永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
永原先生とともに、職員室に向かう。すれ違う生徒たちも、私達の話でもちきりだ。
「今回は、ちょっと助っ人を呼んでもらったわ」
「え? 助っ人?」
「うん、お昼を食べてからっていうのも、その人のスケジュールに合わせてなのよ」
「助っ人って一体……?」
「まあ、来てのお楽しみよ」
「う、うん……」
そんなこんなで職員室の前に来る。
でも助っ人の姿は見当たらない。
「ねえ、まだ来てないみたいですけど」
「大丈夫よ、待機してもらってるから」
「……そ、そう……」
私の不安をよそに、永原先生は一旦職員室に入ると教頭先生が居ないことを確認する。
「教頭先生は職員室には居ないみたいね」
「で、でも来てくれるの?」
「ええ、石山さんのことで話したい事があるとは伝えてあるわ。約束の時間までもう少しよ」
「……おや、永原先生、私に用事があるということのようだが……林間学校の部屋割りなら変えないですよ」
教頭先生がトイレから現れた。私もチラッとしか見たことがない。
「教頭先生、そうは問屋が卸さないのですよ。石山さんは、女性としての扱いを望んでます。クラスの皆さんも同じです」
「……やはり君は青い。青二才と言ってもいい。生徒の要望を聞いてあげるのはとてもいいことだしかし! それだけで済む問題ではない」
「うふふっ、この私に青いですって。あなたは果たして、何年生まれなのかしら?」
「……昭和35年だが、何故永原先生がそんなことを聞く!?」
「待ったああああああああああああああ!!!!!!!!」
「「「!!!!」」」
突然大きな声が耳をつんざく。
すると誰かがこっちに走ってきた。
「し、篠原くん……」
「はぁ……はぁ……」
篠原くんが息を切らしている。
「し、篠原君……どうしたのそんなに走り込んで?」
永原先生も驚いている。助っ人ではないということか。
「おや、そんなに慌ててどうしたんですかな? 私に何か用ですか?」
「教頭先生……俺から……俺からもお願いします! 石山……石山優子ちゃんを……女子の部屋に入れて下さい!」
そう言うと篠原くんは一枚の紙を取り出してきた。
「何だねこれは?」
私と永原先生もそれを見る。
そこには「優子ちゃんの部屋割りの請願書」と書いてある。
そこに見ると、私の名前を除くクラス全員の名前が書いてある。でも、今日欠席の子も居たはず。
「この署名、どうやって?」
「俺、あれから考えて……クラスのみんなに署名して回ったんだ。やっぱり、こんな扱いはおかしいって……俺が、俺が言えた義理じゃねえけど、せめてこれくらいしねえと、償いにならないと思ったんだ!」
「し……篠原くん……うっ……」
また涙ぐむ、教頭先生の前だけど……でも、私のためにしてくれたことの嬉しさが勝った。
「……泣くなよ。俺はただ、高月と、クラスの男子にも、署名に加わるように説得しただけなんだ。女子はみんな快く引き受けてくれたし」
「……ううん、ありがとう。私のために……うっ、本当に……」
「残念だが……そうも行かないんだよ!」
「教頭先生!?」
しかし、教頭先生は無慈悲だった。
「これは保護者や林間学校のクレームにも関わることだ」
「この……ふざけんな!」
「篠原くん!?」
篠原くんが教頭先生の胸ぐらをつかむ。私は驚きのあまり動けない。
「何がクレームだ! クラスのみんなは、誰も嫌な思いしてねえんだぞ! てめえのわがままで、優子ちゃんを傷つける権利なんかねえんだよ!」
「俺が嫌な思いするから。君たちが嫌な思いしてないからそれでいいということではない!」
「このお……! 言っても分からねえなら! こうしてやる!」
「! 篠原くん止めなさい!」
篠原くんが、教頭先生を殴ろうとした所をすんでのところで永原先生が止める。
「な、永原先生! 離してくれ! このクズは……この偽善者は……殴らねえと……殺されねえと分かんねんだ!」
「落ち着いて、私に策があるから。大丈夫よ。この男はもう私の罠にかかってるわ!」
篠原くんは教頭先生の胸ぐらを離した。
「命拾いしたな、篠原君。しかし、永原先生、あなたに何が出来る? 新任教師の青二才にな」
「あらぁ……教頭先生、私の本当の年齢をご存じないのかしら?」
「何?」
「学校中で噂になっているでしょう? 私の本当の生まれ年のこと」
永原先生が右手で何かのサインを作る。合図だろうか?
「教頭先生……教頭先生!」
「!?」
今度は小野先生の乱入だ。小野先生が助っ人?
「どうしました小野先生?」
「教頭先生、わ、私からもお願いします。永原先生に長幼の序を持ち出しても、かか、勝ち目がありません!」
「お、小野先生までそんなことを……」
「なっ、永原先生を怒らせたら……はぁ……はぁ……永原先生は、わ、私の……わわっ、私がしょ、小学校の時のた、担任で……」
小野先生がどもりながら錯乱している。永原先生からかなり脅されたと見受けられる。気の毒に。
「何ぃ? 永原先生は……小野先生が小学生の時の担任? だったら、とっくに定年だろ! ええい、私は……俺は信じないぞ!」
永原先生が左手で何かサインを作る。まさか助っ人って二人……?
「……教頭先生、諦めるんだな」
「「「!!!???」」」
全く知らない男性の声が聞こえた、振り向くと来賓のマークを付けている中年の男がこちらに向かっていた。
「だ、誰……うぁ……あ、あなたは!」
小野先生が声を上げる。
「
教頭先生がその名前を呼ぶ。
「な、何でこんな所に蓬莱教授が!?」
篠原くんも驚く。
「ちょうど、永原先生に呼ばれたんだ。永原先生の髪の毛一本を実験のサンプルとする代わりに、どうか教頭先生に年齢を証明する実験結果の書類を届けて欲しい。とな」
「な、何だと……永原先生が戦国時代の生まれとかいう……あのたわけた話が、事実だというのか?」
「……ああ、その通りだ教頭先生。この書類を渡しとくぞ。中身は、永原先生が499年間生きているということを科学的に証明するものだ」
「……教頭先生、蓬莱先生が遺伝学で日本最高の権威たること、ゆめゆめお忘れに無いように」
「分かっとるがな! 書類を読ませろ!」
教頭先生は書類を読む。書いてある内容がわかるのかは不明だが、書類を読み進めるうち、どんどん顔色が青ざめている。
「さぁて、教頭先生……」
「な、何だ!?」
「ひっ、ひいいいいい!!!!」
永原先生が近づく。小野先生が恐怖の声を上げるとそのまま逃走してしまった。
「あなた、今までもさんざん私を青二才とか言ってくださいましたが……その言葉、そっくりそのままお返しいたしましょうか!?」
「……この青二才が! あんたはクソガキよ!」
「う、うあぁ……」
「長幼の序を重んじるなら、真っ先に永原先生の言うことを聞くべきですよねえ……」
私も追い打ちをかける。
「……それに、石山さんを男子とも女子とも隔離し、教師の部屋に入れるということは、当然、石山さんと同じ病気の私も、どこかに隔離しろということになりますよね? そこは考えたんですか? 教頭先生は、もう480年近くも女をやってるこの私が、女じゃないとでもおっしゃるつもりかしら?」
「な……な……知らん! 知らんぞ! 俺は教頭だ! 一教員の指図など受けん!」
「あら、さんざん長幼の序を言ってきたあなたが、いざ都合が悪くなると教頭の立場を言うんですね」
「……全く、見下げ果てた男だ。何をそこまで意地になる? 意地になって君に、この子に、学校に、何の得がある? そこの嬢ちゃんを隔離しろと、教育委員会から命令でも受けたのか!?」
蓬莱教授が更に煽り立てる。
「違う……これは……予防の……」
「この……見苦しいぞ教頭!」
篠原くんも怒りに震える。
「な、なんだと!? 教師に向かって――」
「はっ、論破された挙句に結局最後に頼るのは教頭というプライドだけか。何も出来ねえ凡人は、それしか誇れるものがねえもんな」
蓬莱教授が部外者にも関わらず煽りに加勢している。
一瞬それでいいのかとも思ったが、どうやら私達の味方になってくれるみたいなので、ありがたく受け取っておこう。
「な、なんだとっ……!」
「私のように歴史とともに生きて悠久の時を過ごし、それを授業に活かせることも出来ない」
「……」
「石山さんや篠原君のように過去の罪を悔いて心を入れ替える気概もない」
「ぐっ……」
「蓬莱教授のように賛否両論を巻き起こしながらも偉大な足跡も残さない」
「……教頭先生、あんたは何も出来ず、地位にしがみつくことしか能がない無能なのよ!」
永原先生が断罪する。正直気分がいい。
「こ、このお! 言わせておけば!」
この勢いに乗らない手はない!
「サイテーよ教頭先生、今すぐ辞任して!」
「なんじゃと石山!」
「はっ、てめえが教頭のままでいいと思ってるのはこの学校でてめえだけだろ!」
「そーだそーだ! やーいこの偽善者のカス教頭! 小谷学園の恥晒し!」
教頭先生に対して、私、永原先生、篠原くん、更に蓬莱教授まで加わって口喧嘩が続く。
しかし、それらは一つの声でかき消された。
「……あなたの負けですよ。教頭先生」
「!」
そこに現れたのは校長先生だった。60代のおじいさんで教頭先生より年上だ。
「こ、校長先生……」
「永原先生は、確かに500年の時を生きているんですよ。教頭先生、あなたは人生の先輩後輩を重視されているなら、この世で最も長く生きている永原先生のことを、本来なら最も尊敬するべきなのは当然の道理です」
「し、しかし校長先生……」
「永原先生は戦国時代をくぐり抜け、江戸時代から明治大正昭和平成という激動の時代を見てきた御方です。あなたも儒学を好むなら、永原先生に敬意を払うべきです」
「だ、だが……そうは言っても一教員だ。教頭の私とは立場が違う!」
「……自分の都合が悪くなったら長幼の序を引っ込めるのは、失礼ながら見苦しいと言わざるを得ませんよ」
「う……うぐぐっ……」
校長先生も、教頭先生の味方はしてくれなかった。
「校長先生まで出て来るとはね……観念することだな教頭先生。それにな……永原先生は、教員だけが顔じゃないのだよ」
蓬莱教授が重要な事実を告げる。
「な、なんじゃと!?」
「私、『日本性転換症候群協会』の会長でもありますのよ。TS病患者たちの権利を守るための団体です」
「教頭先生、永原先生……いや、日本性転換症候群協会会長の永原さんは今日、もし学校がこのまま石山さんに差別的な対応を取るようなら裁判を起こすと言ってきたのですよ」
「な、なんじゃと!?」
「……教頭先生、クレーム対策をしたい気持ちはわかりますが、このままだと逆にもっと大きなクレームになりかねません。学校としても、校長としても、もはや見過ごせないのですよ」
「教頭先生、私達TS病患者で作る『日本性転換症候群協会』が目指すものは、TS病患者のマイノリティとしての権利じゃありません」
「……何回も言いますが私達TS病患者たちが欲しいのは、ごく普通の、女性としての扱いです。あなたのしていることはただのはた迷惑な偽善なんですよ」
「しかし、しかしだな!」
「いくら言っても分からないなら裁判所で会うことになりますよ!」
永原先生が口調を強める。
「な、なんだと!? 小谷学園を訴えるというのか!?」
「私達も小さいながらも団体です。裁判費用くらいなら捻出できますしその筋に詳しいTS病の女性弁護士さんもいらっしゃいますよ」
「教頭先生、あなたはクレーム対策でそのような処置をしたいとお思いですが、校長としても、あなたを放置すればとんでもない不祥事になりかねません」
「し、しかし……」
「……教頭先生、どうか手を引いてくれないですか? でないと、私の方から教頭先生を処分せざるを得ません」
「う……ううっ……」
「……いい加減に認めることだ。お前にもう味方は誰一人居ない。教頭、お前の負けだ」
「う、うああ……うあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」
蓬莱教授のとどめの一撃と共に、教頭先生はついに四面楚歌を察して発狂した。
「グワババババババ!!!!!」
そして、教頭先生は何やら意味不明な言葉を発しながら泡を吹いて倒れた。まるでゲームや推理小説での犯人の最期みたいだ。
「うふふっ、教頭先生ったら……見苦しくて無様で……私の謀略にあまりにも思い通りにはまり込むんだから面白いわ」
「あふぶぶぶぶ……ふじこふじこ……」
「うふふっ、我が主真田源太左衛門様や真田安房守殿が今の私をご覧になれば、さぞお褒めになってくださると思いますわ」
永原先生が発狂している教頭先生に向けて不敵な笑みを浮かべている。
その様子に、校長先生と篠原くんは少し恐怖を感じている。499年の時を生きた女性の、底の見えない深淵を覗いている気がするのだ。
……蓬莱教授は全く動じていないが。
「教頭先生、部屋割りは私の方で作っておきます。あなたはもう、黙っていなさい」
「は、はい……」
校長先生の死刑宣告とともに、教頭先生も観念したようにうなだれながら職員室に戻っていった。それを確認し、校長先生もまた、校長室に戻った。
「蓬莱先生、ありがとうございました。あなたの証明がなければ、教頭先生を倒せなかったでしょう」
「何、いいってことよ。貴重な実験サンプルをくれるなら、俺はいつでも永原先生に協力するつもりだ。また、何か困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ。俺に出来る限りのことをしよう。しかるにどうだ? 今週の土曜日にでも……」
「お断りします。年齢証明で助けてもらった恩はありますが、私の身体を全部実験台にする気はありません」
「……分かったよ。ま、遺伝子情報があるだけでも大きいからな。今日は引き下がっとくぜ……気が向いたら、いつでも来てくれよ」
「……はい、分かりました」
そして、蓬莱教授も去っていった。あれが助っ人だったのか。
「どうもあの先生、イマイチ信用しきれないのよね……」
「ところで先生、どうして蓬莱教授なんかと……」
篠原くんが疑問に思う。これは私も同意見だ。
「あの先生は遺伝学者でしょ?」
「ああ、確か何年か前に『ノーベル生理学・医学賞』受賞のニュースでやってましたけど……」
「私は自身の年齢証明で蓬莱先生を頼ったって昨日言ったでしょ? 蓬莱先生もTS病を研究しているということで歓迎してくれました。お互い極秘にするという条件はつけましたけど」
「ふむ、でもそれだけの関係には見えませんでしたが……」
「そうよ……私が年齢証明で頼って以来、私に実験に参加するように言ってきてしつこかったのよ。どうもTS病の研究において、患者の遺伝子サンプルがどうしても必要だと。私としても……会としても、何か怪しいので丁重にお断りしたんですが……」
「そうだったんですか。確かに学会では賛否両論とはノーベル賞のニュースの時言ってたけど……」
「ええ。才能と能力は誰もが認めるんだけどねえ……」
永原先生が虚空を見つめながら話す。
「あ、あと先生、学校を訴えるって物騒な表現が……」
「ああ、あれ? もちろん校長先生にも根回しはしてあるわよ。訴えるっていうのは本当の本当に教頭先生が最後まで抵抗した場合って言う条件だったから99.97%は脅しよ」
つまり0.03%の可能性で、本当に訴える可能性があったということね……
「……さ、昼休みも残り少ないから注意してね。まだ予鈴ではないけど」
「は、はい」
「あ、ああ」
私と篠原くんがそれぞれ応答する。
「篠原くん、私のために……本当にありがとう」
「うあ……う、うん!」
篠原くんはまた顔をそらしている。これだけしても、まだ償いになってないと思っているのか。
いや、もしかして……って待て待てそれは自意識過剰な気もする。
もしそうだとしても、もう少し時間をかけるのも悪くないだろう。篠原くんだって混乱するだろうし。
「な、なあ……い、石山!」
「うん?」
「……部屋割り、どうなるのかな?」
「うーん、男子の4人部屋と女子の3人部屋が一つ交換じゃない?」
「……ああ、そういうことか!」
これまでは1クラスに男子16人、女子16人で男女ともに3人部屋が4部屋、4人部屋が1部屋となっていた。
それが男子15人、女子17人になったことで男子の4人部屋を女子に、女子の3人部屋の1部屋を男子に交換することで、男子が3人部屋が5部屋、女子は3人部屋3部屋に4人部屋が2部屋となって釣り合いが取れるということだ。
「むしろ、私を教師の部屋に入れるほうが、不都合が生じるわよ」
「そういうものですかねえ……」
「だからああやって校長先生や蓬莱教授まで出てきたんでしょ?」
「そ、そうだな……」
キーンコーンカーンコーン
「あ、予鈴ね。私、ちょっと一箇所寄り道するから、先に帰ってて」
「あ、ああ」
喉が渇いた、少しだけ水飲み場で水を飲む。
3時間目の準備をし、私達はまたいつもの学校生活に戻った。