永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

417 / 555
いつもの休日いつもの誕生日 前編

「うーん、また失敗だわ」

 

 大学院修士2年の日々が本格的に始まった6月。

 あたしは自分で見つけ、蓬莱教授に提案したやり方で、不老遺伝子のメカニズムを見つける作業を行っていた。

 浩介くんが課題研究と修士論文に追われる中で、あたしは少しだけ余裕ができた。

 とはいえ、もちろんあたしのモデルだって成功するのは難しい。

 野球でも、3割打てれば強打者だけど、この世界はもっともっと少ない確率で勝負している。

 あたしの考えた理論でも、その通りに行くかどうかは分からない。

 もちろん、まだ始めたばかりなので、あたしはそこまで悲観をしていない。

 

 

「浩介くんの方はどうかしら?」

 

 むしろ気になるのは、来年浩介くんが博士課程に進めるかどうかということ?

 あたしはほぼ問題ないけど、浩介くんの方はどうだろう?

 あの時のAOも、「博士は何とも言えない」と言っていたし。

 

「優子さん、浩介さんのことかい?」

 

 あたしは、側にいた蓬莱教授に話しかけられた。

 

「あ、うん」

 

「何、大丈夫さ。浩介さんもああ見えて成績がぐんぐん延びているぞ」

 

 蓬莱教授が笑顔でそう話す。

 どうやら、あたしの知らない間に浩介くんも成績が上がっていたのね。

 

「それよりも優子さん、博士課程になるとまた修士とは違って、新しい業績を開拓する必要があるぞ。優子さんもそろそろ自分のことを気にかけるべきだぜ」

 

 蓬莱教授、今年度も始まったばかりなのに、もう来年のことを話しているわね。

 まあ、それだけあたしに見込みがあるということかもしれないけど。

 

「はい」

 

「まあ確かに、この研究所は、間違いなく最先端にいるだろうけどな」

 

 うん、そういう意味では、博士になるのにはうってつけの研究所ではあると思う。

 ともかく、実験を成功させないといけないわね。

 

「うーむ、しかし……」

 

 蓬莱教授も蓬莱教授で、何か引っかかるのか、ずっと実験結果とにらめっこしている。

 あたしたちの実験は、マウスでの実験はとっくにうまくいっている。

 しかし、それでダメだ。

 人間と遺伝子が近いと言っても、全く違う動物である以上、応用するのは遥かに難しい。

 まあ、人体実験の志願者は殺到中なので、「新薬開発と治験」という名目にはなっている。

 恵美ちゃんの元にも、蓬莱教授のスタッフが入り込んで、スポーツ選手に与える影響を精査している。

 

 そして今では、「不老の選手の育成方法」について、恵美ちゃんのテニスチームはノウハウを蓄積させている。

 なので恵美ちゃんは、年を追うごとに、他の選手よりも強くなっていった。

 身体能力そのままに、技術力がどんどん蓄積していくのだから、当たり前と言えば当たり前なんだけど。

 日本人は身体能力が弱い何ていう風説もあったが、仮にそうならば、不老人間がいかに強靭かが改めて分かったと思う。

 まあ、あたしみたいに、不老でも身体能力が弱い人はたくさんいるけどね。

 でも、少なくとも生存能力は不老でない人よりは強いはずだわ。

 

「うーん……とりあえず、成功例から見せてくれれば、理論も作りやすいんだがねえ」

 

 蓬莱教授は、あたしのモデルケースを見て何やら唸っている。

 おそらく、どこかに納得が行っていないのかもしれない。

 まああたしもあたしで、このことについては納得ができないところはあるけどね。

 

 

 さて、6月と言えば、あたしはもうひとつ、生まれてから24回目の誕生日を迎えることになっている。

 大学院に入った去年からは、もう「誕生日プレゼント」という年齢でもなくなったため、あたしの誕生日も、浩介くんの誕生日も、何か祝うということはなく、ごく普通の日になった。

 唯一違うのは、ちょっと高いお店に外食をするくらいで、普段と変わらない1日になっている。

 まあ毎年プレゼンと買ってとかしてたら贈る方も受けとる方も大変だし、それでもいいかな?

 

 6月22日があたしの誕生日で、今年は土曜日になっている。

 あたしは5日間の疲れをとるため、部屋の中でお人形さんたちとおままごと遊びをしていた。

 

「さあ、子猫さんのご飯作りましょうねえー」

 

 ミニチュアのテーブルに、お人形さんと犬さん、猫さん、ペンギンさんのぬいぐるみを椅子に座らせる。

 そしてあたしがご飯のおもちゃとお皿のおもちゃで食卓を作っていく。

 

 はうー、かわいいかわいい!

 ああ、おままごとにぬいぐるみさん遊びってやっぱりとっても楽しいわ。

 

 

  コンコン

 

「優子ちゃん」

 

 遊びが一段落して次のことを考えていたら、浩介くんが扉をノックしてきた。

 

「あらあなた、何かしら?」

 

「今日夕食、レストランに行くぞ」

 

 扉の向こうから、浩介くんの声が聞こえてくる。

 休日のあたしがこういった遊びに熱中することもあることを知っているためか、部屋には入らないらしい。

 

「はーい」

 

 今年も去年と同じように、レストランで外食するという。最も、何を食べるかまでは考えていないけれどね。

 あたしは、お人形さんとぬいぐるみさんを使ったおままごとが一段落したのでテレビを回す。

 ちょうど今は朝の時間帯で、毎週欠かさず……というわけではないけど、とにかくこの時間にやっている女児向けアニメを見るためにチャンネルを合わせた。

 

「さ、皆で仲良く、一緒に見ようね」

 

 そして、お人形さんとぬいぐるみさんを、あたしの両脇に置いて、頭の向きをテレビに向ける。

 

 あたしは、女児向けアニメが大好きで、それも、大人の視点で好きというわけではないし、大人の心で女児向けアニメを見ているという感じではない。

 やはりどれ程の時間がたっても、帰ることのできない童心を本能的に追い求めてしまうのよね、あたし。

 だけど、その事に罪悪感を感じてしまうことも、もうほとんどなくなった。

 今はもう、「これがあたしの性分なんだ」って、はっきりと割りきることにした。

 TS病として女の子に生まれ変わったあたしの個性。

 だって、女の子が女児向けアニメを見たっていいのよ。あたしには、実年齢はほとんど意味がないんだし。

 

 女児向けアニメが始まった。

 このアニメは、いわゆる変身アイドルもので、女児たちの変身願望をよく捉えていると思う。

 

 あたしは、至福の時間を過ごした。

 浩介くんとの夫婦生活とは、また違った幸福感が、あたしを包み込んだ。

 

 あたしは、本棚からふと古い少女漫画を取り出した。

 これは、あたしが女の子になってから、ううん、あたしが人生で初めて読んだ少女漫画だった。

 主人公の平凡だけどかわいい女の子が、お坊っちゃまに恋をするけど、許嫁の意地悪お嬢様にいじめられてしまう漫画だった。

 最後はいじめられ過ぎた主人公が泣いてしまい、その様子をお坊っちゃまに目撃され、お嬢様は婚約解消の憂き目に遭い、会社も没落して行方不明、一方で主人公の女の子は愛しのお坊っちゃまと結婚して幸せを手にいれるというストーリーになっている。

 あたしがカリキュラムとして手に取った時点でかなり古い少女漫画だけれど、今でもカリキュラムには必ずこの漫画が取り入れられている。

 

 それは、この漫画がよく王道を踏んでいて、女の子の感性を漫画で理解するのにとてもいい教材だから。

 お金持ちでかっこいい男の子、女の子に優しい男の子……ふふ、浩介くんもそんな感じかしら?

 あ、でもお金持ちっていう訳じゃないか。

 

「ふう」

 

 少女漫画には、エッチなシーンが結構多い。

 この漫画の場合は、スカートめくりのいじめを、お嬢様にされてしまうシーンがあり、これに泣き出した主人公を見て、物語が大きく動くようになっている。

 

 少女漫画を読み終わったあたしは、朝食を食べにリビングへと向かう。

 

「おはよー」

 

「おはよー、今日は優子ちゃん誕生日ね」

 

 お義母さんが、早速あたしの誕生日について触れてくる。

 

「あーうん、でもいつもと変わらないわよ」

 

 そう言うと、あたしはいつものようにキッチンへと向かって家事の準備をする。

 さっきまでは女児モードだったあたしも、キッチンに立てばたちまち「主婦モード」に大変身になる。

 主婦的な所も、女児的な所も、少女的な所も、全部「篠原優子」という女の子を構成する上で欠かせないもの。

 あたしはお料理をいつものようにお義母さんと一緒に作り上げた。

 誕生日の朝食と言っても、何か特別なものを作るわけでもないので、いつも通りを心掛けることにした。

 

 

「優子ちゃんも浩介も、研究はうまくいっているかい?」

 

 お義父さんが、珍しくあたしたちの大学院について聞いてくる。

 

「ああ、今のところ大丈夫だ」

 

「うーん、あたしはちょっと課題があるかしら?」

 

 浩介くんは自信たっぷりに大丈夫と答え、逆にあたしはまだ課題が残っていることについて少し触れる。

 絶対的な水準では、あたしが上回っているけど、従事している研究を考えれば、こういう回答にならざるを得ないと思う。

 

「あら、意外だわ」

 

 お義母さんの顔が少し驚きに染まる。

 

「あーうん、優子ちゃんの方が難しい課題しているんだよ」

 

 浩介くんナイスフォローだわ!

 

「へー、そうなのね」

 

 それ以降、あたしたちは通常の朝食へと戻った。

 

 

 朝食が終わり、あたしはまた部屋で少女漫画を手にとって読み返す。

 と言っても、既に読んだ内容の漫画を、また読み返しているので、軽く読むという感じ。

 女の子になったばかりの頃は、空いている場所が多かったのに、今ではもう、本棚がいっぱいいっぱいになってきた。

 古い女性誌などは捨てているけど、それでも、新しく買った単行本だけで結構な分量に上ることになる。

 

 少女漫画業界や、少年漫画業界も、蓬莱の薬に大きく期待している。

 それは、言うまでもなく蓬莱の薬が少子化への特効薬になる可能性が大きいからだ。

 考えて見れば、今まで蓬莱の薬について言及しない業界はほぼなかった。

 雇用どころか産業の消滅さえ確実視される老人ホーム業界でさえ、蓬莱の薬に反対しなかったらしい。

 それは、98%という圧倒的世論のみならず、介護業界の待遇の悪さもあると思う。

 

 いずれにしても、外国のイデオロギー団体も、徐々に追い詰められている。

 世界の国民投票では、これまで全ての国で蓬莱の薬に賛成が多数となった。

 こうなると、いわゆる「ロック」と呼ばれる人たちが蓬莱の薬に反対しそうなものだけど、日本のロックたちも、誰も蓬莱の薬には反対とは言わないらしい。

 

 とはいえ、海外では少数とはいえ、蓬莱の薬に反対する勢力がいる。

 彼らは国民投票で何度結果が出ても、諦めないらしい。

 とはいえ、反対派包囲網は確実に狭まっている。

 日本時代からあたしたちに反対してきた例の牧師も潜伏していると思われる環境保護団体は、追い詰められた末とはいえ、その国の有権者に矛先を向け始めている。

 こうなるのは、既に末期の証拠というのが、蓬莱教授の話だった。

 

「優子ちゃーん、手伝ってー」

 

「はーい」

 

 お義母さんに呼ばれ、あたしは家事を手伝いにリビングへと入る。

 今日は土曜日でお義母さんが終日いるはずなので、浩介くんが出る幕がないわね。

 ……と思ってたんだけど……

 

「いけない! ネギが切れてるわ! ちょっと買ってくるから、優子ちゃんお洗濯続きお願いね」

 

 うーん、やっぱりいくら気をつけても、野菜は切らせちゃうのよね。

 

「あ、はい」

 

 お義母さんが急いで外出の準備をして、家を出ていってしまった。

 うー、この量を1人でって……

 浩介くんを見ると、露骨にガッツポーズをしていた。

 

「えっとその……浩介くん、洗濯物を入れるの手伝ってくれる?」

 

「いよっしゃあ!」

 

 浩介くんが気合いを入れてガッツポーズをする。

 とにかく今は、これを片付けないといけないわ。

 

 

  そして──

 

「ふひひ、優子ちゃん、ご褒美ちょうだい」

 

「きょ、今日くらいは許してえ……」

 

 あたしが演技した涙声で浩介くんに懇願する。

 

「ふふ、ダメ」

 

 あたしは簡単に演技を見破られてしまい、浩介くんに赤い巻きスカートの裾を掴まれてしまう。

 

  ぺろー

 

「ううっ、恥ずかしいよお……」

 

 顔を両手で覆って、視界を閉ざすことでなんとか耐える。

 

「かわいい熊さんだね」

 

 熊さんがプリントされた、あたしのお気に入りのパンツ、やっぱり浩介くんに見られるのは、とっても恥ずかしいわ。

 特にこの、「ご褒美」というシチュエーションも、効いていると思うわね。

 

「ふう、やっぱり家事手伝いはやめられないぜ」

 

「あうう……」

 

 やっぱり、性欲に働きかけると簡単に行動してくれるよね。男って。

 確かに恥ずかしいけど、これさえ我慢すれば、家事を手伝ってくれるんだから、他の主婦の皆さんも見習えばいいのにと思ってしまうわね。

 

 

「ただいまー」

 

 言いつけられたことを全て終え、部屋で休んでいるとお義母さんが帰ってきた。

 

「おかえりー」

 

 あたしはお義母さんを玄関に迎えて買ってきたものを冷蔵庫に入れるのを手伝った。

 

「もう洗濯終わったの?」

 

「うん」

 

 洗濯が終わっていることを伝えると、お義母さんが驚いた顔になる。

 確かに、あたし1人であの時間で終わらせるのは結構難しい。

 

「俺が手伝ったんだ」

 

 浩介くんが「どうだ」という感じで胸を張るようにして言う。

 

「まあ、浩介もそういうことするようになったのね」

 

 浩介くんが家事を手伝ったことに対して、お義母さんが大いに感心している。

 

「もちろん、優子ちゃんが困ってる時だけ手伝ってるぞ」

 

「ふふ、そういう所も含めて、いい旦那さんよね」

 

 お義母さんが、ますます浩介くんを誉めている。

 

「えへへ」

 

 浩介くんも気分よく愛想笑いをしている。

 ふふ、浩介くんのモチベーションが、あたしのパンツを見たいということは、言わない方がみんなのためになるわね。

 

「さて、それじゃああと少ししたらお昼作るから待っててね」

 

「おう」

 

 あたしがお昼ご飯を待つように言うと、浩介くんは自分の部屋の中に戻っていった。

 あたしも、自分の部屋に戻って、自室のお掃除を開始することにした。

 

 

「うーん、これはここでいいかしら?」

 

 お掃除と並行して行うのが整理整頓。

 実家にあったあたしの部屋をこの家に忠実に再現した結果として、高校時代の教科書なんかも残っている。

 大学に進んだ時に何かの役に立つと考えていたけれども、結果的に大学1年の時にたまに開いた位で、今はほとんど役に立っていない。

 

「そう言えば、屋根裏部屋が物置になっていたかしら?」

 

 結婚してから、屋根裏部屋を訪れたことはあまりない。

 大体は冬場の暖房器具や、夏場の扇風機の取り出しやレジャーの時に使う器具の収納などに使っていて、それを取り出したりする時に開ける訳だけど、それなりの重さがあるものも多く、浩介くんやお義父さんに力仕事を任せている。

 ともあれ、今は整頓だけでいいわね。

 時間も時間だし、そろそろお昼ご飯の支度をしようかしら。

 

「ふう」

 

「優子ちゃん、ご飯作る?」

 

 ノートパソコンで何かを見ていたお義母さんがあたしを見てご飯の準備を暗に促してくる。

 

「うん」

 

 今日のご飯はうどんを作る。

 お義母さんと一緒に、役割分担をしながら作る。

 ちなみに、1人でも全て出来るように、毎回役割を入れ換えたりしながら進めている。

 

「お義母さん、そっちは大丈夫?」

 

「ええ、問題ないわよ」

 

 2人で協力して、うまく作っていく。

 麺と具を茹で、またお皿に盛り付けていく。

 季節も6月になって、暖かくなったので、冷たいうどんを作る機会が多い。

 

「できたわよー」

 

 そして、あたしが代表して浩介くんとお義父さんを呼ぶ。

 すると、男2人が部屋から出てきて食卓を囲み、いつものように一家4人でお昼ご飯を食べる。

 結婚生活の間、ずっと続けてきた食卓囲みだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。