永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
季節が流れるのは早く、2024年の4月になった。
相変わらずあたしたちはクリスマス、バレンタイン、結婚記念日と忙しい日々を過ごしていた。
あたしも浩介くんも、修士課程の全ての単位に問題はなかった。
で、今月から修士2年が始まるんだけど、蓬莱教授の焦りは露骨になってきた。
というのも、あたしの予想通り蓬莱教授の想定は全て失敗に終わった。
蓬莱教授は「くそ、もう一度想定を見直さねばなるまい」と言っていた。
だけど、あたしの領域には達していない。
おそらく、あたしの見立て通り、TS病患者当人でないと思いつきにくいと思う。
といっても、蓬莱教授は大天才と呼ぶにふさわしい科学者だし、蓬莱教授自身もそれを認めている。
とは言え、修士2年の前期は、まだいくつか単位もあるし、自分の実験は程々にしておきたいわね。
そして、政府間交渉も続いている。
今政府との間では、蓬莱カンパニーを守る規制のあり方について議論がなされている。
ここで鍵を握るのが経済産業省になっている。
元々経済産業省は最も永原先生寄りの省庁で、蓬莱カンパニーの100年日本限定案も、当初はもう少し短い予定になっていたけれども、永原先生と経済産業省の要求で100年に延びた経緯がある。
「私個人、そして省庁官僚としては、今の案で異論はありませんし、不老ビジネスという極めて特殊なビジネスですから、蓬莱カンパニーの独占というのもやむを得ないでしょう。ですが経団連がどう出るかが問題です。経団連にしても経済紙にしても、『規制緩和しないと死んじゃう病』の患者が多すぎるんです」
という経済産業省の事務次官さんの言葉が印象に残っていた。
それについては、永原先生が、「あまりにもしつこいならば蓬莱の薬を融通しない」というやり方を取ればいいと言っていた。
蓬莱教授は永原先生よりは力の行使には慎重だけれどもカードとしては残しておくことまでは否定していない。
そして現在問題になっているのは、蓬莱の薬が密造される可能性のこと。
特に機密が漏れて日本国外で密造された場合、大変なことになる可能性がある。
永原先生は、「私たちが独占できるうちに、薬密造を違法として罰則をも受ける法律を各国に作らせるべき」と主要した。
永原先生としては、「法的規制をかけなければ蓬莱の薬は売らない」という外交圧力を全世界にかけるべきと主張しているが、例によって蓬莱教授は「内政不干渉の原則に反する」として、それには慎重的だ。
これには外務省も賛同し、永原先生は主張を引っ込めた。
蓬莱教授としては、「外交圧力も必要だが、とにかく売上に応じて多額の金額を各国に納税して理解を得るべき」というのが持論で、そういう意味でも100年の猶予期間は長いと感じているらしい。
さて、そんな修士2年目の日々が始まったわけだけど、あたしのしていることは、1年目とあまり変わらず、変わったことと言えば博士課程に向けての焦点だけ。
後は歩美さんが就職し、卒業していったということ。
幸子さんに続いて、あたしが担当した患者さんが社会人になった。
あたしはまだ学生ということを考えると、教え子の患者さんの方が進んでいるわよね。
「優子ちゃん、手紙が届いているわよ」
さて、そんな4月始めに、あたしの元に手紙が届いた。
「はーい」
お義母さんから、手紙を受けとる。
確かに、宛名は「篠原優子様」となっていて、あたしへの手紙となっている。
「幸子さんからね」
幸子さんの名字が変わっていることに気付いたのは、すぐだった。
あたしは、裏面を見てみると、それは直哉さんと結婚したという報告だった。
そして、結婚式への招待状も届いていた。
「どうしようかしら?」
幸子さんとあたしは、女の子になった日数で言えば半年も違いはない。
そういう意味では、あたしと比べると大分結婚は遅いと言えるわね。
「へー、結婚式の招待状じゃない」
幸いにも、日時的にはこちらは用事はない。
とすると、結婚式に行ってもいいわね。
「あなた」
あたしは、部屋でくつろいでいた浩介くんに声をかける。
「ん?」
浩介くんが顔をあげて、あたしに目を向ける。
何だかちょっとドキッとしちゃうわね。
「ねえあなた、幸子さんが結婚式挙げるんだって」
「お、本当だ。招待状か。よし、俺も行こう」
浩介くんも、あっさりと同行を申し出てくれた。
「あら? 浩介も行くのね。行ってらっしゃい」
お義母さんも快く受け入れてくれたので、これで多分大丈夫ね。
あ、でも、念のためにも蓬莱教授に連絡しようかしら?
「ああ、分かった。こちらとしても問題ない」
蓬莱教授に電話し、あっさり了承を得ることができた。
あたしは、2年前の大学4年生の時の龍香ちゃんの結婚式を思い出しつつ、服装や参加者としての振る舞い方を復習することにした。
幸子さんの花嫁姿、楽しみだわ。
そしてやって来た結婚式当日、あたしと浩介くんは朝早くに出て着替えを済ませ、列車に乗ることにした。
「ふう、楽しみだな」
新幹線の駅にいくまでの列車の中で、浩介くんがそう話す。
「うん」
幸子さんの地元の東北までこっちから出向くのは久しぶりのことだった。
もちろん幸子さんとの交流自体は何度もあるし、今でもインターネットの専用チャットなどで雑談や広報部の活動の割り振りもしている。
幸子さんも、蓬莱教授の影響でTS病への関心が高まっているこのご時世に、余呉さんともども地元テレビ局の取材を受けたこともあったという。
一応、幸子さんが120歳になるまであたしはカウンセラーを続けるわけだけど、もちろん相談することは少ない。
もしかしたら、結婚生活に関して何か相談が来るかもしれないけどね。
「さて、ついたぞ。ここから新幹線だな」
「うん」
あたしたちは上野駅に到着した。
ここから新幹線に乗って幸子さんの地元まで行くことになっている。
列車は「はやぶさ」の指定席で、普通車を使う。
「普通車かあ、久しぶりだよな」
「あーそうかもしれないわね」
蓬莱教授は、寄付金予算が多いので、新幹線の移動がグリーン車やグランクラスになっている。
あたしたちも、色々な旅行をする時にはそういった高い座席に乗っていたんだけど、今回は会社設立のための準備に大幅な予算を使うという名目で、蓬莱教授の援助がなかった。
なので新幹線は普通車の利用が決定した。
在来線でも間に合うとは言え、東北本線の途中区間には強風遅延のリスクがあることや、朝かなり早い時間に行き、正確な道順を辿らないといけないということで除外となった。
ちなみに、夜行バスという選択肢は、はじめから排除してある。
夜行バスや自家用車などは交通事故のリスクが高いため、寿命に影響するというのがTS病患者の常識になっている。
あたしたちは、上野駅の改札を通り抜け、新幹線ホームへとやって来る。
東北新幹線を初めて使ったのも、幸子さんのカウンセラーを引き受けたからだった。
「間もなく──」
「あ、来るわよ」
新幹線駅のホームに馴染みの放送が聞こえ、東京駅からの電車がやって来る。
出てきたのはエメラルドグリーンのお馴染みの電車だった。
あたしたちは列に並んで切符を見ながら座席を探す。
「ふう」
やはりグリーン車やグランクラスに比べるとやや固く狭い印象を受けるが、それでも特急の座席ということもあって座り心地はいい。
「ようやく落ち着けるわね」
「ああ」
上野駅は途中駅なのでドアが閉まるとすぐに発車する。
大宮駅までは、ゆっくりした速度で進むことになっている。
「それにしてもあいつも結婚するのか」
「ふふ、浩介くん、幸子さんは直哉さんのものよ」
「分かってるって。もう、優子ちゃんは独占欲強いんだから」
浩介くんが、ちょっとだけ「やれやれ」という感じであたしを安心させるように話す。
やっぱりどうしても、あたしは独占欲を発揮してしまう。
「ふふ、幸子さんってすごいかわいくて美人だものね。結婚できた直哉さんは幸せよね」
あたしは少し小悪魔チックに話す。
「何言ってるんだ! 優子ちゃんと結婚できた俺の方が幸せだって!」
浩介くんが大きな声で取り繕ってくる。
ふふ、やっぱりかわいいわね。
「うん、でも幸子さんの花嫁姿、楽しみよね」
「なあに、あの時の優子ちゃんの花嫁姿に勝てる女はいねえよ!」
浩介くんが本気の目付きで捲し立てる。
浩介くんはどうやら「優子ちゃんがNo.1」だと本気で思っているらしい。
もちろん、あたしはすごいかわいくて美人だと思うし、美人揃いのTS病患者の中でも一際目立つ方だと思っているし、それこそその辺のアイドルや女優には絶対に負けないという自負がある。
それでも、今のあたしの服装だと、花嫁姿の幸子さんには勝てる気がしないわ。
幸子さんは、お人形さんみたいなかわいらしさを持っていて、あたしの方がまだ僅かに勝ってると思うけど、それでも100人いれば55人賛成してくれるくらいの程度のもので、自信をもって「あたしは幸子さんに勝てる」と言うのは難しいのよね。
桂子ちゃんや永原先生相手なら、彼女たちも超がつく美人だとは思ってるけど、小谷学園のミスコンのこともあって、あたしが勝っているという自負があるだけ違うのよね。
「間もなく──」
新幹線は幸子さんの街に到着した。
駅に列車が止まり、あたしたちは扉から出て地下鉄乗り場へと向かう。
幸子さんの結婚式場は、「東西線」で2駅先にある。
地下鉄東西線は開業してもうすぐ10周年を迎える新しい路線だ。
そう言えば、幸子さんが東京に来た時、「東西線は最近できた」って言ってたっけ?
そう考えると、あたしたちも付き合い長いわよね。
比較的新しい地下鉄の施設を進む。
ここは南北線とはまた別の路線になっている。
「何か違和感あるなあ……」
車両が入線して車内に入ると、浩介くんが違和感を感じながら席に座った。
「うん、何だか狭いわね」
あたしが、車端部にある扉を見ると、違和感に気付いた。
そして、車内全体が普段使っている鉄道よりも、小さい幅で作られていることに気付いた。
ドアが閉まり、列車が発車する。
車内にある液晶と表示は、東京の地下鉄と全く同じに見える。
「間もなくドア閉まります」
駅の放送と共にドアが閉まると、列車が発車した。
地下鉄の2駅はとても近く、あたしたちはあっという間に結婚式場の最寄り駅に到着する。
あたしにとって、初めての結婚式は自分の結婚式だった。
龍香ちゃんの結婚式にも参加したとしても、まだサンプル数が少なくて、幸子さんの結婚式がどういうものになるかは分からないわね。
「えっと……あ、この建物だわ」
招待状にあった建物をあたしが指差す。
そこは確かに、ホテル兼結婚式場だった。
「少し予定より早いけど、行きましょう」
「ああ」
あたしたちは、建物の中に入っていく。
受付の人に招待状を見せると、控え室に行くように促され、そちらへ案内された。
「こちらでお待ちください」
「「はい」」
あたしたちが中に入ると、何人かが目を丸くしていた。
「なあ、あれってまさか」
「うん、あの篠原夫妻だよね? どうしてこの結婚式に!?」
「うーん、妻の方が新婦と同じTS病だって言うし、その繋がり?」
「にしても関東住みだよね?」
どうやら、幸子さんの友人たちは、あたしと幸子さんとの関係について知らないらしいわね。
「篠原さん、こんにちは」
「あ、永原会長」
すると控え室の一角に陣取っていた美少女2人組から声をかけられた。
言うまでもなく、日本性転換症候群協会会長の永原先生と、余呉さんだった。
「あれ? 永原会長と余呉さんだけですか?」
「ええ、他の会員さんは忙しいですから」
余呉さんが落ち着いた口調で話す。
それにしたって、永原先生まで来ているというのは意外だった。
さて、永原先生からスペースを譲ってもらい、一角にやって来ると、そこには既にあたしが担当した患者さんたちが、歩美さんを除いて全員揃っていた。
「あれ? みんなもいたんだ」
みんな結構遠いのに。
「ええ、会長がお金を出してくれたわ。あたしたちにとって、幸子さんは一番上のお姉さんみたいな人なのよ」
弘子さんがそう説明してくれる。
確かに、カウンセラーのあたしを師匠とすれば、幸子さんは長女弟子みたいなものだもんね。
「そう、でも一番仲がいい歩美さんは──」
サー!
あたしがそう言いかけるとふすまが開く音がした。
「んー、あ、皆さんお久しぶりです!」
扉を開けたのは、歩美さんの彼氏の大智さんだった。
彼の後ろの歩美さんが、中に入って挨拶し、あたしたちの所に近付いてくる。
「歩美さんもここに?」
「はい、塩津幸子さんの結婚式、楽しみです」
歩美さんが勢いよく話す。
ふふ、ちょっとだけ指導かな?
「歩美さん、幸子さんはもう、塩津じゃなくなってるわよ」
あたしがやんわりと注意をする。
「おっとそうだったわね」
「TS病の女の子は、みんな女の子としてのアイデンティティを確立したがってるからね。式場では間違っても旧姓で呼んじゃダメよ」
「分かってますって」
そう、これはとても大切なこと。
あたしがそうだったように、あるいは他のTS病患者がそうだったように、結婚というのもTS病患者をまた一歩成長させる効果がある。
以前永原先生から、「TS病患者は、職場などで旧姓使用等をしている人が、未だに1人もいない」「周囲や会社側が要望しても、拒否する」などという話を聞いて、あたしも驚いた。
第三者目にはくだらないことでも、TS病患者にはどうしても「生まれつきも女の子ではない」ということに負い目が出てしまうのだという。
それを取り戻すためには、こういうのにこだわるしかないのよね。
あたしだって、部屋の中にお人形さんやぬいぐるみさん、おままごとなどの女児向けの遊び道具が増える一方だし。
「それにしても、あたしも結婚できるかしら?」
弘子さんには彼氏がいる。
まだ最終試験には合格できていないけど、もうすぐ受けたいとも話していた。
言葉遣いも、すっかり女の子になってるし、立ち居振舞いも大丈夫そうだわ。
「問題は大学生や社会人になってからよ。遠距離恋愛に耐えられるかというところだわ」
その点では、既に結婚しているあたしたちは心配ないわね。
「就職かあ……あたしもどうしようかしら?」
弘子さんが唸っている。
「あたしは、普通にOLやってるわ。一応、蓬莱の研究棟で学べたってことで、それなりの会社に勤められたわ。まだ始まったばかりで、結構右往左往してるわ」
あたしは、専業主婦になるか、蓬莱カンパニーで浩介くんと共働きのどちらかになると思っている。
浩介くんは、多分蓬莱カンパニーに就職できると思う。
うーん、選択肢は浩介くんの方が少ないから迷わなくて良さそうだけど、あたしの方が恵まれてる気がするわ。
「ふふ、皆さん頑張ってくださいね」
余呉さんが少しだけ微笑んでいる。
そう言えば、余呉さんって普段は何をしているのかしら?
「はい」
「なあ、あれってもしかして、例の永原会長じゃね?」
「もしかしても何も、どう見てもそうだろう?」
「じゃあもしかして、あそこにいる女ってみんな元男なのか!?」
「しかもあの会長は500歳越えてる訳だろ!? 信じられねえよなあ、TS病ってまさに神秘だよ」
近くで見ていた人たちが、またヒソヒソとあたしたちの話に会話を咲かせている。
しばらくすると、今度は幸子さんの両親と弟の徹さん、それに直哉さんの親族と思われる人たちが部屋に入ってきた。
そう言えば、幸子さんの家族と会うのは久しぶりかしら?
「あ、皆さん、本日はお忙しい中直哉と幸子の結婚式にご来場くださいまして誠にありがとうございます」
幸子さんのお父さんが頭を下げる。
あたしたちも吊られて、そのままの体制でペコリとお辞儀をした。
その後、親族の軽い自己紹介がある。
徹さんは相変わらずあたしたちのことをじろじろと見ているが、彼氏がいることを知って落胆していた。
徹さんは蓬莱の薬を飲んでいないので、初めて会った時とは大分印象が変わっているけど、どうやら中身には大した違いはないみたいだわ。
「準備が出来ましたので、ご案内いたします」
その言葉と共に、あたしたちは結婚式場へと足を進める。
所定の席につくと、扉が開いた。
「わあ……」
「おー!」
「すげえ!」
みんな、そのあまりの綺麗さに驚いていた。
幸子さんは、この世のものとは思えないくらいかわいらしい姿をしていた。
フリフリとレースがふんだんにあしらわれ、真っ白なドレスに顔も笑顔になっている。
そして直哉さんは、大胆に開かれていた幸子さんの胸をガン見していた。
ふふ、浩介くんも、ずっとあたしの胸を見てたわね。
花嫁衣装は、龍香ちゃんとは違い、どちらかと言えばあたしの系統に近いわ。
うーん、やっぱり幸子さん、かわいいわね。
しばらく諸事情につき土休日も1日1話です。