永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「それでは始めます」
司会者さんの声と共に、フラッシュが一斉にたかれていく。
うー、この独特の点滅に慣れる必要があるわね。
「えー、佐和山大学の蓬莱です。今日はですね数ヶ月前の記者会見でもありましたように、歩留まりの改善……もちろんまだまだ改善の余地はあるんですが、ひとまず、日本国内に日本人向けに販売する目処がたったことをお知らせいたします」
蓬莱教授が本題に入っても、記者席の動揺は小さい。
それは事前に、そのことが知られていたからだろう。
「まずですね、生産から販売までの方法について説明いたします。当初の値段は1人5本で3億円になりますが、経営効率の改善などを目処に遅くても販売から40年後までには2000万円まで段階的に引き下げます。また、値下げと共に最大1000年での分割払いも実施したいと思います」
値段についても、これまでの情報とほぼ同じ。
記者たちも既知の情報だからか、みんなリラックスしている。
「まず生産方法ですが、国内に2箇所の工場を建てて、これを世界販売の時にも引き続いて続ける予定です。工場の敷地面積は広大になりますが、国防にも関わるというその都合上から、メインの1箇所は関東の内陸平野部に、もう1箇所はサブとして北海道に建設したい」
蓬莱教授がそう言うと、一部の地方紙と思われる記者が一生懸命にスマホを打っている。
恐らく、地元に「蓬莱カンパニー」の工場ができるかもしれないという期待もあるのだろう。
「工場で生産された蓬莱の薬は、全日本人、将来的には全人類への普及が必要ながら、その機密性も守る必要がある。そこで、全国の都道府県や市町村に支店を設け、或いは出張サービスなどで受け取り、その場で飲んでもらうことにした。お客様には不便を強いることにはなってしまうが、蓬莱の薬というものの特殊性ゆえ、やむを得ないものとした」
蓬莱教授がパネルを使いながら上手に説明してくれる。
ちなみに、出張サービスは住宅だけではなく、職場にも対応する予定だという。
これについては、「逆らう企業はいないだろう」というのが蓬莱教授の見立てだった。
「重要になってくるのは人手不足だ。工場の従業員や流通に携わる社員、全国規模で展開する以上、相当の人数が必要になってくるな」
蓬莱教授が、「蓬莱カンパニー最大の課題」とするパネルを掲げ、人手不足をあげていた。
「さて、次に役員人事に移りたいのだが、今回は少し長い。ここまでで質問のある人はいるか?」
司会進行を無視し、蓬莱教授が「一旦質問」の体裁をとる。
司会者さんも一瞬驚いていたが、すぐに持ち直して手をあげた記者の1人にマイクを渡した。
「──えっと、その工場というのは……もっと具体的な場所とかはあるんですか?」
予想通り、一番気になる質問をして来た。
実際ローカル紙の記者なら絶対に気になるところだものね。
「あー、具体的には決まっていないが、大体の構造としては、鉄道貨物やトラック何かが行き来できるスペースといったところかな? トラックは事故が多いから、鉄道貨物が重要になってくると思う。住宅地から近いか、などはあまり重要視していないな」
蓬莱教授の説明に、記者さんが聞き入っている。
そして次の質問に入る。
「何故、2箇所だけなんですか?」
やはりこれも、想定内の質問ね。
「まず、1箇所の集中は非常に問題があること、つまりリスクの分散なんですが、逆に数が多すぎたりしますと、今度は末端から技術流出の危険性も出てきます。技術が流出した場合、偽薬を売り付ける詐欺……それも数百年発覚しない危険性のある詐欺が誘発される危険性がある」
「ありがとうございます」
そう、蓬莱の薬の独占が認められたのは、極めて捜査が難しい詐欺が発生する可能性があり、社会的に大混乱をもたらす可能性が高いことだった。
工場は集中リスクと分散リスクとを天秤にかけて、2箇所に決定した。
「あー、次の人事の話に行ってもいいかな?」
蓬莱教授が質問を一旦打ちきり、本題へと戻す。
「まずこの蓬莱カンパニーだが、まず会長、これは名誉職としてあまり実権は持たないことにする。これについては俺が就任する予定だが、物はあまり言わないつもりだ」
蓬莱教授は、まず会長について話すことにした。
代表取締役ということにはなっていて、いざという時に権限を行使するという立場になると理解していいわね。
「んで、社長何だが……これが大変に迷った。蓬莱の薬の機密を守るためには、ある程度近く信頼できる人がいいが、俺や瀬田准教授は研究を中心にしていきたいし、協会の人たちはそれぞれ本業があるから、そこの仕事をやめてもらわないといけない。ベンチャーの社長はリスクがある。そこでだ、ここに座ってる篠原浩介さんを社長に推薦した」
パシャパシャと、カメラの音が一段と激しくなる中、浩介くんが立ち上がって黙って一礼する。
「彼は今回、会社を興し、国内向けに売れる程度には歩留まりを改善してくれた立役者でもあるんだ。彼の妻の優子さんと、そして彼自身の発見がなければ、蓬莱の薬は世に出ることはなかったんだ。俺が社長に推薦したのは、機密保持と信頼度の観点からだ。まだ大学院の博士1年だが、準備期間に最低2年かかる。そのことも踏まえて、どうか理解してもらいたい」
記者たちの動揺の顔も見てとれる。
社長には、もっと別の実業家が迎えられるのではないかという予想もあったものね。
でもこの会社は、ある程度は信頼のおける身内で固めないと、競合会社が出た時点で、それが詐欺の入り口になりかねない。
一方で、あたしたちの会社は、蓬莱の薬が効いているかどうかの診断を、全国の病院で、保険適用の上無料で行えるようにした。
「おほん、その他の役員人事だが、専務取締役に日本性転換症候群協会副会長の比良さんにしてもらうことになった」
カメラの音が、また激しくなる。
比良さんも、見た目はあどけなさの残る少女で、身長は小学生並み。
でもTS病ということを知れば、実年齢はとても高いことは、記者にも分かる話。
すると比良さんが、蓬莱教授からマイクを受け取った。
「私は、生まれは天保11年7月……1840年生まれですから、184……今年で185歳になります」
その話はあたしたちは何度も聞いているが、やはり記者さんたちには驚きに染まっている。
女性の年齢のことは、蓬莱教授本人の口から言うわけにはいかないから、こういう体裁になったのね。
「おほん、では次の人事に参ります。常務取締役の人事ですが、こちらは社長の篠原浩介さんの妻に当たる篠原優子さんに決定しました」
あたしが椅子から立ち上がり、浩介くんと同じように一礼をする。
あたしのことについては、既にみんな知っているし、蓬莱の薬の完成に貢献したこともよく知られている。
そのため、あたしの自己紹介は省略された。
「それから、本業の私立高校の教師や日本性転換症候群協会会長としての責務もあるが、ご意見番として相談役を設けた。皆さんも知っての通り、永原マキノさんだ」
またカメラのフラッシュが激しくなる。
「ご紹介に預かりました永原です。よろしくお願い致します」
永原先生もまた、世間一般にも有名人で、一介の私立高校の教師でありながらも「人類の長老」でもあり、最後の江戸幕府以前の生まれでもある。
それを考えれば、もっと重役でもおかしくない。
しかし、永原先生は協会の会長の職務に小谷学園の教師の仕事もある。
それを鑑みて、永原先生は「相談役」になり、蓬莱教授と同様に、何か大きなことがあったときに意見を述べる程度の地位になるという。
永原先生は、取締役にはならないということも確認された。
「続いて、取締役として、えーやはりTS病当事者であります余呉さんを迎え入れることになりました」
そして今度は、余呉さんが立ち上がって、蓬莱教授からマイクを受けとる。
「日本性転換症候群協会の余呉と申します。生まれは農村ですが、天保3年12月に生を受けて、人生今年で192年になります。一応会長の次には年上なのでよろしくお願い致します」
余呉さんは、落ち着いた口調で話していく。
比良さんも余呉さんも、江戸時代の人とあってかかなり小柄で、あどけない少女の印象さえ受けるだろう。
もちろん、実年齢は今生きている老人たちよりもずっと高い。
彼女たち「3長老」は、言わば蓬莱の薬がもたらす未来の青写真でもあるのよね。
「他にも、工場長2名はまだ未定だが、取締役待遇としたい。現在決まっているのは取締役は7人、この他にも社外からの取締役や、監査法人を迎えての会計監査など、大きな会社として必要なことを整備したいと思う。人事についてはここまでで、次に株式についてだ」
蓬莱教授から、役員人事の説明があった。
そして、質問時間に入る前に、次の話題に入る。
「株式については、上場するか否かは決まっていない。というのも、純民間のベンチャー企業ではあるのだが、特殊な会社故に上場のデメリットが大きいからだ」
そう言いつつ、蓬莱教授が円グラフのパネルを出す。
「株式としては、色々に考えた結果、上場を想定する場合として、このような分配方法にすることにした……まず20%を会長の俺が持ち、15%ずつ優子さんと浩介さんに、この時点で50%ぴったりで、ギリギリ同族会社にはならない。残る50%のうち10%を相談役の永原先生に、5%ずつを専務の比良さんと平取の余呉さんに、残る10%を日本性転換症候群協会が持ち、残りの30%を市場に公開したい」
確かに、蓬莱教授とあたしたち、永原先生、比良さん、余呉さんには血縁関係は何もなく、日本性転換症候群協会という団体の集まりで親しい関係か、あるいは蓬莱の研究棟での教授と院生という関係でしかない。
しかし、あたしたちはともかく、永原先生と比良さん余呉さんは、もう110年の付き合いがあるわけで、蓬莱教授も、彼女たちとの付き合いは30年に及んでいる。
血縁関係のある同族経営ではないが、下手な家族経営よりもよほど強い絆になっている。
「ただ、もちろん上場ともなれば、そううまくはいかないだろうし、株式の配分についても、考え直す必要があるだろう」
蓬莱教授としては、上場するかどうかは、まだ未定で、仮にするとしても、敵対的買収などをされてしまえば一溜まりもない。
ちなみに、上場した場合でも、その特殊性から外国人株主は制限することになっている。
「医療機関への保険面で固めることで、独占維持を図っていきたいし、数百年単位で発覚する詐欺の防止にも繋がると思う」
逆に、蓬莱の薬を全て飲み終わった時に、「確認医療カード」を、マイナンバーつきで渡すという。
とにかく、競合企業を出さず、なおかつ全日本、行く行くは全世界に売っていくのは並大抵の難しさではない。
「人事と株式については以上だ。さて、ここまでで皆さんの方で何か質問はあるかな?」
「はい」
すると記者さんの1人が手をあげた。
「──えっと、役員人事についてなんですけれども、社外取締役というのは誰を迎える予定なんですか?」
確かに、そこは気になるわよね。
正直、まだ決めていないんだけれども。
「あー、実はまだ決めていないんだが、流通業界や、再生医療業界に頼むつもりではある」
蓬莱教授が無難な回答をする。
まあ、社外取締役を募集したら、いくらでも候補者はいそうだけどね。
「ありがとうございます」
「株式の上場の時期というのは分かりますか?」
次に出たのは、株式上場の時期についての質問だった。
うーん、こんな質問してどうするのかしら?
「あー、上場そのものもまだ未定だから、ましてや上場するとして時期を決めているわけでは、ないな」
ほら、蓬莱教授としても、こう答えるしかないもの。
記者さんは不満そうな顔になっているが、ちょっとさすがに自分勝手じゃないかしら?
「えーではですね、最後に海外展開について何ですが……浩介さんの尽力もあって販売にこぎ着けるレベルでの歩留まり改善は実現しました」
浩介くんが、ちょっとだけ照れているのが分かる。
最も、あたしたちでイチャイチャした時ほどの照れ方ではないけどね。
「ですが、それでも、工場から販売形態から……あーそれらを1から構築しながら、日本全国に販売するとなるとかなりの初期費用がかかりますし、一応純民間ですから、税金の力は極力借りずにですね、行うともなりますと、海外に同時発売するためにかかる費用を工面するためには、やはり100年はかかると思います」
実際には、海外展開するまで50年くらいしかかからないんじゃないかとも言われてはいる。
ただ、万全を期して世界同時発売する場合は、80年くらいの時間が必要という話もあり、実際に80年経てば、残りの20年を時間稼ぎできるはずだわ。
「何故それほど時間がかかるかと言いますと、まずもって、『比較的安全性と蓬莱の薬に寛容な日本を除いて、売る国に順番はつけたくない』というのがあります」
蓬莱教授は、共産主義者ではない。
ただ、売る国に順番をつければ、その順番において後回しにされた国が日本を恨む可能性があるという実利的懸念がある。
また、実際に売る国に順番をつけて少しずつ販路を拡大すれば、100年よりはるか前に全世界に浸透するという試算結果も出ているが、これについては握りつぶした。
政府側の外交的都合と、競争力と国力増強のために日本限定期間を長くとりたい経済界と防衛界隈、そして蓬莱教授側の企業経営都合全ての利害が一致しているが、今回は政府の外交的都合を隠しつつ、経営的都合を全面に押し出すことになった。
いずれにしても、蓬莱教授は日本人以外の外国人全員が不幸になる判断を、最もらしく正当化することに成功しているわね。
「というのもですね、発売する国に順番を設ければ、必ずや後側に回された国は不満を持つでしょう。それに順番だってどう決めますか? 予約の多い順番では人口の多い国が有利ですし、献金合戦させたら経済力が全てになってしまいますし、ビジネスライクなやり方をするにしても、解釈次第で大きく変わってしまうでしょう」
蓬莱教授が、順番を設けない理由を坦々と語っていく。
実際の所、純民間企業なのだから、売る国の順番なんて自由でもいいんだけど、この辺りは上手くダブルスタンダードを使っていきたいわね。
……罪悪感はあるけど。
「ですから、多少遅くなったとしても、まずはしっかり利益を出しながら、全世界に同時販売できる生産と流通基盤を作って、その上で全世界に販売したいと思います。民間ですから、自国他国問わず、政府からの献金などは受け取らないことにします。政治的、外交的な抗争に巻き込まれたくないというのもありますが」
いかに蓬莱教授の財力でも、いきなり全世界同時発売はできないし、リスクも高いことはみんな知っている。
政府や自治体からの献金は、政治的・外交的抗争に巻き込まれる恐れがあり、純民間企業として好ましくない。
そこで、ひとまず社会実験も兼ねて、蓬莱の薬の基となるTS病患者の大半を占める日本において一斉発売を行い、企業としての財力やノウハウなどを貯めてから、全世界に一斉に打って出る。
でもそのためには、長い準備時間がどうしても必要になる。
本当に、蓬莱教授は徹底的に考えていると思うわ。
「さて、俺からの話は以上だが、記者の方で質問はあるかな?」
「はい」
また別の記者さんが、手をあげた。
「あの、それでも強引に、外国政府が日本政府に対して圧力をかけてくる可能性はあると思うんですがいかがでしょう?」
確かに、その懸念はあるのよね。
何分、薬の効果が効果だから、「ルール違反上等」でなりふり構わず日本政府に圧力をかける可能性はあるのよね。
「ええ、そうなった場合はまあ、最終的には軍事力ということにはなるでしょうけれども、俺たちがとる方法は、『民間企業に政府が干渉するな。うるさいこと言うとお前の国には永遠に売らないぞ』と脅しつけるくらいでしょうか」
そう、あたしたちには最終的にはこのカードがある。
逆らうなら売ってやらない。お前たちだけではなく子孫も含めて。という連座制で、これならば無鉄砲な人も大人しくなる。
「ありがとうございます」
その後も、海外の不満をどう押さえ込むかという問題について質問が何度も交わされた。
蓬莱教授はその都度、坦々と理路整然に語っていく。
記者会見は以前の会見よりも長く続いていたが、それでも満足にいく結果にはなったと思う。
そしてあたしたちは、昼食を食べて、その足で会社設立のための書類を届け出た。
もちろん様々な手続きが必要だけど、あたしたちには他の日常生活があるので、なるべくこういうのはこういう時に済ませないとね。