永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
土曜日、母さんの家事を手伝いながら永原先生のことを考える。母さんのお料理教室は今も続いていて、私の腕も上達してきたので、私が料理全部を担当することがある。
そんな平穏な休日の中でも、私はやはり永原先生のことが気になってしまう。ついに、2年2組に向けて、自分の秘密をしゃべってしまったことだ。
永原先生は、今までは話しても信じてもらえないと思っていたから隠していた。無理もない。
永原先生は、これまで秘密の全てに関して、同じ病気の私にしかしゃべらなかった。私も永原先生の秘密は女子の中でも特に近い子にしか話したことはない。
「優子、だいぶ上達したわね。これでいいお嫁さんになれるわよ」
「母さん、お、お嫁さんって――」
いきなり振られて驚く。
「ふふっ、優子にも素敵な旦那さんが現れるといいわね」
素敵な旦那さん、男の子と恋愛するということ。
……女の子になったから必然のことだ。でも、でもまだ引っかかる。
男を好きになるというのは、私が身も心も完全な女の子になるための、最大の壁かもしれない。
でも、いつかは乗り越えられると信じたい。
今はまだ、分からないけど、これに関しては出会いと気持ち、そしてタイミングの問題になるだろう。
もし男の人を心から好きになれれば、恋心を抱くことができれば……その時私は、男の面影を完全に消すことが出来ると思う。
……でも今は、まだ遠い先のこと。頂上が見えない山に登るようなものだ。
とにかく、家事は一人暮らしでも重要になる。どちらにしても、今は母さんの下で家事を会得しよう。
問題の先送りではあるが、今はそのように考えることにした。
その夜、桂子ちゃんからメールが来た。
永原先生の正体について、例の話に参加しなかった女子たち全員に電話やメールを使い、あの後話した。とするものだ。
おそらく、男子グループも同じことをしているはず。
そう思いながら考える。
私を含め、1クラスに32人もの人がいる、それだけいれば100%口外する人が出てくる。永原先生は学校でも比較的有名な先生だし、その先生についての重大な秘密。絶対流したがりが出てくる。
そして、それが学校中で噂になる。問題は、この手の伝言ゲームでは必然的に尾ひれが付くことかもしれない。
例えば、本来の永原先生は真田家の一足軽だったわけだけど、真田家の隠し子だとか、ひどい時には真田信繁が女体化して大坂の陣の後逃れた、つまり永原先生は真田信繁本人だ何ていう説まで出るかもしれない。
……と、ここまで考えて私は思った。
そもそもこういう噂を流す目的は「長幼の序」を重んじる教頭先生に対する謀略のはず。
永原先生は、実は戦国時代から生きているということさえ広まれば、後は枝葉末節ということに気付いて、その懸念は杞憂だと私は判断した。
「……今は永原先生の策を信じるしかないっか」
永原先生は499歳。これまでも戦乱に明け暮れた時代を、TS病が不吉として殺されていた時代を生き抜いてきた。
明治維新を、2つの世界大戦をくぐり抜けてきた。
年齢も世界一ならば、くぐり抜けてきた修羅場の数だって世界一のはずだ。
今はただ、永原先生を信じ続けることが、あたしにできること。
迎えた月曜日、また一週間が始まる。
とはいえ、今週が終われば来週は終業式と林間学校だけになる。
これで一学期は終わり、後は夏休みに入る。そう思うと気は随分楽だ。
もちろん夏休み中も高校野球とかあるけど、うちの野球部は1回戦コールド負けがデフォだ。
……というよりも、うちの運動部は弱小で有名で、唯一の例外は女子のサッカー部と、更にテニス部だけだ。
恵美ちゃん、去年の全国大会の決勝でさえ6-0、6-0のダブルベーグルで優勝するもんだから、部活ではいつも練習相手は男子だ。でもテニス部も、その恵美ちゃんのワンマンチームだから団体戦では勝ててない。
それよりも今大事なのは、永原先生と私のこと。
特に秘密を暴露した永原先生は、この学園での扱いも間違いなく変わってしまう。
私にとって永原先生は最大の理解者。もちろん桂子ちゃんや恵美ちゃんたちもとても大事な友達。
……でも、同じ境遇なのは、私にとっては永原先生だけ。私に、女の子として生きる上での大切さを教えてくれた人。
だから、永原先生の立場が悪くなるのは、あたしの立場が悪くなるようなもの。
それでも、永原先生は自分の秘密を暴露してでも私のために……偽善者と戦ってくれている。
……ううん、これは私のためだけじゃない。永原先生自身にも関わる問題なんだ。
そうだよね、同じ病気だもの。
色々な思考が頭のなかで交錯する中、学校に登校する。
下駄箱で1年生女子の話し声が聞こえてきた。
「ねえねえ、永原先生って、石山先輩と同じ病気だったんだってさ」
「えーうっそーマジ? じゃあ永原先生って元男!?」
「全然そうには見えないわよねー」
「それがさー、永原先生って、本当は500歳らしいのよ」
「えー!? 本当なのー? 人間が500年も生きるなんてあり得ないでしょ!」
「でもTS病になると老化しなくなるからあり得るんだってさー」
「信じられないわー」
2年の教室のある階へ移動し、いつもの2組の教室に向け廊下を渡る。
今度は他のクラスの男子たちが会話している。
「なあ、この学校で石山優子以外に元男の女がもう一人いるって話さ」
「え!? もう一人って……誰何だよ!?」
「それがさ……聞いて驚くなよ、永原先生らしいぞ!」
「ふえ!? 永原先生が!? ……でもあり得るなあ……」
「確かにあんな若いのに、古典に異様に詳しいもんなあ……教え方もなんか独特だったし」
「でさー、永原先生って戦国時代の足軽だったらしいぜ」
「せ、戦国時代って……まさかあの信長とか秀吉とかの?」
「ああ、噂によれば永原先生って織田信長より年上らしいぞ」
「おいおい、TS病がいくら老化しないと言ったってさ……まるで歴史の生き証人じゃねえか……」
永原先生の目論見通りか、学年クラス問わず、学校の生徒のみんなが私と永原先生のことを話している。
ガラガラ
「おはよー」
教室で皆にあいさつする。
「あ、優子ちゃん、おはよー」
桂子ちゃんが応対する。また、教室のどこからか「噂をすれば」という声も聞こえてきた。ちょうど私と永原先生のことについて話していたんだろう。
「桂子ちゃん、学校中が私と永原先生の話題になってるよ」
そして、渦中(?)の私もそれを繰り出す。
「そりゃあねえ……誰かが噂流したら、内容的にも一気に出回るでしょ」
「ですが私! これこそが先生の狙いだと思ってたんですよ!」
突然龍香ちゃんが乱入してきた。
「あ、龍香もそう思う?」
桂子ちゃんが対応する。
「ええ、あえて噂にさせることで、教職員にも噂になりますから」
「確かに、教頭先生は行ってて60代だろうから、おそらく7-8倍は生きてる永原先生に逆らえるはずもないよね」
「それでですね、どうも別の噂によると、校長先生以外では最年長の教頭先生は、年長者を笠に着て教員の中でも威張ってたそうなんですよ!」
龍香ちゃんが別ルートの噂話を教えてくれる。
「え? そうだったんだ。これは楽しみなことになってきたわね」
私も、教頭先生が一泡吹かせられている所を想像し、わくわく感を隠せない。
その後も、古典の教材を用意しつつ、教頭先生の反応を妄想しながら、朝を過ごした。
「はーい、皆さん! 私の話もいいですけど、ホームルーム始めますよー!」
永原先生が教室に入る。顔はいつも通りの涼しい顔である。
さらに、遅れ続けている林間学校の部屋割りに関しては、今日中に結論を出す予定という旨が告げられた。
「あ、石山さん、ちょっと私のところに来てくれる?」
ホームルーム終了後、永原先生が手招きをする、林間学校のことだろう。
「石山さん、昼休み……ちょっと付き合ってくれる?」
「う、うん」
「林間学校のことで私の策がありますから。昼休みになったら迎えに行きますので教室で待っててください」
「……分かりました」
連絡はこれだけだった。
「ねえ、優子ちゃん、永原先生は何だって?」
1時間目が終わると、桂子ちゃんが話しかけてきた。
「昼休みに付き合ってほしいんだって」
「林間学校のこと?」
「うん……あたしの推測だけど昼休みは朝の時以上に私と永原先生のことで学校が話題になると思うのよ。多分そのことで別の策があると思うのよ」
「……もしかして、並んで歩くとか?」
「あるかもしれないわね。まあ、昼休みのお楽しみにしておくよ」
キーンコーンカーンコーン
「今日はここまで。昼休みに各自入ってください」
先生の号令とともに、教室は雑談に包まれ、ある者は学食に、ある者は購買に、あるいは学校外のレストランなどに向けて出発した。
でも私は永原先生を待つ。鐘が鳴ってから1分半ほどだろうか? 誰かが教室に入ってくる。
「石山さん、ちょっといいかな?」
「あっ……永原先生!」
私は永原先生のもとへ歩み寄る。
「それで、用件というのは?」
「……学食に一緒に付き合ってくれる?」
「え? 何で?」
「歩きながら話すわよ、ついてきてくれる?」
「……う、うん」
とりあえず、よくわからないけど二人で教室を出る。
「石山さん、私がなぜ、あのタイミングでクラスのみんなに私の正体を話したと思う?」
「噂にするため……ですか?」
「ご名答よ。教頭先生は長幼の序を重んじていて、今までも散々『人生経験』を盾にしてきたわ。私も、何度自分の正体を言ってやろうかとも思ったけど……同じ患者が同じ学校に出来て、女性扱いされない苦しみを見て、今こそ伝家の宝刀を抜く時だと思ったのよ」
「なあおい、あれが噂の……」
「石山先輩と永原先生だろ……僕、まだ信じられないよ。あんな可愛くて美人の二人が以前男だったなんてさ」
「でもよ、永原先生って信長や秀吉なんかも見てきたんだろ?」
「見たのは武田信玄じゃないの? 去年大河でやってた真田家に仕えてたって噂だぜ」
「しかし、TS病がいくら珍しいと言っても数百年も生きてりゃ話題になりそうだけどよ」
「そのあたり不思議だよな」
一年生の男子たちが噂をしている。永原先生が声をかけようと近付く。
「あらあら、私の噂?」
「わっ、永原先生!?」
「私はただの足軽だったし、真田源太左衛門様が武田大膳大夫様の家臣になられた時には既に女の子になってたわよ。だから、私は武田大膳大夫様とは面識はありませんよ」
「真田源太左衛門? 武田大膳大夫? 先生、先生は一体誰のことを?」
「ふふっ、私の口からは言えないわよ。そこのスマホで調べるといいですよ……さ、石山さん、行きましょう」
「……はっ、はーい」
急に声をかけられてびっくりする。ともあれ食堂に進む。券売機の列に永原先生と横になって並ぶ。
券売機の列に並ぶ頃には、大体の話のネタも尽きてしまった。そのため、ここまでくると私と永原先生はあまり会話していない。
ただ、さっきの作戦を振り返ると、「並んでいることが重要」ということなのでこのままで行く。
それにしても、永原先生があたしと横に並んで食堂に並ぶのはかなりシュールだ。
「ねえあれ、優子さんと永原先生ですよ」
「あの二人がねえ……私まだ信じられないわよ」
「だよねえ……あんなに可愛いのに……」
「でも、何時までも若くいられるなんて素敵よねえ……」
学食に生徒に混じって先生が並ぶ、ということは実際によくある。
特に生徒との交流に熱心な先生や、気分転換をしたいなんて言う時にも、わざわざ混雑している昼間に並ぶ物好きな先生もいる。
小谷学園は生徒の校則も緩ければ、先生の校則もまた緩いということになっているのだ。
とは言っても、流石に今日みたいな日に、私と永原先生が並んで学食を取るのは否が応でも目立つ。
案の定、学食のあちこちから、私と永原先生の噂話が聞こえる。
永原先生も、石山優子と同じくTS病だったということでも話題になるのに、よりにもよってその渦中の二人が並んで学食にいる。
どうしたって目立つに決まってる。
「石山さんは何を食べるの?」
「うーん、今日はしょうゆラーメンかなあ……」
「ふふっ、じゃあ私もそうしましょう」
私と永原先生はシンプルに醤油ラーメンを選択、券売機の列から秩序よく食堂の列に並ぶ。
食堂のおばちゃんに食券を渡し、ラーメンを待つ。手際よく作業するため、ラーメンはそこまで待たない。
「それじゃあ席を探しましょうか」
「うん」
永原先生と並び席を探す。
ちょうど長テーブルで空席を見つける。
「よし、ここにしましょうか」
「はい」
永原先生と並んで食べる。時折何かを話す。
食堂の部屋の中央付近のテーブルの、更に中央付近に陣取ったおかげで、私達の存在はどこからでも見ることが出来る。
そして誰かが「あそこにいる」と噂すれば、一斉に私達に視界を向けてくる。そして、単独行動している人にも、「永原先生はTS病で実は500歳近い」という情報が耳に入る。
私達は、気付かないふりをして、別の話題で雑談をしながら、ラーメンを食べる。
「それで、TS病の他の患者ってどういう生活を送ってるんですか?」
「だいたい私と同じよ。ただ、名前を変えることはほぼなくなったわね。私が30年前に永原マキノに改名したのが最後よ」
「身分証とかはどうなってるんです?」
「私が30年前に永原マキノにした時は戸籍を新しくしたわよ。戸籍上では北小松貴子は明治25年生まれで昭和62年に96歳で死去ということになってるわ」
「それ以前には何て名乗ってたんですか?」
「明治の頃は偽名を5つくらい持ってて……1つを除いて全部忘れたわね。不老を隠しての教師生活でしたし、何より明治ですから身分証の偽装は容易だったので」
「じゃあ江戸時代は?」
「その頃は『
「柳ヶ瀬まつの頃って?」
「TS病になった直後から明治10年位まで使ってたから……えっと、340年ね」
「さ、さんびゃくよんじゅうねん……」
「私の人生が500年だから7割近くはこの名前だったわね。江戸時代は大坂の陣以降は平和だったから変える必要もなかったし、戦乱の時代でも同じ名前で特に問題なかったわ。最も、『柳ヶ瀬まつ』も数ある名前の一つとして正式に『北小松貴子』に統一するまで使ってたけどね」
改めて、永原先生の壮絶な人生を知る。その太く、そして長い人生。
「生きていく上で一番つらかったのはどの時代だったんですか?」
「……やっぱり江戸幕府以前の時代……それも私がまだ男だった頃ね。戦争において情報は特に重要ですし……伝令役は特に狙われやすかったですから。むしろ女の子になったことで、人生が楽になったと思います」
「……」
「私が男のまま不老でも……何処かで戦死していたと思います」
「じゃあ先生は女の子になれて……」
「うん、今は良かったと思うわ。もちろん男に戻りたいということを、私も考えたことはあるわよ。でも当時は生きることに必死だったし、江戸に住む頃になった時には、もう戻ることは考えなくなったわ……石山さんは……聞くまでもないわよね」
「うん、私、女の子になれて嬉しいの」
その後は黙々とラーメンを食べ続ける、先に食べ終わったのはやっぱり永原先生。
速く食べるのは健康によくないとはいえ、あまり遅いのも考えものだ。
もう少しでいいから、一口で食べるサイズも大きくしよう。早食いでも、別に量は変わらないし。
ともあれ、永原先生と話しつつ、私も食べ終わり、返却トレイへ向け、並んで返す。
相変わらず学食はあたしと永原先生の話題で盛り上がっている。
「さ、それじゃあ職員室に来てくれる? 教頭先生と対決するわよ」
「……分かりました」