永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「……では時間です」
守衛さんが扉を開け、あたしたちが中に入る。
「きゃっ」
パシャパシャパシャパシャ
眩しい光があたしの目を襲う。
向こう側から、凄まじいフラッシュが目に入る。
そしてとてつもないカメラの音の数がする。
写真が次々と撮られていく。
あたしの中で、更に緊張感が高まる。
このような光景は、テレビで何度も繰り返し見てきた。
自分は当事者にならないからと、対岸の火事のように思っていた。
でも違う。今はもう、あたしも立派な当事者の一員になっている。
ゆっくりと歩き、蓬莱教授と一緒に指定された椅子に座る。
カメラマンさんと相対することになるので、もっと眩しく感じてしまう。
「っ……!」
あたしがちょっとだけ眩しそうな仕草をすると、マスコミのカメラ攻勢が一気に緩む。
やっぱり、あたしはまだまだデリケートな存在らしいわね。
「えーそれでは、ただいまより、佐和山大学の蓬莱教授と、篠原優子様の記者会見を開始します。始めに注意事項を申し上げます。篠原優子様ですが、大学院生の私人でありますから、質問内容や報じ方には十分に報道倫理をわきまえてください」
司会者さんから、記者会見開始と注意事項のアナウンスがなされる。
よく見ると、写真のカメラだけではなく、後ろの方にはテレビカメラを持った記者もたくさんいて、あたしは今テレビに写っているということを思い出してしまう。
「では、まず蓬莱教授から、今回の記者会見の説明があります。蓬莱教授、よろしくお願いします」
そう言うと、司会者さんがマイクを蓬莱教授に渡してくる。
蓬莱教授も、手慣れた手つきでマイクを受け取っている。
「おほん、えー今回記者会見を開いたのは他でもない。我々の研究所は、ついに完全なる蓬莱の薬の発明に成功したんだ」
蓬莱教授がいきなり核心に触れると、記者たちのシャッターが一瞬鈍る。
そう、ついにこの時が来てしまった。
いつかは来ると思っていても、いざそう言われると驚くしかないのだろう。
身構えていた記者たちも、驚きを隠せない様子だった。
「しかし、実用化にはまだ歩留まりが悪い。だから販売はできない。これは常日頃から言っていると思うが、『大衆に普及させるべき不老が特権として既成事実になること』だけは阻止せねばならないと言うことだ」
蓬莱教授の説明は予定通り。
歩留まりの悪さを説明させることが大事で、このままでは一般に販売はできない。
「将来的には日本全国、世界全土にこの蓬莱の薬を行き渡らせる必要があるが、今の歩留まりでは1人5本必要な蓬莱の薬が、1つの生産ラインで1日から2日に1本しかできず、日本や世界に普及させるにはあまりにも生産力が足りないんだ」
蓬莱教授が必死に話す。
ここを理解してもらえるかどうかで、蓬莱の薬の運命も変わる。
一般庶民はこの説明に納得するだろうが、問題は経済産業省をはじめとする経済界だ。
「富裕層は、高い金を払ってでも一刻も早く不老の薬が必要になると言い張るだろう、そうなったら今度は特権として保持しようとすることは容易に想像が出きる。それは俺の理想とは相反する。多少の時間がかかってもよい、庶民に不老を行き渡らせることこそ、俺の使命なのだ」
蓬莱教授が力強く話す。
カメラマンたちも、写真を撮っていく。
「さて、ではどうやって完全なる蓬莱の薬ができたか? それのついて話してきたい」
そしてついに蓬莱教授の言及があたしに移る。
そう、世間の発表では、1000歳の薬で認識が止まっている。
「これまで、TS病患者の不老を司る遺伝子はα型とβ型のみと思われていたんだ。ただ、それなら理論上は1000歳の薬の時点で完全な薬が発明されていたはずだった」
そう、その事はよく知られている。
でもそうは行かなかったから、蓬莱の薬は世論からはやや不安視されていた。
「そこで、だ。そうならないのはおそらく第3の要素があると思っていた。しかし、日本性転換症候群協会のTS病患者の皆様にご協力をしていただいたんだが、γ型の遺伝子を主とする人はついに発見できなかった」
蓬莱教授、経緯をかなり省きながら説明しているわね。
あまりに長すぎると、一般の人には分かりにくいものね。
「しかし、しかしだ。今回ここにいらっしゃる大学院生篠原優子さんの発想によって、隠されていたγ型の要素の発見に成功したんだ」
記者席からも、思わず「おー」という声が漏れる。
蓬莱教授は筋を通す人というのは、あたしたちは知っていても世間はそうではない。
おそらく、マスコミからは「愚直」と思われているだろう。
手柄なんて横取りしてしまえばいいと思っている人も多いだろう。
しかし蓬莱教授はそうはしない。
何故なら、ノーベル賞を取ることになったとして、あたしと蓬莱教授で競合するなんてあり得ないもの。
「彼女がいなければ、発見できなかったか、あるいは大幅に遅れたことは厳然たる事実だ。そしてこの3つの遺伝子を組み合わせ、蓬莱の薬を調合し、被験者の細胞分裂などを調べたところ、これまでとは違いTS病患者のそれと完全一致したんだ。つまり、TS病患者の不老のメカニズムを、他の人にも再現させることに成功したというわけだ」
蓬莱教授の説明に、時折、カシャッ、カシャッとカメラのシャッター音が聞こえてくる。
「ただし、この薬は常に作れるとは限らない。おそらく未知の手法がある。その手法を取らなかった場合、生成に失敗して、『3000歳の薬』になったり、あるいは『10000歳の薬』になったり……いずれも完全な薬とはいえない欠陥品になってしまうのだ」
あたしの出番は特に回ってこない。
というよりも、あたしは「蓬莱教授に紹介してもらえる」だけで十分に役目を果たしたことになるものね。
うん、ここに座っているだけならそれもそれでいいわね。
「えっと、優子さんからも一言いいですか?」
司会者さんが、いたたまれなくなったのか、あたしの方に話題を向けてくる。
うーん、できればこのまま無言でいきたかったけど、そう甘くはいかないわね。
あたしはやれやれという形でマイクを受け取り、記者さんの前で話す。
カメラマンさんたちの視線や、カメラの向きがあたしの方に変わる。
うー、緊張するわね。
「えっと、篠原優子です。この度、あたしは新しい遺伝子を発見いたしました。き、きっかけはですね、はい。失礼ながら蓬莱教授が見落としをしているのではないかと思って、蓬莱教授に新しいアプローチからの開発を提案したんです。そしていくつかの実験を続けて、ついに成功させました。その後は、はい。いくらかの追試などを行いまして今回の公表に踏み切りました」
あたしがそう言い終わると、カメラの点滅が激しくなる。
あたしがまた目を細めると、フラッシュの点滅が和らいでいく。
気を遣ってくれているみたいでよかったわ。
「ありがとうございました」
司会者さんにマイクを返し、再び蓬莱教授へとわたっていく。
「はい、今篠原さんから説明がありましたようにですね。まあ俺の見落としを、発見してくれたわけです。それでですね、今後の予定なんですけれども」
蓬莱教授が、今度は今後の予定について話す。
「まず、歩留まりの改善を目指します。効率化させたら、会社を興しまして、そちらの方で販売を全世界にしていきたいと思います。販売におきましては、既に政府の方とも調整をしております。何分前例のないことですから、政府の方とも様々にですね、交渉して参りました。その上でですね、特例法というのを作っていくことになっています」
蓬莱教授が、政府と交渉した特例法について世間に初めて公表する。
マスコミの人たちからは、特段の動揺はない。
まあ、こんな薬を一般に販売すると言うんだから、政府と交渉をして特例法を設けてもらうことなんて簡単に予想できることだものね。
「えーそれらの特例法につきましては、次に行われます政府との記者会見の方でご質問願います。我々の話は以上ですので、えー皆さんの方から、ご質問あるでしょうか?」
さて、ここからが質問タイム。
もちろん、あたしにも質問が転がるはずで、ここからが本番になるわね。
「はい」
一瞬の躊躇の後、1人の男性が手をあげた。
マイクを受けとるとまず、所属と名前を名乗る。
どうやら大手新聞社の人らしいわね。
「えーっと、蓬莱教授に質問なんですけれども、歩留まりが悪いとのことですが、今までの薬はそうじゃなかったんですか?」
「はいそうですね。今までは1日に何本も何本も作ることができましたから。ですが、完全な薬は不良品になりやすくてですね、今までの成功水準に持っていくまでには時間がかかる可能性があります。やはり完全な薬を作るのは不可能ではないのですが、不完全なこれまでの薬より難しいのは事実みたいです」
「ありがとうございました」
記者さんは満足した表情でにっこりと笑っている。
これまでは、蓬莱教授に対する接し方は恐怖の念が多かった。
それは蓬莱教授がマスコミを脅したせいもあると思う。
でも今は、そんな恐怖の中に、大きな安堵感が見てとれる。
それは、彼らにも消息を掴みきることができていないという意味でもあると思うわ。
国民投票を呼び掛けた環境保護団体に合流したというのは確かだとは思うけど、それ以上のことはもう、あたしたちには分からないわ。
例の環境保護団体も、今では細々としか活動しておらず、完全に蓬莱の薬には触れなくなった。
もしかしたら、本当に死亡したのかもしれないわね。まあ、地下に潜っているのかもしれないけど。
「では次の質問どうぞ」
別の記者さんが手をあげる。
「蓬莱先生の研究には、反対する人が、日本はもうほぼいないですけれども海外にはいると思うんですね。例えば例の牧師とかです」
あたしが考えていた矢先、新聞記者さんが同じ質問をする。
考えてみれば、あんな人の主張がマスコミのテレビ報道に出ていたこと自体が異常だったわね。
「しかし、あの人はもう行方不明だろう。消息はこちらではつかめていないし、反対勢力と言われてもよく分からないな」
蓬莱教授としては、もう既に「過去の人」という扱いだし、記者たちも同じ。
でも、他にもいわゆる「隠れアンチ」が多くいる可能性もある。
それでも、反対勢力については、もう判断材料がないのは事実でもある。
「分かりました」
おそらく、マスコミ側も殆ど情報を持ってなかったのか、あまり深くは追求してこなかった。
そして次の質問者にマイクが移る。
「えっと、優子さんにお伺いしたいんですが、今回のこの発見、ノーベル賞に匹敵すると思うんですけれども、どう思われますか?」
今度はあたしへの質問。
不思議と緊張感はなかった。
マイクが再び、あたしの方へと渡っていく。
「正直に申し上げまして、自覚はありません」
あたしが、偽らざる本音を話す。
これはその通りで、確かに理屈では分かるんだけれども、どうしても実感がわかない。
「……あたしが女の子になったばかりの時もそうだったんですけれども、『これが大きな発見だ』というのは分かるんです。ですが、体の方はまだ、追い付いていないという感じなんです」
そう、女の子になったばかりの時、最初見目覚めた日の夜明け前も、理屈の上でも「どうやら女の子になっちゃった」ということは分かっても、感情的には納得しきれておらず、結局そのまま先のばしにして、時間と共に女の子としての自分に納得したことがあった。
その時と同じで、あたしとしてはまだ自覚が持てないというのが実情だった。
「……ありがとうございます」
「では次にいきます」
そして次に、また別の新聞記者さんが手をあげる。
「えっと、蓬莱教授にうかがいたいんですけれども、一部の人が不老化する社会というのを絶対に避けたいとのことですが、その理由は何でしょうか?」
次の質問は蓬莱教授へ。もちろん、これも世の中は知りたいところだと思う。
「いい質問です。不老人間が一部だけでは……世の中が劇的によくなることがありません。一般庶民まで不老化すれば、国は社会保障費を大きく削減するこができます。これによって減税と共に公共事業や科学事業への投資が可能になりますが、今一部のTS病患者のみが不老を享受している社会がそうであるように、極一部の人間しか不老になれないとなれば社会保障費の削減が不可能になるわけです」
蓬莱教授の説明に、記者席の記者たちがとても納得した表情を浮かべていた。
老化しない人間が多くなればなるほど、国は強くなる。
だからこそ、値段の高騰を抑えるために大衆に行き渡るくらいの供給能力を得て、初めて世間に発売するべきだというのが、蓬莱教授の言い分だった。
「ありがとうございます」
「ただ、歩留まりが悪くなったので、発売までどの程度かかるかは未知数です」
蓬莱教授がまた追加する。
よほど歩留まりの悪さを強調したいということらしい。
続いての質問、それは「蓬莱の薬はいくらになるか?」というものだった。
これも、多くの人にとっては気になることよね。
「あー、一番最初は3億円を予定しているが、これを数十年かけて段階的に2000万円まで引き下げたい。蓬莱の薬の性質上、1000年分割払いプランというのも用意したい。これなら月2000円で済む」
記者席から「おー」という声が漏れる。
2000万円と言うと高いが、1ヶ月ずつ1000年かけて払えば、金利含めて支払いは毎月たった2000円、年間でも24000円で済む値段になっている。
学生でも十分に支払える規模だ。
もちろん、このような極めて長期の分割払いをするので、物価を考慮して支払い金額が上昇したり、破産しても一時免除はあるが完全免除の救済はないなどの制限もあるが、政府からは特例法をいただいていることになっているて、それについてはこの後の政府との記者会見で明らかになると蓬莱教授が付け加えた。
「特例法は、人間の不老化と、それに伴って、これまでの人間ではなし得ない超長期に渡る返済プランが存在するために必要なんだ」
そう、不老によって人類の時間スケールがこれまでにないほどに長くなるため、これまでの長くて人生100年ということを前提とした法律では対処しきれないという。
しかも、一部の特権階級のみが不老の恩恵を受ける訳にもいかないから、否が応でも大改革を余儀なくされる。
蓬莱教授はそこにつけ込んだ。
一括では高額で売るけど、寿命が延びたから一般人にも無理のないローンを組めますよ、と。
実際には、法的救済措置が一切得られず、本人が事故などで死んでも遺族や連帯保証人に払わされ続けることになる。
そして、将来的には、全世界の何億人何十億人、あるいは何百億人という人々から、わずかな金を毎月受けとることで、極めて安定した収入を、会社が得ることが出きる。
国に社会保障費を大幅削減させて、その恩恵を間接的に国民に与えることで、抵抗力を奪い、老人となれば何の社会保障も受けられない運命とさせることで、逃げ道を無くさせる。
本当にやり方がえげつないわ。
「もちろん、臨時収入が得られたということで前払いしても構わないし、その場合には当然金利も安くなるといった特典は与えるつもりだ」
蓬莱教授がそのように説明する。
もちろん、歩留まり改善と共に、巨大な工場は必要不可欠だろう。
次の質問に移る。
「その、現在は法的にも蓬莱教授のその会社が特別に独占販売ということですが、将来的にそうした保護に対する反発の声は出てこないんでしょうか?」
当然、記者さんもそこは気になるわよね。
「大丈夫だ手は打ってある。蓬莱カンパニーのみが、不老の薬を独占販売できるから、これがまず一点。更に蓬莱の薬の生成法は『永年特許』に指定してもらっているから、国内の他の会社は手出しできないし、いざとなれば子孫に売らないと脅しをかければ十分だ。とすると海外が問題になるが、まず蓬莱の薬は我が蓬莱カンパニーのみが作れる代物で、現地生産をしなくても他の産業を全く圧迫しないから雇用を奪うということにはないと言ってしまえばいいし、いざとなれば『国ごと禁輸する』と脅してしまえば十分さ」
蓬莱教授が、愉快な笑みを一瞬浮かべていた。
不老人間が、旧人類と比べていかに強い存在かを知り尽くしているからこそ、蓬莱教授も強硬手段を取れる。
……いや、「取る振りが出来る」のよね。
「ありがとうございます」
もし問題が起きるとすれば世界に売った100年後から、更にしばらく経った頃になると思う。
その頃になれば、世界の国力も日本との100年の差をいくらか縮めて来るはずで、そうなった時に「蓬莱の薬に対する規制緩和」を求めてくる可能性はある。
しかし、蓬莱教授には、恐らく何かもう1つ、企みがある。
そんな気がしてならないのだった。
その後も、記者会見は続くが、最初の100年に関する問題は、結局話されなかった。
「あー終わったー!!!」
控え室に戻ったあたしは、疲れたので椅子に思いっきり腰を掛ける。
あたしが注目されたのは一瞬で、殆どが蓬莱教授への質問だったとはいえ、あの場に座るだけでも、精神的な疲労は凄まじいものがあった。
「お疲れ優子ちゃん」
浩介くんが労いの言葉をかけてくれる。
「うん、ありがとうあなた」
「さ、次は政府の記者会見だぞ」
蓬莱教授が、テレビの画面を見ながら言う。
そう、この後は蓬莱の薬に対する政府の規制事項などが発表されることになっている。
蓬莱の薬は、日本に莫大な恩恵をもたらすことが分かっていて、それに伴って様々な改革がなされることになっている。
いわばあたしたちが初めて政府と交渉し初めてからの、集大成とも呼べる記者会見だった。