永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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久々の永田町

「優子ちゃん、今日は政府との交渉だって」

 

「はい」

 

 それは11月のある日、あたしたちに極秘の文書が届いたことに端を発している。

 そこの文書には総理大臣の署名入りで、「今後の蓬莱カンパニーの法制度について、協議を深めていきたい」というものだった。

 あたしたちがはじめて総理官邸に赴いてからもうかなりの年月が経っている。

 総理大臣を始め、政府との交渉は、「蓬莱カンパニーは純民間企業」という建前で、これまで行われてこなかった。

 

 しかしながら、現実には蓬莱の薬の普及を前提とした法改正や、独占禁止法などの法律に対する例外規定といった法的恩恵も受けている。

 特に、今後は国全体で「老人不在」を前提とした法整備に変えていき、否が応でも蓬莱の薬を飲まざるを得ない社会状況を作り出すことになっている。

 

 しかし、それを行うとしても、いつどのタイミングで決行するのかはまだわからない。

 一応政府や行政内部でも、この議論は行われているが、どうにも政府だけでは対処しきれないというので、今回の交渉を政府が申し入れてきた。

 

 あたしたちの方でも、支店の建設や、サブ工場の建設も進められていて、こちらの方も既に一部は稼働を開始している。

 今のところ足りてないのは人手であり、採用についても「今すぐに必要というほどではないが、数ヵ月後に必要な人材」というのが数多く現れていて、これは急拡大する企業にはよくあることだという。

 

「それでだ、久々に首相官邸に行くことになった」

 

 やはり行く場所は予想通りの場所だった。

 以前はあたしたちはこの場所によく行ったものね。

 

「ええ、時間は?」

 

「明日の午後1時から、蓬莱教授は既に把握済みだ」

 

 こうして、あたしたちは、明日の会議について出張することとなった。

 

 

「久しぶりね」

 

「ああ」

 

 翌日、あたしたちは早めのお昼を食べ終わると、すぐに永田町に向かった。

 今回参加するのはあたしと浩介くん、そして専務の比良さんの3人で、比良さんは首相官邸の中で会うことになっている。

 

 数年前までは、何度も訪れたここ永田町も、久々に行くととても感慨深い場所だった。

 最後に訪れたのは政府と共同で記者会見をした時のことで、その頃から数えると、最も長い間の不在期間ではあったと思う。

 今でこそ少し忘れていたけれども、あたしと浩介くんは、数年前まで日本の政治を動かしていた。

 もちろん、国会議員のように直接動かすというわけではなかったが、まず間違いなく、今の政治にもあたしが残した影響力が残っている。

 今日だって色々なことで与党と野党が対立しているが、こと蓬莱の薬に関してだけは、あらゆる政党は無論のこと、無所属議員だって蓬莱の薬に賛成の立場を表明している。

 国会議員の人数的に言えば、反対派の議員がいてもおかしくないのだが、政党などがある間接民主制のため、97%の支持率では少数派を議会に送るのは困難であるのも実情だ。

 最も、それ以前に反対などしようものなら、蓬莱カンパニーや世論から袋叩きにされるのが目に見えてるというのもあるけれどもね。

 

「ここか」

 

「うん」

 

 あたしたちは、当時の記憶を便りに、首相官邸へと無事にたどり着いた。

 

 警備員さんの顔も最後に訪れた時から変わっていて、どうやら以前のように顔と身分証だけですぐにパスというわけにはいかなさそうだわ。

 

「すみません」

 

「はい」

 

 警備員さんが柔らかそうな顔で応じる。

 もしかしたら、個人的にあたしたちのことを知っていたのかもしれないわね。

 

「本日総理に呼ばれました蓬莱カンパニーの篠原と申します」

 

 あたしはそう言うと、身分証明となるパスポートを取り出した。

 浩介くんも、同じようにパスポートを取り出すと、警備員さんが丁寧にそれを受け取って奥へと進んでいった。

 

 ちなみに、あたしたちは自動車の運転免許がないので、身分証明は基本的にパスポートになる。

 将来的に海外に売り出す時に、海外にも出張で行くことになるかもしれないけど、今は日本の外に出る機会はない。

 

 なので、このパスポートが本来の使われ方をすることは、当分ないだろうなあというのが、あたしと浩介くんの見解だった。

 

「お待たせいたしました。こちらへどうぞ」

 

 やはり国の警備員さんとあって、とても丁寧に対応してくれる。

 あたしたちは再び警備員さんの案内のもと、首相官邸の中に入る。

 入ったのは小さな会議室で、今日行うのはあくまで小規模な交渉であることを暗示していた。

 

「あなた、今日は総理は来ないかしら?」

 

 あたしは何となくそんな気がしていた。

 政府との交渉と言っても、重要な骨子は既に何年も前に終わっている上に、あくまでも純民間の建前上行政のトップが出てくるのは色々とまずいもの。

 

「だろうな。まあ、深く介入すると色々と疑われるし、これくらいがちょうどいいんだろう」

 

 おそらく、最も頻繁にやり取りしていた官房副長官との交渉になるとは思う。

 政府側との交渉で、大きなルール変更に関する交渉も、恐らく無いものと思われる。

 

「多分、今まで決めたことに関する、タイミングの交渉が主になるわね」

 

「だろうなあ……」

 

 誰も来ていない会議場で、あたしたちは勝手に盛り上がる。

 久々の政府との交渉は、あたしにとってとても緊張するけど、多分本番になれば、そこまででもないのよね。経験上。

 

  コンコン

 

 突然扉をノックされる音と共に、あたしたちが反射的に立ち上がった。

 そして中に現れたのは、少し若いおじさんだった。

 

「どうも始めまして。私が官房副長官の──」

 

「蓬莱カンパニー社長の篠原浩介です」

 

「同じく常務の篠原優子です」

 

 あたしたちは、ビジネス交渉で初対面の人と会う時にお馴染みになった名刺交換を開始する。

 あたしたちがよく会っていた官房副長官は、今は別の所で大臣を勤めている。

 今回官房副長官になったのは、政治家の中でも「期待の若手」といわれている人で、あたしたちよりは年上だけど、同じ平成生まれでもある。

 

「さ、お掛けになってください」

 

 官房副長官に促され、あたしたちは席に座る。

 そして官房副長官から、あたしたちに資料を渡される。

 政府側の代理人は官房副長官のみで、この会議場には3人しかいない。

 

「それではですね、今日の議題なんですけれども、まずは高齢者向け福祉の打ちきりタイミングです。既存の高齢者はそのまま続けるとして、問題は将来的な話になります」

 

 そう、この老人向けの福祉費用をどのようにして打ち切っていくか?

 いつまでも残してしまえば、蓬莱の薬を選択しない人間が社会の足を大きく引っ張ってしまい、薬の効果が半減してしまう。

 かといって、今すぐ打ちきりはあまりにも酷でもある。

 

「我々としては、工場が全て稼働し、生産力がフルパワーになったら、政府が5年を目処に福祉の打ちきりを通告するといいでしょう」

 

 既に公安調査庁などによる世論調査によって、「将来的に蓬莱の薬が値下がりしたら、高齢者向けの福祉を大幅削減することに大賛成」の世論が出来上がっている。

 日本人は特につまはじきになるのを嫌う性質にある。

 これはこの日本では災害が多いために、共同体による協力がなければあっという間に無法地帯になってしまうからだというのが永原先生の話だった。

 

「分かりました……それから、既存の高齢者の寿命ですね。既存の高齢者については、何となくな感じで、ばれない範囲で平均寿命を下げさせるよう考えています」

 

 官房副長官がそのように話す。

 要するに、今後の輝かしい日本を築くためにも、用済みになった「老害」をさっさと処分しようというのだ。

 ある意味で彼らは「運が悪かった」とも言えるけれど、まあ仕方ないわね。

 

 いずれにしても、一定年齢世代以上では、年金が出ないことになる。

 ただし、蓬莱の薬を飲めば、これまでに払った分は全額戻ってくる。

 逆に一定世代以上は、「蓬莱の薬を飲んでも対処不能」となるので、こちらは薬をそもそも販売できない上に、仮に飲んだとしても年金は帰ってこないし、120歳以上になったら、問答無用で打ちきりと決まっている。

 浩介くんのおばあちゃんも、既に100歳を越えていて、このまま老化による自然死を待つ状態になっている。

 

「ともあれ、早めに福祉を削ってくれと財務官僚たちがうるさいんでね」

 

 やはり、政府との交渉でも、最も強力に急速普及を促し、公的資金の注入を最後まで主張し続けただけあるわね。

 

「今は急いで北海道工場を作っております。もうしばらくお待ちください。来月にでも、削減の声明は出せるでしょう」

 

 浩介くんが、財務省という言葉にも動じずに、堂々と話す。

 この辺り、純民間人はある意味で強いわよね。

 

「……分かりました。不支持者が声をあげる可能性についてはどうですか?」

 

「もちろん考えていません。私たち蓬莱カンパニーに逆らう人は、もうこの日本にはいないでしょう」

 

「でしょうな」

 

 官房副長官があっさりとした表情で納得の意を示す。

 

「では、次の議題に入りますね」

 

「「はい」」

 

 さて、官房副長官から次にあたしたちに突きつけられた議題は、削った福祉予算の使い道だった。

 政党によっては、公共事業や科学技術を中心とする声が上がる中、防衛関係費をめぐって議論が紛糾しているらしい。

 

「そこでなんですけれども、是非とも蓬莱カンパニー様には、来年の通常国会で、是非とも公聴会に出てほしいのです」

 

「「え!?」」

 

 官房副長官の突然の申し出にあたしたちは戸惑いの色を隠せない。

 確かに、公聴会という立場ならあくまで「意見をのべる」ことは出来るけれど、決議に参加したりするわけではない。

 とは言え、蓬莱カンパニーの影響力を考えれば、国会で発言するというだけで、議員はもちろん、世論だって動かしかねない。

 そうなれば、対外的に「純民間」の大義名分が崩れてしまう。

 

「ねえあなた……いえ、社長、どうされますか?」

 

 あたしはあえて、形式ばった敬語表現を使って浩介くんに話しかける。

 よく考えると、浩介くんをはっきりと「社長」と呼んだのはこれが初めてだった。

 

「あーそうだなあ……今この場で返事をするのは難しいというのが答えですが……私個人としては、難色の意を示さざるを得ません」

 

 浩介くんも、かなり堅苦しい表現で応対する。

 

「理由はどんなところですか?」

 

 官房副長官は当然理由を聞きたがる。

 

「はい、やはりまず考え得るのは、我々は対外的な圧力が政府にかかることを避けるために『純民間』を名乗っています。確かに公聴会は『参考にする』という程度ですが、国会の場で我々が具体的な意見を述べるとなると、政府としてもそのように動かざるを得ないでしょう」

 

 動かなかったら制裁を発動しないと「制裁はこけおどし」という意見が出かねない。

 あるいは一部採用や全面採用でも、何もしない訳にもいかず、あたしたちとしてはとても苦しい。

 かといって、「我々は民間なので、自分達の持つ影響力を鑑みても、政府のすることには口出ししたくありません」と言ってしまえば、そもそも公聴会に出る意味もないし、そのように声明文を発表すればいいだけだ。

 

「なるほど……では、こんなのはどうですか?」

 

 官房副長官の声色が変わる。

 まるで何か温めていた策略を出すかのように。

 

「私たちが、『議論がまとまらないので、蓬莱カンパニーの人を参考人として公聴会に呼びたい』と要請するんです。そしてそれに『辞退』してください」

 

「え、ええ……」

 

 大体言いたいことがわかってきたわ。

 要するに、「三願の礼」じゃないの。

 

「そしたら、また我々だけで議論を進めます。もちろんこの間にまとまればいいですが、そうでないのならば再度我々が公聴会を要請するので、そこでも辞退してください」

 

「えっと……要するに、3回目に要請されたら『折れて公聴会に参加してください』ってことですか?」

 

 浩介くんも官房副長官が言いたいことを理解したらしく、先取りして話を先取してしまう。

 

「理解が早くて助かります。これならば、『再三の要請なので不本意ながら参加して意見を述べた』と言うことができますし、これならば政府側が意見を不採用にしたとしても、『元々政府に任せるつもりだった』と蓬莱カンパニー側が説明なされれば、わだかまりも残らないでしょう」

 

 官房副長官さんの説明は理路整然としていて分かりやすい。

 確かにこれならば、政府の顔も、あたしたちの顔も立つわね。

 

「うーん……確かに最もらしいのですが、八百長を疑う人も多く出ると思います」

 

「確かにこれなら筋も通りますけれど、あからさまではあると思います」

 

 この手の「三願の礼」は、昔からよく行われていたことで、「謙虚も3度断るのはかえって失礼」は、日本のみならず世界中でよく見られる作法でもある。

 それはつまり、「これが仕組まれたシナリオ」であることを見破るのも容易ということ。

 

「では、一旦断って2回目というのはどうでしょう?」

 

「うーん……色好い返事は難しいですねえ……」

 

 浩介くんも、やはり難色を示している。

 純民間という名分を守るには難しいくらいに、あたしたちは多くの法的保護を政府から受けてもいる。

 だからこそ、浩介くんとしてもより慎重にならざるを得ない。

 

「では、意見を我々の方で聞いて、極秘裏に処理するというのはどうでしょう?」

 

「うーん、やはり機密漏洩した時のリスクは公聴会以上に高いでしょう。『裏で操っていた』ということになるわけですから」

 

 浩介くんは、ほぼ即答に近い速度でこれを却下にした。

 あたしももちろん、浩介くんには賛成ね。

 

「分かりました。では公聴会は難しいと」

 

「ええ、そうなりますね」

 

 もちろん、国会の場に出るというのも、面白そうではあると思う。

 だけれども、政治の場に口を出すというのは、かなりのリスクが伴うというのが、あたしたちの答えだった。

 官房副長官は少し残念そうな顔をしていたが、あたしも浩介くんも、ここで政府に意見を述べるのは危険と判断した。

 これが会社を立ち上げる前なら、遠慮なく意見を言うこともできたとは思うけれども、今は無理だ。

 

「そうですか。わが党としましては、やはり防衛関係費からと思うんですが」

 

「んー」

 

 浩介くんが腕を組んで考える。

 

「我々としては、国民の税金も1円も投入されておらず、いかなる公的機関も、わが社の株を1株も持っていない。いわばこれ以上無いほどの純民間資本で運営されています。先進国の常識では、よほどのことがない限り、このような民間のことに政府が首を突っ込むのはご法度と言われています」

 

 浩介くんが慎重な口調で話す。

 まあ、今もこうして首を突っ込みあっているわけだけれども。

 

「にもかかわらず、我々は外国政府からの口出しを受け、外交的な圧力を受ける危険性もあります。自国政府でも問題なのに、純民間企業が外国の政府から圧力を受けるなどというのは大変に理不尽なことですから、我々としましては、日本政府には、我々の生命と財産を守るために、国家の義務を果たすために努力してほしいと思っています」

 

 そう、これが浩介くんも答え。

 極めて官僚的で婉曲的な表現だけれども、要するに「防衛関係費をまず増やして欲しい」ということだ。

 

「分かりました。蓬莱カンパニー様の名前は伏せさせていただきます」

 

「……ありがとうございます」

 

 結局この後は、細かいことを確認し合うのみで、あたしたちの政府との交渉は極めて短時間に滞り無く終わった。

 あたしは主にメモを取り、蓬莱教授を始めとする他の取締役たちに情報を伝えることになった。

 

「ふう、とりあえず俺達はこれでいいな」

 

「うん」

 

 あたしたちは政府との交渉も蓬莱教授抜きで行うことが出来た。

 それは浩介くんが、経営者として成長したから。だから蓬莱教授が同行しなくてもいいと判断したのね。

 

 今後は、そういった機会も増えるかもしれないわね。


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