永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「あー、優子さん、市役所はこっち」
「あ、はい」
あたしが列から少し前に出ると蓬莱教授に呼び止められてしまう。
ちょっとだけ道を間違えたが、すぐに修正できてよかったわ。
広い北海道で迷ったら最悪遭難ってことに成りかねない。今は夏だからいいけど、冬ともなれば凍死の危険性もあるし。
うーん、北海道に来るのは初めてだけど、とにかく涼しいわね。
さっきの札幌と比べても、この辺りは札幌の衛星都市と言っても、都市化もそこまで進んでいないものね。
「よしここだ、ついたぞ」
しばらく歩くと、蓬莱教授が市役所の前に立ち止まる。
この時間の通行人は少ないが、それでもあたしたちに向けられる視線は強烈ね。
傍目から見ると見た目年齢40代おじさんと、20歳位の長男、10代後半くらいのかわいくて胸の大きい長女と10代前半に見えるロリ巨乳の次女という感じに見えるのかもしれない。
実際には一番年下に見える永原先生が一番年上で、しかも蓬莱教授の9倍近い年数を生きているのよね。
もちろん、あたしたち4人のことをきちんと知っている人ならば、あたしたちが「蓬莱カンパニーの重鎮たち」であることはすぐに分かる。
それを察している人からすれば、それは「うちの街に蓬莱カンパニーの工場ができる」という意味でもある。
ピピピピ……ピピピピ……
中に入ろうとした所、突然誰かの電話が鳴ったので、あたしたちは一旦立ち止まることにした。
「おっと、比良さんからだ」
浩介くんのスマホに比良さんから電話がかかって来たみたいね。
一体何かしら?
「そういえば、定期連絡を頼んでおいたっけ?」
蓬莱教授が思い出したかのように言う。
もー、常務のあたしにも共有してよねえ……こういう所大事よ。
「ああ……はい……はい……はい、それで変わったことは? はい……分かりました……それではお願いします」
電話はごく短い時間で終わってしまった。
どうやら、特に問題はなかったらしいわね。
「よし、じゃあ行こうか」
浩介くんも、特にあたしたちに伝える必要はないと踏んだのか、何の電話かも話さずに建物の中に入ろうとする。
あたしも気にしないことにしよう。今はこっちが大事だもの。
「ああ」
あたしたちはどうだったかも聞かずにそのまま市役所へと進む。
市役所は北関東のものよりもやや小規模だがそれでもこの街もそれなりの人口はいる。
この交渉が終われば、正式にここに工場ができる。
そうなれば、北関東にある本部工場がそうであるように、間違いなく祝賀歓迎ムードに包まれるはずだわ。
あたしたちは市役所をくぐって中へと足を進めた。
そして、市役所にある受付へとまっすぐ向かっていく。
「あ、蓬莱カンパニー御一行様ですか?」
あたした近付くと、向こうの方から声をかけてきてくれた。
これなら面倒がなくていいわね。
「はい、俺がいかにも蓬莱カンパニー会長の蓬莱伸吾だ」
「同じく社長の篠原浩介と申します」
「同じく常務の篠原優子です」
「相談役の永原マキノと申します」
あたしたちが全員名前を名乗る。
すると受付の人も安堵の表情をしてくれる。
どうやら待っていたらしいわね。
「こちらでお待ち下さい。今市長が参ります」
受付の人に椅子に座るように促されあたしたちもゆっくりと腰掛ける。
市役所の中にはあまり多くの人はいなくて、一応市の人口としては北関東とそこまで変わらないはずだけど、やっぱり北海道だと違うのかしら?
すると向こうからやはり初老の男性がこちらに歩いてきた。
それが市長さんであることは、あたしには容易に想像できた。
「ああお待たせ致しました。今回は蓬莱カンパニー様の工場にですね、当市を選んでいただきまして、誠に感謝の極みでございます」
まずあたしからが立ち上がり、1人1人市長さんと握手する。
やはり市長さんは北関東の本工場の時の市長さんと同じく歓迎ムードだった。
「私この市で市長をしております――」
そして、あたしたちはまた各自自己紹介をして名刺を渡していく。
あたしが持っている「蓬莱カンパニー株式会社常務取締役篠原優子」という名刺も、多くの人に語り継がれるのかもしれないわね。
ともあれ今は、市長さんについていかないと。
「では予定地までは市用車で向かいましょうか?」
「ああいや、徒歩でいいよ」
工員さんたちの通勤ということも考えないといけないもの。
そう言う時にあたしたちも実際に体を動かして確かてみるのはとても大事なことになるわね。
「分かりました。では私がご案内いたします」
市長さんが前に進み、あたしたちもそれに続く。
市役所を出て左に曲がって何度か曲がった後に、道路を道なりに進むと大きな橋に差し掛かった。
「石狩川……」
浩介くんが川の名前が書かれた看板を見て川の名前をつぶやく。
工場の予定地はこの川を渡った向こうにある。
このあたりまでは建物が多いが、川の向こう側は農地になっている。
氾濫の可能性も考慮してあたしたちの工場は川から少し離れた所に建設することになっている。
「そうそう、このあたりは別の川とも合流するんですよ」
このあたりは石狩川とその支流の合流点でもある。
関東の内陸部と比べると比較的海に近く、この川も向こう岸までは結構歩くわね。
「ふう……」
大学に入って、高校の時は「軽い身体障害」とまで呼ばれたあたしも、今は少し体力がマシになった。
とは言え、あたしの元の体が弱いことには変わりはないのよね。
だから、大企業の常務だからって無理をしすぎないように気をつけないと、体調を崩したら浩介くん悲しんじゃうわ。
「ここが予定地です」
予定地は、やはり本部工場の元の土地と同じく、辺り一面に広がる巨大な農地だった。
そして、権利者たちはあたしたちに快く土地を売ってくれるという。
話しによれば、稼働する工場の広さはメインの工場よりもやや小さめで車社会を反映して駐車場のスペースをやや広くする予定になっている。
また予備の設備のスペースも広めに取る予定で、それらを総合するとメインの工場と同じくらいの広さになるが、土地代の違いから、こちらの方が投資額は少なくて済むようになっている。
いずれにしても、北海道に大きな雇用を作り出すことは間違いなく、地方の活性化にもつながっていくとあたしたちは考えている。
……最も、北海道にサブ工場を作ったのは、相も変わらず防衛的な動機だったりするんだけど、誘致を受ける市の人達からすればそんなの関係ないわよね。
「では、これで以上です。ありがとうございました」
あの後市役所へ戻り、この前のメイン工場の時と同じように市長さんと交渉を終え、いよいよここにも工場が建つことが決定した。
あの時とは違い、あたしたち最上層部が出る機会は少なくなった。
この先の建設会社の決定などは、建設業界の例のお偉いさんに任せている。
「それじゃあ、遅くなりましたがご昼食に致しましょう。こちらへどうぞ」
「はい」
市長さんがそう言うと、立ち上がって、ラーメンを奢ってくれるという。
北海道には多くの名産品があるけど、そうした名物の1つにラーメンがあるというのは、あたしたちも知っている。
北海道ラーメンといえば、あたしたちの地方でもインスタント食品ながらテレビでCMをしている。
今回市長さんがおすすめしてくれるラーメン屋さんはこの市役所のすぐ近くで、駅までの道の途中にある。
ガララララ……
「いらしゃい、おう市長さん。こちらが蓬莱カンパニーの方々で?」
ラーメン屋さんのおじさんがあたし達を見た途端に顔が変わる。
言うまでもなく、ラーメン屋さんにも既に予約が入っているので店内には開いたスペースがある。
「ええ」
あたしが肯定の意を示すと、ラーメン屋さんのおじさんがニッコリと笑う。
「本当に、わが町を選んでくださってありがとうございました。さ、どのラーメンも無料ですからね、遠慮なくどうぞ」
といっても、ラーメンを残すわけには行かないので、あたしたちはラーメンの量を考えつつ適当な量を注文する。
あたしと永原先生は普通にみそラーメン、市長さんと蓬莱教授はみそチャーシューメン、浩介くんがみそチャーシューメンの大盛りだった。
このあたりは札幌圏なので、味噌ラーメンが中心になっている。
「北海道のラーメンは美味しいわよ。特に冬の寒い環境が、ラーメンを熱く、太くしたわ」
永原先生の講釈が始まったわね。
本当、永原先生は人生が長いせいか、あらゆることに知識を持っているわね。
「おう、よく知っとるな」
ラーメン屋のおじさんも、驚いた顔をしているわね。
「えへへ。私も北海道は何度も来たことがあるのよ」
「って、よく見たらあなた。永原さんじゃないか。本当に500年も生きているんかい?」
永原先生も、真の人類最高齢の人ということもあって蓬莱教授の不老研究が注目される度に知名度が上がっていって、今では永原先生目当てに小谷学園を受験する人も多いとか。
で、見ず知らずの人から永原先生に向けられる質問というのはいつも年齢のことばかりで、いくら実年齢が重要じゃないと言っても、女性にそういうのを気軽に聞くのって本当に失礼しちゃうわよね。
「ええもちろんよ。蓬莱先生の年齢証明があるもの」
永原先生も、最初は「女性に年齢を聞くなんて失礼」って返してたけど、それで問いが終わるわけでもないので今ではこうやって答えているらしいわね。
「へえ、文献的には?」
おや? こう突っ込む人は珍しいわね。
そういえば歴史学的にはどこまで遡れるのかしら?
「うーん、一応私の日記の筆跡から、江戸初期の頃から生きていたのは証明できていて……あ、そうそう、真田家の古文書で当時の戸籍が出てきて、その中に『鳩原刀根之助は永正15年生まれで天文7年に行方不明』『柳ヶ瀬まつは生年不明で天正10年に行方不明』という記録があったってニュースでやってたわね」
永原先生は、自分のことなのにどこか他人事のように言う。
「へえ、じゃあ文献的には証明は難しいと」
「ええ、『鳩原刀根之助』と『柳ヶ瀬まつ』を直接繋げる文献は、私自身が書いた『柳ヶ瀬まつ一代記』と江戸城で書いた『柳ヶ瀬日記』のみよ」
文献的には、遡れるのはそこまでだという。
つまり、歴史学的文献では、「鳩原刀根之助」と「柳ヶ瀬まつ」をつなげる直接的証拠は存在していない。
もちろん、真田家の戸籍やその他各所に残る「柳ヶ瀬まつ」の文献からも、一代記との記述が一致するので、少なくとも『柳ヶ瀬まつ』が室町時代生まれの人で、TS病のために現代まで名前を変えながら生きていて、更に天文7年に行方不明になった「鳩原刀根之助」という人物と、ほぼ9割型同一人物なのは史学的にも濃厚だけど、立証まではされていないそうだ。
「ああ、そこで俺の研究の登場ってわけだ」
それを、蓬莱教授の開発した年齢証明によって、永原先生の年齢を証明することが出来ている。
蓬莱教授は胸を張るように言う。
何分、この天才教授はTS病患者の年齢証明を、あたしたちと同い年の時くらいにしてしまったんだから、驚きだわ。
「なるほどな。やっぱ蓬莱教授は日本の誇りだ。永原さんも、本当に凄まじい波乱万丈な人生だったな」
最も、文献上でも、江戸城の日記から永原先生の年齢が分かる。
筆跡が永原先生のものとほぼ一致し、更にその日記の冒頭にも、「時に承応二年、我柳ヶ瀬まつは鳩原刀根之助として永正十五年に生れ、齢百三十六、天文七年に女の身となりし奇病により村を逃亡し候」という記述が存在するので、これをもって永原先生の年齢は文献的に証明できないこともないという。
また永原先生の貢献により、戦国時代及び江戸時代の話し言葉が相当復元されていて、「室町時代の言葉」とされていた狂言も、ずばり母語話者たる永原先生によって幾つか修正されたりもしているらしい。
「そうよ、伊達に世界一の長寿じゃないのよ。120歳の壁も殆ど越えられないおばあさんたちには負けないのよ」
永原先生が自信たっぷりにそう答える。
普段の永原先生の言動からしても、もはや永原先生の年齢を疑う人は居ない。
ちなみに、長寿認定をする国際機関は、TS病の患者を最初からカウントしないことになっている。
今後は蓬莱の薬を飲む人が日本人では一般化し、100年後には世界でも一般化するため、長寿記録を考える意味は急速に薄れてきているのも事実。
最も、TS病の存在が世界的に知られるようになったのも、ここ10年経ってない最近のことではあったけど、それにしても、「長寿世界一認定」何てことをしていたのをみて、永原先生はどう思っていたのかしら?
「永原先生は長寿認定ってどう思ってるのかしら?」
「そうねえ、不老足り得ない人で勝手にしているならいいけど、今になって思えば『長寿世界一』って言いふらさないで欲しいって思っちゃうわね。私なんて比良さんと余呉さんを合わせた年齢よりも生きているもの。比良さんや余呉さんだって、不老たり得ない人間なら到底ここまで生きられないのにね」
永原先生の戦いは孤高だった。
永原先生の次に年上の人の生まれ年は江戸後期、それまでTS病は不吉だとしてすぐに殺されてしまっていたもの。
「へい、ラーメンお待ち」
話し込んでいると、いつの間にかラーメンが出来ていた。
「わあ、美味しそうだわ」
あたしたちは、ラーメンを食べる。
うん、味噌の味がとっても美味しいわ。
この麺もとても食べごたえがあって、でも北海道らしくてあたしにはちょっときついかしら?
普通サイズにしておいてよかったわね。
「さ、我がラーメン屋も繁盛するな。場合によっては移転も考えんと」
「その必要はないですよ。ここはいい場所ですから」
ラーメン屋のおじさんの言葉が、耳を離れなかった。
この地域も、のどかな地域だけど、あたしたち蓬莱カンパニーの工場が出て繁盛するようになると思われる。
こんな風景も、もうあと少しなのかもしれないわね。
「今日はありがとうございました」
「ええこちらこそ、お気をつけてお帰りください」
北海道への日帰り出張なので、あたしたちはすぐに駅から新千歳空港に引き返す。
出張の終わりの時間は全く読めなかったため、飛行機に乗るにはそれなりに高い運賃を払わなければいけないのよね。
……まあ、仕方ないわ。それでも時間のかかる鉄道だったら、日帰りは無理だったもの。
ちなみに帰りの飛行機は、ボーイング797という、去年納入されたばかりの最新機種だった。
燃費もよく、乗り心地も行きの飛行機よりも抜群に良かった。
行きに乗った「777-300ER」という旧式の飛行機と比べると、その技術の差は歴然としていた。
「ただいまーふー疲れたー」
帰りはさすがに疲れたので、あたしたちはそのまま家のベッドで休むことにした。
母さんたちも、今日は配慮してくれたのか、わざわざ夕食を家に持ってきてくれた。
「今日は北海道まで出張したのね、凄いわ優子ちゃん」
「うん、ありがとうお義母さん」
あたしとお義母さんの関係は、結婚前から良かったけど、結婚当初よりもずっと良くなっている。
あたしが「優子」を心がけ、女の子らしい女の子になったことで、お義母さんも「女」を取り戻したくなった。
最近は、お義母さんのお化粧もうまくなっていて、本当に凄いわ。
あたしたちは長年慣れ親しんだ安息の地で、ゆっくりと身体を休めることにした。
さて、新工場の話はどう出るかしら? 心配するほどのことでもないあかな?
物語内の時系列が2026年なので現実世界では開発が始まったばかりのボーイング797が空を飛んでいます。