永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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博士の道と役員人事

 修士課程を終え、研究所の同級生の皆は多くが就職していった。

 一方であたしたちは、博士課程を終えるために大学に残り続けた。

 博士は最近は数が多いとされているが、それでもこの学位に一定の権威があることは確かだ。

 

 博士には課程博士と論文博士とがあって、どちらにしても博士論文が必要なのは確かなのよね。

 もちろん、論文の難易度としては当然論文博士が高い。

 あたしたちは博士課程の名の通り、課程博士になる予定になっている。

 

「ふう」

 

 博士課程が始まったけど、することは修士とそこまで大きな違いはない。

 特にあたしの場合、修士2年の時に「蓬莱の薬の完成」の引き金となった発見をすでにしている。

 この発見は、大真面目に後世の理科の教科書にも乗りかねないくらいの、大きな発見だとあたしは思うし、蓬莱教授も同じことを言っていた。

 いかに謙遜は美徳と言っても、これを大発見と呼ばないのは逆に失礼と言う他ないと言うのが、大方の意見だと思う。

 

「優子ちゃんは、まだ論文?」

 

「うん、何度か蓬莱教授に見てもらって、うまくいったら科学雑誌に投稿しようと思ってるの」

 

 特に大変なのが、英語の論文で、蓬莱教授が書いた英語論文も参考にしながら、文法の校正などをしないといけないのよね。

 もちろん、英語にしないと国際的な注目を浴びることがないというのも要因のひとつだけどね。

 

「そういえば、大学のレポートも、日本語もしくは英語ってあったけど、誰も英語にしてなかったな」

 

「あったわね、実験のレポート」

 

 正直に言って、同じ内容の英語レポートも作ればよかったかな何て思ってたりする。

 浩介くんは、果たしてどう思っているのかしら?

 

「しかしまあ、まさか俺たちが博士まで進むとは思ってなかったぜ」

 

「うんうん」

 

 優一時代はもちろん、大学卒業して人手不足のうちに就職したいと漫然と考えていたけれども、女の子になって、蓬莱教授の不老研究に携わるにつれて、ここまで大学に残ることは考えてもいた。

 

 博士課程は修士より1年長い3年が通常で、このまま行けばあたしたちは2027年度院卒ということになる。

 その年は、中央リニア新幹線が開業することになっていて、東京と名古屋の所要時間が40分まで短縮されることになっている。

 

 蓬莱教授は、「パフォーマンス的な意味でも、この年に蓬莱の薬を販売開始にしたい」という。

 それはちょうど、東海道新幹線が、昭和の東京オリンピックとほぼ同時に開業したのと同じことだという。

 

 つまり、蓬莱の薬を新しい時代の象徴とするためには、リニアとセットにするのが都合がいいという。

 この辺りは、永原先生の意向も入ってそうだわ。

 

「ま、研究所ですべきことは同じだぜ。俺は歩留まりを何とかして、一般に販売できるようにしたいものね」

 

「ええ」

 

 あたしたちの博士課程は、始まったばかりだった。

 博士課程になると、蓬莱の研究棟の上層部にいつでも入れるようになるんだけど、あたしたちは特例で大学4年生の時にここに配属されてから、通行が許されていたので、実際の所殆ど変わりがない。

 

「博士課程にようこそ、修士とはまたレベルが違ってくるから覚悟するんだぞ」

 

 あたしたちに、和邇先輩が軽めに声をかけてくる。

 考えてみれば、和邇先輩とも大学1年の頃からの付き合いで、初めて会ったのはそう、大学1年生の文化祭の、ミスコンの審査員を勤めた時のことだった。

 そう考えると、和邇先輩との付き合いも今年で6年になる。

 6年と言えば小学校、あるいは中学高校と考えると、意外に長いわよね。

 和邇先輩は今年で博士課程3年なので、博士論文を書き終わり、卒業ということになると思う。

 もちろん、浩介くんとの付き合いは、もっと長くなるとは思うけどね。

 

「ああうん、ありがとうございます」

 

 和邇先輩はどうやら蓬莱の薬は飲んでいないらしく、初めて会った時から年齢相応に老けていた。

 ただ、蓬莱カンパニーへの就職あるいは別の企業を経て蓬莱カンパニーに就職という進路を考えているのも事実で、その場合は付き合いももっと長くなるかもしれないわね。

 

 さて、もう1つ気になることと言えば、小谷学園に入り、昨年度に卒業した弘子さんのことだけれども、こちらは佐和山大学ではなく、別の大学に入ることになった。

 蓬莱の薬の完成がほぼ見えていて、既にTS病患者を特別に融通する必要性もなくなったからで、偏差値的にも蓬莱教授の再生医療の学科は高すぎで、逆に他の学部はやや低めだという。

 結果的には滑り止めとして受かってはいたけれども、別の大学にも合格していたためそちらに進学となった。

 

「にしても、蓬莱カンパニーはどうなるかねえ?」

 

 和邇先輩が天井に向かって小さく呟いた。

 おそらく、「蓬莱の研究棟」で大学院を出た学生の多くが、この「蓬莱カンパニー」に就職するだろうと予想されている。

 蓬莱の薬の機密を守るためには、ムチばかりではなくアメも必要で、給料も高く設定される予定になっている。

 

 蓬莱カンパニーの構想は、政府と協会とで極秘交渉になっている。

 永原先生が議論の途中で「結局、蓬莱先生も世界支配の構想を持っていたじゃないの」と言っていた。

 あたしもその通りだと思うけど、蓬莱教授は「永原先生のそれは支配そのものが目的だったが、俺の構想は『不老の平等普及』のために、結果的にそうなっているだけ」と反論した。

 あたしにはそうも思えなかったけど、でも確かに、蓬莱カンパニーによる支配構想は極めて具体的ではあった。

 いずれにしても、この先がどう言うことになるか、それはあたしにも分からないことだった。

 

「あ、蓬莱さん」

 

「おお、あの件か、うまくいってるぞ。博士論文のテーマ、早くも決まりそうだな」

 

「わはは」

 

 浩介くんは、最近蓬莱教授とのやり取りが多くなっている。

 どうも歩留まりの改善に向けて決定的な何かを掴んだらしく、ここ数日、歩留まりがとてもいい。

 浩介くんが考案した解決法が、うまくいってるらしく、この調子なら、巨大工場2つで全世界を賄える水準を達成できそうだという。

 

「あなた」

 

「おう、優子ちゃん」

 

 浩介くんが朗らかな表情になっている。

 

「うまくいってるみたいね」

 

「ああ、蓬莱さん曰く、『今までにない発想を要求されるから、こういうのは院生の方が向いている』だってさ」

 

 どうやら、最後の扉の鍵をこじ開けたのは浩介くんだったのね。

 それにしても、蓬莱教授って本当に正直な人だわ。

 

「へえ、珍しいわね」

 

「何を言っているんだ、去年の優子ちゃんだってさ」

 

 浩介くんが軽くいじる感じで、あたしに突っ込みを入れてくる。

 そう、あたしもあたしで、大きな発見をしたのは事実だった。

 

「うん、そうだったわね」

 

「ああ、これで蓬莱さんの2度目のノーベル賞は確実だぜ」

 

 浩介くんがにっこりと笑いながらガッツポーズをする。

 ノーベル賞を取るような研究に対して、大学院生ながら貢献できたことはとても誇らしいことだった。

 

「ええ、あたしたちも、お祝いしないといけないわね……って、さすがに気が早いかしら?」

 

「そうだな、いけないいけない」

 

「「アハハハハハ」」

 

 浩介くんとずっと生涯の伴侶になれて、しかもこんなに偉大な研究に携われ、そして大きな発見ができたのは、この上なく嬉しいことだった。

 あたしにとっては、これでも十分満ち足りていると思う。

 これから、蓬莱カンパニーの経営にも携わることができるとあっては、あたしたちの未来は本当に前途洋々だと思った。

 これ以上、あたしたちが素晴らしい人生を送ることは、もうないのじゃないか?

 とさえ思えてくるのだった。

 

 

「ねえ優子ちゃん、話があるんだけど」

 

「うん」

 

 大学院が終わり、家に帰ると、浩介くんがあたしの部屋で真剣な顔をして対面してきた。

 一体、何の話かしら?

 

「大学院を出たらさ、赤ちゃん、作ろうぜ」

 

「……」

 

 それは、いつかは必ず出てくるだろうと思っていたこと。

 おばあさんは相変わらず元気にあたしたちをせっついてくるけど、さすがに最近は身体的な衰えが出始めていた。

 それを考えると、もうそろそろ、焦った方がいい時間なのかもしれなかった。

 

「分かったわ」

 

「優子ちゃん、博士論文も前倒ししているんだろ? だったらさ、卒業する前に、妊娠してもいいと思うんだ」

 

 つまり、出産予定日を卒業後にするということ。

 

「ええ、分かったわ。あたしも、あなたの赤ちゃん、欲しいわ」

 

 あたしや浩介くんが不妊とは考えにくかった。

 浩介くんは知らないけれど、あたしはTS病で、実際に女の子になったばかりの頃に「赤ちゃんを産めるところまで女の子だ」って言われたもの。

 

 あたしの中で、妊婦になったあたしの姿が浮かんでくる。

 大きくなったお腹をさすって、いとおしそうに赤ちゃんを慈しむあたし。

 そんなあたしの姿が、あっさりと目に浮かんできた。

 だけどほんの少しだけ不安がある。

 深刻な障害をもって生まれてしまったらどうしよう?

 赤ちゃんが死んじゃってたらどうしよう?

 ううん、ダメダメ、そんなことを考えちゃダメよ優子!

 

「優子ちゃん、どうしたの?」

 

 浩介くんがちょっとだけ心配そうに顔を覗きこんでいた。

 

「うん、大丈夫よ」

 

 以前にも、赤ちゃんの話が出たことがある。

 あれ以来、あたしは今までにも増して、赤ちゃんをかわいいと思うようになった。

 本能が、あたしに呼び掛けてくる。

 浩介くんとの赤ちゃんは、あたしたちに新しい幸せを運んでくれるって。

 

「優子ちゃん、頑張ってね」

 

 浩介くんの優しい呼び掛けが、いつまでも響き続けていた。

 

 

「それでだ、9月から蓬莱カンパニーを正式に起こすことにする」

 

 蓬莱教授が高らかに宣言した。

 蓬莱教授への寄付金は、一時期よりは収まりかけているが、それでも蓬莱教授の資産が30億ドルに迫る程度には資金力がある。

 

「まずは用地の習得だ、関東平野の内陸部と北海道、山の多い日本において、巨大工場を作るのは大変だ。工場に支店、そして役員と従業員の確保、そして監査法人を何としてでも進めねばなるまい。販売を開始できるのは、早くて3年後になるだろうな」

 

 更に株式の発行や公開の是非などを考える必要がある。

 また政府との調整は終わっていても、蓬莱カンパニーの工場を誘致したい自治体は、それこそこぞって競争するはずで、その辺りの調整が特に難しいだろう。

 

「役員人事だが……まず会長は俺がすることにした。と言っても、事実上は名誉職で実権を持つつもりはない。代表取締役社長には浩介さんか優子さん……俺としては体力的な問題があるから浩介さんを推したい」

 

 蓬莱教授が役員人事を決めていく。

 あたしは浩介くんと共に社長候補になっているけれど、正直そう言うのに向いてないことは分かっている。

 

「社長は浩介くんでいいと思います」

 

「うむ、じゃあ優子さんが専務取締役、あるいは常務取締役と言ったところかな?」

 

 うー、その役目だってかなり重いわよね。

 とはいえ、他に適任を見つけるのも難しいし、今はそれを了承しよう。

 

「……分かりました」

 

「他にも通常の取締役として……少なくとも協会の人にも複数名、取締役になってもらいたい。できることなら、永原先生に専務か常務をしてもらいたいんだが、教師の職業や協会会長としての責務もあるし、永原先生は難色を示すだろうな……相談役にしておくか」

 

 蓬莱教授が永原先生の人事について考える。

 代わりに、大株主にするという優遇措置を取ることにしたのよね。

 蓬莱カンパニーの予想売上と、そこから考え得る株式価値を考えれば、配当金だけでも十分すぎる生活ができるはずだわ。

 

「まあ、後はアリバイ作り程度に何人か社外から取締役を迎え入れていけば、取締役会は完成だろう……問題があるとすれば、従業員の確保だな」

 

 世界的に影響を及ぼす企業ではあるが、やっていることと言えば「助っ人がいる学生ベンチャー企業」でしかない。

 まあもちろん、学生ベンチャーが世界的企業に成長することは珍しいことではないし、独占商売が出来て潰れるとも思えない。

 ならば、あたしたちがいきなり重役につくのも問題はないわね。

 そして、役員人事以上に蓬莱教授が特に懸念しているのが従業員の確保だ。

 

「まず工場長だが……これは現場職員だが、待遇としても取締役にしたい。組織論に詳しい人を迎え入れたい」

 

 蓬莱教授は、工場の組織をどのようにするかで悩んでいる。

 あたしはここで、「とりあえず、まずは工場を作ってから専門家の意見を聞いて考えるべき」と意見して、それが採用された。

 問題は賃金面で、かなりの高賃金で募集しても黒字が見込めるわけだけど、どの程度が適当なのかが皆目見当もつかなかった。

 

「契約社員やアルバイト、派遣社員は一部の末端の末端を除いて絶対に使わない予定だ。蓬莱の薬の機密情報が外部に漏れる危険性が増す。果たしてこの事を、株主総会で市場の株主がどれ程理解しれくれるかが問題になるな」

 

 そう、懸念はそこにあるのよね。

 とにかく株式会社は会社内でも利害の衝突は十分に起こる。

 その辺りをうまく擦り合わせる必要性があるのよね。

 

「ともあれ、今はこれでいいだろう。まず取締役の初期人員を決めて、用地を決めて建設会社に巨大工場の発注をせねばなるまい。その間にも、浩介さんが考案してくれた歩留まり改善策をどんどん改善させていく。浩介さんには、博士論文も書いてもらわないとな」

 

「はい」

 

 浩介くんも、あたしと同様「歩留まり改善の功労者」と位置付けられていた。

 近々、それも含めて博士論文として、学界に大々的に取り上げてもらう予定だと言う。

 

「さ、協会と調整したら、合同で記者会見だ」

 

 蓬莱教授の張り切った表情が、いつまでも目に焼き付いていた。

 永原先生がこれを受けて、正会員の会合を開いた。

 永原先生はそこで、協会からの取締役として、比良さんと余呉さんを推薦し、併せて優秀な一般会員から正会員を2名増やすことで対処することになった。

 ちなみに、そのうちの1人は幸子さんで、「絶望的な状況を挽回した実績が将来の患者さんに役立つ」とのことで選ばれ、あたしとしてもとても嬉しかった。

 永原先生は協会会長の仕事が今後増えると言う予想から、蓬莱教授の提言通り、相談役として、「ご意見番」的な立場に収まることになった。

 それにしても、比良さんと余呉さんもそれなりに多忙なはずなのに、よく受け入れてくれたわね。

 まあ、考えても仕方ないかしら? 普通にこの仕事の方が儲かると考えたからかもしれないし。

 ともあれ、蓬莱教授の提案に、協会も概ね賛成してくれたので、この事を蓬莱教授に報告し、すぐにでも記者会見を開く運びになった。

 

 

 今度の記者会見は、以前行った首相官邸ではなく、別の会見場で行われる。

 まずは会社を正式に設立すること、社長には浩介くんがなること、常務はあたしで専務は比良さん、取締役には余呉さんで相談役に永原先生、蓬莱教授は会長ではあるが、研究に専念したいため、名誉職として実権は持たず、ほぼ口出しもしない。

 そして社外からも何人か取締役を募集したいと発表する。

 

 そしてもう1つが、巨大工場の建設や、機密漏洩防止のために会社として行う販売方法も発表されることになっている。

 記者会見にも、蓬莱教授やあたしたちだけではなく、協会の人たち、取締役に選ばれた比良さん余呉さん、そして相談役の永原先生も出ることになっている。

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