永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

41 / 555
林間学校実行委員

 小谷学園では7月の末、夏休みの直前に林間学校がある。

 先生たちの間では、「サマースクール」とか「サマーキャンプ」とか、色々な言われ方をしているけど、私を含めて大勢の生徒は「林間学校」で統一している。

 で、最初のプールの日の翌日、水曜日の1時間目に行われる「ロングホームルーム」では、各クラス男女それぞれ1名がそれぞれ実行委員として選ばれることになっていた。

 また、実行委員が不調などに陥った時のため、代理のサブリーダーが男女2人ずつ居るみたいだが、こちらは滅多に出てこない。

 

「はーい、それじゃあロングホームルームを始めますよー」

 

 永原先生の号令でロングホームルームが始まった。

 このロングホームルームでは林間学校のオリエンテーションも兼ねていた。

 

 ……で、まずは3泊4日のこの林間学校についての詳細が述べられた。

 バスへの集合はいつものホームルームの始まる時間で、その時は私服だそうだ。

 現地までは途中サービスエリア2箇所で休憩と昼食、時間はパンフレットに書いてある。

 

 休憩時間は1時間で事前に学校の出す昼食かサービスエリアで自由に食べるか選べるらしい。予約をしないと、学校の出す昼食は食べられないというのは去年と同じだ。

 締め切りまでは時間があるから、このあたりもゆっくり考えよう。

 

 サービスエリアの案内パンフレットも「欲しい人には自由に取っていいから後で取りに来るように」というのも去年と同じ。

 

 その後、2日目、3日目と様々なイベントが行われている。2日目には登山もあるらしい。

 登山の内容を見てみる。去年より少し距離の長い山、今から不安になる。

 この体で1000m級の山の登山なんて無謀だと分かっていた。かと言って登る前から「無理」と決めつけてしまうのもあんまりな気もするのだ。

 

 体育の先生や永原先生なら理解してくれるだろう。いや、もしかしたら登山する前から体育の先生に止められるかもしれない。

 

 3日目はミニゴルフや森林での自然学習、更に天文台に行ってバーベキューもするらしい。

 林間学校は服装自由だが、「登山や森林に問題ない服」であることが望ましく、「服選びに迷ったら体操着にすれば無難」というのも去年と同じだった。

 

 そして最終日は日の沈まないうちに帰ってくる。途中行きと同じサービスエリアで昼食。というもので、この林間学校が終わると、いよいよ私たちは夏休みに入る。

 

 夏休み中は一人で過ごすことが大半だった。たまに家族で旅行に行くこともあったが、それだけだ。

 でも今年はどうだろう? 女の子になって、色々な所に行きたいなあと思った。

 最近は外国人観光客も多いから、そういう人たちに知られていない所にしていきたい。

 

「はい、これで林間学校の流れは以上になります。何か質問ありますか?」

 

「はい」

 

「はい石山さん」

 

「バスの座席と部屋割りはどうなってますか?」

 

「そちらに関しては……今年はまだ決まってません。追って連絡しますのでもう少し待っててください」

 

 おかしいな、こんな年なかったのに……

 

 ……うーん……まあーいっか

 

 

「それじゃ、残り20分くらいなので男子と女子に分かれて実行委員とサブを決めてください」

 

「「はーい!」」

 

 教室が見事に男女に分かれる。これまでも、クラスが男女に分かれるということはよくあった。

 その時は、男子は優一時代の私にびくびくし、女子はさらに2グループに分かれ、喧嘩をすることが常だった。

 今は違う。男子たちは優一という足かせがなくなったために早々にくじを作りはじめた。

 

 

 私たちは話し合いなのだけど……

 

 

「あたいは桂子がふさわしいと思うぜ」

 

「え? そうかな、私こそ恵美ちゃんの方が私よりいいと思うけど……」

 

「まあそう遠慮すんなって! あんたには優子の件で借りがあんだよ。だからここはあたいに花を持たせてくれ!」

 

「そ、そっちこそ! リーダーシップはあるじゃない!」

 

「何なんですかねこの譲り合い……」

 

「喧嘩するよりはいいんでしょうけど……」

 

 このように今回の実行委員は相手の方がいいと言ってきかない。

 もちろん、どちらかの所属の女子でも同じことだ。

 仲直りしたのはとてもいいことなんだろうけど、こうお互いにいい人になりすぎるとそれもそれで悪い時もあるという典型的なパターンだ。

 

「恵美ちゃんは普通の女の子にない強さを持ってるのよ。男と実行委員するなら私より恵美ちゃんのほうがふさわしいわよ!」

 

「桂子は美人だろ? 男をたらし込んでうまく女子の負担を減らせる役割はあたいには無理だぜ!」

 

 何なんだこの尊敬合戦は……

 ……この喧嘩、今世界で起きてる喧嘩の中でも、最もくだらない喧嘩だと断言できる。

 

 

「あ、あのお……」

 

「お?」

 

「どうしたのさくらちゃん?」

 

 それを止めたのは志賀さくらだ。大人しいさくらちゃんにしては珍しい。

 

「その……私……」

 

「うんうん」

 

「……実行委員は……私達の代表は、優子さんがいいと思います!」

 

「え!? あたしぃ!?」

 

 いきなり推薦された私はびっくりして思わず声を出す。女子全員が私を見る。

 

「そっか……その手があったか!」

 

 恵美ちゃんがずっと引っかかっていたことが解決したかのような態度を見せる。

 

「ええ、そうね。優子ちゃんは元々どちらのグループでもないからね。それに私と恵美ちゃんでサブリーダーやればぴったりですし」

 

「で、でも私……」

 

「むしろ、優子さんだからこそですよ!」

 

 龍香ちゃんが私を指差して指摘する。

 

「ど、どういうこと?」

 

「ほら、林間学校とか風呂があるじゃないですか。優子さんならスケベな男とかを見破れそうですし!」

 

「い、今時そんな単純な――」

 

「でもさ、優子以外だと譲り合っていつまでも決まりませんよ!」

 

 虎姫ちゃんも催促してくる。

 

「そ、そうね……」

 

 周囲の女子たちの視線を見て悟った。これはもう詰んでいるということに。どうしても受け入れるしかなさそうだ。

 

 

「はーいお前実行委員なっ! で、サブはお前と……お前!」

 

「あーくそー! 運が悪い!」

 

「ふう俺じゃなくて良かった良かった」

 

 男子陣はくじで実行委員を決めたらしい。メンツのためになりたがり、あまつさえ譲り合う女子と面倒くさいからと嫌がる男子。何とも対照的な両集団だ。

 

 

「はーい、じゃあ時間も時間なので元の席に戻ってくださーい」

 

 永原先生の号令の下、全員が元に戻る。

 

「それじゃあ、実行委員に決まった人は手を上げてください」

 

「「はい!」」

 

 私は手を上げる。そして教室を見渡す。

 なんか教室の空気が微妙な気がする。

 

 手を上げたもう一人の男の子と目が合う。

 

「……」

 

「えっと、石山さんと、篠原君ですね」

 

 篠原くんがまた顔をそらす。よっぽど罪悪感があるのだろうか。

 

「あ、あの!」

 

 私が声を出す。

 

「篠原くん、実行委員、よ、よろしくね!」

 

「ぁ……」

 

 何か口を開いて言葉を発するが聞き取れない。

 

「え、えっと……よよ、よろしくっ!」

 

「篠原くん、人に話すときは相手の目を見て話してくださいねー」

 

 な、永原先生、それはちょっと意地悪だと思うよ……

 

 永原先生に促され、篠原くんが私のもとに振り替える。

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

 意を決した篠原くんが大きく声を上げる。

 

「うん、よろしくね。決まったことだし、お互い悔いなくやりましょう」

 

「はーい、じゃあ着席してくださいねー」

 

 永原先生に促され、着席をする。

 

「えっとじゃあ次はサブリーダーの人手を上げて下さい」

 

 恵美ちゃんと桂子ちゃん、そして男子二人が無言で手を上げる。

 永原先生がそれを記録していく。

 

「それじゃあ、実行委員の2人は今日の放課後に視聴覚室に来てくれる?」

 

 サブリーダーはあくまで予備という名目で、まず普通の人と同じなため、必要になったら都度するべきことを先生が説明するということになった。

 

「はい」

 

「う、うん」

 

 なんか篠原くんはぎこちない返事だ。まあ確かに、気まずい組み合わせなのは否定しようがない。

 もうあの日から1か月半前、もういじめてた期間の倍以上の時間が流れている。

 傷つけるのに必要な時間と、傷を治すのに必要な時間の違いということなのだろう。私は女子の仲間がいたから立ち直れたけど、もしかしたら篠原くんには仲間がいないのかもしれない。

 

 高月くんは……あの後も友人であり続けているけど、私のケースとも違うんだ。そう思うとちょっと可愛そうに思えた。

 

 ともあれ、放課後、実行委員のオリエンテーションがあるはずだ。決まったことはしょうがないし、2年2組女子を代表して全力でやっていくだけだ。

 

 

 放課後、私は天文部の部室ではなく視聴覚室へと向かった。坂田部長には桂子ちゃんの方から話してくれるそうなので心配はない。

 1学年は4組あるので男女8人の実行委員が視聴覚室に集まる。女子に比べると、男子の表情はなんとなく暗い感じがする。

 

 男女各1人ということで、会話は少ない。

 2組の女子ということで、私は左のテーブルの左端に座る。

 

 数分後、篠原くんが空席を幾つか挟んで隣りに座る。相変わらず私には視線を合わせてくれない。

 

「篠原くん、どうしたの? 私の目をちゃんと見てよ」

 

「ううっ、やめてくれ……」

 

「まだ辛いの?」

 

「あ、ああ。むしろあの時よりもずっと辛い」

 

 背中から、彼の真意を知ることは出来ない。男は背中で語るなんて言うのは嘘っぱちだ。

 

「どうして?」

 

「そ、それは……言えない……それだけは、勘弁して欲しいんだ……」

 

「それじゃあ困ったわねえ……」

 

 本人もひどく混乱している。本来の性格と、私が引き出してしまった歪んだ性格の間で揺れているのは確かだ。

 いずれにしても、好ましい状況ではないのは鈍感な私にも分かる。とは言え、実行委員になれば、嫌でも面と向かって話さざるを得なくなる機会は出る。じっくり待ったほうが良さそうだ。

 

「でも、これだけは覚えておいて。もう私はとっくにあなたのことを許してるってこと、もしどうしても罪に耐えられないなら……私も一緒に償っていきたい。元はと言えば私があなたを歪ませてしまったってこと。忘れないで」

 

「なあ、石山……お前、本当に石山なのか!?」

 

「うん、私は石山優子だよ」

 

「本当変わったな……もうすっかり、お前は名前通りの『優しい子』だよ……でも、それならなおのこと、俺のことは許さないでほしいんだ」

 

「どうして?」

 

「……ごめん、そこまでは言えない……ただ、俺はまた、罪を重ねてしまったんだ!」

 

 信じられない言葉が出る。あの時以来、重ねた罪なんて全く身に覚えがない。まるで犯罪をしてないのに犯罪をしたと思いこんでいるようなものだ。

 

「つ、罪ってなんの罪よ!?」

 

「……言ったら、軽蔑される」

 

「そ、そんなことないわ!」

 

 しかし、篠原くんは首を横に振った。

 

「それに、俺自身、石山にこのことを言うのは……耐えられないんだ!」

 

「……そう、分かったわ。無理には聞かないわよ。でも、実行委員に決まった以上、あたしを避けては通れないわよ」

 

「うん、分かってる。それだけは肝に銘じておくよ」

 

「ありがとう……」

 

 

「はーい皆さん、こんにちはー。今年の2年生林間学校担当の永原マキノです。よろしくおねがいします」

 

「「「よろしくお願いします」」」

 

 微妙にずれたタイミングで、挨拶する。

 

「ではですね、実行委員の皆さんに、してもらいたいことはですね――」

 

 永原先生が説明を始めた

 

「まず初日です。先生と一緒に、ちゃんと全員いるかどうかを確認して下さい。欠席者等が出たらその時に話します」

 

「他にも、全員がシートベルトを着用しているか、出発時やサービスエリアでの休憩時などに把握しておいて下さい」

 

 その後も、実行委員でやるべきことを、永原先生がプロジェクターを使用しながら説明していく。

 私はメモをとることに忙殺された。篠原くんも同じみたいだ。

 

 実行委員のするべきことは多くて、意外と盛りだくさんの内容だ。

 なるほど、男子が嫌うのも分かる。

 

 対して女子、特に私の方は永原先生の説明を聞く限り、実行委員にはあまり嫌悪感がなかった。

 篠原くんの場合、くじ引きで実行委員を引き当ててしまった。

 これは完全に運が悪かったで諦めるしか無い、どうしようもないことになる。

 しかし、私の場合はある意味女子たちの話し合いの結果の政治的妥協という「拠り所」があった。この差は大きい。

 私はで、運というのはあまりにも残酷なことがあるということを知ることが出来た。

 

 それに、私が実行委員にそこまで大きな警戒心を抱かない理由がこの身体だ。力が必要なのは男子に助けてもらえるだろうという期待もあった。

 

 でも、懸念しているのが登山だ。ここはひょっとしたらサブリーダーに代役を頼まなきゃならないかもしれない。

 

 他には毎日のお風呂の時間管理、小さなホテルを私達が貸し切ってるので、林間学校に珍しく実は風呂の時間は各自自由、それこそ深夜でもOKという緩さっぷりなのだが、一応掃除の時間は入れないのと男湯女湯の時間がそれぞれ3時間毎に交代のため、そこら辺の事故は絶対に防がねばならないのだ。

 

 ちなみに、食事の時間も各自2時間の間で自由になっているが、こちらは単純に食堂のキャパシティーの問題もあるそうだ。

 

 小谷学園はとにかく自由だ。創設者の遺言によるものらしいが、結果的に小谷学園は全国的にも「校則の緩い高校」として有名だそうだ。

 受験生の間では、あまりの緩さにかえって敬遠されるなんて話さえあるくらいの高校だ。

 実際、生徒は昼休みの昼食を外で食べようが、帰りにゲーセンに寄ろうが、髪を染めようがどんな髪型にしようが「他人に迷惑をかけてないから」という理由でOKだ。

 

 制服にしてもスカート丈や着崩しであれこれ言われることは絶対にない。というよりも、厳密には制服を着なくてもいい。小谷学園は一時制服廃止を検討していたそうだが、実は大半の生徒の方が「ファッションで迷いたくない」という「実用的」な側面で「学校側に要望」する形で残っているそうだ。現に私服で登校している生徒は誰もいない。

 このあたり、高校野球の坊主問題と似た構図になっている。

 

 ……その割には、永原先生が私にしていたカリキュラムはスパルタだったけど、あれは女の子としての振る舞いだし校則とは全く別だ。

 

 ともあれ、こんな緩い高校だから、昔の私も乱暴が出来たとも言うし、生徒の秩序も下手な校則が厳しい高校よりもよっぽど整えられているとも言える。

 

 

 それはともかく、永原先生が最終日にすることを説明し始めた。

 こちらは、バスの人数確認など実行委員の仕事は1日目とあまり変わらない。

 解散後はそのまま夏休みというのも同じ。これを利用して、そのまま家族と合流して旅行を継続する、何ていう人が毎年学年で何人か居るらしい。

 

 

「以上で、説明は終わりです。何か質問ありますか?」

 

 誰も手を挙げない。

 

「じゃあ今日はこれで解散です。来週は実行委員同士で話し合いになります」

 

 今日は7月5日、来週の水曜日が7月12日、7月18日に一旦夏休み前の調整と称した全校集会を行い、そして7月19日から22日までが林間学校だ。小谷学園では2学期制を採用していて、終業式は9月になっている。

 そして林間学校が終わればそのまま8月31日まで夏休みというのが小谷学園のスケジュールだ。

 

 これから実行委員で何が待ち受けているのか、不安と期待を抱え、あたしは最初の実行委員集会を終えた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。