永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
夏が終わり、秋になり始めると、蓬莱カンパニーの仕事も一旦落ち着き始めた。
事務作業は事務員さんに任せればいいし、工場の建設に関しても、建設現場の報告や、あたしたちが雇った第三者の建築士さんなどの報告を織り混ぜつつ、時折出張すればいい。
また、JRのお偉いさんが蓬莱の研究棟を訪ねてきた。
それによれば、「工場が出来た暁には新駅を設置したい」という申し出だった。
従従業員数は、最初はそこまで多くはないし、ノウハウを積まなきゃいけないので、需要は小さいだろうけど、将来を見込んでの新駅設置になるという。
あたしたちもこれを了承し、また貨物駅も含めて、JRと整備する。
この辺りは、既に工場を建設している会社連合とも、上手く調整していきたい。
政府との調整はほぼ終わり、最近では官房副長官に、月1回進捗状況を報告するにとどまっている。
株式の発行と配分もほぼ終わり、あたしたちは当初予定されていた通り、会社全体の株式の15%をそれぞれ夫婦名義で得ることが出来た。
さて、そんな秋のある日のことだった。
「そう言えば、今年のノーベル賞はどうなるかな?」
「どうだろう? まだ蓬莱教授って訳にはいかないでしょ」
浩介くんとお義父さんは、少し気が早く、今年のノーベル賞は誰が受賞するのかを議論している。
蓬莱教授については、さすがに今受賞することはないと考えている様子だった。
「だよなあ」
いつもよりこの談義のシーズンが早いのは、秋になってますますあたしたちを「次期ノーベル賞候補」と世間が持ち上げているせい。
正直に言って、あれからそれなりの月日が経ったけど、未だにあたしたちにとっては「質の悪い冗談」にしか聞こえなかった。
しかし一方で、「蓬莱教授が単独受賞する」という可能性については、客観的に見てもかなり懐疑的なのも事実だった。
ノーベル賞は、もちろん単独受賞はあるけど、ここ数十年は、文学賞や団体が受賞され得る平和賞を除けばそれは滅多になくなった。
つまりノーベル賞で特に価値の高い物理学賞、生理学・医学賞、化学賞の場合、共同受賞として、更に貢献度に応じて賞金が山分けされるのが普通だから。
十数年前に受賞した蓬莱教授でさえ、他のもう1人の研究者との共同受賞で、貢献度は1/2ということらしい。
「にしても、やはり今回は蓬莱さんが単独受賞だろうなあ」
「そうすると貢献度は1/1かあ。カッコいいよな」
ちなみに、これついて蓬莱教授は、「あれはあくまでも脇道の研究だからな。不老研究なら、通常のノーベル賞の最低10倍は偉大な業績だ。貢献度はほとんど意味がない」と笑っていた。
確かにその通りだけど、やはり蓬莱教授の偉大さのためには、蓬莱教授が単独受賞してしまった方がいいと思う。
そうじゃないなら、瀬田准教授が候補にはなると思うけど、彼が一緒にノーベル賞というのはちょっと思い浮かばないわ。
でも、彼以外に共同受賞する候補というと、やはりあたしか浩介くんしかいないわけで……
あたしは、ここでも強引に「蓬莱教授が単独受賞だろう」と脳内で決めつけて、現実から逃れるようにした。
さて、時間的に余裕が出来たので、あたしは久々に協会の正会員としての仕事が入り始めた。
蓬莱の薬が普及しても、TS病はなくならない。
TS病患者の免税特権は、蓬莱の薬の適用と共にほぼなくなる予定だけれど、他の納税者の負担が減るから相対的に特権ではなくなるだけで、税負担そのものはこれまでと同じになる。
それでも、蓬莱の薬を飲む前から不老になれるということで、蓬莱カンパニーにお金を払わなくていいというだけでも、TS病患者は他の人よりもかなり有利な位置にいるのも事実だった。
……まあそれが、女の子に性別が変わることへの大変さの割に合うかというと、微妙なところかもしれないけどね。
あたしの住居から少し遠い関東地方で発病した今回の患者さんは高校1年生だった。
その少女は、「TS病になったこと」についての印象について、「蓬莱の薬を飲まなくても不老になれたのね」と言っていた。
最近では、この手の患者が増えている。
以前は不老の特徴よりも、性別が変わることに患者さんの関心が行っていたし、実際そっちの方が負担でもある。
不老でどうこうするのは遠い将来の話で、短期的には「とにかく女の子に慣れる必要」に迫られる訳だもの。
だけど、蓬莱の薬がTS病とともにニュースに出るようになってから、性別の変化よりも不老の方に着目する声が患者さん質の間でも広がっている。
もちろん、そういった患者さんは、あとで痛い目を見るのがお約束になっている。
不老というのは遠い将来のことで、今は女の子に適応することの方がずっと大変だから。
確かに蓬莱の薬の出費は高いけど、それでも性別変化への適応に対する精神的負担は大きい。
あたしの新しいカリキュラムのお陰で、自殺者こそ出なくなったものの、患者さんへの精神的負担が重いことには代わりはない。
「はい、それで言葉遣いはどうですか?」
協会から支給され、そろそろ旧式化もかなり進んでいるテレビ電話で、あたしは新しい患者さんと面談する。
少女はまだどこか落ち着きがなく部屋のあちこちをキョロキョロと見ていた。
「えっとその、まだ慣れなくて、俺──」
「こらっ!」
あたしは笑顔で微笑みながら、患者さんを優しく叱りつけてあげる。
「ごめんなさい。私その、女の子らしい言葉遣い、意識するのが難しくて」
さすがに、今のがまずかったのは分かるらしい。よかったわ。
「うんうん、誰かに指摘されたら直していけば大丈夫よ。さ、暗示かけてね」
「わ、私は女の子……私は女の子……女の子になったんだから女の子らしく生きていかなければいけない……」
新しい少女が一生懸命声に出して「女の子らしくならなきゃ」と意識を集中してくれる。
うん、この気持ちさえ忘れなければ、いつかは大丈夫よ。
「ふふ、いいわね。でもスカートの動作が危なっかしいわよ。見えたら減点1よ」
患者さんもまだスカートに慣れていないらしく、危なっかしい場面があるのであたしも指導に熱が入る。
「はい、気を付けます」
患者さんへの指導自体は久々だけど、やっぱり体は覚えていたみたいでよかったわ。
新しい正会員さんも加わったお陰で、新規患者さんへのカウンセラー枠にも余裕が出てきたけど、これからも一定の割合でTS病患者は出てくるから、頑張らないといけないわね。
「優子ちゃん、新しい患者さんの具合はどう?」
全て終わると、別室にいたお義母さんが進捗状況を気にし始めた。
「うん、やっぱり不老に注目しすぎてて躓いている感じだわ。もちろん自殺はしないとは思うけどね」
「そう、大変ね」
今回の患者さんのような「不老偏重型」は、以前からも少数ながらいたけれども、最近はその数があまりにも多い。
もちろん原因は明らかで、あたしたちの不老研究が世間に着目され、TS病も不老の一面がよくクローズアップされたのが原因だと思う。
だけど、「完全性転換症候群」という病名を見て分かるように、この病気で本当に問題になるのは性別が変わる方ということで、不老で苦労するのは、せいぜい最初の100年程度と言われている。
しかし一度この病気になったら女の子として生きていくこと以外に、生き続ける道はない。
そのためには、あたしたちに対する「女性」としての扱いが必要不可欠になる。実際、協会の方でも不老の方は女の子になりきってから安全講習をする程度で、女の子になったばかりの頃のカリキュラムでも、そこまで重視されてはいなかった。
協会としても、「最近は不老ばかりが着目されているけど、実際には患者さん1人1人にとって、性別が変わることがとても大変」だということを示し続けるしかない。
なので久々に、あたしは高島さんの取材を受けて、広報部長としての仕事もこなした。
あたしの顔で宣伝すると、かなり世間への影響が大きくなるみたいでよかったわ。
ブライト桜は、今ではインターネットの大手メディアに成長し、既存のメディアを完全に圧倒し始めている。
特に今では規制も大分緩んだけれども、長らく協会はブライト桜以外のメディアをシャットダウンしたということや、蓬莱教授と極めて親密な団体だということもあって、あたしたちの取材相手は、結局今でもほぼブライト桜の独占状態が続いている。
数年前に出したあたしたちの声明によって、フェミニズムはほぼ壊滅したし、復活の兆しを見せる度に、あたしたちが都度反論声明を出したのもあって、今では「過去の遺産」という扱いにはなっているが、それでも「明日の会の亡霊」が草の根で続いていることもある。
男女の差を思い知らされて、いかにフェミニズムが空虚なものであるかを知っているあたしたちTS病患者は、これを止めることも社会的責任という認識を共有するようにもなっている。
それが結局、巡り巡って患者さんの自殺防止にも繋がるものね。
ちなみに、明日の会のホームページは更新の放置が続いた挙句、何者かによってクラッキングされていて、今では「永原マキノ様を崇める会」というホームページ名になっている。
「ふう」
ともあれ、安定期に入ればまた一段落ができるはずだわ。
そのためにも、あたしたちが今まで教えてきた他の患者さんと同じように、女の子らしい女の子に成長して欲しいわ。
「優子ちゃん、最近大変そうだな」
あたしがリビングのソファーで休んでいると、遅れて部屋に入ってきた浩介くんがあたしを労ってくれる。
「うん、そうね。最近では不老偏重型も多いのよ」
「あー、間違いなく俺たちの研究のせいだな。でも、それも今だけだよ」
浩介くんが優しい口調で言う。
「うん、あたしもそう思うわ」
それは「今」の蓬莱の薬は、「もう少しで手の届きそうな偉大なもの」だったから。
あたしが女の子になったばかりの頃や、完全不老の薬ができる前くらいまでの時代は、「蓬莱の薬」とか「不老」というものは、「遠すぎてほとんど空想上のおとぎ話の世界」と大差がなかった。
逆にこれからの未来の場合、恐らく「蓬莱の薬」とか「不老」というものは、「みんなが当たり前に持っていて、身近なもの」程度でしかなくなると予想されている。
今蓬莱の薬が置かれているような、「手が届きそうで届かないけど、もうすぐみんなの手に届く近未来技術」というもどかしさが、人々の不老への関心をより一層高めていた。
永原先生も、「今の状況は一時的なものだけど、その間の患者さんのこともきちんと考えるのよ」とのお達しだった。
もちろん、あたしとしても異論はない。
今も永原先生は協会の会長として、蓬莱カンパニーの相談役としては、未だにその顔を見せていなかった。
最も、永原先生自身は「その方がいい状況よ」とは言っていたけれどね。
「優子ちゃーん、手伝ってー」
「はーい!」
あたしはお義母さんに言われると急いでソファーから立ち上がって食卓へ移動する。
浩介くんもあたしに気を使ったのか、来ると思っていたスカートめくりが来なかった。
まあもちろん、いつも来る訳じゃないし、来る方が珍しいけどね。
「優子ちゃん、頑張ってるわよね」
お義母さんにも、今日は労われる日になった。
「ええ」
最近のあたしは、比較的会社の仕事が少なくなった。
でも、これが一時的なものであって、すぐにまた仕事が増えることは分かりきっている。
来年には果たしてどのような状況になっているのだろう?
あたしがあの時、小谷学園の教室で倒れてから、まだ10年も経っていないのが信じられないくらい、今の社会が大きく変化している。
永原先生に協会に推薦され、蓬莱教授と共に研究を進めることで、あたしの中にあった世界は急速に広がっていったいった。
「でもこの家の中だと、私たちの前だといつも通りよね。ビックリするくらい」
「ええ、何があっても、家族は変わらないもの」
ここはあたしにとって安息の地、だものね。
「あら? 家族だって変わるわよ」
「え!?」
お義母さんは、ちょっとだけ意地悪そうな笑みを浮かべていた。
でも、その中にも優しさが見てとれた。
「例えば、優子ちゃんが赤ちゃんを産むとかね」
「……っ!」
年末年始などには、義両親や実両親はともかく、おばあさんからは、相変わらず妊娠の催促が届いている。
そう言えば、赤ちゃんを作る約束もしていたわね。
「ふふ、でも優子ちゃんが照れ屋さんで、浩介にずっと恋している所だけは、変わらないわね」
お義母さんがにっこりと微笑ましそうに笑っていた。
あたしは、恥ずかしくてうつむきながらご飯を作った。
「ふー、ごちそうさまでした」
今日も美味しいご飯を作ることが出来たわ。
この後はお風呂に入るわけだけど──
「優子ちゃん、一緒に入ろう」
浩介くんがにっこり笑って一緒にお風呂に入ろうとする。
今でもたまに、こうしたお誘いが来る。
「もう、しょうがないわね」
あたしとしても、浩介くんと一緒にお風呂はいるのは恥ずかしいけど、浩介くんが喜んでくれることの嬉しさの方が、勝っている。
「へへ、ありがとう」
でも、こういうお誘いをされた時は大抵、その後のこともセットになっているのよね。
お風呂で浩介くんが肩を揉んでくれる。
こっている部分をぐいっと押してくれるのがとっても気持ちいい。
何分特に重たいものをぶら下げているので、肩こりがいつまでたってもよくならない。
もちろん、浩介くんや男性受けのことを考えれば、胸を小さくするなんていう発想は、絶対に浮かばないけど、あたしくらいに大きい女性だと「小さくする手術」何て言うものを受けちゃう人もいるんだとか。
せっかくの才能を潰すなんて、もったいないなあとあたしは思っちゃうのよね。
「優子ちゃんの肩って押しがいがあるんだよね」
突然浩介くんが、面白いことを言ってくる。
確かに浩介くんの指圧は強くて気持ちいいけど。
「どうしたの? もしかして、あたしにずっと肩こってて欲しかったりするのかしら?」
あたしがちょっとだけ、意地悪そうな口調をする。
あたしとしては、結構肩こりで痛かったりするし。
「うっ、無いとは言い切れない……でも優子ちゃんくらい大きかったら、肩こりするしかねえじゃんって」
浩介くんが、半ば諦観を含めた語気で話す。
そうなのよね。肩こりは仕方ないのよね。
この肩マッサージは、普段一緒にお風呂に入ったり、旅行で家族風呂として浩介くんと一緒に温泉に入ったりする時には、特に気持ちがいい。
全身の疲労が取れる上に肩もほぐれるからとても身軽なあたしになれる。
「うーん、体が軽いわー!」
身軽になれたあたしは、湯船から気持ちよく立ち上がる。
こうやってマッサージとお風呂で体が軽くなるのは、大抵は浩介くんの罠だったりする。
ガシッ
「ふふ、優子ちゃん、お尻も軽くなっただろ?」
浩介くんに背を向けた一瞬の隙きを突かれ、あたしは浩介くんにガシッとお尻を掴まれてしまう。
「あーん」
「さて、優子ちゃんのお尻も軽くなった所で、始めようっと」
浩介くんの仕掛けた罠にまんまと引っ掛かったあたしは、いつものようにそのまま浩介くんに食べられてしまった。
あたしは罠だと分かっていても、まるで学習能力のない獣のように、そこにはまりにいってしまった。
分かっていても、その後の快感のことを思うと、どうしてもやめられないのよね。
ああ、やっぱりあたしってビッチな女よね。
……もちろん、浩介くん限定だけどね。