永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
15分の休憩時間の後、官房長官が記者会見の場に姿を表した。
カメラの激しい点滅が、テレビの画面越しに伝わってくる。
恐らく、ニュース番組でも同じように生で放送が流れているはずだわ。
「えー、皆さん大変お待たせいたしました。官房長官の──」
官房長官が自己紹介を始め、今日のテーマである蓬莱の薬に関する記者会見を始めた。
「まずはですね。蓬莱の薬に関する法的事項として、既に国会では全会一致で可決する予定の法案があります」
そう、政府間交渉と共に、既に超党派の議員連盟にも根回しは済んでいて、すんなりと野党も賛成する見込みとなっている。
「そこにですね、あります蓬莱の薬の規制事項についてお話しします。まず、蓬莱の薬は、その社会に超長期的にもたらす影響力を考えまして、通常20年で切れます特許を『永年』といたします」
官房長官が高らかに宣言するが、記者席から驚きの声はない。
「これはですね、例えば1000歳の薬を『不老の薬』と偽る例とか、そういうのが出てくるのを防ぐ目的もあります。特に生命にか変わる重大な薬ですから、蓬莱カンパニー自身が問題にならないように、その人が不老かどうかは、医療機関でもチェックできるようにするとのことでした。また、政府機関でも、複数の省庁管轄の、蓬莱の薬が本当にそうであるかを認定する機関を作ります」
官房長官が、独占措置を決めた背景について話す。
そう、「生命に大きく関わるから」というのも、強大な大義名分になる。
それをもって、蓬莱教授は独占を正当化した。
規制緩和絶対主義者でも、生命の大義名分には勝てない。
「そしてですね、蓬莱の薬の普及に伴いまして、社会保障費を90%以上カットすることができます。合わせて減税と財政健全化、更に公共事業と政府開発事業、そして防衛関係費などの大幅な向上が望めます。特にこれまでの少子化とは一転して、人口急増問題がありますから、宇宙開発と農業開発に特に予算をつぎ込むことになるでしょう」
蓬莱の薬ができた場合、特に目玉となるのがこの社会保障費大幅削減の実現だ。
何せ不老人間だけの国になれば、老後の概念も老人の概念もなくなる。
そのため、年金制度も障害年金などを除いてほぼ廃止となり、国民の負担を減らしながら、なおかつ公共投資などに大きな税金を割くことが出来るということになる。
この事はワイドショーなどで繰り返し宣伝されており、日本における蓬莱教授に対する絶対的支持に繋がっている。
「またですね、安全上の問題もありまして、当面の間は蓬莱の薬は日本限定販売とせざるを得ないとのことでしたが、これについては外交的圧力が予想されますので、防衛関係費や農業開発、更に海底資源開発にも重点的に予算を出していこうと思います」
官房長官は、慎重に物事を考えている。
対外的には、「数十年後に思わぬ弊害が現れないとも限らない」ということにするだろうというのが蓬莱教授の予想だった。
「またですね、蓬莱カンパニーなのですが、基本的には蓬莱教授が創設した純民間企業という体裁にして欲しいという要望がありましたので、政府及びその他の行政機関はですね、国地方問わず株主にはならないということになりました」
そう、この「純民間企業にする」というのも、政府と蓬莱教授との間で利害が一致してそうなった。
そうすれば、商売する国を「蓬莱カンパニーが勝手に自主規制しているだけ」ということになる。
一方で特権的に独占を認めつつ、他方では「純民間企業」の原理を使う。
蓬莱教授のえげつなさが、ここに現れているわね。
「以上です。記者の皆様から質問はございますか?」
細かいことを話し終わり、官房長官が質問の時間に移る。
あたしたちの会見よりは、手を挙げた人数は少ないわね。
「えっと、社会保障費の大幅削減に伴う高齢者への社会保障がなくなるということですが、その場合、蓬莱の薬を飲む人が殆どということになりますよね?」
確かにその通りで、「飲まない」という選択肢が事実上消えてしまう。
「何もすぐに廃止するわけではありません。蓬莱の薬の性質上、例えば今の70代80代ともなれば、薬を飲んでもそれまでの『老い』からは逃れられませんから、40年くらいの時間をかけて、段階的に削減していくと、まあ言うことになると思います」
「ありがとうございます」
これから生まれてきたり、あるいは老人になったりする人たちのことは、もちろん考えられていない。
蓬莱の薬には年齢上限目安が存在していて、飲む時の年齢が60歳を越えた場合、不老による半永久的な命は保障できず、自己責任で飲むことが記されている。
もちろん、それらは人によって違うし、「保障外なだけで、割増料金や保証人の徹底などの諸条件を満たせば可能」ということになっている。
これらに突っ込む記者さんは、今のところいない。
まあ、高齢者の場合、分割払いに制限をしたりすれば、大丈夫だろう。
「その、防衛関係費が大きく増えるというのはどういうことですか?」
続いての質問に入る。
今度は防衛関係費のお話だ。
「まあ、我が国に対して、やっかみを起こす国が存在する可能性があります上に、社会保障費を大幅削減できる世の中になれば、当然他の費用に回せるということになって、防衛関係費も増大していくのであります」
この辺りは、「防衛省だけ予算が増えないと著しい不公平感をもたらす」ということでもあるんだけどね。
もちろん本音としては、蓬莱カンパニーと、それに付随した日本の権益を守るために必要なことでもあるのよね。
「当面の間、海外には売らないとのことでしたが、具体的にはどれくらいを考えていますか?」
ついに来たわね。
あたしも浩介くんも、蓬莱教授も緊張しているわ。
「はい、歩留まりが思った以上に悪くてですね、生産能力の向上などを考えますと、どんなに急いでも100年はかかると、蓬莱教授はそうおっしゃっています」
官房長官の言葉は間違っていない。
実際には100年というのは、日本が他の国に不老のハンデをもって圧倒的な国力を持つに至るまでの猶予時間だけれども、歩留まりの悪さで一気に80億人を対象にした生産能力を得られないのもまた事実だったりする。
税金を投入するとまた利害関係が出て、特権化へ繋がる恐れが出ること。
とにかく、一見独占的な出来事の言い分に対してことごとく「不老の特権化を防ぐ」「歩留まりが極端に悪く、その改善が出来るまでやむを得ない」という大義名分を与えていく。
そして、不老を全世界に満遍なく行き渡らせるために、まずは日本限定で販売し、資金や設備、ノウハウを貯めて、歩留まりを改善させてから、全世界一斉販売にこぎ着けたいというのも、記者会見で明かされていく。
この辺りは官房長官を間に通すことで、世間の反発を和らげる効果もあるだろう。
その後も、蓬莱の薬が実現した後の国の行方を話していき、政府の記者会見も終了した。
そして、この記者会見で印象付けられたことを総括すると、「蓬莱教授は不老が特権になるのを極端に恐れている」ということだった。
「あ、蓬莱教授、篠原さん、お疲れ様です」
あたしたちが控え室から出ると、ちょうど記者会見を終えたばかりと思われる官房長官があたしたちに話しかけてきた。
ここはマスコミがいないので、心置きなく立ち話ができそうね。
「うむ、とりあえず、うまくいってよかった」
「これならさすがに、『金持ちだけ』という人も大人しくはなるでしょう」
「ああ」
蓬莱教授の作戦としては、やはり「不老によって特権階級を作り出したくない」という気持ちを強調することだった。
これがとにかく厄介で、いくら蓬莱教授が「特権化したら不老技術の社会的メリットがない」「全体の利益を考えれば大衆に不老を行き渡らせることが金持ちにも有利なのは明らか」と説明しても、いまだに日本のインターネットでも「どうせ金持ちしか不老を受けられない」という書き込みが散見され続けていた。あたしは、本物の壊れたレコードを見た気がするわ。
もちろん、宣伝部などではこれを否定するために全力は尽くしているが、どうやら宗教のように凝り固まっている救いようの無いバカが一定数いるらしく、思うように効果をあげていない。
ちなみに、これに対して蓬莱教授は「これが恐らく残りの3%だろう。宗教というのは救いようがない。信じたものこそ地獄に落とされる」と言っていた。
「では私は、別の仕事があるのでこれで」
「ええ、俺たちも失礼します」
蓬莱教授と官房長官が挨拶をする。
「「お疲れさまでした」」
あたしと浩介くんも、官房長官に一礼し、総理官邸を出て家路についた。
翌日、あたしたちを待っていた反応は概ね五分五分だった。
今更蓬莱の薬そのものに反対する人はいないとしても、その徹底した特権化の阻止には疑問視の声もあったのが事実だ。
確かに目論み通り、「どうせ金持ちしか」という意見は一掃されたが、インターネットでは「技術が技術だし最初は高くなって特権になるのは当然でしょ?」とか、「一旦特権になったら既成事実化するという可能性はあるにしても、思い込みが強すぎる」とか、「特権化を防ぎたいのは分かるけど、世界には100年売らないとかいくらなんでもやり過ぎ。共産主義っぽい」という意見もあった。
要するに、「特権化を防ぐという方針には賛成」だが、「いくらなんでもやり方が徹底しすぎ」というのが概ねの意見だった。
一方で、蓬莱カンパニーが独占して販売することに関しては、「薬が薬なので仕方がない」とした上で、第三者の医療機関で簡単に不老かどうかチェックでき、また縦割り行政を逆手にとって複数の行政機関に常に品質を検査させるという方針については、全面的に賛成か、「もっと徹底するべき」という意見でまとめられていた。
蓬莱教授は、このような風潮に対して、「徹底しないと、蟻の穴から堤も崩れるものだ」と言っていた。
いずれにしても、歩留まりの悪さを改善させなければ、実用化ができない。
という所には、何とか世論も納得してくれたようでよかったわ。
「おはようございます」
数日後、あたしたちはいつものように研究棟に入った。
気になるのは、そろそろ海外の世論が入ってくるということ。
「おお、優子さん、浩介さん、おはよう」
「はい、おはようございます蓬莱教授。それで、海外世論の方はどうですか?」
「うむ、やはり日本より風当たりは強い。やはり、『最初は高くてもいい』という意見が、特にアメリカでは多いらしい」
蓬莱教授がちょっとだけ重い口調で話す。
やはり、日本みたいにうまくはいかないわね。
「最初は高くてもいい……ねえ……」
「俺は頭がいいから、いずれ値段を下げて大衆に普及させるべきだということが分かる。奴らもそれを理解できないほどバカじゃない。だが、特権を一旦手にすると、利益を度外視して守りたがるバカが必ずいるんだ」
「そ、そういうものですか?」
あたしは、少しだけ疑問が生じてしまう。
人間は、そこまで頭が悪いのかしら? 理屈に訴えれば、わかってもらえるとは思っていたのに。
「ああ、そうだ。実際に、俺たちよりもずっと長い時間を生きていた協会の幹部だって初めはその間違いを犯しただろ? ほら最初の、120歳の薬を発明した時の後の会合でだ」
「あ!」
蓬莱教授に言われて、あたしは思い出した。
そうだった。あの緊急会合で、比良さんと余呉さんが、協会と蓬莱教授で、密接な関係になることを反対していた。
賛成票を投じた永原先生からは、「無意識に不老をTS病の特権のように考えていた」と指摘されていた。
あの時だって、反対勢力が強かったら、蓬莱の薬は完成が遅れたかもしれないわね。
僅かに否決されたからこそ、軌道修正も容易だったのよね。
「そう言うことだ。永原先生ほどに長生きすればまた別かもしれないが、いずれにしても、一旦利権や既得権益と化せば、ひっくり返すのは容易ではないんだ。俺はそれを、一番恐れている」
実際、蓬莱教授が言うことは最もだと思うし、それをしなければならないのも分かっている。
しかし、インターネット住人が看破したように、「やり過ぎ」なのも事実だった。
まあ、どっちにしても、「あたしたちは支配者側」何だから、気負う必要が無いのかもしれないけどね。
「うむ、蓬莱さんの言う通りだな、ともあれ今は、歩留まりを改善させねえと、日本にも売れねえぜ」
「だな、よし、今日も手がかりさえないが、とにかくやるっきゃない」
蓬莱教授の号令により、あたしたちは歩留まり改善のために意見を出しあった。
浩介くんは、何か別のアプローチをしているみたいだけど、あたしにはよく分からない。
いずれにしても、あたしよりは時間は取れず、論文に追われているみたいだけどね。
「そう言えばさ」
「ん?」
実験中、浩介くんが何の気なしに話しかけてきた。
「木ノ本の奴、JAXAから内定もらったらしいぜ」
今朝メールで、そんな話が桂子ちゃんから入った。
あたしとしては、本当に驚きだった。
「ああうん、あたしも聞いたわ」
「ま、蓬莱の薬が完成したともなれば、予算もかなり増えるらしくて、一説には『最終的にはNASAの数倍になるんじゃねえか』って噂でさ」
確かに、蓬莱の薬がもたらす人口問題解決のために、安全な宇宙旅行と宇宙移民は、かなり優先度の高い課題になっている。
しかしそのためには、予算と人員が今の規模では全然足りないから、大幅増額が必要不可欠だ。
「それじゃあ人手不足にもなるわよね」
蓬莱の薬により、日本の空気はどんどん明るくなっている。
あたしが女の子になるちょっと前から、日本は「好景気」「人手不足」「景気回復」何て言われていたけど、蓬莱の薬が現実味を帯びるにつれ、人々の気持ちの持ちようも変わっていった。
蓬莱の薬の登場で、東京オリンピックが終わった後も経済は上昇気流に乗り続けている。
そんな中で、特にJAXAは注目度合いが高く、桂子ちゃんがそこに就職できたのは大きいわね。
「俺たちは……博士課程だな」
「ええ。ここまで進むのも……小谷学園でもあたしたちくらいよね」
小谷学園から佐和山大学へ進む人は多い。
実際修士課程でも、何人かはあたしと桂子ちゃん以外にも元クラスメイトが進んでいる。
でも修士から博士はかなり少なくて、とうとうあたしたちだけになる予定になっている。
もしかしたら、他のクラスの出身で、誰かいるかもしれないけど、さすがにそこまでは知り得ないわ。
「だろうなあ。ま、寂しいと言えば寂しいけどさ」
浩介くんが感傷に浸るように言う。
「うん」
「あいつらと過ごした2年間は、かけがえのねえもんだ。もし俺たちが蓬莱カンパニーで世界を支配したとしても、あいつらだけは幸せに暮らして欲しいもんだ」
「そうよね」
噂では、高月くんが博士課程に進むと言う。
浩介くんによれば、「医師免許と博士医学はまた別だけど、取っておいた方がいいのは確か」とのことだった。
浩介くんは、高月くんとはいまだに親交があるらしく、メールや電話でやり取りをしていて、高月くんは「医者になれればモテる」という信念を、ずっと持っているらしい。
まあ、年収多ければそうよね。
「そう言えば、俺たちも一応医学なんだよな」
「うん」
同じ医学でも、全く分野が違う。
あたしたちは、見ての通り再生医療が専門分野になる。
そのため、病院で患者を診るという感じではない。
「まあ、専門化が進んだってことだな」
浩介くんがあっさりと話す。
実際、医師免許は大半の科を内包しているわけだけど、実際には殆どの医師は1つないしは2つの科に絞って、開業している。
あたしたちもあたしたちで、医学の博士でも医師免許があるわけではないし、実際そういう人は多いらしいわね。
「ええ、そうね」
そんなことを話しながら、日々が過ぎていく。
浩介くんも、修士論文は順調に進んでいるみたいね。