永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
翌日以降、インターネットのコミュニティでは蓬莱教授がついに会社を設立したことで持ちきりになっていた。
100年間猶予が必要という話については、日本国内では意外と好意的に受け止められていた。
実際には更に複雑な背景があるものの、純民間の体裁を取ったお陰で、うまく矮小化して政府との繋がりを絶つことができたわね。
「それで、関東の本部工場から発注したい」
100年の間に、生産効率を10倍にするとして、まずは用地を確保し、一部に工場を建てていく。
本部工場の面積を考えると、それ相応に大きな土地が必要ではあるものの、生産品の性質上公害や環境破壊はほぼない。
そのため、今蓬莱の研究棟には、北関東だけではなく他の地方の自治体からも工場誘致の請願書が殺到していた。
兎にも角にも、あたしたちはこの請願書の中から、条件に見合った土地を提供してくれる自治体を見つけ出す必要がある。
「ともあれ、条件に会わない手紙を除外してくれ」
蓬莱教授は、この作業を学部生にやらせることにした。
そしてあたしたちは、今回の蓬莱の薬の成果を、論文にまとめなければいけない。
浩介くんの論文にあたしの論文は博士論文にして、あたしと浩介くんの業績とも合わせて、蓬莱教授との共著という形で別の論文も書くことになっている。
「もし、学術誌に載ったら、ノーベル賞ものだ」
「ええそうね」
蓬莱教授の、2回目のノーベル賞は決まったも同然だった。
あたしは論文を作りながら、蓬莱教授の指導を受けていく。
そしてそれは浩介くんも同じだった。
コンコン
「はい」
不意に、研究所の扉がノックされた。
中に入ってきたのは手紙を整理していた学部生だった。
よく見ると、手には紙の束を持っていた。
「おう、整理ができたか」
「はい、条件を満たしているのはこれだけです」
紙の束が机にドサッと置かれる。
どうやら、北関東ではないなど、最低限の条件も揃っていない書類だけが除外されているらしいわね。
蓬莱教授は紙の束を一瞬眺めると、それを浩介くんとあたしに押し付けてきた。
「さ、社長に常務、良さそうな場所を決めるんだ」
「は、はい会長」
もう既に、会社は始まっているというわけね。
ともあれあたしたちは、ひとまず今日の予定分だけ論文をまとめ終わってから、書類の整理も時折行うことにした。
土地の大きさについては、蓬莱の研究棟にある「製造ライン」を工場に大量に再現するとして概算する。
まずは明らかに用地面積が足りない自治体を排除する。
そうすると、紙の束が3分の1だけ残った。
でも問題はここからなのよね。
「土地の余っている駅前何て言う都合のいい話はないから、さて」
個人的には、駅間の長い区間で、駅と駅のちょうど中間にある農地がいいと思っている。
そこならば、駅もないからあまり発展していないし、既存の線路があるから新しい駅も作りやすいもの。
「新駅を考慮して、建てたいなあー」
浩介くんがそう呟く。
実際に、蓬莱カンパニー向けに大きな工場ができれば、それだけで駅にしてもいいと思う。
ただ、北関東でも東京から近いと、駅と駅の間も住宅地などの建物で埋まっている。
かといってあまり遠すぎると、人材が集まらない危険性もある。
うーんでも土地が安い方がいいだろうし、社宅や社員寮何て言うのも、作る必要があるわね。
そんな風に取捨選択していると、ついに候補を3つに絞ることができた。
「蓬莱教授、とりあえず候補を3つに絞れました」
「おおそうか、どれ見せてくれ」
あたしから、蓬莱教授が書類を受けとる。
蓬莱教授は処理に目を落とすとうんうんと頷き始めた。
「なかなかいいじゃないか。鉄道の駅と駅の中間にある、関東平野の農業地帯、ここなら確かに、巨大工場を作るのに打ってつけだ」
工場への貨物列車の専用引き込み線も含めて、かなりの大型案件にはなるだろうけど、蓬莱教授の財力なら、払えないお金ではない。
「特にこれが一番いいな。一番近い上に土地が安い」
蓬莱教授が、最終的に最も良さそうな1件を提示してくれた。
うん、後はこの自治体に連絡を取って、交渉するだけね。
「むしろ問題は、北海道に作るサブ工場だろう」
蓬莱教授が同様に話す。
北海道はほとんどの自治体が過疎にあえいでいる。
蓬莱の薬が出来ても、あまり希望はない。
工場ができるかどうかで、自治体の命運がかかっていると言ってもいい。
だからどこの自治体も、必死になって請願してくることは想像に難くないのよね。
「俺が考えているのは、札幌と旭川の間だ。ここなら比較的交通の便がいいし、空いている土地もある。とは言え、北海道は冬が厳しい、通勤環境をどう整備するかも、問題になってくるだろうな」
幸い、まだサブ工場の誘致請願は来ていない、というのも、まずはメインの工場だけを建設し、ノウハウを貯めることになっているからだ。
並行して行うのが人の募集、つまり求人票を職業安定所などに出すわけだけど、これがむしろ箱の決定よりも難しいかもしれない。
あたしたちはハローワークに掛け合って、求人票を出すことにした。
募集要項としては、いわゆる工場の作業員や事務員といった所、まずは全国に支店を作る前に、工場で直売のみで運用を始めることにする。
値段も3億円一括払い固定になっていて、「どうしても今すぐ飲みたい人」に絞る方針になった。
「5日連続で工場に行かないといけないのは大変よねえ」
機密維持のためにも、お客さんの手に持たせるわけにもいかないものね。
そう考えると、今までの蓬莱の薬はちょっと無防備だったかも。浩介くんも持ち歩いてたし。
「そこで考えたんだが、工場にホテルも併設しようと思う」
関西などの遠方からのお客さんのために、工場に隣接してホテルを作ることを浩介くんが提案してきた。
あたしとしては賛成だけど、全国に支店が出来、出張サービス、値下げと超長期分割払いも実現した場合、このホテルは役割を失うので、使い捨てを前提にしたい。
「とは言え、3億円を出せるお客さん向けだからな。豪華にはしておこう」
浩介くんも、きちんと商売相手を考えているわね。
それにしても、使い捨ての豪華ホテルって何だかシュールだわ。
売上金や蓬莱教授の財産などを元手に、全国各地に支店を作り、サブ工場と合わせて蓬莱の薬を生産し、支店に運んでいく。
「財政に余裕が出てきたら、値下げをどんどん行っていこう」
「ええ」
具体的な工場のデザインや、支店のデザインは、その道のプロに任せることにして、あたしたちがするべきことはおおむねこれでおしまいだった。
新しく命が産まれてくる限り、蓬莱の薬の需要はなくならないが、今は必要ないけれども、生産力に余裕が出てきたら、今度は海外の顧客向けに、在庫をどんどん溜め込まないといけないわね。
蓬莱の薬の長期的維持、保存方法については、今後蓬莱教授自身が研究してくれとのことなので、あたしたちはそれを待てばいいわね。
全てが終わって、あたしたちはもう一度論文の執筆作業に戻った。
翌日、常務であるあたしは、最終候補に残った自治体の市長宛に電話を掛け、工場候補地として本命であることを直接伝えることになった。
社長の浩介くんの仕事とも思ったけど、「こういうのは女性の優子さんがやると好感度がアップする」とのことで、あたしも我ながら全くその通りだと思ってしまったのでそのまま引き受けてしまった。
うー、緊張するわ。
総理大臣とも面と向かって話したことがあるというのに、高々地方の市長と話すのさえ緊張してしまうのはどうしてなのかしら?
まあ、人生初の「商談」ってこともあるんだと思うけど。
「といっても、しないわけにはいかないわね」
あたしは意を決して受話器をあげて、市長へと電話を掛けた。
プルルルル……プルルルル……
「はいこちら──」
出たのは、恐らく事務の女性ね。
「あの、あたし蓬莱カンパニー株式会社常務取締役の篠原優子と申しますが、市長様いらっしゃいますか?」
あたしは人生ではじめて、蓬莱カンパニーの常務取締役としての肩書きを告げた。
「あ、はい篠原様ですね。ただいま市長にお繋ぎいたします」
そう言うと、電話からは音楽のメロディーが流れていく。
音楽が2周すると突然切れた。
「もしもし、私市長の──」
「あ、市長様ですか? お世話になっておりますあたし蓬莱カンパニー株式会社常務取締役の篠原優子と申しますが」
「ああ篠原様、どういったご用件で!?」
市長さんの驚いた顔が目に浮かぶ程に大きな声を出す。
もしかしたら女性とは思わなかったのかしら?
「えっとですね──市の案を採用して、工場を誘致したいんですけれども──」
「ああ、ありがとございます! 本当にありがとうございます!」
電話越しでも分かるくらいに、感激した市長さんの声が響いてくる。
確かに、一番いい条件を出したのがここだった。
それでも、この工場の誘致が町の活性化に繋がることはよく分かっていた。
「ただですね、工場のみならず社員寮や社宅といったものも建設する必要があります。それらについての詳細を述べても大丈夫ですか?」
「ええもちろんです!」
市長さんは、まだ興奮が覚め止まないみたいね。
「まず、この土地なのですけれども、駅と駅の中間にありますよね?」
「はい、ですから駅前とかを提示した所に負けるんじゃないかと思ってまして──」
「いえ、だからいいんです。新駅を誘致してもいいですし、貨物列車のための引き込み線も欲しいんです。蓬莱の薬は機密性が高く、情報を漏らすわけには参りませんから、事故率の低い鉄道貨物も、有効に使っていきたいんです」
そのためにも、JRとも交渉しないといけないわね。
「はい、では駅のスペースは?」
「当然確保します。後ですね、蓬莱の薬は5日間連続で服用する必要がありまして、当初は全国各地に支店を作る余裕がありませんので、小さなホテルも誘致したいと思っています」
「おお、ホテルですか! ありがとうございます!」
どちらにしても、地元住民にとっては雇用の創出になる上に、そうじゃなくても社員たちの昼食需要や娯楽需要が期待できるものね。
「もちろん、全国各地に出来ましたら、ホテルは廃止する予定です。その後は社宅に改築したいと考えています」
「分かりました。では一旦、私どもの市役所に来ていただけますか?」
「ええ、分かりました。時間はいつがよろしいですか?」
「えっとですね……あー、夏まで埋まってますねー一番早いので8月の──」
意外と多忙ねこの市長さん。
「分かりました。じゃあその日でお願いいたします」
あたしは、机にあった小さな紙切れに日付をメモする。
「了解です。時間はどうされますか?」
時間、困ったわね。
「うーん、家や大学院からもそれなりに離れていますから……ちょっと今は分からないですね」
「分かりました。この日は今の所終日開いておりますので決まりましたら電話でお知らせください」
あたしはメモの続きに「時間きょうぎ」と書き込んだ。
「分かりました。では失礼いたします」
「我が町を選んでくださり、本当にありがとうございました!」
プツッ、プー、プー、プー、プー……
輝かしい声で、市長さんが感謝の言葉を述べ、電話がプツリと切れた。
「ふう」
さらーり
「きゃあ!」
市長さんとの電話が終わり、一息ついていると、えっちな手にスカートの上からお尻をまさぐられた。
ぺちっ!
「もうっ! 浩介くんのえっち!」
全然痛くないビンタを、痴漢の犯人である浩介くんに浴びせる。
「悪い悪い、優子ちゃんが無防備そうだったからつい」
また浩介くんがいつものように子供じみた言い訳をする。
本当にもう、油断も隙もないわね。
「はあー、浩介くんって年がら年中エロいこと考えてるわよね?」
まあ、優一も似たようなものだし、あたしだって浩介くんとのことを考えない日はないけど。
「うぐっ、そんな訳ねえぞ!」
浩介くんが自白にも等しい位に墓穴を掘る。
「ふふ、まあいいわ。さ、建築会社を募集しなきゃ」
そう、誘致する場所を決めたら、今度は建設会社と機材の発注先を決めなきゃいけない。
改めてその事を、浩介くんと話し合う。
工場を建設し、更に機材を発注する工場の選定、更には従業員の募集も大切になってくるわね。
機密の核心に触れる部分は、ここ蓬莱の研究棟出身の人に頼むことにした。
「問題はヘッドハンティングよね」
「ああそれについてだが、金の力はとてつもない。精神論は難しいそこでだ」
浩介くんには秘策があるらしいけど、あたしには分かる。
「密告制度かしら?」
「分かってるじゃねえか。さすがは優子ちゃん」
浩介くんがニヤリと笑う。
そう、機密情報を売り渡そうとする社員がいないかどうか、常に互いに監視させ密告を仕向ける。
更にはそうしたことをしでかす会社には、関係者に蓬莱の薬を売らないとあらかじめ脅しを掛ける。
蓬莱の薬に関しては機密保護法がある。
製造法を漏らしたりすれば、当然背任に問われるが、それ以上に関係者に対する薬の不融通の方が強烈な抑制になる。
不老前提の社会となり、高齢者向け福祉が皆無となれば、蓬莱の薬の不融通は、死刑宣告と同義だものね。
問題は、薬を飲んだ人間による不義だけど、それについても親類縁者に累を及ぼすことで防ぐ。
いかに金に転ぼうとしても、自らと近しい関係にある人間まで迷惑を被る可能性があるともなると、人間は極めて鈍くなる。
「採用の際にも、末端はともかく、こういう重要情報に触れるであろう幹部候補には、親族や親しい友人がいるかどうかも重要な案件になるな。この連座制は、天涯孤独の人間には効果が薄いからな」
浩介くんも、社長として、蓬莱教授のやり方を覚えてきた。
まあ、年収や給料を上げれば、十分すぎるとも言えるけどね。
「さて、夏が楽しみだな」
「ええ」
夏になれば、あたしも論文をほぼ書き終えることができる。
後は課程に専念しつつ、浩介くんと共に会社業に専念できそうね。
あ、でも赤ちゃんを産むことも考える必要があるから、その時は常務は別の人に任せて、主婦に転身しようかしら?
「ふー、とりあえず承認をもらえてよかったわ」
あたしは、修士時代に発見した「完全な蓬莱の薬」の生成方法について、博士論文にまとめることができた。
蓬莱教授からも承認をもらったので、これで後は単位と会社経営に専念することができる。
と言っても、蓬莱の研究棟に居座ることに違いはない。
最近になって分かったことだけど、和邇先輩が工場で蓬莱の薬を生成する重要な役割を担うことになったらしいわ。
管理はコンピュータでするらしく、ハイテクな仕様になっている。
「優子ちゃん、どうだった?」
「うん、バッチリだって、蓬莱教授によると、『2年で卒業』も考えてるって」
「へーすごいな」
博士課程は一般には3年が必要になる。
しかし、「成績優秀ならば、2年で卒業」という例もある。
あたしたちがそれに該当するかは不明だけれども、うまく単位を融通して貰えれば大丈夫かもしれないのよね。
まあそれを言うなら、浩介くんだって、十分にすごい発見をしているとは思うけれども。
「まあそうは言っても、あたしは体力的な問題もあるから、3年でゆっくり学びたいわね」
実際の所、浩介くんの寿命問題が解決した去年の時点で、あたしには佐和山大学に残り続けている理由はなくなった。
でも、そこにたどり着くまでの過程で、あたしは多くのものを持ちすぎた。
蓬莱の薬と、TS病患者を世間に認めさせるための宣伝活動に始まり、対立勢力との対決に加えて、蓬莱の薬を普及させるために、政府と交渉し、身内の協会との間を取り持って、あたしが自らパズルのピースを嵌めたとき、浩介くんと共に会社の社長と常務をすることになった。
「まあ、俺もここまで来たからには、全力で行きたいね。博士の学歴も、何かの役に立つだろう。ましてや医学だしな」
浩介くんが力強く言う。
「ええ」
最も、あたしたちは医師免許はないので、患者さんに何かをするということはできないけどね。
ともあれ、まずは建設関係の人を含めて、市長さんの所に行かないといけないわね。
他にも、あたしは建築業界のお偉いさんに電話を掛けた。
蓬莱カンパニーの工場建設は、業界でも「どこが受注するのか?」で、大きな話題になっていたと話していて、今回土地が決まったことを話すと「おおそうですか!」と、大きな声で張り切っていたのが電話越しにも分かった。
こういうのは、本来社長の浩介くんが地位的には相応しいんだけど、「ああいうおじさんたちの機嫌を良くするには、女の子のあたしの方が向いているわ」と主張したため、浩介くんも渋々認めてくれた。
ちなみに、浩介くんの独占欲を満たすための口説き文句は、「電話だと相手の顔が見えないけど、浩介くんとは毎日顔を会わせているわ」だったり。
あたしは、「優一の知識」を使って、男の印象をよくするために、声のトーンをやや甘えた高めの声にした。
ただでさえ、あたしの声は女の子の中でも高い声に該当するので、それを意識的にトーンをあげて甘い声にしたから、さぞ印象は良かったと思うわ。
ちなみに、例によって浩介くんはそうしたあたしの演技に全く気付いてなかった。