原先生の演説が終わると、会場からは拍手が漏れ出る。
永原先生が元の来賓席に戻ると、この次のスケジュールが蓬莱教授の挨拶になる。
「えー皆さん、ご卒業、おめでとうございます。在学中は、蓬莱の研究棟に対しまして、多くの学生の皆様からの支援と支持をいただき、大きな支えとなりました」
蓬莱教授が述べたのは、自らの研究に対する感謝の言葉だった。
やはりこういうところでも、全くぶれないわね。
「現在、日本の世論調査では、我が不老研究を支持する声は97%以上にも達しております。しかし、逆に言えば、残る3%は、まだ態度を決めかねていたり、あるいはこの期に及んで我が研究を支持しないとしている人間もいると言う意味でもあります」
蓬莱教授は完璧主義者らしく、残りの3%を取り込みたくて仕方ないらしい。
まあ、不老の薬を完成させたいなら、完璧主義者じゃなきゃ勤まらないもの。
だって、副作用の時点で、既にノーベル賞が幾つも取れちゃうレベルの発見で、既に蓬莱教授はノーベル賞の有力候補になっている。
「皆さんにおかせられましては、蓬莱教授に対する言われなき誹謗中傷を見つけましたら是非蓬莱の研究棟の宣伝部までご報告願います。以上です」
パチパチパチパチパチ
蓬莱教授が万雷の拍手を受けて壇上から下がる。
蓬莱教授の研究を支持しないと答えた人が、まだそれなりにいるということ。
例え1%でも、日本の人口を考えれば、100万人の不支持者がいるという意味でもある。
政令指定都市が1つ出来るレベルと考えれば、早急な対策が必要であることは言うに及ばないだろう。
「では続きまして──」
卒業式の予定がどんどん進んでいき、最後に「学位証」の授与式になる。
ちなみに、卒業生代表は別に首席がするわけではないらしく、桂子ちゃんがスピーチをしていた。
こちらも五十音順になっていて、多くの学生が壇上に上がっていく。
その中には、高校時代からのクラスメイトの名前もある。
そして──
「篠原浩介」
「はい」
浩介くんが呼ばれ、壇上へと上がる。
時間短縮のため、あらかじめ行列を作ってあって、小谷学園での卒業式の時は、「石山」に「篠原」だったので、あたしが先だったけど、あたしが結婚したことによって、「浩介」と「優子」で判断され、あたしが後ろになる。
「──おめでとう」
パチパチパチパチパチ
ほぼ惰性になった拍手が鳴り響く。
学位証を渡すのは学長さんだった。
さすがにそこまで露骨には蓬莱教授は推さないらしいわね。
「篠原優子」
「はい」
あたしが呼ばれ、壇上の上へ。
自分と固い素材で出来た「学位証」を渡された。
「成績は、君が首席だよ。おめでとう」
「あら、そうですか……ありがとうございます」
学長さんが、さらりととんでもない発言をしてしまう。
あたしは意外な事実に目を丸くしてしまう。
それでも冷静を心がけてペコリとお辞儀すると、会場からは惜しみ無い拍手が送られた。
アイドルよりもかわいくて美人なあたしが、大学を首席で卒業。ふふ、浩介くんは幸せ者よね。
「優子ちゃん、凄いじゃないか!」
椅子に戻ると、浩介くんが興奮したように話しかけてくる。
うん、無理もないわよね。
「多分、蓬莱教授があたしの卒論を鑑みて融通したんじゃないかしら?」
大学の成績を図る上で、GPAという指標があったけど、単純にその数値だけ見たら、あたしがこの大学で一番優秀というのは無いと思うし。
「あー、なるほどなあ……」
浩介くんが腕を組んで唸る。
やがて卒業生立ちの数も少なくなり、わで終わる名字の人が受け取り終わると、卒業式は終了となった。
「ねえねえ優子ちゃん、首席ってすごいわね!」
卒業式が終わると、桂子ちゃんがあたしを捲し立ててきた。
ちなみに桂子ちゃんも、宇宙物理系の教授の研究室に配属されることになっている。
「あーうん、あたしもビックリしちゃったわ」
「無理もないわよね。今日はゆっくり休むといいわ。じゃあね」
「うん、またね桂子ちゃん」
桂子ちゃんを見送ると、あたしたちも立ち上がって会場の外へと出る。
外では後輩たちなどがあたしたちを祝福してくれる。
「どうしよう優子ちゃん」
浩介くんが困ったという感じであたしに話しかけてくる。
ただでさえあたしたちは、メディアの取材などもあって佐和山大学では知らない人はいない超有名人だ。
それなのに首席になっちゃったら、なおのことここを通り辛いわね。
「優子さん、浩介さん」
「あ、蓬莱教授」
次の一方が踏み出せないでいるあたしたちに声をかけてきたのは蓬莱教授だった。
「こっちから迂回しよう。ついてきてくれ」
「「はい」」
蓬莱教授が、あたしたちを誘導してくれる。
もちろん、蓬莱教授はあたしたち以上にこの大学では目立つ存在だけど、それでもあたしたちの「護衛」としては最適の人物だった。
卒業式の会場から、蓬莱の研究棟までの道のりを迂回し、あたしたちは蓬莱の研究棟の1階にある蓬莱教授の部屋に入った。
「あー、座ってくれ」
「「はい」」
あたしたちは、蓬莱教授に促されて座席に座る。
この光景も、もう何度となく繰り返したことだ。
「優子さんの首席についてだが……察しはついているかもしれないが、卒業論文の影響だ」
蓬莱教授が話したのは他でもないことだった。
あたしが、こうした特例措置を受けるのは、TS病そのものを直接主因としたものを除けば、永原先生から、20歳以上と規定されている協会の正会員に、17歳の時に就任して以来だ。
「確かに、普通ならGPAで決めるというのが一般的だが、一応学則上では、『ただし、その他特別に優秀な学生と認めた場合』というのがある。今回はそれを使わせてもらった」
蓬莱教授がコップに水を注ぎ、一杯飲む。
あたしたちの手元にもコップがあったけど、手をつける気にはなれなかった。
「元々あったことなんだが……この大学は今、俺が所属している再生医療系の学科と、それ以外の学部学科との格差が深刻な問題になっている。俺への世間からの支持が広まるにつれ、この大学の再生医療系に受験者が殺到しているんだ」
蓬莱教授によれば、このまま行けば佐和山大学の偏差値は、蓬莱教授の学科だけ、東京大学を越えかねないという。
不老研究が実用化ともなれば、ノーベル賞では済まないような、極めて重大なことがあちこちに起こる。
そのための政府との調整は、今も続いている。
各省庁や協会側とのすり合わせはあり、蓬莱教授もある程度の妥協点を探っていて、そのバランサーとして、あたしの役目も重要になっている。
「でだ、今年からは慣例として、首席は俺の学科から出すということに決めたんだ。そうすると、優子さんが1番優秀になるって訳だ」
蓬莱教授が、きちんと説明してくれる。
「あーもちろん、首席だからといって重圧に感じる必要はない。今年からの慣例とはいえ、一応まだ『特例首席』なんだからな」
蓬莱教授はあくまで、あたしにリラックスをして欲しいらしい。
でも、あたしを特例首席にしたのは、単にあたしの卒業論文の成績がいいだけじゃないと思う。
……よし、聞いてみようかしら?
「蓬莱教授」
あたしは視線をまっすぐ、蓬莱教授の方に照準を合わせる。
「うむ、何かな?」
「もしかして、あたしを首席にしたのも、研究棟の広報も兼ねてるんですか?」
「……結論から言えば、イエスだ」
あたしの質問に、蓬莱教授は一瞬間を置いてから口を開いた。
蓬莱教授は「優子さんなら見抜くだろう」と思っていたのか、表情を一切変えていない。
やはりあたしの見立てはあっていたわね。
「だが、それだけが目的ではない。むしろ副次的なものだ。優子さんを首席にしたのは、他学部に比べて講義の難易度が上がっていることに対する是正措置として、たまたま今年から講じたにすぎん。もちろん、広報効果も想定内だ」
「はい、分かってます」
とにかくあたしは経歴が特殊も特殊だ。
高校2年生の5月初めまでは男性で、しかも今とは正反対の乱暴な性格。
TS病の女の子としては「優秀な患者」と言われ続けて特例で協会の正会員に。
高校卒業と同時に結婚し、佐和山大学で蓬莱教授と共に活動し、今では政府や総理大臣にすら顔が利いている。
そして、高島さんからの取材を受けて以来、取材慣れもしている。
蓬莱教授としても、協会としても、広報にはもってこいだものね。
「そうか、ならばよかった。俺の話は以上だ。他に、聞きたいことはあるかな?」
「いえ特に」
「俺も特には」
今の所特に聞きたいことはない。
「じゃあ、ここで解散だ。悪いな、こんな日まで引き留めて。修士過程の開始まで、ゆっくり休んでくれ」
「「はい」」
蓬莱教授の話が終わり、あたしたちは特に質問がない旨を話すと、蓬莱教授から休むように言われた。
あたしたちは蓬莱の研究棟を出て、人目のつかないように、いつもとルートを変えて駅へと向かった。
普段はずっと同じ通学路を進んでいたけど、今日はいつもと違う道を進む。
それだけでも、なんだか物珍しくて、新鮮な雰囲気がした。
とはいえ、この道を次に使う時が果たしてあるのか?
……多分、無いんじゃないかしら?
「ただいまー」
「優子ちゃん、お帰りなさい」
家に帰ると、お義母さんがいつも通りあたしを出迎えてくれた。
「学位証、見せて」
「うん」
お義母さんが学位証を見せるように言う。
あたしと浩介くんは、鞄から学位証を取り出して、開いてみる。
するとそこには、学長名義で、あたしを「学士(医学)」に認定するとあった。
当たり前だけど、浩介くんにも同じことが書かれていた。
「ふふ、2人ともおめでとう」
「「ありがとう」」
夫婦で祝福されたあたしたちは、お礼の言葉を述べる。
でも、大学院に入ってからが本番だと思うから、あたしたちには、「通過点を過ぎた」という感覚で、「ゴール」あるいは「新たなスタート」という感じには、全く思えなかった。
あたしは部屋に戻り、布団に横になる。
ぬいぐるみさんを抱き締めながら、あたしは卒業式の疲れを癒していった。
これでこの章はおしまいです。
作者は大学院には進学していないのでご了承下さい。
ちなみに、大学院編は物語を畳む終章になります(エピローグもありますが)ので更に時系列が飛ぶことが増えます。
とりあえず、エピローグへの道筋は既に出来ています。結末も当初の意図通りになりそうです。