永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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高月章三郎の指摘

 工場建設中、会社の仕事の多くを専務の比良さんがしてくれていて、あたしたちの中では大学院での研究の比重が再び大きくなってきた。

 そんな8月の夏のことだった。

 

 あたしたちはいつものように蓬莱の研究棟で実験や研究を行っていた。

 

「優子さん、浩介さん、いいニュースだ」

 

 蓬莱教授が少し微妙な笑顔であたしたちに話しかけてきた。

 いいニュースって何かしら?

 

「あら? 何かしら? 最近いいニュースしか聞いていない気がしますけど」

 

 実際、あたしたちの当初の想定がいかに世間の不老への需要を過小評価していたか思い知らされてばかりだし。

 

「昨日から正式販売が始まったことは知っていると思うが、俺の予想に反して速攻で完売した。さすがにこの値段で、しかも供給が増えるから最終的には10分の1以下の価格になると言っているにも関わらずだ」

 

 蓬莱教授は驚きを持って伝えてきた。

 やはり、どうしても早く買いたいという人がいるというのは分かっていたが、蓬莱教授はどうも狐につままれているらしいわね。

 ちなみに、蓬莱教授のPCから見える総合サイトでもトップニュースとして「蓬莱の薬発売、予約分は即完売」と報じている。

 

「でだ、供給不足ということはもしかしたらもう少し値段を下げる速度を遅くせざるを得ないかもしれん。工場の方にはとにかく急ピッチで供給を増やすように指示しているがそれも限界だ。本当はすぐに値段を落として大衆に売り出さねばならないが……どうやら見通しが甘かった」

 

 蓬莱教授の口ぶりはあまり良さそうに見えない。

 

「え? いいニュースじゃなかったんですか?」

 

 浩介くんが思わず突っ込んでしまう。

 あたしも、同じ気持ちだわ。

 

「ああ、それだけ高く売れるということだからな。金が集まれば、その分供給速度も上がるし、北海道に作るサブ工場もこれで予定を前倒しして工場を作ることが出来る」

 

 蓬莱教授にとってはあまりいいニュースではないのかもしれないけど、企業としてはいいニュースなので、「いいニュース」として紹介したのかもしれないわね。

 蓬莱教授はそこまで言い終わると、水をついで自分で飲む。

 

「ごくっ……ふー、ただ完全にいいニュースとはならない。理由は……聡明な2人なら分かるだろう?」

 

 蓬莱教授が言いたいこと、さすがにあたしでも分かる。

 それは今まで蓬莱教授がどうしても避けたいと何度も何度も、これでもかというくらいに強調してきたから。

 

「ええ、特権階級化への懸念ですよね?」

 

 あたしの言葉に蓬莱教授も「当然」という顔をする。

 

「そうだ。値下げ速度を遅くすれば、また問題が起きるはずだものな」

 

 さりとて、急激に値下げしても転売屋が値段を吊り上げるだけ。

 もちろん、これまでのように共産主義的と言われようとも、転売屋を親類縁者含めてまとめて不売買を宣告するのもいいだろうけど、さすがにそれを発動するのは問題がある。

 

「強権はなるべく発動せず、威嚇だけ行い、なおかつ大衆に売り出しながらも市場経済にも逆らい過ぎない……超難問だ」

 

 これまでには、幸いにも親類縁者への連座制を適用された人物はもちろん、不売買を宣告された人間も居ない。

 やらないに越したことはないが、「単なる脅し」と捉えられて舐められてしまうのも問題でもあるのよね。

 

「ともかく、最終的に予定通りの値段に下げれば十分だろう。もしどうしても難しいなら、工場を広げればいい。どうせ世界に売るときには今よりも遥かに広い敷地が必要になるだろう? そこら辺も、今のうちに買っているわけだからな」

 

 浩介くんが話した通り、実は今工場の周辺部の土地を地主たちから買い取っている。

 といっても、立ち退いて貰う必要はない。

 ただ、蓬莱の薬を全世界に売り出す場合に必要とされる推定の場所を予め買っておくのだ。

 大体は農地が多くて、工場の人の家族用に娯楽施設などが建つ予定もある。

 最も、それらも拡張時には取り壊しが決定している施設でもある。

 

 ……まあ100年後の話だものね。

 

「そうだな、浩介さんの言う通りだ。周囲の声に一喜一憂せず、粛々と増産体制を進めていこう」

 

 完全不老の薬の供給を増やせば、値上がりは防げるはず。

 もちろん、2000万円より下げるつもりはないけどね。

 

「そうね。さて、販売に伴う様々な手続きやサービスもきちんとうまくいっているか確認しなきゃな」

 

 そして販売と同時に開始されたのは、全国の医療機関による、不老証明検査で、これは蓬莱の薬を飲み切った人を対象に、本当に不老かどうか検査するというもので、不老かどうかの認定については、蓬莱教授の論文が広く開示されており、医師たちも嘘をつけない状態になっている。

 間違って不良品を売ってしまった場合には、蓬莱カンパニーが追加で不老の薬を手渡すことになっている。

 場合によっては、お詫びとしての割引サービスも考えられている。

 一応、蓬莱教授の研究室でかなりまとまった人数の治験者が居るけれども(彼らはお金を払わずに不老の薬を飲んだということで、勝ち組でもある)、それでも体質問題が生じかねない可能性は常にある。

 日本人ならTS病が多いからなんとかなるけど、外国人に売るのは気をつけないといけないわね。

 

 

 そんなある日、あたしたちは顧客情報に見覚えのある人の名前を発見した。

 

「高月章三郎……これ、高月くんよね」

 

 顧客の名簿に、小谷学園の時の同級生で浩介くんの親友だった高月章三郎という人の名前が載っていた。

 

「ああ。整形外科医の2代目を目指して俺達と同じように医学博士を目指しているんだ」

 

 浩介くんは、今でも高月くんと定期的にやり取りをしていて、たまにテレビ電話で近況を報告し合うことがあるらしい。

 それでも、蓬莱の薬を買うということまでは、連絡してこなかった。

 

「ねえ、浩介くん」

 

「ああ、ちょっと会ってみるのも行幸だろうな。幸いにも、工場に行く日は俺達も休みを取っている。問題はないだろう」

 

 こうして、あたしたちは高月くんと久しぶりに会うことになった。

 実家の医業を次ぐ何てとても大変だと思うのに、頑張っているわね。

 

 

 その日はよく晴れた快晴だった。

 浩介くんが事前に会いに行くということで、あたしたちには「普段の私服のままでいい」と言ってきたけれども、今回の高月くんは「お客様」になるので、あたしも浩介くんもビジネスで応対することになった。

 最も、今は夏なのでいわゆる「クールビズ」というものだけれどね。

 やっぱり、膝が見える黒いタイトスカートってどうなのかしら?

 OLっぽさはあるけど、やっぱりあたしの普段のおしゃれの方がかわいいと思うのよね。

 それでも頭の白いリボンだけは、欠かすことはないけれども。

 

 工場のある駅までは、地味に電車でも時間がかかる上に、そこから工場に行くにも駅からかなり歩く必要がある。

 JRの新駅はまだ建設中だし、建設が終わっても試運転やシステム上、更にダイヤ改正の問題があるので、開業は来年の3月になるという。

 これも機密漏洩防止の為に致し方ないとは言え、全国への支店の充実を、推し進めなければいけないわね。

 

「支店への強盗対策も念入りにしねえとな」

 

「ええ」

 

 銃弾を受け付けない強化防弾ガラスや、また支店の倉庫もなるべく地下に設置するなど、対策は念入りにしているとはいえ、蓬莱の薬を求めた外国人や密輸業者などが、強硬手段に出る危険性は常に考えておかないといけない。

 まあ今は、この工場の防犯力が大事になってくるけどね。

 

 あたしは約束の時間に集合場所になっている工場正門前へと集まった。

 あたしたちが来たばかりの頃と違い、既に工場も立派になっていた。

 

「ねえ浩介くん、あれ」

 

 あたしが向こう側を見ていると、人影が見えた。

 

「ああ、高月だな」

 

 歩いていたのは、あの時よりも少しだけ大人っぽくなった高月くんだった。

 あたしたちはあの時から変わってないから、少しだけ時間の流れを感じるわね。

 もしかしたら、あたしたちくらいに若く見える人は、少なくなるのかもしれないわね。

 

「あ、優子ちゃんに浩介じゃねえか」

 

「おう、高月、しばらくぶりだな」

 

 浩介くんはあくまでため口で応じるつもりらしいわね。

 ふふ、ここはちょっと趣向を変えようかしら?

 

「高月様、今日はお待ちしておりました」

 

 あたしが営業スマイルで応対すると高月くんの顔が少し動揺していた。

 

「ああ優子ちゃん、いつも通り、あの時と同じでいいよ」

 

 高月くんに速攻で訂正されてしまった。

 

「……分かったわ」

 

 まあ、「お客様」がそう言うなら仕方ないわね。

 

「にしても、優子ちゃんはともかく、何でお前までそんなに変わってねえんだ?」

 

 高月くんもリラックスした様子になってくれてよかったわ。

 

「そりゃあ、俺は蓬莱の薬で既に不老だからな。ちなみに木ノ本も既に不老だぞ」

 

 蓬莱の薬を飲んでいるのは恵美ちゃんも何だけど、一応極秘ということになっているので、浩介くんもそれについては伏せる。

 ちなみに、恵美ちゃんが蓬莱の薬を飲んでいるという疑惑については、未だに海外では一切報じられておらず、向こうの人々も全く気付いていないという。

 まあ、ただでさえ日本人は若く見られるというし、それに永原先生の見た目年齢なんてかなりのものだものね。

 

「そうだった。俺もそうなれるってわけだ。俺は一応まだ博士過程の途中だが、既に医師免許は取っていて後継に内定してるってことで、親父から不老の薬を勧められたよ」

 

 でも、この場に父親の姿は見えないわね。

 

「あれ? でも親父さんは?」

 

 浩介くんもそのことは気になっている様子だわ。

 

「ああ、今の所うちの病院の稼ぎだと複数人分の薬を出す余裕はないんだ。そこで、一番優先順位の高い俺がまず蓬莱の薬を飲んで、値下げ次第両親も飲むってさ」

 

 うーん、出来れば父親から飲んでほしかったんだけど……仕方ないわね。

 

「そうか、じゃあ行こうか」

 

「おう」

 

 あたしたちは、改めて身体の向きを変えて工場の門を目指す。

 工場正門の警備員さんがあたしたちに敬礼してくれる。

 

「俺だ、こっちは顧客で旧友の高月章三郎だ。通してくれ」

 

「了解しました社長」

 

 おっと、高月くんは手続きしないといけないから、釘を差さないといけないわね。

 

「あ、ちゃんと手続きしてよね」

 

 警備員さんに門を開けてもらい、高月くんはICチップ付きの顧客証を門の中の警備員さんに見せてもらい、所定の手続きをしてから中に入る。

 やっぱりこういう所はしっかりしないといけないわね。

 

「ここが工場か、えっと、販売所はこっちか」

 

 高月くんは手慣れた動きで販売所へ向かっていく。

 まあ、地図があるからすぐに分かるんだけど、今の所ここに来ている顧客はおそらく浩介くんだけね。

 

「うん、ここだな」

 

 高月くんは迷わずに販売所のある場所まで到着した。

 

「いらっしゃいませー……って、これは社長に常務! どうされたんですか!?」

 

 販売所の従業員さんがかなり驚いている。

 まあ、普通にこんな所に社長と常務が来たら驚くわよね。

 従業員数もかなりの数になっている、これから北海道に出張に行って工場を建設する事になったら更に従業員数は増えるし支店も出来たら……やめよう。

 それに世間への影響力っていう意味なら、あたしなんてもうとっくの昔にとんでもなく行使しているし、総理大臣に何度も自分の意見を採用させたものね。

 

「あーうん、このお客さん、高月章三郎さんは俺達の高校時代のクラスメイトなんだ。それで今日は特別にって。まあいつも通りにしてくれていいよ」

 

 そうは言っても、なかなか難しいわよねそれ。

 

「そうでしたか。では高月様、本日はこちらをその場でお飲みください」

 

 販売員さんはかなり緊張した面持ちで高月くんに薬を手渡し、高月くんもそのままその場で飲み干す。

 うーん、あたしたちは早く退場したほうが良かったかしら?

 仮にもこの会社の役員なわけだし、平社員の販売員さんからしたら緊張するななんてのが無理な注文だものね。

 

「高月くん、行こうか」

 

 あたしはそれとなく高月くんにその場を離れるように促し、高月くんもあたしたちの立場を思い出したのかすぐに駆けつけてくれた。

 

「ふう、やっぱここまで来なくても良かったかもな。ほら、あのあたりとか」

 

 高月くんが物陰になっている場所を指差す。

 でもあそこから2人して覗き込むって、単なる不審者よりもある意味たち悪いわよ。

 

「といっても、遠くで待ってても他の従業員さんに怪しまれるかもしれないわよ」

 

「優子ちゃんの言う通りだな。物陰から覗き込むのが不審者ならまだしも会社の最高幹部がそんなことしてたら社員も動揺しちまうぜ」

 

 浩介くんも、あたしと同意見みたいね。

 実際、あたしが正門に行くまでにも通りがかった社員が驚いた顔をしていた。

 

「ところでさ、この会社、しばらく非上場なのか?」

 

 高月くんが株のことについて話す。

 

「ああ、今は国に外国人投資家を規制の上で上場する案がなされている。その時でも俺と優子ちゃんと蓬莱教授でちょうど株式が50%で、他に永原先生が10%に、日本性転換症候群協会の関係者で更に10%の予定になっていて、市場に出すのは3割の予定になっている」

 

「そう言えばそんな話をしていたな……なあ、2人共、よく聞いてくれ。その株、絶対に手放さないほうがいい」

 

 高月くんが珍しく真剣な表情をしている。

 もちろん、手放す気は毛頭ない。

 蓬莱カンパニーの大株主という立場を手放すなど、それこそ一国の支配権では到底割に合わないほどの大きなことだということくらいあたしにも分かる。

 

「分かっとる。上場しようがなかろうが、例え何兆円を積まれようともな」

 

「ああ、大真面目に、その株は何兆円じゃ効かないような価値を持つだろう。確か配分は、蓬莱教授が4に対して、優子ちゃんと浩介で3ずつで全株式のちょうど半分だったかな?」

 

「……高月くん、よく株式分配率覚えていたわね」

 

 何気に記憶力いいわよね。

 身近な人だったからというのもあるかもだけど。

 

「だとしたら、おそらく篠原家は世界一の資産家になる」

 

 高月くんが真剣な表情をして言う。

 あたしたちは、驚きのあまり固まってしまう。

 これはノーベル賞の話が出た時や、あたしたちが蓬莱カンパニーの経営幹部になるという時と同じくらいの衝撃的な話だった。

 でも、冷静に考えれば当たり前だった。

 蓬莱カンパニーの株式が高値で取引されることは容易に想像ができた。

 そうなった時に大株主であるあたしたちや蓬莱教授、永原先生の配当金を含めた資産額がとんでもない額に膨れ上がることは必然でもあった。

 

「せ、世界一って……」

 

 それでも、あたしも浩介くんも、事態を飲み込めなかった。

 あたしがあの時、永原先生の教師としての反対を押し切って、日本性転換症候群協会の正会員として、また浩介くんとの寿命問題を解決したいがための決断が、あたしをノーベル賞学者へと導き、蓬莱カンパニーの経営幹部になって、そして最後には世界一の資産家にまでなってしまうなんて。

 ……いや、落ち着くのよ優子。そんなこと、まだ決まったわけじゃないわ。

 ノーベル賞だって、きっと蓬莱教授が単独受賞に……なるかは分からないけど、でも……

 

「2人共、落ち着くんだ。おそらく、急な社長や常務への抜擢だ。だがそれでも、大学院生とこんな大きな会社の経営者を両立できてる篠原夫妻なんだ。世界一の資産家になったって不思議じゃないよ」

 

 高月くんはあくまで冷静な顔つきで言う。

 それでも世界一何て言うのは、まるで現実感はない。

 いや、それに個人で言うなら、蓬莱教授のほうが資産は高い。

 既にビリオネアにはなっているし、新規事業で今年はかなり資産を減らす予定にはなっているけれども、それでも株式公開や株の配当金などがあれば、そんなものはすぐに取り戻せそうな雰囲気さえ漂っている。

 

「さ、俺はこのホテルに予約している。明日からは元の生活に戻ってくれ。久しぶりにあえて嬉しいよ。これからも永く付き合っていこう」

 

「ああ、末永く、な」

 

 あたしたちは高月くんとホテル前で別れる。

 この別れは、一時的なもの。

 あたしたちにとっての「末永く」は文字通り意味が違ってくる。

 

「なあ、高月が言ったことさ」

 

「気にしない方がいいわ。それに、株式公開しなければ例の世界の富豪ランキングにも反映されないわよ」

 

 もちろん、そのことで上場するか否かを決めることはないけどね。

 確かに蓬莱教授もそうしたランキングに載ってはいるが、それでも世界一の資産家というわけでは全くない。

 でも、こうした現実感のないことは、否が応でもあたしたちを、別の渦へと巻き込んでいくのだった。

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