永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「はい、はい……分かりました」
8月終わり。あたしは、専務の比良さんから電話を受けとって急ぎの話をした。
比良さんによれば、「蓬莱の薬は3億円一括払い、工場直売のみという状況にも関わらず連日完売」とのことで、増産がとても追いつかないと和邇先輩が悲鳴を上げているという。
今は一応その販売構造上、転売は物理的にも不可能にはなっているが、需給曲線が狂うと色々と不安定なことになるのは確実なので、早急に対策を取る必要があるのは事実だ。
蓬莱教授としては、こうした早期完売は、「自社の供給能力不足」というネガティブな認識なので、急いで北海道の工場を作るための予算を増額すると同時に、流通の確立を目指すためにも全国各地の支店建設も急ぐことになった。
まずは支店第一号として、あたしたち蓬莱カンパニーの本社も入っているビルの1階に、第1号店をオープンする運びになった。
さて、あたしたちの当面の目標は、当然全国全ての都道府県に支店を出すことに決まった。
そのための協議として、今日は本社で会議何だけど、服装はいつもよりもラフな感じになった。
「これからというベンチャー企業だからな、あまり服装にこだわっても仕方あるまいて」
蓬莱教授がニッコリとした表情で話す。
蓬莱教授ももう実年齢は60代だけれども、外見年齢は40代後半で停止していて、ある意味であたしたち以上に実年齢と外見年齢の差異が出てきた。
一方でこれは、蓬莱の薬が、確実に効果のあるものだという傍証にもなっている。
「今のところトラブルはないようで良かったわ」
今、インターネット上の数多のSNSサイトでも、「3億払って蓬莱の薬を飲んでみた」という投稿と共に、数日後に病院で不老の薬が効いているかどうかの診断結果を投稿する人も相次いでいる。
今の所は、「飲み忘れ」のトラブルが一番多いけど、実際の所は1日くらい忘れてしまっても問題はないようには出来ている。
一応、飲み忘れた場合は専用の従業員さんが連絡し、時間的に余裕がつかない場合は、所定の場所まで直接持っていくことになっていて、お客さんにもその場で飲んでもらっている。
ちなみに、あたしたちは本当に不老になったかどうかの医師の診断結果の公開を一切自由としたため、多くの人たちが「不老化」を喜ぶ投稿を続けていた。これによって蓬莱の薬に対する「偽物説」は払拭され、また最近では「高くて買えない」という人も「待てばいい」という風潮に変化し始めてくれた。
この前会った高月くんも、匿名ながらSNSで、ついに不老の薬で不老化したと喜んでいた。
一応、5本の薬のうち3本が不良品でも、残り2本が完全不老なら問題ない程度には安全係数が高くできている。
もちろん歩留まりも絶賛改善中で、今後供給を増やし、更なる大衆化に弾みをつけたいわね。
とはいえ、何分今は全日本、いずれは全世界の人間が対象だから、どうしてもまずいケースというのは出てしまうんだろうけど。
コンコン
「はーい」
扉をノックする音と共に、比良さんと余呉さんが入ってきた。
「すみません、ちょっと仕事が押していまして」
比良さんと余呉さんは、あたしたちに代わって普段のここを任されていて、最近はかなり多忙を極めている。
これは、あたしたちよりも役員報酬を増額してあげないといけないわね。
「ああいや、いいんだ。それよりも今日のテーマだな。早速本題に入ろうか」
蓬莱教授の指令のもと、会議が始まった。
この場にいるのは全員取締役だけど、現場を任されている和邇先輩は不在になっている。
「はい、支店網の建設ですよね」
「ああそうだ。まず1号店はこのビルに入れる。2号店以降は、まずは高級住宅街や大手企業の本社が多数林立するオフィス街などのある街を中心に建設していきたい」
浩介くんがまず東京の地図を持ち出して青写真を広げた。
それによれば、高輪、青山、永田町、銀座などといった高級中の高級所から支店を作っていくという。
実際に、顧客のデータからも、今の所はこうした場所に住んでいる人々や、務めている人々の割合が極めて高いことが分かっている。
「……悪いが俺は反対だな」
「え!?」
これに対していきなり蓬莱教授から異議が入り、浩介くんも驚いてしまう。
まあ、あたしは「これは反対されるわね」ってすぐに分かることだと思うけども。
「考えてもみるんだ。そんな高級地域にばかり出店したら、将来のイメージとしてよくないだろ?」
「あー、そうか」
浩介くんも、自分の間違いに気付いたのか、「あー」という表情になる。
とにかく、声の大きいネガティブ意見を払拭するためにも、これだけの支持率を持っていても蓬莱教授は油断はしないわね。
「俺としては、まずオフィス街やオフィスビルに出店していくのがいいと思う。そこなら、初期の不老ターゲットである俺と同年代か少し下の高年の男女を対象にできる」
蓬莱カンパニーとそれを支持する日本政府がまず目指すのは、とにかく老人の数を減らすことで社会保障の楔を切って国力を増強させること。
今いる老人は仕方ないにしても、将来的に再生産しないようにはしていきたい。
そこで、まずは40代50代の人を優先的に配りたいと思っている。
「ええですが、今の所ある程度恵まれた会社員からの需要もそこまで高くないんですよね。どちらかというと親の金を借りた30代以下といったところですか」
ただ、今のところ、その世代の販売状況は芳しくないらしい。
というのも、蓬莱の薬や蓬莱教授の思想には賛同するものの、自らはそのまま老いて死んで、子供などに薬を飲ませるという方向で考えている人が多いという。
高月くんの両親もまた、それに似ているのよね。
「ふーむ、とはいえ、早く法律や税制を予定通りに変更して、蓬莱の薬を前提とした社会を作り上げねばならん。そのためにも、供給を一刻も早く増やし、値段を下げさせるしかない。急がねばまたネガティブ論が台頭してしまう」
実際の所、その手のネガティブ系の議論をする人は極めて少数の声の大きい人であると見られていて、実際何が起こってもネガティブにしか捉えられない救い用のない人間でもある。
しかし、需給バランスを言い訳に価格の高止まりが続けば、例え結論が間違いであったとしても、それらに説得力を与えてしまうことにはなってしまうのよね。
「ともあれ、今はこのビルに支店を建てて、1ヶ月ほどしたら試験として今度は大阪に2号店、更に大都市圏の、特にオフィスビルと住宅街のある地域を中心に店舗を増やしていきましょう。商店街や歓楽街の多い地域や、観光の強い地域は後回しでいいと思います」
比良さんが、地図を見ながら出店先を考えている。
逆に言えば、観光的地域には、そこまで支店を構える必要はないということになるわね。
「他には、出張所形式もいいでしょう。地方の小さな町に在住している人が、予約制で受け取るというもので、普段は無人にしておくんです。もちろん、在庫は毎日支店に持ち帰って厳重に管理します」
比良さんが、新しい出店方式を提言する。
「うーん、それだと機密の保持に不安があるなあ」
蓬莱教授はやや難色を示した。
実際、この出張所システムでは機密漏洩の危険性もあるし、相互監視にするためには複数人の派遣が必要不可欠になる。
「私としては、ある程度日付を同日にしてもらうのと、車で運ぶ時に複数で監視して、更に運転席にも監視カメラをつけて支店の方でも不振な動きがないか監視しましょう」
比良さんの方でも、対策は考えておいたらしいわね。
「……ああ、それがいいな」
監視企業は居心地悪いだろうが、蓬莱の薬の特殊性をかんがみて、従業員たちには理解を求めていく他ないわね。
まあ幸いにも、うちの従業員さんたちはマナーもいいけど。
……そういえば、うちの高校の元クラスメイトも、何人かここに転職してきたわね。
「経費削減も、少しは考えた方がいいでしょう。もし上場したときに株主総会が行われるとして、『機密保持』一辺倒では限界がありますから」
「うーむ」
結局、従業員に対する相互監視を徹底することで、機密漏洩を防止するというのが、最も安全で妥当だという結論になった。
ともあれ、出張所は小さな集落などにも作ることも考えられてはいるけど、とにかくどうすればいいかはもう少し煮詰めておいて、今は大都市圏の「支店」システムも考えなければいけないわね。
「大都市圏ばかりに支店を建てるのもよくないな。地方と平行しないと、またネガティブ論者が今度は『都会の人間だけ』と言ってくるだろうしな」
蓬莱教授は、とにかく完璧主義者らしいわね。とにかく「隙を与えたくない」というのがひしひしと伝わってくるわ。
あたしだったら、「もう何を言っても無駄」位にしか思わないのに。
とにかく自分に逆らってネガティブ論を撒き散らす1%いるかいないかの人間を打ち負かすことに夢中になっている姿は、あたしから見ると少し怖い印象さえ与えてしまうわ。
まあ、だからこそ蓬莱教授はノーベル賞になったんだと思うけどね。
「さて、次だ。具体的に支店を出すと言っても、支店の数や出店計画を我々で把握しきるのは、今は可能でもすぐに不可能になることは明らかだ」
あたしたちは、組織の巨大化を前提とした議論に移行した。
「ええ、分かっています」
余呉さんが、当面の計画をまとめたプリントをあたしたちに手渡してくれる。
「まず店員さんを統括する店長を作ります。そして店長の上に付近一帯の店を管轄するスーパーバイザー……地域SVを作ります。お店の数が増えて地域SVの数が増えて来たら、今度はそこに広域SVを、更に広域SVの上に『支店統括長』を置きまして、こちらを余呉さんにしていただく予定になっています」
余呉さんは平の取締役で、今は色々な事業を統括しているけれど、今後は各支店を統括する役割も担うことになるらしいわね。
「うむ、それから社内監査についてはどうなっている?」
「ええ、及び腰な法人が多かったですけれども、1法人が手をあげてくださいました」
「おお、よかった」
ともあれ、株式上場に向けては、この監査法人の存在が欠かせない。
とはいえ、蓬莱カンパニーの強権性を考えると、世間から「果たして正常に監査法人が機能するかどうか」に疑問符が投げ掛けられてしまうのは、致し方ないとは思う。
蓬莱教授の意向はわからないけれど。
「支店が建ち初めて、株式も公開したら、俺はいよいよ会長としては名誉職化させるつもりだ。あー後残っているとすれば、子供の難病患者向けの『120歳の薬』を販売することくらいだな」
蓬莱の薬の副作用で、ガンや心筋梗塞などの病気にはならなくなる。
小児のうちにこの薬を飲むと、そこで老化が止まってしまうため、蓬莱の薬には16歳以上の年齢制限がある。
つまり16歳未満で難病になり、かつ蓬莱の薬で治せる病気の患者向けに、北海道工場で120歳の薬を作るかという。
この薬を飲んだ患者には、特別割引のサービスをつけることも決定してはいるけれど、もちろん2つ買った方が高くついてしまうのにはか代わりはない。
「更に新規出店には、そのための経営戦略部を創設する予定にもなっています」
あたしたちが決めるのは、大まかな出店方針までで、そこから先は部下の裁量に任せることになった。
まだできたばかり、生まれたばかりも企業だけれども、すでにかなりの人数を抱える大所帯になってきて、既にあたしたちだけでは判断が難しい状況にもなっている。
今の所は特に問題はないけれども、今後は子会社や関連会社も数多く必要になってくるだろうし、そうした事業を俯瞰的に見た役割が、今後社長の浩介くんを含め、あたしたち取締役に求められていくと思う。
新規店舗の進出やマーケティング部との連携なども、十分に考えていかなきゃいけないわね。
「求人はきちんと出しておかないとな。それから、一度面接で落ちた人も『また来ていい』ということも、ちゃんと宣伝しておいてくれ」
浩介くんが比良さんにそう指示を与える。
「はい、分かりました」
比良さんも、江戸時代の元水戸藩士とあってか、「わきまえる」ということをよく心得ている。
2人の間に歳の差は160歳、親と来孫位の差があるけれど、あたしたちにはそれは関係がなかった。
今はまだ遠い将来のことだけど、この年齢差も、あまり大きな問題にはならなくなるから、時代を先取りしているにすぎないのよね。
「よし、じゃあ今日の会議はここまでかな?」
「ええ、特に無いな。北海道の工場については、札幌まではトラックを予定していたが、もしかしたらJR側が貨物駅を作りたいと言うやもしれん。そしたら貨物列車の引き込み線を作るために追加で出費が必要かもしれないので注意してくれ」
「ええ、分かったわ」
今はもう、蓬莱教授の資産からの出費は少なくなっている。
売り上げが思った以上に堅調で、既に蓬莱カンパニーは初期投資を除けば大幅な黒字を達成していた。
ちなみに、儲かった金額の多くは、従業員を引き留めるためにも、給与に充て、株主への配当は控えめにすることになった。
あたしたちは帰り道に新聞を読んでいる人に出くわした。
それ自体はもう数えきれないくらいに見てきた光景だけれども、そこの新聞には、蓬莱の薬で広まる明るい未来が書かれていた。
「価格固定化への懸念の声とは、メディアも書かないわね」
どうやら、蓬莱カンパニーのメディアへの影響力は、いまだに強力なままだった。
もう蓬莱教授が脅したのだって、かなり昔の話なのにね。
「ああ、何せほら、新工場のことが新聞でやっているぜ」
北海道に工場が建設され始め、生産数が上がれば、不老に対する金銭的ハードルも格段に下がる。
値段を下げきれば、ついに超長期的な分割払いも行われることになっている。
蓬莱の薬は、その時になってようやく、始まるとも言えるわね。
「ええ本当だわ」
自分達のことがこうして新聞に取り上げられているというだけでも、あたしたちはずいぶんと遠いところまで来てしまったんだと感じてしまう。
だってあたしは、女の子になっちゃった高校生で、最初に浩介くんに恋をして、普通の結婚生活を送って、かわいい子供たちに囲まれる。
そんな普通の幸せが欲しかっただけだった。
あたしがこの大学に入って、蓬莱教授に協力したのだって、浩介くんと死に別れたくなかったから、時間の進みかたを、同じにしたかったから。
「ねえあの2人」
「よく見たら篠原夫妻じゃない? 蓬莱カンパニーの」
「ああ、日本と世界の救世主だぜ」
それなのに、あたしは……全人類を、全世界の運命まで変えてしまった。
「今まだ大学院生なんでしょ? あの歳で会社の重役と同時なんて大変よねー」
「本当よ。私だったら過労死しそうね」
「うんうん」
一番に変えたのが蓬莱教授だとしても、あたしと浩介くんが行った影響力も決して無視できない。
街の人たちの話し声を耳に傾けながら、あたしと浩介くんは安息の地に向かって歩いていった。
そこだけは、あたしが嫁入りしてからも、ずっと変わらない光景が広がっているから。
「ただいまー」
「あ、2人ともお帰りなさい」
お義母さんが、あたしたちをにっこりと出迎えてくれる。
変わらない安心感が、あたしを包んでくれた。ここに帰れば、大丈夫よね。