永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「さて、ご飯を取りに行くか」
「ええ」
あたしと浩介くんは、椅子から立ち上がって、夕食を取る。
今回はバイキング形式になっていて、社員全員で平等に並んでいるので、あたしたちも行列の最後尾に行く。
社員たちはみんな、思い思いに雑談に講じていて、社内のいい雰囲気がこちらにも伝わってくる。
ちなみにこの忘年会は、参加費は無料で、あたしたち蓬莱カンパニーが負担をしている。
まあ、顧客1人分の単価にも満たない経費だし、会費を取ると参加率が悪くなるということで、またこの後に行われる企画でも、事前に希望者を募る形にしてある。
各上司や同僚たちにも、こうしたものに参加しなかった社員に対して悪いい印象を持たないように通達してある。
「優子ちゃん、次」
「あ、うん」
いつの間にか進んでいた行列に気付かず、浩介くんに促されてあたしはトレイのお盆とお皿を取る。
前の方を見ると、お寿司とかお肉とかが、山盛りに盛られているみたいね。
他にも、ジュースやお酒といった飲み物も充実していて、更にうどんそばラーメンは作りたてを食べられるみたいだわ。
取りすぎに注意しつつ、あたしも食材を取っていく。
デザートはまだ並んでないので、それも含めて考えていかないといけないわね。
「ふう、いただきます」
「いただきます」
あたしたちはテーブルに戻り、まずはご飯を食べることにした。
お肉にお寿司にフライドポテト、どれも宴会場のバイキング相応だけど、社員たちの賑やかな様子が、いい調味料になっている。
よく見ると席には余呉さんだけ不在で、各テーブルを回っているのが見えた。
役員たちの巡回は、もちろん部下たちに挨拶するのもあるけれど、それ以上に孤立している社員がいないかどうか、話の輪に置いていかれている社員がいないかどうかを見るのも大事な作業になる。
とにかく社内機密の保持が重要な会社なので、社内の人間関係については特に注意をしないといけない。
かといって、あんまりにガチガチに監視させすぎちゃうと、「待遇面ではいいけど、あまりに窮屈すぎる」という評判にもなりかねない。
ただでさえ、相互監視を多用している会社だし。
まあ、窮屈なほど秩序がよくなるというのも、永原先生の話だけれどもね。
……あたしも、これを食べ終わったらきちんと常務の役目を果たさないといけないわね。
「じゃあ俺、挨拶回りに行ってくる」
「うん」
先に食べ終わった浩介くんが席を立ち、社員さんたちの元へと向かっていった。
歓談の時間はまだたくさんあって、役員が集まるこのテーブルにも、何人かの社員さんたちが声をかけてきている。
「あの、篠原常務」
少し食べ終わって一息ついていると、1人の女性社員があたしに話しかけてきた。
「あら? どうしたのかしら?」
あたしが振り返ると、よく知らない人だった。
同じ会社と言っても、やはり社員全員の顔を覚えているわけではないもの。
「その……男子にモテるにはどうしたらいいと思います?」
どうやら、男性受けが悪いのを気にしているらしいわね。
よし、あたしからアドバイスをしてあげよう。
「うーん、まず変な意地を持たないことよ。言葉遣いとか、態度とかね」
「えっと……つまり?」
女性社員は、まだ要領をつかめていないみたいね。
ふふ、TS病患者のこういうアドバンテージは、蓬莱の薬が普及しても変わらないわね。
「いい? ぶりっ子が一番男受けがいいのよ。言葉遣いもきちんと女の子らしくして、テレビでやっているアイドルみたいな態度を取ると、とってもモテるわよ。それから、変顔とかプリクラとかで猫顔にしたりとか、男受け最悪だから絶対やったらダメよ」
とにかく外見は自然なままの美人こそ、一番男に受ける。自信のある女の子は、そういったことはしないもの。
逆に性格といった内面は、徹底的にか弱いぶりっ子になるべきなのが男にもてるコツなのよ。康介くんだってか弱いあたしのことを守ってあげたくなるくらいに好きだし、あたしも、そんなかっこいい浩介くんが大好きだもの。
「えー、でもそれだと女性社員に嫌われ──」
「だーめだーめ! それを気にするのが一番ダメなのよ」
予想通りの反論に、あたしはきちんと強調する。
そう、ここで吹っ切れるかが大事な所なのよね。
「え、でも……嫌われたくない……」
そう、結局一歩を踏み込めないのは、「女性に嫌われる」という謎の不安感から。
女の子になって10年近く経った今でも、レズビアンでもない生まれつきの女の子が何故女性受けを気にして男子からモテず、その事で悩むのかあたしは理解できないわ。
「ふー、お馴染みのパターンね。私には、どうしてそんなことを気にするのか理解できないけれども」
お義母さんともその事を何度も討論したけれど、やっぱりその辺りは、TS病の女の子には、それこそ永原先生並みに生きても決して分からない「何か」があるのかもしれないわね。
協会も基本的には「女子会」だけど、この辺りの感性を理解できる人は、永原先生を含め誰もいなさそうなのは確かで、逆に言えばあたしたちと生粋の女の子で、どうしても埋めきれない「差」なのかもしれないわ。
「いい? あなたにレズビアンの傾向があるというなら話は別よ。でも、男子にモテたいんでしょ? 例え周囲の女性全員に嫌われても、あなたが男性に好かれているなら、女の子は幸せになれるのよ」
「あ、あの……常務はどうしてそんなに割りきれるんですか?」
女性社員の方があたしを不思議そうに見つめてくる。
「……逆に聞きたいわ。あなたはどうしてそんなに贅沢なのよ? 二兎を追う者は一兎も得ずよ。同姓に嫌われることへの辛さなんて、異性に好かれる嬉しさで簡単に吹き飛んじゃうし、むしろ『モテないから僻んでいる』とか『努力してないのに無い物ねだりしている』と思えば快感でさえあるのよ。いい? 彼氏や旦那が出来たら、女友達よりも必ず彼氏旦那を優先しなさい。何か文句言ってきたら『あたしはレズじゃない』って言えばいいわよ」
結婚した今だって、あたしは浩介くんに好かれるため、全力で男受けを追求している。
あたしの中には、男として歩んだ16年間の「知識」がある。
もちろん、浩介くん以外の男子にも未だにモテてるけど、それもまた、浩介くんの嫉妬を引き出すことで更に親密度を深める要因になる。
そう、女性に嫌われることが、むしろ気持ちよく思える。
そこまで徹底して男性に好かれるようになれば、後は結婚まで一直線だったりする。
「そ、そうなのね……」
「ええ、あたしくらいに美人じゃなくても、男子受けをきちんと考える女の子なら、ちゃんと『性格がよくてかわいい子』に見えるわよ。大丈夫よ、男って単純なのよ。あたしはTS病だからその辺はよく分かるわ」
ぶりっ子には気付かないし、気付いても結局本能が勝つのが男の性質だったりする。
だからこそ、ぶりっ子になることを恐れちゃいけないのよね。
「でも、男の前だけで態度変わるのってよくないような気もするけど」
「気にしちゃダメよ。あなたも女性なら、男性の前なら、態度を変えた方がいいわよ。陰口なんて気にしちゃダメよ。そういうのは『努力しないブスの僻み』何だから、低レベルに合わせちゃダメよ」
あたしが更に、背中を押すように言う。
「……はい。ありがとうござました」
女性社員が去っていく。
これでもう大丈夫。
同姓、特にモテない同姓同士でつるむと、女から見たかわいいと男から見たかわいいのずれから、どんどん悪循環に陥っちゃうことも多いものね。
「ねえねえ、常務のアドバイス聞いた?」
「うんうん、あそこまで割りきれるのって、本当に尊敬するよ」
「あーあ、やっぱり常務くらいの美人だと、苦労しないんだろうなあ……」
「いやいや、常務レベルで美人で胸が大きいと逆に悩み大きいでしょ? 絶対男とかに言い寄られまくってるって」
「でも常務にとってはそれが快感なんでしょ? そりゃあ私だって、ぶっちゃけ男にちやほやされたいとは思うけどさー」
「いいよねー常務は本能に忠実で」
あたしたちの会話を聞いていた、隣のテーブルの女性社員たちが盛り上がっている。それにしても近くにあたしがいる場所でよく噂話できるわね。
まあせっかくの忘年会なんだし、今は特になにもしなくていいわね。
「……ふう」
お皿に盛った食べ物を全て食べ終わり、あたしも椅子から立ち上がって忘年会の様子を見て回ることにした。
今はほぼ中途採用の社員で占められているけど、来年度からは、本格的に新卒社員の採用に入ることになっている。
人事部の採用課によれば、あたしたちの企業はかなりの人気を誇っているものの、「待遇はよく、ハラスメントなどもないが、機密に関しては極めて監視体制がきつい。実際に勤めていれば『この会社に逆らってはいけない』ことを身に沁みて分かる」という評判で、一部の学生からは敬遠もされている。
まあ、野心的な人間は役員以外この会社には必要ないし、その辺りはきちんと負の面も認識してもらった方が、こちらとしてもありがたいわね。
「お疲れさまー」
「あ、常務お疲れ様です」
あたしは、先程噂話をしていた女性社員たちのテーブルへと向かう。
あたしの突然の登場にも、彼女たちは動じていない。
「ふふ、どんな話してたのかしら?」
さっきのあたしについての話についてはあえて話題には出さない。
「あーうん、今流行ってるファッションスタイルがね、これなんですよ」
そう言うと、女性社員がファッション雑誌を見せてくる。
どうやら「流行ファッションで彼氏の心を掴め」とあるらしい。
「うーん、悪くはないわよ」
女の子になったばかりの頃に読んでいた女性誌と比べると、かなり男性受けが追求されていて、素直にとてもいいと思った。
落ち着いた感じで膝が隠れる程度のスカート丈のワンピースで、これが色が白なら、今のあたしの服装に近い。
「え!? 本当ですか?」
「ええ、ただし、男子受けと彼氏や旦那受けはまた違うから注意してね。あたしが今着ているこの服は、彼氏受けにも男子受けにもいいけど……もしこの服でデートするなら、彼氏と2人きりになった時に、露出度とエロさを極限まで高めた服と併用すると、効果抜群よ」
「へー、どうしてですか!?」
女性社員たちが、興味津々であたしの話に耳を傾けてくる。
ふふ、何だか、小谷学園の頃を思い出すわね。
あの頃もそう、龍香ちゃんや桂子ちゃんといったクラスの女子たちに「モテる秘訣」を伝授してたっけ?
「外では落ち着いた格好でガードを固くして、でも自分だけには無防備な姿を見せる……彼氏や旦那には、独占欲がとっても満たされるのよ。いい? 男は単純な生き物よ。狙って狙いすぎることはないわ。あなたたちも彼氏や旦那がいたら、そのようにしてみてね」
「はい」
女性社員たちもあたしがTS病だということは知っているので、やはりそのあたりの説得力は女の子になって何年経っても健在だった。
「じゃああたし、他のテーブルも回るわね」
そう言ってあたしは立ち上がり、次のテーブルを目指す。
テーブルの数はとても多いので、全部を回りきることは不可能だと思う。
「お疲れさまー」
「あ、常務お疲れ様です!」
次に来たのは男性社員の多いテーブルで、もしかしたら浩介くん嫉妬しちゃうかな?
ともあれ、ここは支店を出している各SVたちのテーブルで、言うなれば余呉さんの部下たちでもある。
「支店の方、聞いているわ。順調みたいでよかったわ」
「ええですが、遅れている地方もあります」
おそらく、その遅れている地方のSVと思われる人があたしに現状を報告してくれる。
うーん、遅れていると言っても大したことはなくて、あくまでも相対的に遅れているってだけなんだけど。
「そう? でも会社としてはこれでもかなり進んでいるから、無理をしちゃダメよ。最初は薬販売まで3年かかる見込みだったのよ」
「へー、そうなんですか。いやはや知りませんでした」
黎明期の事情を知る社員は今や少ない。
というより、発足時から居るのはあたしたちと蓬莱教授、そして永原先生と比良さん余呉さんくらいだものね。
「慌ててしまって大きな失敗をしてしまうよりはよっぽどいいわ。すぐに欲しい人なら、ちゃんと遠くまで足を運ぶと思いますから」
あたしが、各SVにそう話す。
もちろん、余呉さんがどう出るかは分からないけど。
「分かりました。余呉さんにも伝えておきます」
「ええ、お願いするわ……じゃあ他のテーブルに行くわね」
「「「いってらっしゃいませー」」」
ともあれ、常務のあたしがあまり口を出しすぎちゃうと、もし余呉さんと言っていることが違った時に板挟みになりかねないから、慎重に発言した方がいいわね。
うー、改めて責任のある立場よねあたし。
「お疲れさまー」
「わっ、これは常務! お疲れ様です!」
こちらは主に工場勤めの社員さんの集まりで、あたしとはあまり接点がない。
工場勤めといっても、かなり待遇はよく、熟練した人も多いので、年齢はほぼあたしより10歳位年上の人が多い。
「あら? みんなあたしが常務だって知っているのね。旦那の社長の顔くらいだと思ってたわ」
あえてあたしが、意地悪を言ってみる。
「いやいやいや、常務はもう世界的にも有名人でしょう? 今海外の雑誌でも、蓬莱カンパニーは注目されているんですよ」
「あら? そうなのね。まあいいわ。機械の調子はどうかしら?」
「ええ、今の所は問題ありません!!!」
社員さんが大きな声で話す。
うーん、そういうのはちょっと苦手なのよね。
「そう? メンテナンスは怠らないでね。あ、あと、あんまり大きな声で話さなくても聞こえるわよ」
「わ、分かりました」
普通の話し声に戻ると、あたしはここにも別れを告げて、次のテーブルに向かおうとする。
「お、優子ちゃん」
浩介くんと鉢合わせになったわね。
「あらあなた、奇遇だわ」
お互い全く狙ったわけではないけど、浩介くんと目が合ったのでこちらへと向かった。
浩介くんの片手には、ジュースの入ったコップが設けられている。
「ジュースっておいしいわよね」
「ああ、酒なんかよりもよっぽどいいよな」
蓬莱カンパニーでは、お酒を飲む社員が少ない。
それは、蓬莱の薬を飲んだ顧客に対して、あたしたち協会が行っている「安全講習」と全く同じ内容のことを教えているから。
そこの安全講習では、TS病患者にとって、酒はタバコよりも有害だということを教わることになる。
それは長期的な健康への有害性ではなく、酔っぱらうことによる「注意力散漫」が事故を引き起こす危険性を格段に高めるから。
タバコも有害には違いないが、TS病患者の修正力からすれば、実は長期的には無害でさえある。ニコチンにしてもアルコールにしても、TS病の耐性の場合なら、よっぽどの摂取でない限りは依存症にならないことが分かっている。
もちろん、覚醒剤などのレベルになれば、TS病の遺伝子でも耐えきれないので、絶対に使用はしてはならない。
これらの内容は機密でも何でもなく、むしろこちらは世間にどんどん広めていきたいものなので、むしろ漏洩を推奨さえしている。
まあ、こういうのを設けておけば、意外にもガス抜きになるのが強いわよね。
「浩介くん、テーブルの方はどうかしら?」
「あーテーブルというよりも、結構道中道中で声をかけられてるよ」
浩介くんがやや苦笑い気味に話す。
まあ、社長とは言ってもまだ若い会社だからね。
「あらそうなのね。あたしは特にそういうことはないかな?」
「あーうん、優子ちゃんはほら、俺がいるじゃない? 男性社員は声かけにくいって」
「あはは、そうだったわね……」
男なら、男の嫉妬をよく知っている。
あたしの場合、単に会社の常務取締役というだけではなく、社長夫人でもある。
男性社員がそんな人に声をかけたら、社長にどんな報復をされるか分かったものじゃないと警戒するのも当然だった。
「俺も、女性社員は誰も声をかけようとはしねえしな。まあ、そんなもんだろ?」
「あーうん、そうよね。あたしも嫉妬深いと言えば嫉妬深いし」
愛するが故の嫉妬だけど、外野から見れば「触らぬ神に祟りなし」となるのは当然だ。
実の所を言うと、あたしが嫉妬しても浩介くんが嫉妬しても、後ですることは同じなんだけどね。
「そうそう、もし更に人が増えて多忙になったら秘書が必要になると思うんだけど」
「あーうん、男性限定で求人出して。理由欄に、『妻が大変嫉妬深いため』って書けば大丈夫よ」
つまり、女性であるあたしが浩介くんに対して圧力をかけたという形にしておけば問題はない。
そう理由に書いておけば、よっぽど頭おかしい人じゃない限り、求人に出そうとは思わない。
それに、蓬莱カンパニーに逆らうとどういうことになるかは、日本人なら皆知っているはずだものね。
「あはははは……うん、そうしてみるよ」
どっちにしても、あたしが嫉妬するということにしておけば、世間から非難を浴びるにしても、あたし個人に浴びせられるだけで済む。
「いやいや篠原さん。それじゃあ甘いわよ」
あたしたちが話している横から、よく見知った声が聞こえてきた。
あたしが振り返り、浩介くんがあたしの向こう側に視線を移す。
そこに立っていたのは、永原先生だった。