永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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永原先生の望み

「あ、石山さん、ちょっといい? 篠原くんも」

 

「ど、どうしたんですか? 永原先生?」

 

 他のクラスの実行委員が帰り始めた頃、永原先生が私達を呼び出した。

 

「実は部屋割りとバス割りの件なんだけど……」

 

「う、うん」

 

 嫌な予感がする。

 

「実は、また小野先生が抵抗してて……石山さんを教師たちの部屋……というよりも私の部屋に入れたがるのよ」

 

 やっぱり……!

 

「ど、どうして? 小野先生なら永原先生が弱みを握っているはずじゃ――」

 

「そのはずなんだけど、教頭先生から圧力をかけられたとか何とかで……」

 

「つまり後ろ盾ってこと?」

 

 黒幕は教頭先生ということか……

 

「そうみたいなのよ。全く、本当に……往生際の悪い子よ」

 

「先生! 先生が何で小野先生の弱みを……!」

 

 篠原くんが疑問に思う。

 

「篠原君、それは話すと長くなるけど……きっとあなたを救うことにもなるから、聞いてくれるかな? 石山さんも」

 

「え、うん」

 

「はい」

 

「……篠原君、石山さんってちょっと変わった女の子でしょ?」

 

「え? 何でその話を……確かに、石山は男から女になったけど……」

 

「TS病って有史以来全世界で発症者は1300人くらいしか居ない珍しい病気よ……」

 

「それが一体?」

 

「まあ聞いてよ……実はこの学校にはもう一人TS病の患者がいるのよ」

 

「ええ!? だ、誰ですか!? ま、まさか……」

 

 篠原くんが驚きの表情になる。

 

「そうよ、今篠原君の目の前に立ってる。私、永原マキノのことよ」

 

「じゃあ……先生が30歳ってのは……」

 

「世間向け……いいえ、小谷学園で働くための建前のものよ……小野先生の弱みは、私がかつて小野先生の小学校時代に担任をしてたこと。小野先生がその時手がつけられないくらいイタズラを繰り返す悪ガキで私によく叱られてたってことよ」

 

「で、でも小野先生って50代じゃ……永原先生は一体……」

 

「私の本当の年齢は……やめておくわ、信じてもらえるわけないもの」

 

「そ、そんな。でも知りた――」

 

「篠原くん、女性には年齢を聞いちゃだめよ! いいね!?」

 

 私がちょっと強く注意する。

 

「あっはい」

 

 永原先生は実は499歳で元真田家足軽だったなんて言ったってしょうがないもんなあ……

 ともあれ永原先生は続ける。

 

「ところで、先生も同じ病気ってことはもしかして石山のこと?」

 

「いい着眼点ね。そうよ、石山さんを女の子らしくするために私とお母様で教育したわ」

 

「どうしてそんなことを?」

 

「篠原くん、それはさっきの話しより長くなるわよ」

 

 私が注意する。

 

「ああ、構わない。石山と、先生の関係を……俺は知りたい。そうしないと……俺は罪を償いきれないと思う」

 

「……篠原君がそこまで言うなら教えてあげる。私が石山さんを教育したのは単に担任だったからってだけじゃないわよ。私は教師以外にもう一つの顔があるの……私は『日本性転換症候群協会』の会長なのよ」

 

「な、何ですかその日本性転換なんとかってのは?」

 

 篠原くんが驚く。

 

「私達TS病患者で作る団体よ。TS病の社会理解を深めるという意味で100年位前に私を会長に作られたわ」

 

「え? 100年前から生きてたんですか!?」

 

 篠原くんの表情から更に驚愕の色が強まる。

 実際は100年じゃ効かないわよ篠原くん……

 

「おっと、これはいけない。ところで、TS病って医学的な正式名称なんていうか知ってる?」

 

「え? 知らないですけど……」

 

「じゃあ教えてあげるわね、正式名称は『完全性転換症候群』よ」

 

「か、かんぜん!?」

 

「そう、実はね、元々は単に『性転換症候群』って言われていたのよ」

 

「……あの……どうして変わったの?」

 

 今度は私が質問する。

 

「私が政治的な圧力を医学界にかけたからよ」

 

「永原先生は、どうしてそこまでしたの?」

 

「……この病気になるとまず生理が来るようになる。もちろん私もまだ来てるわよ」

 

「更に赤ちゃんを産むことだって出来る。ホルモン分泌だって女性ホルモンになるし、通常は男性が出来ない『女の子座り』もできるようになるわ。私達は『完全な女性』になるのよ」

 

 確かにそうだ。女の子座りのカリキュラムもあった。あんまり使ってないけど。

 

「身体的には、男性としての特徴は何一つ残さないわ。だから、私達『日本性転換症候群協会』の会員のみんなは『女性』であることを誇りにしているのよ」

 

「じゃ、じゃあ俺は……ああ、俺は……なんて事を!!!」

 

 また篠原くんが頭を抱えてうなだれている。

 

「……篠原君、石山さんはもうとっくにあなたのことを許しているのよ。これ以上罪悪感を見せると、石山さんをかえって傷つけちゃうわよ」

 

「で、でも……だって!」

 

「篠原くんは知らなかったんだもん。仕方ないよ」

 

 私もなだめの言葉を出す。

 

「気持ちは分かるわ。でも今は私の話を聞いてくれる? 次の問題、そもそも『どうして』私達は自分たちが『女性』であることにこだわるようになったと思う?」

 

「もしかして、男だと思うと――」

 

「そう、この病気になると『男に戻りたい』と思ってしまう患者がとても多いわ。でもそうやってもがいた患者は……みんな有り余る寿命を捨てて、自ら命を絶っていったわよ。特に現代なんてなまじ性転換手術なんてものが出来てしまったせいでね……女性であることを支えにしなければ、私達は生きていけないの」

 

「だけど、そういう上で立ちふさがるのが、小野先生のケースよ」

 

「ど、どういうこと?」

 

「ちょっと前にLGBTという言葉が流行ったでしょ? 実はその推進団体が私達をその仲間に入れようなんて言う運動を、もちろん私達に相談もなしに勝手にし始めたのよ」

 

「以前から似たようなことがあったんだけどね……私達はね、性同一性障害で性別適合手術を受けて性別が変わった人とか、単なる女装者やいわゆる男の娘なんて言われている類とは全く性質が異なるのよ」

 

「もちろん、今までも数多くの患者が性同一性障害に陥ったわ。もしかしたら……いや、まず間違いなく半数以上はそうだったわよ」

 

「でも男に戻りたいとLGBTのTに進んだ患者はみんなすぐに死んだわ。今長く生きている私達は……女の子になる決意をした私達はそうじゃないの」

 

「で、でもこの病気はちゃんと理解しないと、昔の俺みたいに――」

 

「篠原君、私達に難しい理解はいらないのよ。私達が欲しいのはただ一つよ。それはね……普通の女性としての扱いよ。生理が来て、妊娠し、出産できる。老化しないということを除けば、私達は他の女性と何ら変わらないの」

 

「私達が欲しいのは性的マイノリティーとしての権利じゃないわ。世界の人口の半分存在する、彼女たちの一員になりたいだけなのよ。トランスジェンダー扱いはゴメンだわ。見た目通りの扱いをして欲しいのよ」

 

「……」

 

 篠原くんも私も、永原先生の話に聞き入っている。

 

「でも、教頭先生や小野先生はそれを理解しようとしないのよ。むしろ高月君や篠原君のように、悪意を持って理解しないように振る舞うよりもずっと罪深いことなのよ」

 

「ど、どうして? 善意なんでしょ? それがどうして俺より罪深いことになるの?」

 

「……篠原くん、あなたは私をいじめた時、心の奥底、本心では私のことを男だと思ってた?」

 

 ここは私が補足する。

 

「え? うん、だって……俺は悪意を持って、石山を男だと……」

 

 私と永原先生は首を横に振る。

 

「いいえ、篠原君、あなたも心の奥底では石山さんを女性だと思っていたわよ。もちろん、すぐに決めかねた田村さんも、あなたと一緒にいじめていた高月君も最初から、ね」

 

「どうして、どうしてそんなことが……」

 

「……篠原君が今、反省して贖罪の日々を送っているからよ」

 

「本当にひどいのは、篠原君や高月君が石山さんにしたことを『石山さんのためになる』と思いこんでる人のことよ。それは『石山さんをいじめたい』と思って同じことをするよりも、ずっと、ずっとずっとずっと、ひどいことなのよ」

 

 永原先生が思いを打ち明ける。

 

「あたしは元は男でも、ちゃんとした一人前の女の子になりたいのよ。だからこそ、みんなにもあたしのことを女の子として扱って欲しい。それが私の願いよ」

 

 私も思いを打ち明ける。

 

「石山さんだけじゃないわ。私も……いえ、私達TS病を受け入れた全ての女性たちの願いよ」

 

「石山……永原先生……」

 

「小野先生や教頭先生は……もう並の女性よりも遥かに長い間女を続けてる私はともかく、石山さんのことを本心から男とも女とも付かない存在だと思いこんでいるわね。こうなるともう力と力のぶつかりあいよ」

 

「じゃ、じゃあ……」

 

「ええ、あなたは罪深く思う必要はないわよ。悪意者が悪意の自覚を持ってする悪はたかが知れているわよ。善意を持ってする悪事こそ、偽善こそが真の巨悪なのよ。あなたのしたことは、悪だとしても小さな悪よ」

 

「そういうものなんですか?」

 

 篠原くんはまだ納得しきってない。

 

「……ええ。篠原君や石山さんは生まれていないからわからないかもしれないけど、今にして思えば、赤穂浪人とか典型的だったわね」

 

 うん? 赤穂浪人? 赤穂浪士のことか? そんな悪い人たちだったっけ?

 ……まあいっか。

 

「で、でも……」

 

「実際、あなたはとっくの昔に反省してるのに、小野先生や教頭先生は未だに抵抗してるでしょ? そういうことよ」

 

「……さ、長く引き止めちゃったわね。もう行っていいわよ」

 

「失礼します」

 

 私は一言言って、篠原くんは黙って、それぞれのところへ帰っていく。

 

 

「2年2組石山優子さん、2年2組石山優子さん、職員室まで来て下さい。繰り返します、2年2組石山優子さん、2年2組石山優子さん、職員室まで来て下さい」

 

 視聴覚室から天文部室に寄る前にトイレに行き、それを済ませた直後だった。どうも体育の先生かららしい。

 

 仕方ないので一旦職員室を経由するルートに変更する。

 

  コンコン

 

「失礼します」

 

「あ、石山。呼んだのは私だ」

 

「はい、先生。私、何かしちゃいました?」

 

「あ、ああいや! そういうことではないんだが……」

 

「どうしたんですか?」

 

 体育の先生は何かとても言いにくそうにしている。

 

「実は……だな……体育の補講を受けてほしいんだ」

 

「え?」

 

 補講……覚悟してはいたけど……

 

「実は高校の体育は普通運動音痴だからって落第にはしないんだ。真面目に取り組んでいるかどうかっていうのが重視されるし、成績が悪くてもそれだけで十分卒業できるんだ」

 

「ただ、石山の場合は……言いたくはないがあんまりにひどい。いくらやる気が重要だと言っても流石に限度を超えているんだ」

 

「……実は私も自覚がありました」

 

 正直に伝える。

 

「それに、今年始めに体力テストをしただろ? あれがまだ男の頃のままなんだが、それも合わせて更新したいんだ」

 

「……分かりました」

 

「あー補講の内容も、石山のに合わせて水準をかなり下げているから心配しないでくれ。補講の日程は林間学校の直後辺りになるけど構わないかい?」

 

「は、はい」

 

「詳しくは追って連絡するよ。引き止めてすまないな」

 

「い、いえ……失礼します」

 

 体育の補講かあ……具体的には何をやるんだろう?

 私の水準に合わせてやってくれるということだったけど。後は体力テストか……

 

 体育以外の成績は、男時代のものをそのまま使えるだろうが、体育はそうもいかないということか。

 水泳も散々だったしなあ……溺れかけてたし。

 

 ともあれ、もうあまり部活する時間も少ないけど、天文部へ行こう。

 

 

  コンコン

 

「はーい」

 

「失礼します」

 

 私はドアを開け、天文部の部室に入る。いつものように桂子ちゃんと坂田部長がいる。

 

「桂子ちゃん、呼び出されてたけどどうしたの?」

 

「じ、実は、体育の先生に呼ばれてて」

 

「え? またどうして……」

 

「夏休みに補講受けてほしいって」

 

「え? 運動音痴なだけじゃ補講にならないんじゃなかったの?」

 

「そうですわよね」

 

「体育の先生が言うには、基本は確かにそう何だけど、あたしはどうもその限度を超えているってことみたいよ」

 

「た、確かに優子ちゃんはそうなるかもしれないわねー」

 

「で、でもそんな話、聞いたことありませんですわ」

 

「優子ちゃん、走り幅跳びでさえ2メートルを超えるのがやっとで、球技大会でもただでさえどんくさいのにすぐに息が切れるし、おかげでハンデが必要になったのよ。昨日から水泳の授業になったけど、優子ちゃんは背泳ぎでさえ自分の身長分も泳げないで溺れてしまったのよ」

 

「そ、それはすさまじいですわね……それにしたって球技大会でハンデなんて……そういえば私が1年生の時、一人聞いたことがありましたわ。その時は得点2倍程度でしたけど……」

 

「私の時はそれだけじゃなかったわ」

 

 私は球技大会の時に受けたハンデを坂田部長に話す。

 

「し、信じられませんわ! そんなハンデを課してあげないと楽しめないくらい身体が弱いって……」

 

 やはり坂田部長も驚いている。

 

「分かりましたわ。確かにそこまでなら、補講が必要というのも頷けますわね」

 

「うん、私もあまりショックじゃなかったよ」

 

「優子ちゃん、覚悟できてたってこと?」

 

「ま、まあね……私も実際体育のせいで卒業できないんじゃないかって思っちゃったし」

 

「授業にちゃんと出てて態度も悪くないのに体育で落第するだけでも前代未聞でしょ……」

 

「まあまあ、決まったことは仕方ないですわ。さ、そろそろ天文部の活動を始めるわよ。今日は恒星のミニチュアを作りますわ」

 

「「はーい」」

 

 

 桂子ちゃんはよくわからない繊維状のものを取り出してきた。

 

「これを球体にするのよ。この大きめのボールが太陽の代わりだから、それに合わせて作るわよ」

 

「石山さんには、シリウスとプロキオン、それからケンタウルス座α星Aを作ってもらいますわ」

 

 シリウス、プロキオン、私でも知っている星ね。

 

「直近12光年で太陽より大きい星はこれだけよ。太陽より小さな星々は私が作るわね」

 

「ケンタウルス座α星Aっていうのは?」

 

「プロキシマ・ケンタウリの主星だよ。ケンタウルス座α星Bっていうのもあるわね」

 

「じゃあプロキシマ・ケンタウリはケンタウルス座α星Cとも言うの?」

 

「うん当たり、プロキシマ・ケンタウリはこの2つの星からは少し離れているわよ」

 

「桂子ちゃん、この小さな玉は?」

 

「これ? これは系外惑星よ。さすがに縮尺はデフォルメするわ」

 

「そうなの?」

 

「今回は恒星の位置と大きさの比と距離を重視しますわ」

 

「そうですか……」

 

 まあ、宇宙の本当の縮尺にしたらこの部屋じゃ足りないことくらいは分かる。

 

「まずはシリウスから作ってくれる? シリウスは白だから色を塗る必要はないわ」

 

「はーい」

 

 私は繊維質の物質を丸め始めた。

 

「あ、優子ちゃん! シリウスの大きさを調べてちゃんと太陽と正確な比率にしてね!」

 

「あ、ゴメン……」

 

 パソコンで調べる。シリウスっと

 ……えっとシリウスの直径は……太陽の1.7倍くらいか……

 で、太陽があのボールだから……うおっ結構大きいな。この辺の太陽のご近所じゃ一番でかい星になるのか。

 

 

「それにしても桂子ちゃん……」

 

「何?」

 

「いま、今回展示する恒星の一覧を見ているんだけど赤くて小さな星って本当に多いんだね」

 

「そうね、暗くて目立たないけど、宇宙では一番多いのよ。小さい星ほど数が多いってことよ」

 

「以前言ってたよね。もしかしてシリウスって……」

 

「ええ、結構珍しいわよ。A型主系列星だからね」

 

 A型ということは太陽の2階級上? なのかな?

 

 

 色々雑談しながらも、私達は12光年の星を作り始めた。距離の正確な位置等はまた別の機会に把握するみたいだ。

 短い時間だったから、今日はシリウスの模型もほとんど作れなかった。


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