永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「えー、次のニュースです。不老の薬を製造・販売しております蓬莱カンパニー株式会社は今月より3億円だった蓬莱の薬を1ヶ月ごとに2000万円ずつの値下げを行い、最終的に2000万円とする声明を発表しました。また2000万円となった後は最大1000年までの分割払いも行うということになりました。当社の取材に対し蓬莱カンパニーの篠原社長は――」
12月、テレビのニュースで、浩介くんが写っている。
世間的には、浩介くんが研究段階においてこの蓬莱カンパニー設立のために重要な役割を果たしたことはよく知られている。
それにしても、26歳というテロップにしては若いという声が多くて、でもこうした声はそのうち見られなくなるのよね。
「俺も随分と出世したものだ」
テレビに映る自分の姿を、浩介くんがどこか他人事のように見つめていた。
芸能人とか政治家とかならともかく、こういったことでテレビに出るというのは、普通は滅多に無いことだ。
会社の社長だって、そんなにテレビに出る機会は多くはない。
あたしの場合は、記者会見の時に出た時があったけど、それ以前にもインターネットメディアに取材されたこともあったので、あまり感慨深さはない。
「そりゃあまあ、あたしたち有名人だものね」
あたしはまだ協会の広報部長としてTS病の広告塔にもなっている。
インターネットメディアの取材もあってあたし自身も世間にはよく知られているし、そんな夫婦が蓬莱の薬完成に貢献して、こうして蓬莱カンパニーの上層部になっていると知られれば、知らない人も居ない。
「ともあれ、このニュースでネガティブキャンペーンも少しは収まるといいんだがな」
浩介くんはニュースを見ながらふうと一息つく。
「ええ。後は『どうせ途中で値下げも終わる』だと思うけど、もうここまで来たらどうしようもないわ」
あたしとしては、そこまで言われたらもうどうしようもないと思っている。
隣で見ていた義両親も、自分の息子が会社の社長としてテレビに出ているという現実を飲み込みきれていないのか、まだ一言も発していない。
「優子も浩介も、これからは殆ど公人みたいなもんだ。立ち居振る舞いにはくれぐれも気をつけるんだぞ」
「はい、お義父さん」
お義父さんの言葉に、あたしも気を引き締める。
あたしたちは、いい加減にそろそろ一般人気分でいたらいけないのかもしれないわ。
そもそも考えてみれば、あたしたちは以前にも総理大臣と直接会って、そしてその総理大臣の判断さえ動かしたことがある。
そのことを踏まえれば、今更テレビに出ていることも、どうということはないと思うことにした。
値下げに伴うインターネット世論の反応も様々ではあったが、概ね「悲観論者息している?」といったものだった。
あたしたちが有言実行すれば、悲観論は簡単に吹き飛ぶことも、すぐに分かった。
蓬莱教授の懸念も過大評価であると分かったところで、あたしたちは北海道の新規工場が出来次第、新規投資の資源を日本全国の支店の建設へと振り向けることに決定した。
「ふう……」
今日の会議が終わり、あたしたちも一息つく。
季節も秋になり今年もノーベル賞の発表時期がやってきた。
肝心の蓬莱教授はノーベル賞に選ばれていなかった。
まあ、薬の完成まで1年程度しか経ってないということも踏まえれば、無理もないことだわ。
幸いにして、蓬莱教授は既に不老の薬を飲んでいるため、これからいくらでもチャンスはある。
蓬莱教授も「今年来るとは思っていなかった。一応メールは届いてたけど」と言ってた。
メールとは何かしら? 蓬莱教授も何か隠していたような気がするけど。
……まあいいわ。
値下げが決定し、これによって蓬莱カンパニーの売上は一時的に下がることが予想された。
いかに富裕層がターゲットと言えども、1ヶ月で2000万円という値下げ幅は非常に大きい。
この時に買う人は、いわゆる「ガンが発見された」とかそう言う「一刻を争う病気」の患者が主であった。もちろん、「今すぐ」という人も多かったけどね。
既に3億時代にかなりの金額を稼いだので、極端な話2000万になるまで売上0でも何とかなるようにはなっている。
むしろ、2000万になって分割払い制度がスタートしたら、これまで以上に予約が殺到するため、それまでに在庫をためておくための冷却期間でもあるというのが浩介くんの経営戦略だった。
さて、蓬莱カンパニーは12月の末に忘年会をすることになった。
忘年会の最初の場では、取締役たちと相談役の永原先生で1人1人挨拶することになった。
今の所、取締役にいるのは代表取締役会長として蓬莱教授、代表取締役社長として浩介くん、専務取締役として比良さん、常務取締役としてあたし、そして平の取締役として本社詰めの余呉さん、そして本部工場長兼任の和邇先輩と北海道工場長の人の7人、それに相談役の永原先生を加えると8人で、8人が入れ代わり立ち代わり挨拶するともなるとかなりの長丁場になる。
永原先生は小谷学園の教師たちの忘年会もあるので、そちらと日程が重ならないように整理しないといけない。
とはいえ、この整理は実に簡単に終わってしまった。
「しかし、初めての忘年会を社長として参加するなんて、そう滅多にないことだぜ」
「あはは、そうよね」
忘年会当日、会場に行くまでの道すがらでの浩介くんのそんな発言は、あたしたちの特異な人生を象徴していた。
これまでも、そしてこれからも、あたしたちは「普通の人のように普通に暮らす」ことは不可能となった。
あたしは「浩介くんと『ずっと』平穏に暮らしたい」という思いから、蓬莱教授に協力することになったけど、蓬莱カンパニーの社長と常務の夫婦という立場になったら、あたしたちにそのような生活が訪れることはないだろうということは分かっていた。
それは蓬莱カンパニーという会社の特異性もあるし、あたしたちが最終的な成功の引き金を引いたせいでもある。
来年から14ヶ月をかけて、蓬莱の薬は段階的に2000万円まで値下げを続けることになる。また、最長1000年に渡る分割払いのプランもスタートする。
今現在でも、「今後は値下げがなされる」とのことで、注文数は減ってきている。
とはいえ、値下げが終われば一気に注文が殺到することは容易に想像がつく。
その間に生産をどんどん続け、とにかく在庫を稼がないといけないわね。
蓬莱カンパニーの忘年会実行委員の人たちは、忘年会会場として、それなりに広い宴会場を選んだ。
「さて、ここが会場だ」
既に、会場には大勢の従業員たちが詰めかけていた。
あたしたちは普通に正面の玄関から入り、中に入る。
中は宴会場になっていて、実はあたしたちが結婚式を挙げた会場の隣のビルだったりする。
中には既にガヤガヤと賑やかそうな音も聞こえてくる。
まだ発足したばかりの会社だけど、みんなとにかくモチベーションが高いわね。
「あ、社長、常務、お疲れ様です」
社員の一人があたし達を見て深々と頭を下げてくる。
この前まで学生……というか今も大学院生なので、こういうのにはどうしても慣れないわ。
「ああうん、お疲れ様」
「お疲れ様、今日はゆっくりしてね」
今日のあたしは純白のワンピースのロングスカート。
とにかく清楚を強調した服で、浩介くんの嫉妬心を抑えることが出来る。
最も、この服はいわゆるブラフで、本命は忘年会が終わってからにある。
浩介くんの独占欲を満たすため、家に帰ったら白い超ミニスカートに胸元も極限に露出したへそ出しの服に着替える予定になっている。
もうこのやり方は何度も何度も続けていて、浩介くんも多分分かってはいると思うんだけど、律儀に毎度毎度引っかかっている。
だから、今夜この忘年会が終わった後のことも容易に想像ができて――
「んっ……」
だめ、まだ反応しちゃダメよ……もうちょっと待ってあたしの体……
あたしたちは、開場時間になって取締役たちで舞台裏に集まることになっている。
忘年会とは言え、最高幹部のあたしたちにとっては、社員たちのモチベーションを上げるための大事な場でもある。
むしろ、一般社員はともかく、あたしみたいな役員は普段以上に気が抜けないのよね。
「お疲れ様です」
「社長、常務、お疲れ様です」
中に居たのは、余呉さんだけだった。
テーブルの中にぽつんと余呉さんが座っていて、かわいいわね。
「あれ余呉さん、他の人は?」
「ええ、まだ来ておりません」
まあ、集合時間から考えれば、全く問題ないものね。
むしろあたしたちが早すぎるくらいかしら?
「そうですか、ところで余呉さんは、今日のスピーチはどうされます?」
あたしが余呉さんに聞いてみる。
協会の序列では名目上は正会員で同格とは言え、余呉さんの方が実質上位だけど、この蓬莱カンパニーでの序列ではあたしのほうが上位なので、どうにもやりにくいのは否めないのよね。
「ええ。新店戦略、関東の方は進んでいるんですが、関西ではやや遅れています。現在ある売上金をめいいっぱい使い、全国的普及を急ぐように激励を出したいと思います。お金には余裕がありますので、速さ重視を心がけたいですね」
「……分かりました。あたしは……そうですねやっぱり、研究とか工場の交渉秘話とかをお話をしようかしら?」
あたしが斜め上から天井を眺めて言う。
「研究については、蓬莱さんの口から話すのが一番いいな。俺は……やはり来年の経営方針について、話すことにするよ」
浩介くんは社長らしく、経営方針を話すことにするという。
うん、それがいいわよね。
ガチャッ……
「失礼するぜ」
「あ、会長、お疲れ様です」
ドアを開けて中に入ってきたのは蓬莱教授だった。
そして後ろに見えるのが和邇先輩と北海道工場長の両取締役で、これで比良さんと永原先生の到着を待つばかりとなった。
「永原先生はもう少しで来るそうだ。比良さんともども、協会の仕事が長引いてるとのことだ」
協会では、これまで比良さんの負担が比較的大きかったが、比良さんが蓬莱カンパニーの専務になってからは、正会員を増やしつつ、永原先生の負荷が増えている。
永原先生は、部活の顧問をしていないため、本業の教師とも両立ができるようになっている。
「えっと、蓬莱教授はスピーチどうしますか?」
「ああ、もちろん研究についてだ。研究成果が雑誌にも掲載されるようになったから、その御蔭で色々といいことが起きているんだ」
蓬莱教授はやはり自身の研究について話すことで、従業員たちのモチベーションを上げるのが一番良いと判断していた。
また、工場長の2人は、やはり工場作業員たちへのねぎらいの言葉を述べることで、年末の挨拶に代えるという。
まあ、あまり接点のない社員に声を向けても仕方ないと言えばその通りなので、ある程度は内向きになるのも仕方ないのかもしれないけどね。
ガチャッ……
「すみませーん、遅れましたー」
部屋の中に2人の女の子が入ってくる。
「あ、みんな揃っているわね」
比良さんと永原先生が最後に入ってくる。
あたしの予想では、比良さんは本部社員に対しての、永原先生は蓬莱の薬が実現した後の社会について語るのかしら?
「よし、比良さんと永原先生はどんなスピーチをするつもりなんだ?」
早速、会長の蓬莱教授が2人に問い合わせる。
もしテーマが重なったり、とても近いもの同士だったら、すり合わせをしないといけない。
「私は……蓬莱の薬にかける思い……協会の立場から演説します。私はここでは、あくまでも相談役ですからね」
永原先生は、軽い感じでそう話す。
うん、外部からの相談役なら、それでいいわよね。
「私は……ええ今年頑張ってくださった本部の社員の皆さんに、『ありがとう』を言いたいです。本当に、マーケティング部の皆さんも、人事部の皆さんも、本当によくやってくれました。えっと……支店関係の皆さんは余呉さんの方で大丈夫ですよね?」
比良さんはそんな感じに落ち着いた表情で、話していた。
「ええ、問題ありません」
ともあれ、これで重なった話題はなかったことが判明した。
「よしじゃあ、各自演説の内容をよく頭に入れてくれ。忘年会の最初に、取締役の挨拶があるわけだけど、みんなウズウズしているから、あまり長くならないでくれ」
「ええ分かってるわ。あたしの母校の元校長先生のことを、思い出して頑張ってみるわ」
「ああ、いたなあ。懐かしいぜ、話の短い校長先生」
あたしと浩介くんが母校の話で盛り上がっていて、永原先生もこころなしかニッコリとしている。
あたしたちが小谷学園を卒業して8年、高校は3年間だから、もう2周りは生徒の数が入れ替わっている。
弘子さんも卒業して、今は大学で彼氏とアツアツな日々を過ごしているという。
彼氏さんは、弘子さんが男性だった頃を知らない人で、実はそれはTS病患者では少数派のパターンだったりもする。
それでも、男心の分かる弘子さんは、彼氏さんの性欲によく答えていて、お互い掴んで離さない間柄になっている。
弘子さんも弘子さんで、他のTS病の女の子と同じく、最終試験に合格してからは、より強く乙女心に目覚めるようになった。
TS病患者の成長は、あたしや、先輩のTS病患者たちが辿ってきたのとほぼ同じ道を辿っている。
「そうそう篠原さん」
「うん?」
永原先生から、連絡が入る。
「悪いんだけど、また協会の仕事量増やしていいかしら?」
永原先生がちょっとだけ申し訳なさそうに話す。
でも、悪い話というわけでは無さそうな雰囲気だ。
「え? どうしてかしら?」
「実はその……正会員の1人が妊娠して、産休に入るのよ」
え!? そんな話聞いてないわ。
「あら? 聞いてないわね。でもいいことじゃない」
「ああうん、実はたった今連絡が入って、そのことで遅くなっちゃったのよ」
比良さんが、付け加えてくれる。
それにしても、妊娠した正会員って、誰のことかしら?
「実は、幸子さんが妊娠しまして」
「え!?」
あたしの隣りに座っていた余呉さんが耳打ちしてくる。
さ、幸子さんが妊娠……確かに、おかしな話じゃないけど。
「幸子さん、妊娠したの?」
「ええ、それでしばらく産休に入りたいと言ってたわ。でも、会社の方は退職するって。出産したら、また戻ってくるわ」
「……そう。分かったわ」
あたしは椅子の背もたれに寄りかかって、ため息をつく。
少しだけ、悔しい気持ちがある。
幸子さんはあたしの1番の教え子で、女の子としての成長はあたしよりも遅かった。
だけどそれでも、あたしたちがこうしてもたついている間に、幸子さんは大好きな直哉さんとの赤ちゃんを身ごもっていた。
「先を越されちゃったわね……」
「大丈夫だよ優子ちゃん。焦らなくて」
浩介くんの励ましが、今は嬉しい。
もちろん、しようと思えばあたしもすぐに妊娠はできると思う
でも今は、それは許されないと思う。
この忘年会もそうだし、来年だってきっと、蓬莱カンパニーのことで忙しくなると思うから。
「さ、そろそろ時間だ。行こうぜ」
「……うん」
社員たちも首を長くして待っているわ。
忘年会の予定、遅れないようにしなきゃ。