永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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世界を使った宣伝準備

 夏が終わり、秋になる。

 結局、ヨーロッパ諸国での国民投票では、全ての国が蓬莱教授の薬を支持するという結果となった。

 更に他の世界の国々でも連鎖的に国民投票が行われたが、一か国の例外もなく、全て賛成多数の結果になった。

 蓬莱教授も、「既にこちらの優位は確定的」として、全世界に向けて勝利宣言をするに至った。

 海外のインターネットでも、概ね蓬莱教授に好意的な世論が形成されている。

 

 最も、世界の国の数を考えれば、投票していない国が圧倒的大多数だけどね。

 蓬莱教授は、「不老の薬」完成と同時に、会社を起業するとした。

 それまでは、薬の生成方法は、最重要機密事項として蓬莱の研究棟で管理することになった。

 

 現在の蓬莱教授の課題は、この「蓬莱カンパニー」のビジネスモデルを世界にどう納得させるかが焦点になっている。

 大まかには永原先生、経済産業省を中心にした勢力と、蓬莱教授、財務省を中心にした勢力との折衷案である「100年の猶予期間」を、いかにして活用するかというのが問題だ。

 財務省の予想では、蓬莱の薬によって少子高齢化問題が解決し、社会保障費を極限まで圧縮した日本は、将来的には、現在よりも大幅に低い税率で今以上の財政出動が可能になり、同時に財政黒字化を達成できるという、まさに夢のような状況にぶち当たるとしている。

 しかしだからこそ、世界に対して圧倒的な国力を実現させ、蓬莱カンパニーの正当性を見せつけねばならない。

 

 蓬莱の薬発売から100年を経れば、薬が全世界に解禁されることになる。

 そうなった時に、日本がいかにして100年のアドバンテージを維持し続けるかも問題になってくる。

 財務省は、様々な増税案を国に投げかけてきたが、ここに来て一気に大減税案を次々にぶちまけてきた。

 あれだけ税入を上げようと血眼になっていた財務省でさえ、蓬莱の薬の前には簡単に手のひらを返してしまうのね。

 

 

「やはり、軍事力の強化で、国際社会への発言力を強めましょう。自衛官の練度も、もし蓬莱の薬があれば、他国軍を圧倒できると確信しております」

 

 防衛大臣と統合幕僚長を要する防衛省は、軍事力の重要性を説いている。

 公安調査庁や公安警察もまた、予算の増額を狙ってか防衛省にのっかかっている。

 

「ええ私も、100年間この技術を守るためには、諜報組織を中心に、軍事力の強化、特に核武装を最優先事項とするべきだと思います」

 

 そして、この防衛省が掲げる大軍拡案に賛成し、強力に推し進めているのが、協会会長の永原先生だ。

 政府間交渉も、既に2年続けているが、この間の永原先生を見て分かったことは、永原先生の愛国心と戦闘心は半端なものではなかったということ。

 だけどそれは恐らく、戦国時代や江戸時代の日本人なら、誰しもが持っていたものなのかもしれないわね。

 

「うむ、しかし核武装ともなると、国際社会からの避難や制裁も──」

 

「蓬莱の薬禁輸で十分だわ。それで十分、あちらの経済制裁以上の制裁になるわ」

 

 総理大臣の慎重的な反論に対して、永原先生がすかさず再反論をする。

 そう、「不老国家となった日本ならば、世界を敵に回しても最終的には勝てる」というのは、この会議場にいる全員の見解の一致するところになっている。

 ならば、不老国家にふさわしい最強の軍隊を作り、全世界が逆らえないようにしてしまおうと考えるのは、自然なことだった。

 

「しかし、力のみに訴えるのも少々危険だと俺は思う。犠牲を払いかねないのは、やはり蓬莱の薬の信念とも矛盾するからな」

 

 それでも、蓬莱教授は慎重な姿勢を崩さない。

 蓬莱教授によれば、100年の猶予期間は、あくまで「安全」を強調すると共に、「社会実験」という言い訳も考えているという。

 あたしは、蓬莱カンパニーが故意に無能を演じて、国際市場に進出できないように演技するという提案をしてみたが、「それは新規参入や政権に対する介入や規制緩和の圧力を呼び込むから藪蛇となる」として、蓬莱教授に却下された。

 

 つまり蓬莱教授の主張は、「モルモット国家日本による実験が成功するまでは、全世界をモルモットにするわけにはいかない」という建前論を唱えるべきだということになる。

 しかし、これに対して永原先生は、「それがうまくいくのは最初の40年だけ」と反論した。

 

 確かに、最初の10年から20年程度ならば、「不老によって思わぬ弊害があるかもしれない」として、諸外国も我慢強く見守ってくれるだろうが、40年目にもなれば、人類不老化と高齢者消滅による社会保障費大幅圧縮が、いかに人々に恩恵をもたらすものであるか嫌でも世界は思い知らされることになるだろう。このように永原先生は反論した。

 

「蓬莱先生、もしそうなれば、残りの60年間、国際社会から常に「解禁しろ」の圧力を受けることになるわよ。大丈夫なのかしら?」

 

 それは皮肉にも、蓬莱教授が国際社会でロビー活動を続けたせいでもある。

 彼らの中には「自分たちが生きているうちに不老の恩恵を受けたい」と思っている人が圧倒的大多数だろうから。

 

「その辺りは、だ。俺に考えがある」

 

 蓬莱教授が、何か深く思慮するように言う。

 どうやら、何か作戦を思いついたらしいわね。

 

「6年前に起きた……学園問題を覚えているか?」

 

 蓬莱教授が、意外なことを述べた。

 それはとても懐かしい出来事であった。

 

「ええ覚えてますよ。総理大臣が1年にも渡って、マスコミや野党から、証拠もないのにひたすら空虚な疑惑を延々と追求されたあれですよね?」

 

 あたしが女の子になってすぐの頃、総理大臣が2つの学校法人との不正と思しき関係を、証拠なしに書かれて追求され続けた。

 そのために、与党と内閣が一時支持率を大幅に下げていた。

 あの時のあたしは下らないニュースだと思ったけど、当時のマスコミと野党は、冤罪説が濃厚になった後も狂ったように追求し続け、テレビを見ていたあたしでさえ、うんざりした記憶がある。

 この事件、今では「言いがかり」という見方が圧倒的に多く、「報道犯罪」「偏向報道」の典型例として扱われている事件になっている。

 

「それを利用するんだ。野党にはわざと悪役になってもらう。蓬莱の薬を守る重要性を鑑みれば納得してくれるはずだ」

 

 蓬莱教授の口から、作戦が語られていく。

 つまり、国会での審議で、時の総理大臣に何らかの疑惑をかける。

 もちろんそれは言いがかりでもいいのだが、とにかく政局化させて故意に国会を空転させる。

 そうすることで、国際社会からの圧力に対して、なるべく時間を稼ぐと共に、軍拡を裏で進め、また自給自足体制を作るために注力するという。

 つまり、無能な野党のせいで議論が進まない状況を故意に作り出し、国会をわざと機能不全に陥らせる様子を、国際社会に見せつけさせるというわけだ。

 これは、外野である諸外国から見ると、民主主義国家には付き物の「何も決められない病」が深刻になっているように見えてしまう。

 そのため、民主主義を標榜する先進諸国は、表だって日本のこの様子を批判はできない。批判したらしたで、自国へのブーメランになって返ってくるからだ。

 「時間稼ぎをして体制を整え、強大な日本にしてしまい、国際社会を日本に逆らえなくさせる」というのが蓬莱教授の狙いだ。

 

「蓬莱教授の構想の実現のためにも、今からでも海底資源開発に、これまでの倍の予算をつけたいと私は思っています」

 

 議連に所属する野党議員がそう提案してきた。

 

「ああ、日本は資源がない。などと言われているが、まずこの前提を崩し、食料自給率を上げるのは、軍事力強化と並んで必須条件になるだろう」

 

 とにかく、100年を乗りきればいい。

 いや、90年を乗りきれば、「無理に急かさずとも、もう少し待てば解禁される」という風潮が世論を支配してくれるはずだわ。

 幸いなことに、日本には海という天然の要塞がある。

 貿易を止められても持ちこたえるだけの能力を、日本は蓄えないといけないわね。

 

「食料自給率につきましては、我々農林水産省にお任せください。蓬莱教授の提案なされた農業改革も、滞りなく進んでおります」

 

「ああ、期待しているぞ」

 

 蓬莱の薬で唯一懸念されるのが、寿命の極端な増大による人口爆発と言っていい。

 これを解決するために、蓬莱教授が宇宙開発と共に、ビル内農業を提案していた。

 日本では、遺伝子組み換え技術に対する抵抗感が強いため、土地そのものをいかにして増やすかが課題になってくるわね。

 

 もし自給率が低いままでは、それだけ日本の「弱み」になる。

 幸いなことに、このことに関する予算は潤沢だった。

 あたしも蓬莱教授も、大して悲観してはいない。

 今回の政府との調整も、概ねうまく行ったと確信できるわね。

 

 

 

 あたしたちは、蓬莱カンパニーの設立と、予想される国際的圧力への対策協議をすると同時に、「さわわ祭」の準備もしなければならなくなった。

 佐和山大学に入って5度目の学園祭だけど、この学園祭は蓬莱教授にとっては大切な宣伝になる

 新しい学生たちにも、蓬莱教授のことをよく知ってもらいたいから。

 蓬莱教授によれば、全世界で支持を広げていても、一番身近な学生たちに向けた支持固めは大事になるそうだわ。

 足元は、掬われたくないものね。

 

「そこで、今回は国民投票の結果を大々的に発表する。題して、『世界で支持される蓬莱の薬』だ」

 

 今回、蓬莱の薬でもたらされる社会保障費の大幅削減などの効果に対しては、展示しないことにした。

 これは、あたしたちがあえて「気付いていないふり」をすることで、将来的な外交圧力を少しでも遅らせるための時間稼ぎだった。

 最も、これらを海外政府が想定していないとは到底考えられないから、ほとんど意味の無いことだと思うけどね。

 

「まずはドイツ、次にイギリスとフランスで……」

 

 あたしたちは、国民投票の時系列を思い出しつつ、現地メディアの報道を張り付けていく。

 蓬莱の薬が多く支持されていると喧伝するわけだけど、実際にはあたしたちは焦ってもいる。

 というのも、日本の世論調査では、現在蓬莱の薬に対する支持率は97-98%に達している。

 余程の偏屈者でない限り、蓬莱の薬に反対する人間はいない。

 これは、蓬莱教授が「蓬莱の薬に反対すれば、家族や子孫、親戚にも薬が融通されなくなる」という噂を流した成果でもある。

 ところが、海外では60%から、多い国でも80%にとどまっている。

 いや、0か1かの世論調査で、80%は十分に大きいとも言えるけれども、蓬莱教授は満足していないし、あたしたちとしても、20%も反対者がいれば、十分すぎるほど圧力団体ができ、世論を曲げてしまうリスクがあると踏んでいる。

 特にEU諸国は、日本など比較にならないほどのエリート、官僚主義なのは知られているもの。

 

「とりあえず、EUの国々は全て国民投票で賛成多数だが、まだ油断はできんぞ。EUというのは『ナチスの反省』を錦の御旗に、エリート官僚が平気で民意を踏みにじる連中だ。あんな組織が俺と同じノーベル賞だとよ。全く、もはやノーベル平和賞には100円玉の価値も、小学校の校内コンクールの参加賞ほどの栄誉もねえよ」

 

 準備中、EU官僚の一部が、蓬莱の薬に反対声明を出したニュースを張り付ける時があったが、蓬莱教授がこう切り捨てた。

 一方で、科学3分野のノーベル賞は、最高の栄誉であることは否定していない。

 

「蓬莱さん、とは言っても、ここまではっきりと国民投票で結果が出れば、EU官僚も反対は難しいと思いますよ」

 

 近くで聞いていた浩介くんがそう反論する。

 

「うむ、俺もそう思う。しかし油断してはならんのだ」

 

 蓬莱教授は、ここまで来ても、あくまでも慎重な姿勢を崩さないみたいね。

 用意周到に大胆な行動に出て成功するというのが、蓬莱教授のやり方だわ。

 

「恐らく今後は、先進国以外でも国民投票、あるいは独裁国家ならその独裁者や独裁政党が、蓬莱の薬をどうするか決めてくるだろう」

 

 博士1年になった和邇先輩が今後の展望について語る。

 しかし、個人的には独裁国家については心配をしていない。

 無能な独裁者と言っても、蓬莱の薬に反対するのは、頭にウジが湧いている人間だけだ。

 蓬莱の薬がもたらす国益は、政治家をすれば誰にでも分かることだから。

 そういう意味で、あたしたちは、戦いをかなり有利に進めてはいる。

 当日の準備は、大成功した戦果を、文字通り「大本営発表」する。

 ここ佐和山大学では、最近ますます蓬莱教授がピックアップされている。

 元々蓬莱教授の王国に等しかったこの大学だが、もはや完全に学長は名目的な存在になり下がっていた。

 その証拠に、教授会でも、今や学長は1教授としての権限しか与えられておらず、最終的に議論が紛糾した場合、蓬莱教授が決めることになっている。

 

「さて、他のサークルや研究室は、何を発表してくるかな?」

 

 一時期は、このさわわ祭も蓬莱教授一色だったが、現在では、日本人のほぼ全員が蓬莱の薬に賛成しているため、かえってカルトとみなされないためにも、プロパガンダは「蓬莱の研究棟」のみにしておくことになった。

 演劇部による、蓬莱教授を礼賛する演劇も、今年からは演じられなくなり、通常の演劇に戻るという。

 

 蓬莱教授によれば、「確かに消極的支持者を積極的支持者にしていくのは大事だが、そのためには積極的支持者は積極性を隠さねばならないことがある」というらしい。

 98%が賛成と言っても、「多いに支持する」は3割にとどまり、残る7割りは「どちらかと言えば支持する」に属している。

 つまり、もし今後の世界世論の変化次第では、日本もまだ、完全に安心はできないというのが蓬莱教授の見立てになっている。

 

「やっぱり、蓬莱教授は用心深いよなあ」

 

「うんうん」

 

 和邇先輩の言葉に、あたしたちもうなずく。

 蓬莱教授はとにかく警戒心が強い。

 あたしたちや永原先生などには心を許しているけど、実際赤の他人には露骨に警戒心を見せることはないが、基本的に信用はしない。

 特に、マスコミ嫌いなのは永原先生と同じ。

 

「でもよ。同じくマスコミ嫌いで有名だった小谷学園の永原先生、その2人に囲まれて、そこまで嫌悪感がない篠原夫妻もすごいよなあ」

 

 和邇先輩が話題をあたしたちに向ける。

 

「うーん、まあそうねえ……色々あるのよあたしたちも」

 

 今になって思う。

 永原先生があそこまでマスコミを嫌いになったのは、もしかしたら永原先生がまだ男だった戦国時代に、伝令役の足軽だったからかもしれない。

 戦場において情報は大切だけど、だからこそ敵は偽情報を流す。

 

 そうした所で、偽情報に騙し騙されというのはあったと思う。

 

 あたしたちは、学園祭の準備を続けていく。

 天文サークルでの準備は今年からはなく、大学院生のあたしたちはそうしたサークル活動も基本的にはしなくなった。

 一方で、歩美さんには天文サークルの準備もある。

 大智さんとはうまくいっていて、就活も比較的近い会社に就職できたので、今後とも恋人関係を少し続け、いずれは結婚したいとのことだった。

 桂子ちゃんと達也さんの方でも、「結婚を前提にした付き合い」に変わっている。

 ふふ、やっぱり女の子が男受けを考えると本当に恋愛ってうまくいくのね。

 

「世の中は変わるわね」

 

「だなあ」

 

 今後、日本が不老社会になれば、あらゆる産業で大変革が起こると思う。

 人手不足という言葉が流行っているけど、それもある程度緩和できる。

 そして、人手不足解消のために10年ほど前より進歩著しいAI、これについても、「人件費に応じてAIに課税する」という法律が出来た。

 

 あたしたちは、これから起こり得る色々なことを考えながら、文化祭への準備を推し進めていった。


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