永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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突然の成功

 誕生日も終わり、季節は夏の終わり、大学院にも夏休みらしきものはあるが、あたしには無縁だった。

 というのも、あたしたちはついに難関を打破することができたから。

 

 変化は突然に、そして何の予兆もなく急激に訪れた。

 それは7月のある日、あたしと浩介くんは、蓬莱教授と数人の助手と共に、実験を見守っていた時のことだった。

 

 

「うん、これで成功だわ。やったわ!」

 

 あたしは、とうとう新しくγ型遺伝子を発見した。いや、あたしの理論で蓬莱の薬に改良を加えていき、ついに成功したというのが正しい。

 あの時は何時ものようにしらみつぶし的にあたしの仮説を実証する日々だった。

 すぐに駆けつけた蓬莱教授にも見てもらう。

 

「優子さん、成功だ!」

 

 そしてしばらくして、蓬莱教授が追試を始め、翌日、これまでの蓬莱の薬では防げなかった細胞分裂における僅かな劣化が完全になくなったという報告が蓬莱教授から入った。

 

 γ型の要素は、α型やβ型と違って、TS病患者にとって「主」となることはなく、発見は困難を極めた。

 でも、今はもう、それが何者なのかもはっきりした。

 γ型は、分裂直後に同じ遺伝子を2つ作り、片方を冬眠させる性質を持っていた。いわば分裂時に予備を作ってから参照するβ型を補う役割があり、復元保存のためのシステムというのが正しいだろう。

 β型と対をなすこの方法で、仮にどちらかの原本が何らかの形で劣化しても、元に戻せる二重構造になっていた。なるほど、確かにこれならこれを「主」とする患者が居ないのも頷けるわね。

 こうして、不老は完成した。

 これまでの蓬莱の薬では、時間がたつにつれてわずかに劣化することが知られていたが、既にこの手法で、TS病患者と同じ遺伝子を再現できることがわかった。

 あの時、蓬莱教授はとても興奮していた。

 大学院生のあたしが、蓬莱教授でさえ発見できなかった新事実を発見し、大層に喜んでいた。

 この報告をした時には、義両親が、あたしの両親も連れて赤飯を炊いてパーティーを開いてくれた。

 おばあさんも「これでようやくひ孫ができる」と喜んでいたけど、もちろんまだまだやらなきゃいけないことがあるのよね。

 一方で、永原先生もとても喜んでいて、正会員全員に情報が拡散され、正会員たちからお祝いのメッセージがたくさん届いた。

 一方で、マスコミには高島さんのみに情報を流し、「まだ再現性に乏しく、時期尚早なので報道しないで欲しい」とだけ伝えてある。

 

 ともあれ、浩介くんをはじめとする被験者の細胞で実験した結果、あたしたちはついに完全な不老の薬を作り上げることができた。

 この事が判明すれば、後は再現することは容易で、海外を含めた複数の他研究期間にも追試をしてもらい、これもすべて成功させた。

 これで不老の薬ができるはずだった。

 しかし、実用化にはまだもう1つの壁があった。

 それが──

 

「相変わらず、歩留まりが悪いな」

 

 実験終了後、会議室で蓬莱教授がため息をつく。

 そう、再現実験に成功するはする。しかし、方法が悪いのか成功する確率が非常に悪く、これではまだ世間に発表はできないとあたしは考えている。

 運次第で蓬莱の薬は完全なる薬ではなく、例えば10000歳の薬とか、3000歳の薬などになってしまう。

 これでは、欠陥商品なので世に売り出すことができない。

 あたしや蓬莱教授が作った完全な薬は、TS病患者と全く同じ特徴を有するようになるので幸い成功失敗の見分けは容易ではある。

 

「これでは生産力に大きな壁ができてしまう。それでは、蓬莱の薬の意味がない」

 

 蓬莱教授が苦々しい顔をする。

 

「生産力が追い付かないというわけですね」

 

 これでは生産に成功しても、まともに発売することができなくなってしまう。

 蓬莱教授は不老の特権化を嫌っている。生産力が極端に悪いまま発売するくらいならしないほうがマシくらいに考えている。

 

「ああ、向こう100年の間に、最低でも消費分と合わせて在庫を合わせて15億本は作らないといけないが、そうすると1日に41000本以上のペースが必要になる」

 

 蓬莱教授が紙の上で皮算用をして資料を見せてくれる。

 蓬莱の薬が1人5本とすれば確かにその程度が必要になる。

 

「無理ですよ。今は丸1日から2日に1本が限度です」

 

 とにかく、今の蓬莱の薬は成功率が悪い。

 2000歳の薬ならば、今の研究所でも1日に100本を作り出すことができる。

 もちろん、今は生産ラインが1つだけだから、うまくいけば何本か生産ラインを作れる。

 工場を作るにしても、予備の設備も必要だから、最低でも1日にのべ50000本を作れる能力のある工場を全国に作らないといけないし、ましてや世界に広げるとなると、その100倍以上の在庫と生産力が必要になってくる。

 大きな工場を作るにしても、最低でも今の2000歳の薬のペースにしないといけないし、専門的な知識も必要になる。

 

「その通り、今の歩留まりでは、蓬莱の薬は間違いなく数十億円単位の値段に高騰するだろう。我々が安く売ったところで、転売屋が高値で取引するだけで無駄だ。蓬莱の薬は、大衆に広めなきゃならないものなんだ」

 

 蓬莱教授は、「一部の人だけが不老になるのでは、蓬莱の薬の意味がない」と繰り返し繰り返し訴えていた。

 あくまでも、「1億総不老社会」の実現こそが、ここ数十年の至上命題になっている。

 

「生産能力の向上かあ……」

 

 浩介くんが上の空でつぶやく。

 

「やり方としては、やはり歩留まりを改善させて効率化するか、非効率を承知で巨大な工場と人員と予算でごり押しするか。後者の方法を使えば、蓬莱カンパニーは間違いなく赤字倒産するだろう。そうなれば政府からの補助金に頼るしかなくなるから、それはそれで色々とまずいだろう」

 

 特に、政府などの行政機関に弱味を握られてしまえば、蓬莱の薬が持つ交渉力を手放さざるを得なくなってしまうのが致命的だ。

 日本人の不老にのみ対応ならば、まだ後者のやり方でも国民を納得はさせられるだろうけど、100年後の国際解禁に備えた国力の増強にも支障が出るばかりか、外国人の不老に対して日本人の税金を使うなど、100年後の国民は絶対に承服しないだろうことは容易に想像できた。

 

「しかし、これが大発見であることは事実だ。改善の余地はあるが、優子さんのお陰で一応は完全な蓬莱の薬を完成させたことは事実だからな」

 

 蓬莱教授は、今回の研究をあたしの功績だと言ってくれた。

 もうまもなく、浩介くんが不老の薬を飲む。それでもう、あたしの目的は達成されたようなもの。

 でもそれだけでは足りない。

 あたしたちには、やり残したことがある。

 

「はい」

 

「よし、それじゃあ、記者会見を開こうか。悪いが優子さん、会見に出てくれないか?」

 

「え!?」

 

 予想してなかったと言えば嘘になる。

 でも、記者会見をするなんていきなり言われたら、あたしだって驚いてしまうわ。

 

「蓬莱さん、その……優子ちゃんをどうして!?」

 

 浩介くんが動揺してちぐはぐな言葉遣いになる。

 

「落ち着いてくれ。今回の蓬莱の薬、俺は全く想定してなかった部分だったんだ。もし優子さんが気づいてくれなかったら、薬の完成は最低10年、下手すれば100年以上は遅れていたさ」

 

 蓬莱教授がさらりととんでもないことを言う。

 あたしは、やっと自分がしたことを理解した。

 蓬莱教授も、当然にこれを想定していると思っていたが、あたしの発見で、蓬莱教授が見当違いだったと言うことも分かった。

 

「こう見えて潔癖だからね俺は。優子さんの功績はきちんと優子さんのものにしてやりたいって言うのもあるのさ。とはいえ、現状では歩留まりがあまりにも悪く、実際に販売するのはもう少し先になることも、きちんと記者会見で話すつもりだ」

 

 蓬莱教授は、ごまかすのが嫌いらしい。

 そういうのは必ずばれると思っているらしく、学問的なことについては異常なくらい潔癖を貫いている。

 思えば、盗聴をいちいち警戒したり、マスコミなどに対して、自身に不利な報道を押さえつけようとしたりしたのもそういったところがあったのかもしれないわね。

 

「それから優子さん、君はあまりにも優秀だ。そこで、今からこの発見を元に博士論文を書いてもらいたい。何、博士号は心配いらん。この業績だけでも、論文博士……いや、大真面目な話でノーベル賞ものだ」

 

 確かに、あの蓬莱教授の盲点に気付いたあたしが、優秀じゃないわけがない。

 蓬莱の薬がもたらす世間への恩恵を考えれば、その最後のピースを嵌めたあたしがノーベル賞に値しないというのはおかしいというのも分かる。

 冷静に、客観的に評価すれば、それは当たり前としかいいようがない。

 それでも、あたしがノーベル賞なんて、全く予想ができないことだった。

 受賞するとしても、蓬莱教授がするものだとしか、あたしには思えない。

 

「でも、博士論文ってどうやって──」

 

「あーそうだなあ……」

 

 あたしの一言に、蓬莱教授がはっとした様子で拳を顎に当てて考え込んでしまった。

 

「……やはりこの事はしばらく内密にしておこう。もちろん、発見の業績は優子さんということにはするぞ。論文を書き終わったら、まずは世界的な科学雑誌に記載させよう。それで、世間に問うんだ」

 

「はい」

 

 あたしたちは、今後のことについて話し合う。

 まず、歩留まりの改善を今後の目標とすること。

 あたしは学部生の頃に書いた修士論文を微修正の上提出し、直ちにこの業績を持って博士論文を書き上げると共に、博士課程の内容を進めていく。

 来年の4月を目処に記者会見を開き、この業績を世間に知らしめると共に、「蓬莱カンパニー株式会社」を正式に設立することも発表するという。

 

「蓬莱カンパニーの経営なのだが、社長は優子さんか浩介さんにお願いしたいと思っている」

 

「え!? どうしてですか!?」

 

 蓬莱教授の唐突な指名に、あたしと浩介くんが驚いてしまう。

 会社の社長って、そもそも経営学なんてしたことないのに。

 

「俺や他の研究者は、みんな研究肌過ぎるし、何よりもう1つの利害関係者との橋渡しとしての役割もあるからな」

 

 蓬莱教授が言う「もう1つの利害関係者」とは、言うまでもなく永原先生と協会のこと。

 元々は永原先生たちの協力があってこそ不老研究が成り立ってきた。

 協会と蓬莱教授の研究は、いつもセットで批判者から批判されており、協会側も政府と交渉パイプを持っている。

 

 また、薬を今後改良する上でも、TS病患者たちの遺伝子提供は欠かせないから、「もう用済み」というわけには断じていかないのよね。

 まあ、永原先生も「大人を越えた大人」らしく、蓬莱教授側にあれこれ利権を要求するということはない。

 基本的に蓬莱教授の研究方針そのものには文句は言わず、しかし薬の普及についてあれこれ意見を述べるだけだ。

 

「永原先生……ですよね?」

 

 年のために聞いてみる。

 

「もちろんだ。永原先生がいなければ俺の研究は間違いなく最初の薬も発明できずに行き詰まったさ。それに、TS病患者は美人ばかりだ。広報担当として今後もずっと必要になってくる」

 

「そうですね。もし敵に回せば、反対派を勢い付かせるだけでしょう」

 

 永原先生や、TS病患者の遺伝子で、今回の研究は成り立っている。

 もし、「私たちの遺伝子を一般人に拡散させるのは嫌」何て言う声明文を発表されてしまえば、それだけで蓬莱教授は大打撃を受ける。

 永原先生が増長する可能性はほぼないため、引き続きあたしたちは、TS病患者は厚遇するべきという意見でまとまっている。

 単純に過去の功績だけではなく、永原先生自身の能力も極めて優秀だということも、また事実だった。

 

「ああ、幸いにも、永原先生は500歳を越えている。封建時代の人間らしく『わきまえる』という能力に関しては本当に素晴らしい。これが、不老足り得ぬ人間の年齢なら、増長して『老害』何て言われていたかもしれないがな」

 

 蓬莱教授が軽く笑いを作る。

 うん、たしかにそれはその通りだと思う。

 永原先生という、たった1人の戦国時代生まれ。もしかしたら、そういった存在がいて、しかも蓬莱教授と勤務地の近い小谷学園に勤めていて、以前から私的な交流が盛んだったからこそ、一旦信頼関係が出来れば強固な蜜月関係になれたんだと思う。

 もし、創設された時の協会が、余呉さんを始め江戸時代以降の生まれしかいなかったら、もしかしたら今日このような成功はなかったと思う。

 

「さ、今日はこの辺にしておこう。明日以降、歩留まりの改善策を考えようじゃないか」

 

 蓬莱教授がそう解散を宣言する。

 歩留まりの改善は遅々として進んでいない。

 つまり、まだブレイクスルーが必要であるという意味でもあるのよね。

 でも、何故だろう?

 あたしには、もう大丈夫な気がしていた。多分もう、大きな壁はないと思えてくる。

 後はあたしや浩介くん、蓬莱教授が不慮の事故などに巻き込まれないように注意するだけでいいような、そんな気がしてきた。

 

「ふう」

 

 大学から帰って自室に戻り、一息つく。

 あたしはまた、考える。

 今の状況が出来るまでに、いくつもの困難を乗り越えてきた。

 最初の困難は1538年、今から486年前に、当時の鳩原刀根之助がTS病になり、うまく逃げおおせて殺されなかったこと。

 TS病が男の面影を残さずに女の子になると言うのも大きかったと思う。

 今思えば、あの時点で両親が既に死んでいたのが幸いだった。

 不老が疑われ始めた1582年、今から442年前に本能寺の変が起きて柳ヶ瀬まつは村を飛び出した。

 あの時代の治安の悪さを考えれば、大坂の陣で江戸に住むまで生き続けたのは奇跡としか言いようがない。

 そして、江戸時代も。

 火事と喧嘩が多かったあの時代、確かに戦国時代と比べれば比較的平穏だけれど、それでも200年以上安全に暮らせたのも、再逃亡を考えた矢先に江戸城に呼び出され、そのまま江戸幕府が倒れるまで江戸城に定住できたのが大きかった。

 あのとき逃亡してたら、またどこかで事件に巻き込まれたかもしれない。

 永原先生はその後、明治時代や、戦時中の未遂に終わった逃亡策に罪悪感を感じつつも戦中戦後をも生き延びた。

 永原先生の存在があったからこそ、蓬莱教授が年齢証明について深入りし、不老研究へと突き進むことになった。

 蓬莱教授も性格だからこそ、途中で投げ出したりしなかった。

 

 そして現代、最初の奇跡は、あたしが小谷学園に入って永原先生のクラスになったこと。

 永原先生のクラスにいた時に発病したお陰で、あたしは永原先生の指導をとても手厚く受けられた。

 それだけではない。

 今思えば、クラスの女子が当初、桂子ちゃんと恵美ちゃんで分裂していたことさえ、この奇跡の一端を担っていると思える。

 あたしを受け入れると言うこと、女の子として生きていく上で、小谷学園の、特に高校2年生の日々は、どの日も欠かせなかったと思う。

 あたしが女の子らしくなるのが早かったお陰で、そして林間学校で実行委員に浩介くんが選ばれたお陰で、そしてあの時にバスガイドのナンパから救われたお陰で。

 

 あたしは、女の子としての恋を知ることができた。

 いや、出来たことではない。早まったことが大事なことだった。

 そして、ずっと近くで見ていた永原先生が、思いきってあたしを正会員に迎え入れてくれた。

 

「そのお陰で、幸子さんが救われたのよね」

 

 この間結婚した幸子さんは、当初は男に戻りたいと願ってしまっていた。

 もちろんそれは自殺の道で、あたしが早くに正会員になったからこそ、幸子さんは女性としての幸せを手にいれることができたし、何より新しいカリキュラムを作ることができた。

 あの時の小谷学園での林間学校の実行委員のくじ引きが救った命は、幸子さんだけではなかった。

 幸子さんが絶望的な状況から回復したからこそ、あのカリキュラムができて、過半数を越えていた自殺者が限りなく0に近い状態にまでなった。

 そしてその実績があったからこそ、あたしたちは早期に「明日の会」を打ち負かすことができた。

 

 あたしが佐和山大学への進学を決意した時も、永原先生は最終的には教師よりも協会会長を取った。

 これもまた、もしかしたら浩介くんに恋したのが早く、寿命問題を考える時間があったためかもしれないわね。

 

 更に言えば、あたしの実績があったからこそ、歩美さんが佐和山大学に来てくれたんだと思う。

 あるいはこれは「ブライト桜」の高島さんが、ある意味ではプライドを捨てる決断をしてくれたお陰でもあると思う。

 歩美さんが佐和山大学に来てくれたからこそ、α型とβ型という概念を知ることができた。

 研究が早まったお陰で、敵に態勢を整えさせる準備を与えずに済んだ。

 これも大きかった。

 

 さりげないことが、大きな奇跡へと連鎖していった。

 あたしはそう痛感している。

 

「優子ちゃーん、ご飯よー」

 

「はーい!」

 

 お義母さんの呼び声と共に、あたしは食卓への道を急ぐ。

 大丈夫よ。きっと、全てうまくいくわ。

 だって、こんなにも多くの奇跡を、全ていい方向に、進めているんだもの。

 浩介くんとあたしの幸せな日々に思いを寄せ、あたしは美味しい料理を食べることにした。




このあたり作者に経験のないことなので至らない点は多いと思われます。
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