永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「あら、篠原さんお帰りなさい」
「あらあら、相変わらず篠原さんも甘いものが好きなんですね」
比良さんは、自分のトレイにあるデザートの多さを棚にあげて、あたしの甘いもの好きについて触れる。
「えへへ、何てったってあたし、女の子だもん」
男だった頃から、甘いものは嫌いじゃなかったけど、女の子になってから、とにかく甘いものに目がなくなった。
それは永原先生や比良さん、そして余呉さんも同じだった。
特に余呉さんは、台の中央にあった砂糖をまぶして更に糖度をあげている。
TS病なので、よほどのことをしない限りは糖尿病にはならない。
そういうこともあって、あたしは「TS病になって女の子になると、味覚も甘党になる」と思っている。
実際、女性誌でもスイーツはよく特集されるし、小谷学園や佐和山大学の女子たちの話題も、スイーツ多いものね。
「ふー、これを振りかけると甘いわよ」
余呉さんが、あたしにぐいっと薦めてくる。
うー、誘惑がとんでもないわ。
「うーん、じゃあ少しだけ」
「はい」
もちろん、あたしは男の頃から砂糖と塩の区別はついている。
もちろん、この白いのが砂糖そのものなのは分かる。
「優子ちゃん、それかけるの?」
「ええもちろん」
といっても、ちょっとだけだけど。
あたしは意を決してショートケーキの上から砂糖をまぶして見る。
「んー」
ダメ、ヨダレが出ちゃいそうだわ。
はしたないから我慢しないと、女子力落ちちゃうわ。
「美味しそうねえ……」
永原先生も、目をキラキラと輝かせている。
女の子の甘いもの好きは有名で、あたしたちは特にその傾向にある。
だからこうしてスイーツに砂糖がまぶされているのを見ると、もうたまらないわ。
「あーんっ……はうう、美味しいわー!」
口の中に広がるスイーツの甘味に、まぶされた純粋な砂糖がよくアクセントになっていて、甘いものに甘さが加わったその美味しさを引き出している。
口の中がとろけるように響き、幸せに包まれていく。
余呉さん、美味しい食べ方ありがとう。
「ふふ、篠原さん気に入ってもらえたかしら?」
「はい、とっても美味しいです!」
とにかくこの甘さがたまらないわ。
「幸せそうに食べている優子ちゃんっていいよなあー」
浩介くんが、ボソッと呟いた。
幸せそうな女の子はかわいいって言うけど、それが自分の妻ならなおのことよね。
「えへへ、甘いものだーいすき」
「やっぱり、女子って甘いもの好きだよなあー」
浩介くんが、あたしたちの甘いもの好きを見てそう漏らした。
あたしも永原先生も、そして比良さんも余呉さんも大の甘党で、幸子さんと歩美さんも甘いものが大好きなのよね。
もしかしたら、TS病の特徴なのかも?
「うんうん、甘いものに精通してると、何だか女子力高いって感じかしら?」
「そうねえ、確かに女性誌でもよく特集しているものね」
比良さんは、女性誌を愛読しているらしい。
あたしたちはどれだけ女の子になりきっても、元々男だったという事実は消えない。
もちろん、TS病ということで、「これは男受けしない」とか、そういった選別もお手のものだから、悪いことばかりじゃないけどね。
比良さんは、小さなチョコレートケーキを、半分食べる。
同じ量のケーキを、浩介くんが豪快に1口で食べ、あたしは3回に分けてゆっくりと味わう。
「チョコレート美味しいわー」
「うん、やっぱりこういうの作れる人って珍しいよなあ」
確かに、パティシエの人ってすごいと思う。
お菓子作りと言えば、あたしにとってはバレンタインデーの手作りチョコレートがあって、バレンタインデーは今でも毎年、浩介くんが美味しそうに手作りチョコレートを食べている。
楽しい時間はいつかは終わってしまうもので、よく見るとあたしの目の前からデザートが全て消えていた。
全部、食べつくしちゃったみたいだわ。
「ふうーごちそうさまでしたー」
「お粗末様でした。これからどうしようかしら?」
この後は、将来への抱負と称して、浩介くんが具体的な目標や、企業の業績を語ることになっている。
これ自体は、最初の挨拶でもあたしたちがちょっと触れたけど、今度は比較的具体的に、新規部の立ち上げや、また来るべき海外進出について触れ、また来賓の人たちの挨拶もある。
「とりあえず、会場の外に行ってみようぜ」
「あ、うん」
今日ここでの宴会は、この時間はあたしたちだけが使用中というわけではないけど、一番広いスペースを借りているのは事実。
もしかしたら、他の会社の人と、耳よりな話が出来るかもしれないし、あたしたち役員にとっては、それも重要な仕事でもある。
あたしたちは並んで歩き、会場の扉を開けて外に出る。
ちなみに、この扉から出る人は、主にトイレ目的の人も多い。
扉の向こうの人はまばらで、会場内の喧騒感から少し静けさも感じている。
こういう一歩引いた感じの、落ち着いた雰囲気が好きな人も大勢いそうだ。
「何だか幻想的ね」
この雰囲気、あたしには同じ建物の、それも近くとはとても思えなかった。
「だなあ」
廊下には、名前の知らない画家による、何とも言えない絵画が揃っていて、だけど恐らく、鑑定したら高い値段がつきそうなことだけは確かだった。
廊下にある椅子とテーブルには、4人が座りながら雑談をしていて、完全に静かという訳でもなく、独特の空間を醸し出していた。
「あ、社長! それに常務まで! お疲れ様です!」
あたしたちを発見した4人が一斉に立ち上がると、笑顔で軽く頭を下げてきてくれた。
あたしたちに対して、ある種の畏怖心を持つ社員さんも多いけど、きちんと機密を守れば、何ら恐ろしい存在ではないことも事実だった。
ちょっと老けなくて、蓬莱教授の研究に貢献しただけの、「普通の」20代の男女だと分かる。
「はい、お疲れ様です。ここは静かね」
「はい、中の騒ぎからは、少し離れるのもいいですよ」
窓の向こうには、東京の夜景が広がっていた。
聞くところに寄ると4人は会社以前に知り合った友人同士で、たまたまこの蓬莱カンパニーで再会できたという。
「すごい偶然もあったものね」
「俺たちはみんな転職組でして、前の会社にも恨みはないんですが、やっぱりここの魅力は強いんですよ。それどころか、前の会社にも配慮してくださって、前の会社の人も、『蓬莱カンパニーはまるで仏のような会社だ』と言ってましたよ」
あたしたちは、人材を引き抜く時には、なるべく引き抜き元の会社に配慮するようにしている。
マーケティングにおいても、フリーランスの勧誘だけでは人は足りず、他社の広告事業部から社員を引き抜く時にも、こちらが人員不足のうちは、補填の意味合いも込めて、予め交換条件のように引き抜き元の会社に広告作成を依頼したし、またそうした関係が難しい場合、蓬莱カンパニーが引き抜き元の会社の株を、経営権などに影響しない程度に買い支えたりもしている。
恐らく、世間一般にこの話が広まれば、「そんな必要はない」という人も多いだろうし、「癒着」だという指摘も出てくるだろう。
幸いなことに、蓬莱カンパニーには「競争相手」が存在しないばかりか、それに対して直接的・間接的な法的保護もある上に、逆らう勢力に対しては容赦のない制裁措置も待っている。
つまり、引き抜く会社と対立しても、全くの別業種なのでこちらにもメリットはないし、強権的なことをしている以上、「こちらから損害を与える」ということはしてはならないし、人員集めのようなやむを得ない場合でも、こうした手厚いことをすれば、巡りめぐって業界の噂になり、抵抗勢力もいなくなってくる。
「ふふ、それは良かったわ」
飴と鞭、とはよく言ったものだけど、鞭は今の所は殆ど見せかけだった。
まだこの会社が存在しなかった頃に、蓬莱教授がマスコミ相手に脅しをかけた位だった。
「それじゃあ、俺たちはこっちに行くから」
「はい、いってらっしゃいませ」
あたしたちは、廊下の中でも少し柱の影になっている所に2つの椅子を見つけ、そこに腰かける。
「今後は、法務部も必要になるな。今は支持者ばかりだからいいが、いずれトラブルは起こり得るからな」
浩介くんが椅子に座ると、開口一番に法務部のことを話した。
頭の狂った人間が、蓬莱カンパニーの制裁措置に対して、訴訟を起こす可能性がある。
その対抗措置だったり、あるいはあたしたちの特許権を侵害したり、蓬莱カンパニーを名乗る詐欺グループが出現することも考えられる。
最も、連座制の制裁措置がある中で、どこまでそれをする人間が現れるかは分からないが、世界にこれだけの人口がいれば、視野が極度に狭く、無謀な反逆者はどうしても出てきてしまうだろう。
「ええ」
そこで必要になってくるのは法務部だ。
訴訟に関しては、曲がりなりにも弁護士や裁判官と呼ばれる人々ならば、自ら進んで蓬莱カンパニーに逆らう人はいないと思うけど、今は「本人訴訟」というものが存在する。
国としては訴状を受け取ったら裁判を開かざるを得ないから、取り下げさせるのは得策ではない。
そこで、優秀な弁護士を顧問として雇う必要が出てくるわけだけど──
「弁護士と言っても、一人一人得意分野が違うんだ。例えば不動産とか相続とか、離婚トラブルに詳しい弁護士もいれば、あるいはインターネット問題だったり、刑事事件だったり、あるいは税金関係に詳しい弁護士だったりするんだ」
ということは、あたしたちは1人の弁護士ではなく、複数の専門分野を持ったかなり多くの弁護士が必要になってくるわね。
でも税金ってどういうことかしら?
「あれ? 税金に詳しい弁護士なんているの? 税金と言えば税理士じゃないかしら?」
あたしが首を捻りながら疑問点を述べる。
「もちろんその通りだよ。ただ、実態はともかく、司法試験の内容を考えれば、『弁護士は法律の万能選手』と言われているから、弁護士は弁護士の資格があればそのまま税理士の仕事も出来るんだって」
「知らなかったわ」
とはいえ、それはあくまでも国家資格上の話なので、法的には可能でも、やはり税金問題に詳しい弁護士か、あるいはもっと確実に税理士を頼る方がいいという。
浩介くんによれば、他にも「司法書士」「行政書士」などと言った職業も、弁護士から見れば下位互換に当たるらしい。
「弁護士ってすごいわね」
まさに文字通り、あらゆる領域に対応できるプロということになる。
弁護士の職域範囲は広く、またなれる人も超がつくエリートの一握り。
現実問題として司法試験は非常に大きな大きな難関なので、一部の仕事に特化した下位資格を設けて人手不足を補っているそうだ。
とはいえ、一時期は弁護士の数も「多すぎ」という問題はあったらしく、実際こんな超エリートとは思えないくらいに無能な弁護士もいて、30代の時に炎上して、50歳近くなった今でも未だにインターネットでいじられ続けている人もいるらしい。
さっきまでの話を聞くと、どうして「無能弁護士」が存在するのかわからないくらい、弁護士ってすごそうなのにね。
「うちの法務部は最強にしたい。ただ単に弁護士を揃えるだけじゃダメだと思っている」
浩介くんが熱意を込めて言う。
あたしには、もう少し詳しく説明してほしい。
「?」
「いいかい優子ちゃん、俺が考えている『最強の法務部』というのは、ただ単に法的知識とか、法廷術がすごいというものじゃない。つまり、蓬莱さんや俺たちが会社創設前にしたように、政府に働きかけて法的制度そのものを変えてしまうのさ」
浩介くんが考えていたのは、もっと踏み込んだことだったつまり、自分達に都合のよいルールに、ルールそのものを変えてしまうことこそ、最強なのだという。
何だろう、あたしは何だかそれって、よくないことに思えるけど。
まあ、あたしもあたしで、そういう規制の恩恵を受けているわけだし、あまり言っちゃいけないのかもしれないわね。
「もちろん、ルールを変えるのは最小現にしなきゃならんが、『そういう力を持っている』ことを世間に誇示するだけで、十分すぎる抑止力になるんだ」
浩介くんが言うには、強力なカードというのは、見せるだけにするのが理想で、実際に使用するのは、最小現にしなければならないという。
それにはあたしも賛成だけど、より踏み込んで、力を見せつけるのも、なるべく少なくした方がいいのではないかと考えている。
あたしが思うに、恐怖による支配は、結局国力を削ぐので長期的にはマイナスに働くのではないかとあたしは思っている。
「それも優子ちゃんらしい考えだけど、誇示することが少なすぎると、今度は舐めてかかる人間が増えて、かえって炎上しやすいんだ。まあつまり、反対者を生まないためには『生かさず殺さず』じゃなくて、普段は伸び伸びと生かした上で、一線を越えそうになったら殺しにかかり、それでも引かなければ全力で殺す必要があるんだ。これは日本だけではなくて、世界に売るときもそうしたいと思っている」
浩介くんは、既に蓬莱カンパニーにおける全国展開が、一通り終わった後のことを考えている。
世界各国に進出する歳にも、恐らく待ち焦がれた世界が取る行動は何通りかある。
つまり、「素直に蓬莱カンパニーに従う」か、あるいは「俺たちの国に技術などを開示しろ」と言ってくるか?
今の浩介くんの構想では、日本に今ある法律と同じ法律を作り、それを実行する国にのみ、薬を売るということにしている。
蓬莱カンパニーの規模を考えれば、実際には日本の会社だけでも十分すぎるくらい巨大な会社になれるので、特定の国が従わないならば、普通にその国に売らなければいいだけになる。
そうなれば当然、その国はいずれ最貧国に落ちぶれることになる訳だから、やはり蓬莱カンパニーに逆らう国は現れないだろう。
逆ギレして日本政府に難癖をつけても、当然100年後の軍事力は今とは隔世の感があるだろうし。
「ええ、そうね……賛成するわ」
「おや? 優子ちゃんはそれでいいのかい? てっきり異論があると思ったけど」
浩介くんは、てっきりあたしが異議を唱えてくると思ったらしく、ちょっと不思議そうな顔であたしを見つめてきた。
「あなたが社長だもの。あたしは、全力でサポートするだけだわ……っていうとよくないかしら? イエスマンはいらない何て言うけど別に反対すればいいって訳でもないでしょ?」
「それもそうだな」
何事もバランスだとはよく言うけど、それこそまさに「言うは易し行うは難し」の典型的な例だと思う。
「ま、こんなところでいいだろう」
「うん」
浩介くんが突然あたりをキョロキョロと見渡し始めた。
ここは柱の影で、会場の出口からは見えないようになっている。
すっ……もみゅっ
「きゃ!」
浩介くんが手を伸ばし、あたしの胸がいやらしくまさぐられる。
胸を揉まれるのは何度もあるけど、あたしはもちろん慣れてしまう何てことはない。
それどころか、あたしの中で興奮がますます高まっていくことさえ感じてしまう。
「もう、あなたったらー、えっちなんだからあー」
「うぐっ、だって好きな女の子のこんなエロいおっぱいを間近で見たら、理性保つの大変なんだって」
浩介くん、本当に男の子よね。
まあ、あたしも優一だった頃の性欲は高めだったし、浩介くん蓬莱の薬飲んでるからいくつになってもこの調子よね。
うん、他の女に手を出させないためにも、しっかり妻の役目を果たさなきゃいけないんだけど、今はもう少しだけ、我慢して欲しい。
「ほら、誰か来たら大変よ。家に帰ったら、ゆっくりしましょう」
「あ、ああ……」
浩介くんが、名残惜しそうな様子で、手を離してくれる。
さて、歓談の時間はまだあるから、もう少し休んだらテーブルへ戻ろうかしら?