永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「さて、今日集まってもらったのは他でもない。蓬莱カンパニーの株式分配と、具体的な経営手段についてだ」
年が開けて2025年、ついに2020年代も半ばに差し掛かったわと思う暇もあたしたちには殆どなかった。
というのも、蓬莱教授が正月休みが開けて早々に、日本性転換症候群協会と協議したいと言ってきたから。
そこであたしたちは、蓬莱教授に瀬田准教授と共に協会本部へと訪れることになった。
さて、協会の正会員としてのあたしはと言えば、実験の多忙を原因にカウンセラーを免除されては来たが、あまりに長い間指導をしないのもまずいと思い、秋に現れた新しい患者さんのカウンセラーとなることになった。
そしてその子に関しては、12月に「安定期に入った」と報告することができた。
もちろんまだまだ言葉遣いとか直さないといけないけど、それでも自殺の危険性はほぼ去ったと見ていい。あたしも腕が衰えてなくてよかったわ。
ふふ、それにしても、カリキュラムの時におしおきされて、一生懸命に恥ずかしがるTS病の女の子の姿は、いつ見てもかわいいわね。
多分、おしおきされていたあの時のあたしも、あんなにかわいかったんだなって考えると、愛しく思えてくるわ。これも母性なのかしらね? ちょっと歪んでいる気もするけどまあいいわ。
ともあれ、協会本部に入り、挨拶もそこそこに蓬莱教授が蓬莱カンパニーについての協議を始めることになった。
「まず、株式分配の案の前に、経営者の案なのだが……」
蓬莱教授が、まずは経営者の布陣について話すことになった。
「俺や瀬田准教授は出来れば研究に専念したい。あーもちろん会社設立当初はそうも行かないだろうがな。会社が軌道に乗ったら、筆頭株主にはなるが、基本的に物は言わないつもりだ……そこでなんだが、もしよければ篠原夫妻を経営陣にと思っている」
「「え!?」」
あたしと浩介くんが、同時に驚いた声を出す。
えっとつまりその、あたしたちのどちらかがが社長ってことでいいのよね!?
「え、本気ですか蓬莱先生」
永原先生が、あたしたち以上に驚いた声をあげた。
おそらく、永原先生もあたしたちと同じように、まさか「篠原夫妻に経営をさせる」ということを蓬莱教授が考えていたなんて思っても見なかったことらしいわね。
「何でこの夫婦なんや? 他に適任もおるやろ」
「仮にいないとしても、外部から招くとか他に方法があるわよね」
そしてそれは、他の会員たちも同じだった。
あたしたち自身も、みんなも、蓬莱教授と瀬田准教授を除くすべての人が混乱していた。
「落ち着いてくれ。まず蓬莱カンパニーの経営者は信頼できる人物でなきゃならん。信用できない外部の人物を不用意に招いて、会社や事業を外資に売られたりでもしたら目も当てられない。そのためには、俺たちがよく知る人物を経営者にせねばならん。俺たちや瀬田准教授は研究に専念したいし、永原先生たちにも本業がある。他の院生でもちょっと心もとない。ならば、『完全不老の薬』を作る立役者となった優子さん、あるいはその夫でこれまた歩留まり改善の功労者である浩介さんが一番適任というわけだ」
蓬莱教授は、確かに以前にもあたしたちが経営に携わる可能性について触れていた。
でもそれは、せいぜい取締役程度の話だと思っていた。
でも実際には違った。
蓬莱カンパニーの社長はあたしか浩介くん、ということになる。
「もちろん、優子さんには体力的な問題もある。それならば、一番多忙な社長としては浩介さんは適任だろう?」
「うーん、自覚が湧かない」
浩介くんは、既に完全不老の薬を飲んでいる。
そう言う意味で言えば、スキルならいくらでも積むことが出来る。老人特有の頭の硬さにとらわれるのも、蓬莱教授によれば150歳程度までと言うし。
当初は国内限定だから、そこまで経営は難しくないかもしれない。
「なあに、会社は株主のものだ。そこまで気負うものじゃないよ」
蓬莱教授が気楽な口調でそう話す。
「でだ、会社は株主のものということは、株主総会でもし株主が無茶な要求をしてそれが可決されてしまえば、それに従わなければいけないことになる」
「ええ」
そのあたりは、大学1年の時の一般教養でやったわね。
つまり、株式もあたしたちが握る必要があるということね。
「上場するということは数多くの株主から資金を集められるが、こうした乗っとりリスクもある。そこでだ」
「はい」
「非上場、という手段もあるが、この規模の会社で果たして大丈夫かという問題もある」
そう、そこで登場するのが今回の議論、つまり会社の株式を上場するべきか否かということ。
非上場でも問題はないのだが、蓬莱カンパニーが世間に与える影響力の甚大さを考えると、非上場について何らかの圧力をかけられる恐れがある。
「俺の構想では、もし上場を余儀なくされた場合、全体の70%を俺たちで得ようと思うんだ。70のうち20を俺が、優子さんと浩介さんで15-15、そして永原先生に10、残りの10を協会かもしくは正会員が分担して所持する。上位3株主でちょうど50%ならぎりぎり同族会社にはならないはずだ」
「それで、残りの30を?」
「ああ、上場するってわけだな。非上場なら、まあ俺達と近い人に株式を分けてもいいだろう」
あたしたちは、株式分配について議論を進めている。
もしこの蓬莱カンパニーが上場した場合、株主総会がどう言うことになるのか?
蓬莱教授もその不安はぬぐえないらしく、株式上場には及び腰になっている。
「悪質株主が現れたら、即座に上場廃止するという手もあるが、出来れば使いたくないな」
うん、あまりに露骨だと、それはそれで不評を買ってしまうだろうし、株主からの訴訟リスクもある。
そうすると、やはり非上場を貫く方が賢いやり方にも見えるわね。
「とは言え、上場にもメリットはある。企業の利益を追求していきたい株主たちとしては、俺が今まで政府へのロビー活動で作り上げた我が社への法的保護を何としても維持したいだろう?」
蓬莱教授が別の視点を示してくれる。
つまり、非上場で協会と蓬莱教授の「二頭経営」の場合、独占市場に圧力がかかりやすいだろうし、あるいはその薬の影響力から世界を支配しかねない企業であるから、風当たりも強くなるだろう。
もし株式上場をした場合、株主たちは当然蓬莱カンパニーによる独占市場を維持したくなる。
そうすれば、上場によって投資した株主たちそのものが相手への牽制になる。
もちろん、外国人投資家に関しては、何らかの規制が必要な企業であることは確かだけど。
「俺の計画では、工場は2ヵ所に集中させたいんだ」
蓬莱教授が次の提案をする。
「工場を集中?」
「ああ。工場を国内にいくつも分散させた場合、海外に輸出した時に現地生産の圧力がかかりかねないからな。そうなれば機密漏洩のリスクは格段に高まる。かといって、1ヶ所の集中はそれはそれで問題になる。そこで2ヵ所に生産設備を集中させたいというわけだが、何せ全世界の需要を賄うんだ。その2ヵ所は、思いっきり広大な土地が必要にはなるだろう」
そう言うと蓬莱教授は日本地図を広げ、2つの地点を指差した。
北関東と北海道だった。
「世界に輸出することを考えれば海沿いが良さそうだが、海沿いはテロリストなどにも狙われやすい環境にある。そこでだ、関東平野の内陸部に、北海道の原野、この2箇所に大きな工場を建てることにした。メインはもちろん、大消費地に近い関東内陸工場で、北海道工場の方は、予備設備を多目にとることにしよう」
「ふむふむ」
あたしたちは巨大工場を作る訳だけど、最初の100年はそれよりは大分小さな工場で済むと予想されている。
問題は100年後に全世界に解禁した時だ。
この時に海外がどのように出るかが問題になってくる。
場合によっては、株主は日本人だけという法的規制を政府に呼び掛ける必要が生じるかもしれないわね。
「次に流通に関してだが……何せ運んでいるものがものだ。他社に頼るのは心許ないと俺は思っている。とは言え、自前で揃えるのも難しいのが現状だ」
蓬莱教授は、既存の流通会社に、業務提携を呼び掛けることになるだろうと言っていた。
ただし、分割払いとは言え5本で2400万円、一括払いでも2000万円で1本400万円もする代物ではあるから、運送費についても、特別な料金を払って安全運転をさせたい所よね。
「とは言え、トラックに限らず、物を運ぶというとどうしても事故は起きてしまう。ひとまず最初の100年は、自動車よりも相対的に事故率の低い鉄道、船舶をなるべく利用したいと俺は考えている」
蓬莱教授は、その中でも特に鉄道貨物に着目している。
鉄道は船舶ほどではないが、大量輸送が可能であり、トラックよりは安全性が確保されている鉄道貨物の利用が国内向けには欠かせないという。
「100年後に世界に解放する場合の流通手段は……それは70年後に先送りしたい」
「ええ、そうね」
蓬莱教授が70年後に先送りしたいという声に対して、永原先生が平然とした顔で賛意を示す。
普通なら、これは「子孫への責任転嫁」ということになるだろうけど、今は、いやこれからは違う。
あたしも浩介くんも、この場にいる人は全員が完全不老なので、最年長の永原先生も含めて70年後や100年後だってピンピンしている可能性の方が遥かに高いのよね。
「ところで、密輸の対策はどうするつもりかしら?」
ここで比良さんがはじめて口を開く。
そう、国内限定にする場合、当然海外では法外な高値で取引される危険性がある。
蓬莱の薬が欲しい人なんてそれこそ全世界の人口の大半がそうだろう。しかし日本でしか売れないとなれば当然密輸が横行する危険性が高い。
「もちろん、空港では税関による厳しい管理を常に行いたいが……問題は密航者による密輸だろう」
蓬莱教授によれば、太平洋はともかく、日本海ならば例え命のリスクがあっても密輸業者が蓬莱の薬を海外で売りさばく可能性があるという。
何せ成功すれば不死になるわけではないとは言え寿命が格段に伸びる訳だから、賭ける人間はいくらでもいるだろうというのは容易に想像できた。
「究極的には海岸線を徹底的に地雷で埋め尽くすことくらいだが、うーむ……」
密輸防止のためには、どうやっても顧客に対して負担を強いることになってしまうがやむを得ないわね。
もちろん、薬が薬だから、顧客の理解は得やすいとは思うけど。
究極的には、かつて幸子さんの彼氏がそうだったように、5日間特定の場所に隔離する方法もある。
しかしそれではいくら蓬莱の薬でも抵抗が大きすぎる。
「こんなのはどうかしら? 全国各地に厳重に警備された支店を設けて、そこで取りに行かせてその場で飲ませるというのは? 店舗まで行くのが辛い場合は、職場まで出張サービスするんです」
永原先生がそう提案する。
つまり、顧客の手には決して渡らないようにするということ。
「うむ、ひとまずそれでいこう」
蓬莱教授が首を縦に振る。
ちなみに、顧客からの流出を防げても、流通途中などの従業員による横流しという危険性がある。
これに対する対策としては、やはり伝家の宝刀である「相互密告制度」を永原先生が提案し採用された。
具体的には、常に3人以上の人員を置き、不正に対して互いに監視し合うように仕向けさせ、決して団結させないという。
ただしこれは、リスクもあるので、薬そのものや生成法の情報などを横流しする裏切り者に対してだけ使う方がいいというのが、蓬莱教授の意見だった。
また、生成法についても身内の取締役以外は全容を知ることが出来ないようにするということも考えられた。
「ともあれ、蓬莱カンパニーの基礎はこんなところだ。後は歩留まりを改善させ、日本人レベルで普及させねばなるまい。とは言え、歩留まりが悪いのはむしろ幸いかもしれんぞ」
蓬莱教授が、また奇妙なことを話してくる。
不良品を出すことがむしろ幸いって、どうしてかしら?
「え!?」
永原先生が、思わず疑問に思って声を出してしまう。
「歩留まりが悪い、不良品になってしまった場合、有限の寿命の薬になってしまう。ならば、こうも言えないか? 『TS病の多い日本人には完全不老でも、外国人にはもっと精度を高めないと完全不老の薬にならないかもしれない』と」
「あーなるほどね」
永原先生が納得したように背もたれにもたれ掛かった。
歩留まりの悪化のために、「欠陥商品を売ってしまう危険性がある」「遺伝子的にも外国人の方が要求水準が高い『可能性がある』」、いかにも腰の重い役人がやりたくないことを拒否するための言い訳って感じだけど、これに反論するのは困難なのも事実よね。
しかも蓬莱の薬自体が機密の塊になっている上に、肝心のTS病患者自体がほとんど日本人しかいない上、協会の人はみんな蓬莱教授にも好意的だから、海外で独自開発も難しい。
……本当、薬の販売にかけて、蓬莱教授のすることはいちいちえげつないわね。
「ふふ、まあ、こうでもしねえと、な。供給過小になれば当然インフレが起きて、蓬莱の薬は富裕層の特権と化するわけだ」
蓬莱教授も大義名分は、いつもこれだった。
確かに本心ではあるが、周囲の反応も「徹底しすぎ」と言われていて、「共産主義的」という言葉さえ出ていた。
「ふう、蓬莱先生の話、共産主義的だって人もいますけど、この歪みを見るとそんな気がするわ」
永原先生が、やや疲れた表情で話す。
「ああ、無茶をやっているのは自覚がある。というよりも、蓬莱の薬そのものが無茶の象徴と言ってもいいだろうな」
蓬莱教授が豪快な感じに言う。
確かにその通りではあると思う。
「最新テクノロジーを駆使した画期的な商品ってのは、最初はみんな高いもので、一部の富裕層しか手が届かないものだ。もちろんそれが大衆化するということもあるが、ずっと高級品のままということもあり得るわけだ。特に蓬莱の薬はイデオロギーも絡みやすいだろう?」
「ええ、そうなれば、むしろ最初は富裕層しか手が届かないものになるのは当然というわけよね」
蓬莱教授の言葉に、永原先生が同意する。
「しかしそれでは蓬莱の薬の意味がない。さりとて理想的な『いきなり全世界に販売』は非現実に過ぎるし、競合企業の出現は極めて証明困難かつ悪質な詐欺を招きかねない。というわけで、まずは歩留まりと生産性を理由に日本限定販売をすると。日本の大衆に行き渡らせ、そしてそれが終わったら世界的に販売することで、特権化を防止する。しかし、だ。市場原理に従えばこれは全くもっておかしな話だ」
そこまで話すと、蓬莱教授が水を飲み一息つく。
「本来なら、最初に供給が足りないうちは富裕層しか手が届かなくて当然だし、大衆化する前に富裕層向けに売り出すのが普通だ。まあその点は、当初の値段を3億円にしている所からもうかがえるがね」
そう、だけど蓬莱の薬がもたらす恩恵を考えれば、3億円だってダンピングレベルの値段なのよね。
まあ最終的には、物価も考慮して今の価値で2000万円にはなるけれども。
……実は原価はもっともっと安いけどね。
「ところがそれを最初から大衆に売る、全国民が恩恵を受けられるようにする。これは非常に共産主義的だ。俺たちが安く売っても、供給能力が足りなければ結局転売屋が蔓延るだけだろうしな」
そう、市場原理に逆らえば、必ずどこかで歪みが生じるというのが蓬莱教授の見立てだ。
適正価格で売らないと、高ければ売れず、安ければ結局転売屋が値段を釣り上げてしまう。蓬莱カンパニーと言えど資本主義には逆らえないというわけだ。
「需給のバランスが崩れれば、当然価格が極端に上がったり下がったりする。最初は供給が小さいから値段は高騰しやすい。しかし、国の保護のもと規制を設けて最初から相応の供給で売り込ませるためには、他にも様々な所で無理をする必要がある。何せこの薬だ。日本限定販売と言っても、何が何でも手に入れようとする外国人はいるだろうしな」
それを阻止するためには、相互監視を含んだ強圧的なことが必要になるのは、歴代の共産主義国家も同じだという。
永原先生は戦乱の時代という特殊な時代故にこうした強圧的なやり方を知っているわけだけど、それらは歴代の共産主義国家も同じようなことをしてきたことでもあるのよね。
「もちろん、人間がみんな俺のように合理的な行動を取るならば、こんな面倒なことはしなくていい。大衆まで不老を行き渡らせることが人類全体の恩恵になることは明らかだからだ。でもそうもいかないらしい。不本意だが、どうしても人間というのはバカが一定数現れてしまう。あるものに優れていても別のことでとんでもなく劣等生だということもある。もしかしたら俺もそうかもしれん……というわけで、共産国家的な制度をとらざるを得ないというわけだな」
蓬莱教授が簡単に解説してくれる。
確かにそうだ、これはとても共産的だとあたしも思う。
「さて、ともあれ、これで株式の分配や具体的な流通方法は大分煮詰まってきた。後は政府とも調整して、容認して貰うだけだ」
蓬莱教授がそう締めて、新年の会社設立の説明会は終了した。
その夜、浩介くんが修士論文を完成させたと報告してきた。
蓬莱教授からは、博士課程でもよろしく頼むとのことだった。
あたしはあたしで博士論文を書かなければいけないけど、浩介くんも、最近は何やら慌ただしい様子を見せている。
どうやら、歩留まりの改善も、もうすぐ進むのかもしれないわね。