永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「皆さん、大変長らくお待たせ致しました。当忘年会の司会進行を担当させていただきます――」
ついに忘年会が始まった。今回は忘年会実行委員の人が司会進行を勤めてくれる。まあ、あたしたちは大忙しになるだろうし、あたしたちがしたら何もでき無さそうだわ。
あたしたちは会場にある壇上の控室に入っている。
会場を見てみるが、従業員数はかなりの数に上っていて、実行委員会によれば結構テーブルはギリギリだったらしい。
もちろん、来年以降はもっと多くの従業員さんが出席することになるから、ここよりも広い会場が必要かもしれないわね。
「えーまずはじめに、取締役の皆さんから一言ずつご挨拶がございます。えーまずは、代表取締役会長、蓬莱伸吾さんよろしくお願いいたします」
トン……トン……トン……
まずは蓬莱教授が立ち上がって壇上のマイクへと向かう。
蓬莱教授の姿をみんなじっと見つめていた。うー、結構重圧がかかりそうだわ。
「優子ちゃん大丈夫?」
緊張しているあたしを見て、浩介くんが心配して声をかけてくれる。
「ああうん、大丈夫よ」
あたしの演説の内容は決まっている。
工場について、そしてあたしがどうしてこの研究の道へ進んだかを演説するつもり。
「おほんっ。俺がこの蓬莱カンパニーの創設者、蓬莱伸吾だ。元々俺の研究の中で生まれたこの技術は、今では全国から顧客が殺到しておる。従業員の皆さんには多忙を極めるだろうが、今後はしばらく値下げ期間ということで顧客処理は少なくなる予定だ。代わりに、生産は全力でせねばなるまいし、値下げが終わればいよいよ分割払い制度もスタートする。それまで、よく今日も含めて英気を養って欲しい。今後は、会長としてはあまり大きな声は出さず、研究を中心にしていきたいと思っている。以上」
パチパチパチパチ!!!
蓬莱教授は一礼すると、そのまま下に降りてテーブルの自分の席に座る。
この忘年会ではチームやグループごとに丸いテーブルがあって、あたしたち取締役全員と永原先生で1つのテーブルに座ることになっている。
テーブルの中では席順は自由なのであたしはもちろん浩介くんの隣を陣取ることになる。
「えー続きまして、当社代表取締役社長、篠原浩介さんです」
最初に会長が呼ばれたということは、次に呼ばれるのは当然社長の浩介くんだった。
「よし行ってくる」
浩介くんが直ぐに席を立つ。
「がんばって」
「ああ」
あたしが軽くスピーチへの応援を口にすると、浩介くんも小さく答えてくれる。
浩介くんの次はあたしの予定になっているので、ますます緊張するわね。
「えー。皆さん。今年は若輩者の私についてくださいましてありがとうございます。先程会長からありましたように、来年からは値下げが14ヶ月間続きます。それに伴いまして、顧客の減少が予想されます。とにかく、これから一時的に売上が落ちることは覚悟したい。支店建設も大急ぎで進めますので、率直に言いまして来年は赤字転落もあり得ると思いますが、翌々年以降に向けての先行投資ですから、全く気にする必要はありません。また来年初頭には株式の上場を正式に開始したいと思います。皆さんにもぜひ長期的な視野を持ってもらいたいと願っております」
パチパチパチパチ!!!
蓬莱教授に負けないくらいの割れんばかりの拍手が浩介くんに浴びせられる。
浩介くんは20代後半の若社長で、しかも蓬莱の薬を飲んでいるから外見年齢は20歳程度でしか無い。
蓬莱カンパニーほどに社会への影響力の強い会社で、そんな若い人が社長になっているというと、社員たちも不安に思うかと思えばそうではなかった。
今では、浩介くんもかなりのカリスマ性を持っていて会社を動かしている。
いや、もしかしたらこういう企業だからこそ、蓬莱教授も若い浩介くんが社長になったほうがいいのかもしれないわね。
浩介くんからは株式の上場の話も伝えられている。あれこれ考えた末、「株主と言えども蓬莱カンパニーには逆らわない」と結論付けられた。
投資家目線でも、今の蓬莱カンパニーを守る規制の緩和を要求するとは思えないからだった。
「では続きまして、常務取締役の篠原優子さん、お願いします」
浩介くんがテーブルの方へと向かうと、あたしが次に続く。
「はい」
皆の注目する中、あたしはマイクの高さを合わせる。
皆の支線はどうしても、あたしの胸元に注がれてしまっている。
このワンピースは露出度も低くて、胸も強調するわけではないけど、それでもあたしの大きさだと、どうしても目立ってしまうので、周囲の視線はそのままだ。
「んっ……皆さん、本日はお集まりいただき、ありがとうございます。当社で常務をしております篠原優子です。あたしはこの蓬莱カンパニー設立のために、研究で貢献をして参りました。あたしはTS病で、実は元々はとても乱暴な男の子でした。今は社長の旦那さんもいて、とても幸せな生活を送っています。一生懸命女の子らしくなるのは大変でしたけれども、今日という日を迎えられて本当に良かったと思います。来年は、あたしが女の子になって10年を迎えます。本当に色々なことがありましたが、来年はきっといい年になるように、そう願っています」
パチパチパチパチ!!!
ここまでで一番長いスピーチを行い、あたしも壇上から降りてテーブルへ。
浩介くんの席の隣へ自然と座る。
ふふ、ラブラブ夫婦の秘訣よね。
「えーではですね、ちょっと前後しますけれども当社専務取締役、比良道子さんお願い致します」
続いて壇上に上がったのは比良さんだった。
「えー、専務取締役をさせていただいております比良道子と申します。私は、江戸時代の水戸領分の生まれでありまして、これまでの常識なら到底生きていけないような年齢になっておりますが、TS病のために本年まで生きながらえてきました。こちら蓬莱カンパニーに来てから、本当に多くの人に支えられましたことを感謝申し上げたいと思います。特に人事部の皆さん、マーケティング部の皆さんには、本当にお世話になりつつ、私の成長にもなりました。どうか来年も、私をお支えください」
パチパチパチパチ!!!
比良さんに対しては、やはり本社務めの古参の社員からの拍手が大きい。
あたしたちとは違い、本部の社員から見ると比良さんは上層部の中でも一番身近な存在でもある。
比良さんがあたしたちとは少し離れた所の椅子に座る。
「しかし、こうして幹部ばかり固まってしまったら社員の皆さんも声をかけ辛いでしょうに」
テーブルを見ながら、比良さんがやや「やれやれ」と言った表情で話す。
確かに、それはその通りかもしれないわね。
「なあに、俺達が自ら徘徊すればいいのさ。それよりも、余呉さんのスピーチが始まるぞ」
蓬莱教授の言う通り、今日はあたしたちが積極的な行動に出ないといけない。
もちろん、あたしたちもあたしたちで積もる話はあるだろうけど、そういうのは別の機会にもできるものだものね。
「取締役の余呉と申します。最初は取締役として、その後全国の支店を管轄するSV長となりまして、全国の支店展開と支店戦略の統括を任されました。私はこの地球では永原さんの次に年上でありまして、6年後には200歳という節目の年を迎えることになっております。来年以降は支店の展開について社員の皆さんにはより一層の多忙を強いることにはなるとはございますが、どうぞよろしくお願いいたします。ご清聴ありがとうございます」
パチパチパチパチ!!!
余呉さんがペコリと頭を下げてこちらへと向かう。
次に両工場長の演説もあり、こちらは工場務めの社員さんの参加者が盛り上がっていた。
それらの演説も聞き終わると、テーブルの椅子はついに最後の1席になる。
そう、最後の1人に居るのが、相談役の永原先生だ。
「えー最後に、当社相談役で、日本性転換症候群協会会長でもあります永原マキノさんです」
会場からの「おー」というざわつきがよりいっそう大きくなる。
永原先生が蓬莱カンパニーの大株主の1人で、また相談役なのは皆知っていることだけど、殆ど会社の経営には口を出してこない人で、協会会長としてあのビルに出入りしている姿のほうが圧倒的に多い。
それでも、永原先生は今や世界的にも有名な人物で、そう言う人がこの会社のバックについているだけでも、社員たちにとっては心強いものだった。
比良さん余呉さんほどではないにしても、永原先生は現代人からするとかなり小柄な女性であるにも関わらず、その頼もしさは群を抜いていた。
「皆さん、今年もありがとうございました。永原マキノと申します。私のことはすでに皆さん、聞いて知っているとは思いますが……私はこの蓬莱の薬の完成をとても心待ちにしていました。私は500年以上の長い人生のうち、同じ境遇の人に会えたのは400歳近くになってからでした。それまでは人々が生まれ、老い、死んでいくのをひたすらに見てきました。少し長くなりますが、どうか聞いてください」
永原先生の話は、簡潔にまとめたあたしたちの話とは違い、長い話になりそうだった。
永原先生は少しだけ思い詰めた表情をしつつも、その目は決意に満ちていた。
一体、何を話すつもりなのかしら?
「今、この世に生きている江戸時代以前の生まれの人は私を入れて6人ですが、実は109年前に協会を作りました当時は8人でした。つまり2人はもうこの世に居ないのです。1人は交通事故で、もう1人は家族との死別を悲観しての自殺でした。これまで、TS病患者たちには、恋愛の寿命問題という問題がのしかかっていました……ですが、当社の篠原夫妻を皮切りに、この蓬莱の薬の完成をもって、その問題も解決するものと期待しております」
やはり、話していたのは寿命問題だった。
実際には寿命問題は患者本人にとってそこまで大きな問題ではない。
現にここにいる比良さんだって、子孫が次々に生まれては死んでいるが、全く気にも留めていないし。
「これまでTS病患者には恋愛は大きな障壁にもなっていました……恥を晒すようで申し訳ないのですが……このことは墓場まで持っていこうかと思いましたが、時代も変わりました。私も以前、恋愛に問題を抱えていました。そして今も、踏み込めないでいるのです」
永原先生が何を話そうとしているのか分かった時、あたしと浩介くんの顔から冷や汗が流れる。
忘れもしない9年前、あたしが浩介くんに恋をした林間学校の帰り道、新幹線の車内で永原先生があたしと浩介くんにだけ話してくれた初恋の秘密のことを、話そうとしているのだわ。
「私は……それは今から……もう370年以上も前になります。私は136歳にして、初恋をしました。皆さんも既にご存知と思いますが、私は永正15年……今から508年前に信濃で生を受けて以降真田家に仕えておりました。しかしTS病で倒れて以降、主君に帰参できず、本能寺の変以降は諸国を流浪しつつ尼寺で文字を習ったり京都の商家に奉公したりしておりました……関ヶ原の戦いを見物したりしつつ、大坂の陣が終わって私は江戸に住み始めました……しかし、江戸の街でも不老を疑われたため、再度の諸国流浪を考えていた矢先のことです」
永原先生の人生は、今ではインターネットでも多く語り草になっている。
たまに雑談系の掲示板でも、そのことが話題になることさえある。
だから、徳川家綱に謁見し、その御前で泣いてしまったことも、世間にはよく知られている。
「私は4代将軍様より江戸城への呼び出しを受けたのです。私は主君の孫であられた真田伊豆守殿が生きておられると知り、謁見が叶うことになりました。110年以上もごまかしてきた人生をお許しになってくださった伊豆守殿……上様の御前で泣き出してしまった私をお許しくださった上様……今思っても罪の重さに押しつぶされそうなことですが……私はこの2人に同時に初恋をしてしまったんです」
永原先生の話に、会場が騒然となる。
永原先生の中でも、最も知られたくないであろう恥部を、自ら話し込んでいる。
「奇妙な上に……極めて無礼なことです。私は翌日……お2人の姿を直視することができませんでした。以来、この秘密を長い間、誰にも打ち明けることは出来ませんでした。私は……あまりにもこの人生で罪を作りすぎました。真田家のこと、徳川家のこと、吉良殿のこと……そして天皇陛下にもです……あまり重たい話はしたくないのでこの辺には致しますが、皆さん、これからの時代……蓬莱の薬の時代になれば、私のようなことも、きっと起こらなくなりますから。以上です」
パチパチパチパチ!
永原先生へ向けられた拍手は明らかに動揺が混ざっていた。
それはこんな話をいきなりされても、反応に困る上に事実なのかどうかも確かめようがないものね。
そんな中で冷静な顔をしていたのは蓬莱教授だけだった。
「ふう……話しちゃったわ」
永原先生が肩の荷が降りたという表情で話す。
「会長に、そんな秘密があったんですね」
「驚きだわ」
比良さんと余呉さんも、やっぱりこの秘密については知らされていなかったのか、大きく動揺している。
「いや驚いたぜ永原先生、俺はてっきり、恋をしたのは徳川家綱だけかと思っていたぜ」
蓬莱教授も落ち着いた表情に反して驚いていたと話す。
確かに、以前の蓬莱教授の推論では、真田信之にまで恋をしたことまでは突き止めきれていなかったものね。
「あはは、蓬莱先生も、まさか90歳近いご老体に恋してるとまでは思っても見なかったのね」
さすがに蓬莱教授であっても、そりゃあそこまでは思いつかないわよ。
「……当たり前だ。まあ、90歳と10代の年齢差など、時期に意味のないものになるがな」
蓬莱教授が自信たっぷりの表情で答える。
さすがにそれはないんじゃないかと思うけど、まあ今は勢いが重要だものね。
「それにしてもどうして永原会長はこのことを? 墓場まで持っていくって」
あたしが疑問に思って話す。
「ああうん、やっぱりこれから時代が変わる事も考えて……いつまでも重荷として背負うのではなく……話してしまえば、楽になるかなと思いまして」
おそらく、永原先生も恋愛に対して憧れがあるんだと思う。
だからこうして、周囲にもこの話を話すことにしたのね。
最も、永原先生がまだ世間に話し切れていないことがまだ1つある。
それは戦時中に天皇陛下を裏切ったこと。これとばかりは、やはり事が事なので、おいそれと話せるものではないと思うわ。
「さあ、では歓談の時間と致しますので、皆さんグラスを持って乾杯をしましょう」
「おっと、俺達が先導しねえと示しがつかねえぞ」
「はい」
司会の人の放送と蓬莱教授の号令に、あたしたちは既に飲み物が注がれていたグラスを取る。
いけないいけない、あたしたちがボーッとしてたら気まずくなっちゃうわね。
「かんぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」
チン、チン、チン……
浩介くん、蓬莱教授、永原先生など、近くのテーブルの人と乾杯をする。
そしてあたしたちはテーブルの垣根を超えて顔も見たことのない社員たちとも乾杯をする。
テーブルのあちこちから、「ちん」というグラス同士の当たる音が会場内に響いた。
いよいよ本格的に忘年会が、始まった。忘年会の日程は完全に実行委員任せになっている。
さて、この先のプログラムはどうなっているかしら?