永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
修士課程の日々が始まった。
大学院ともなると、何か特別な式典があるわけではない。
とにかくひたすらに研究と、学位取得に向けての30単位を取る必要がある。
幸いなことに、蓬莱教授の配慮で、修士論文が既にほぼ完成しているのが幸いだけど。
「優子さん、浩介さん、改めて、蓬莱の研究棟へようこそ」
修士課程最初の実験で、蓬莱教授があたしたちに挨拶をしてくれる。
「あーさて、特に優子さんなんだが、これからは研究所の戦力としても期待していきたい。まず、学界というものについて、もう少し詳しく説明しようか」
蓬莱教授が、あたしたちに学界の存在を教えてくれる。
まず、学界の中でも、「ノーベル賞」という権威は絶大だということを教えてくれた。
「俺よりも年功が上の学者何てのはいくらでもいる。だが、俺はこのメダルのお陰で、そんなものは無視できる。まあ、学界というのはもとより実力主義だが、ね」
蓬莱教授がいつぞやに見せてくれたノーベル賞のメダルを、あたしたちに誇示する。
蓬莱教授は様々な章を得ている訳だけど、やはりノーベル賞にだけは愛着はあるらしい。
「さて、優子さんに浩介さん、このメダルを2つ持ってる学者ともなると、極めて数が限られているというのは知っているかな?」
「ええ、もちろんです」
そう、蓬莱教授は、このメダルの2つ目を得たいと考えているらしい。
「まあともかく、だ。特に優子さんにはTS病の当事者として、学界でも注目されることになるだろうから、心しておいてほしい」
蓬莱教授は、注意を促すように言う。
「はい」
みんなの前で発表する、というのは、卒論の時も一度だけしたことはある。
だけど、修士課程でするのとはそれとは訳が違う。
蓬莱教授の研究所の一員として、外部の大学の先生なども見ている中で、演説をしないといけないのだ。
どちらにしても、これからの2年間は、これまでの4年間とは比較にならない厳しい日々が待っている。
「よしそれじゃあ早速、実験を始めようか」
「はい」
あたしたちは、蓬莱の研究棟でしている実験や、あたしたちが提供してきた不老遺伝子のこと、更にどのようにして年齢証明をしたかを学ぶことになった。
実験の助手を勤めたことは学部生の頃もあったけど、より多くのことが要求されるようになる。
あたしたちは早速、多忙な日々を送ることになった。
蓬莱教授は、あたしたちとは比較にならないほど多忙だった。
特に、政府との調整も大詰めに入った現在は特に多忙で、来年は少しはマシになると踏んでいる。
「ふー」
大学院の時間の進みは早く、4月もあっという間に下旬になった。
とにかく研究研究の日々が続いていて、休む機会は少ない。
あたしは家に帰って早速ベッドで休む。
ただ、あたしの身体能力の無さは噂にはなっているし、何分この研究所では数少ない女性とあって、あたしはかなり甘く見てもらえてもいた。
「とは言え、あたしは女の子の中でも体力がないものねえ」
つまり、そっちの方面では、元より期待されていない。
ただ、これでも蓬莱の研究棟はかなりのホワイト待遇だ。
あたしがついていけるという点だけでもそうだけど、寄付金はますます増加傾向にあっていて、新規の研究員がどんどん増えている。
蓬莱教授も、研究室での指示も抽象的になる。
まあ、組織が大きくなったら仕方ないわよね。
「優子ちゃん、これ」
「え?」
あたしが休んでいると、浩介くんがスマホの画面を見せてくれた。
それによると、とある国際環境保護団体が、蓬莱の薬に反対し、「限りある命の国家連合」の樹立を目指すというものだった。
「どうしたの? 反蓬莱連合なら機能不全よね」
あたしは、不可解な気持ちで一杯だった。
国際反蓬莱連合は、公安調査庁の工作活動もあって、内部分裂と共に四散しているし、アメリカでも、多くの資産家が協力して設立したアメリカ支部の宣伝部とCIAが協力して、「蓬莱の薬を歓迎する」という世論が既に7割に達し始めている。
そして蓬莱教授の強硬姿勢もあって、どこの国の政府も、蓬莱の薬への反対声明など、出せっこなかった。
「どうも連中は、行方をくらました末に、環境保護を隠れ蓑にしようって算段らしいぜ」
「はー、本当にしょうがないわね」
あたしはあきれ気味に頭を抱える。
例の牧師が参加しているとは限らないけど、どちらにしても厄介な的が現れたものね。
「とは言え、ある程度は想定済みだろう」
「ええ」
実際、日本政府の中でも、蓬莱の薬の普及に最も消極的だったのが環境省だった。
世間向けには、「JAXAの予算が増える」ことが喧伝されている。
蓬莱教授には、「暫定的でいいので、1000歳の薬を販売して欲しい」という手紙やメールが殺到している。
しかし、「蓬莱の薬は、まだ完成には至っていない。未完成品は売ることはできない」として一切応じていない。
蓬莱教授には、何か考えがあるんだとは思うけど、あたしにはよく分からない。
ブー! ブー! ブー!
あたしと浩介くんのの携帯電話が鳴る。
送り主は案の定蓬莱教授からだった。読む前から、何について語っているのか分かる。
題名:環境保護団体の声明について
本文:想定内だ。心配しないでくれ、宇宙開発や農業開発で代替できるということは、既に政府との交渉通りだ。優子さんたちは、気にせず実験に専念して欲しい。例の牧師がこの組織に参加しているかどうかは、現在公安調査庁が調査中とのことだ。
「ともあれ、俺たちは見守るだけだな」
修士課程が始まるに当たって、浩介くんは正式に宣伝部の任務を解かれた。
といっても、研究所の一員には代わりはないので、宣伝部の協力をすることはもちろんOKね。
「ええ、今は研究と勉強に専念しましょう」
修士課程の研究が多忙なので、あたしの方でも協会の広報部長としての仕事は軽減してもらっている。
といっても、ここ2年は、ほとんど広報部長らしい仕事はしていなくて、仕事の軽減というのは、要するに新しい患者のカウンセラーを、永原先生や関東支部長さんに任せるという意味だけどね。
世間の関心も蓬莱教授に集中し初めて、協会自体も、以前みたいな緩やかな組織になったのも大きい。
元々は、あたしがいなくても協会は回っていたので、メディアの取材依頼や、世間の注目が薄れれば、協会にも余裕が出てくるのは当然だった。
まあ、そのカウンセラーの仕事も、つきっきりになるのは最初の「女の子体験」の時と、カリキュラムで「学校生活」を学ぶ時くらいだけどね。
さて、例の環境団体の蓬莱の薬を使わないというロビー活動、これは日米ではなくヨーロッパ発祥の運動だった。
しかも、ヨーロッパの特にアラブ系の移民層に、この運動が支持され始めているということで、蓬莱教授は「思ったより深刻かもしれない」と、危機感を強めている。
「優子さん、こちらの方へのロビー活動も、今後強めていく必要がある。だが、英語に比べてフランス語やドイツ語などは話せる人も減ってくる」
お昼休み、研究棟の一角であたしと浩介くん、瀬田助教と宣伝部長さんは、蓬莱教授と共に食事をとっていた。
「ええ、分かってます」
とにかく、あたしたちにはどうすることもできない。
一応、英語発表の訓練は行われているし、引用する論文が英語ということもある。
だけど、庶民向けのロビー活動となると、当然に現地語が必要不可欠になってくる。
そうなってくれば、現地の蓬莱教授支持者を集めていくしかない。
「この日本に、本格的に移民が殺到することも考えねばなるまいな。しかしそれでは、俺たちの寿命に関わる」
蓬莱教授が腕を組み悩む。
もし、反対多数の国家が現れ、「我々は蓬莱の薬を受け入れない」という声明を出せば、その国の住人の少なからない人数が、不老を求めて日本に殺到する可能性がある。
「ええ、あたしも同感です。早急に手を打つべきですね」
あたしたちにとって、治安は文字通り単なる不安とかではなく、寿命に直結する重大問題になる。
蓬莱の薬が完成した暁には、交通安全と治安向上に、相当な予算がかけられることになっている。
「うむ、公安調査庁やCIAとも連携して、大至急、ヨーロッパへの宣伝活動を開始しよう。宣伝部長、早速そのようにして欲しい」
「わかりました」
蓬莱教授がそう指示を出すと、宣伝部長さんが部屋から出て支持へと入る。
一時期に比べると、蓬莱教授の警戒心も和らいでいた。
以前なら、こういった会話は研究所内であっても、まずは盗聴機やボイスレコーダーが仕掛けられていないかを逐一確認していたけど、現在はそうしたことはほとんどなくなっている。
まあそれでも、警戒するときはするんだけどね。
「さて、次に、だが。もしヨーロッパ内で反蓬莱国家が誕生してしまった時についてだ」
蓬莱教授が重苦しい様子で話す。
でも、悪い結果も想定しないわけにはいかない。
「そうなった場合には……そうだなあ、永久にその国の民は子々孫々まで薬を融通しないというのは、さすがに不味いだろうと俺は思う」
「ええ」
もちろんそれは、被差別者としての扱いをずっと受け続けるということになる。
そうなれば……いつまでも子孫に累積が及び続ければ、当然行き着く先は戦争一直線ということになってしまうだろう。
もちろん、不老国家とそうでない国では、当然国力は雲泥の差になるから、最終的に日本を含む不老連合が完膚なきまでに叩き潰すだろう。
しかしもしそうなれば、既に撤回された永原先生の新世界秩序論が復活することにもなりかねない。
「とは言え、俺の薬の素晴らしさを証明するためには、やはりどこかの国にスケープゴートになってもらった方がいいのではないか? とも考えているのもまた事実なんだ」
蓬莱教授が冷静な口調でそう述べる。
それはやはり、ある意味で全くぶれない蓬莱教授の姿だと思う。
「永原先生が以前言ってたように、ここは100年というのはどうだろう? 全世界に一斉に解禁するとして、その国の住民だけ100年のペナルティがつくと。もちろん、別の国に帰化した人は、このペナルティから逃れられる、と」
蓬莱教授は、帰化という逃げ道を用意することにした。
理由は恐らく、「大量に自国民が流出することで、よりその国が悲惨な目に遭うから」と考えているのだろう。
「ええ賛成です」
瀬田助教が賛意を示す。
「俺も」
「あたしも」
「よし、決まりだな。後は政府と永原先生がどう出るかだ」
あたしと浩介くんも異議なしとなり、蓬莱教授がこの議論を締める。
さて、次の政府との会合が楽しみになってきたわね。
永原先生のことだ、恐らくまたどす黒いことを考えているに違いないわ。
「私としては、100年は生ぬるいと思います。もう更に、100年必要でしょう」
あれから数週間後、ゴールデンウィークが明け、あたしが女の子として6周年になった週の土曜日のことだった。
件の環境団体の対策として、政府との会合の場で、永原先生が予定通り異議を唱えてきた。
もちろん、これ自体は予想できていたことだけどね。
「うーん、もう100年という根拠は何ですか?」
総理大臣が永原先生を問いただす。
ちなみに、環境省もこの会議に参加していて、開口一番に「そのような国は放っておくべきだ」と述べて、蓬莱教授に却下された。
まあそれでも、当初から比べると大幅譲歩してはいるんだけどね。
「本音としては、蓬莱先生の薬に楯突く何て、200年どころか永久にその国には売りたくないですし、帰化という逃げ道にも反対なんですけど、それでは蓬莱先生が反対なされると思いますので、私の譲歩です」
永原先生が、笑顔でそんな話をする。
まさに交渉の達人という感じだわ。
「あーいや、永原先生の気持ちは分かった。ただ、通常は100年も経てばほぼ生きてる人は入れ替わる。あの時の意思決定に関わった層がほぼ死滅するなら、許されてもいいと俺は思う。見せしめにだって限度はあるし、100年も経てば、どんなバカも、俺の正しさに目覚めるだろう」
蓬莱教授が自信満々な態度を取りながら話す。
一方で、永原先生も負けていない。
「しかし、その国の政府、あるいはマスコミが、恐らく数十年間は『我々はあえて不老を選ばなかった崇高な民族』という教育や宣伝を国民にすると思います」
確かに、永原先生の指摘も一理あるわね。
それを考えると、確かに100年は心許ないと永原先生が感じるのも無理はないわね。
「そのように洗脳された彼らもまた、その子供にそう教育するでしょう。そういった謝った考えがその国から消え失せるまで、制裁は続けるべきです」
永原先生の言葉に、蓬莱教授が腕を組ながら熟考する。
「……なるほど、確かに一理はある。だがそれでも、200年は長すぎると俺は思う。間違いに気付いた者が移民すれば、連中が過ちに気付くのも早まるだろう」
「蓬莱先生、やはり、歴史の知識と知恵に関して、私は蓬莱先生の上を行っているみたいですね」
永原先生が珍しく、蓬莱教授に挑発的な発言をする。
蓬莱教授はそんな永原先生の言動に、一瞬だけ驚きを見せるが、何も発しない。
「蓬莱先生、私は伊達にあなたの10倍も生きてないのよ。もし帰化という逃げ道を用意するなら、なおのことその国は永久に子々孫々、薬を融通するべきではないわ」
永原先生が意外なことを述べる。
総理大臣たちも、永原先生の話を必死に聞いている。
永原先生が言っていることは、「融和策を取るなら強硬手段をとれ」と言っているようなもので、それは「アクセルとブレーキを同時に踏め」と言っているのと、また同じことよね。
「何故だ? まあ、言われて見れば俺も薄々は勘づいているが」
蓬莱教授も、永原先生の言いたいことを、もう理解し始めた。
本当にもう、いろんな意味で非常識な人よね。
「帰化せずに残った集団が、更に一層態度を硬化させるわよ。赤穂浪人、大塩平八郎、オウム真理教、連合赤軍をはじめとする共産主義者……彼らは閉鎖的な小さな集団で、より過激化していったわ。江戸時代、幕府が禁じた邪教でさえ、明治まで200年以上人知れず生き残ったのもそのためよ」
永原先生は、キリスト教を邪教と言って憚らない。
だけど本題はそこじゃない。
問題なのは、自国民たちが蓬莱の薬を求め、次々他国に帰化した時に、残った集団が丸ごとテロ組織になる危険性についてだった。
「もし彼らがテロリストになったら、私たちが真っ先に狙われることになるわ。それを防ぐためにはどうすればいいと思う?」
「……奴等の憎悪を、帰化人に向けさせるってか?」
これはあたしにも分かること。
「ええそうよ。どうせ期限を設けたって不満は出るわ。でも、この方法は決定的な亀裂をもたらすわね。そうすれば、彼らは永遠にそれに気付けなくなる。私はそれでもいいけど」
「要するに、帰化の逃げ道を残す場合、どうしても分かりやすい不老帰化人に憎悪の対象を向けざるを得ない。でもそうなると、解禁そのものがおぼつかなくなるってことか」
蓬莱教授が簡潔にまとめてくれる。
「ええそうよ。だから、もし期限を設けるなら、不老の帰化人を作るべきではないわ。もし、不老の帰化人を認めないなら、憎悪をもっと内側に向けさせないといけないわ」
つまり、もし期限を設けるなら、逃げ道を奪った上で、国民同士で争わせようというのが永原先生の考え方だ。
永原先生、相変わらず考えることがえげつないわよね。
「1ついいかな?」
ここで総理大臣が口を挟む。
「永原さんの理論はわかりました。ですがそれはあくまで思考実験上のことです。実際にそう運用するとして、各国との調停や根回しの面で困難が伴います。とすると、帰化人は出てこざるを得ないと思います」
「うーん、確かにそのとおりね」
あたしが納得したように声を出す。
総理大臣の言っていることは一理も二理もある。
「そうですか、存外難しいのですね」
「今は色々なことが多様化してますから」
永原先生の言葉に、総理大臣が優しく諭すように言う。
このあたりは、政治的運用知識が江戸時代で止まっている永原先生の限界なのかもしれないわね。
「そうなると、つまり帰化による不老の機会は認めるが、その国家国民に対しては期限は設けないという。無期制裁ということになるな」
「そうですね、ではそうしましょう」
この後、協議は微修正と、薬を売る会社に対する特例法についての調整が相次いだ。
超党派の議連ともよく組み、全会一致での可決を目指したい。
まあ、蓬莱教授の威光と、日本の世論を考えれば、反対に投票する議員は居ないだろうというのが、大方の見方だったけど。