永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
株式公開のお陰で、市場からは兆単位の資金が集まり、来年度の赤字決算は免れる可能性が強くなった。
もちろん、蓬莱カンパニーの性質上、余ったお金を内部留保に回すメリットは薄く、従業員たちの給料も既に十分に満足度が高いため、やはり順当に株式配当に回すことに決定した。
このまま高配当の株価だという噂が回れば、あたしたちの会社の株は更なる上昇が見込めることになる。
既にあたしたちは夫婦個人でも資産が12兆円超になっていて、夫婦名義では25兆円、蓬莱教授に至っては個人資産で16兆円台というとてつもない金額になっていて、このまま株価が暴落しなければ、3月に発表される「長者番付」では世界のトップ10に立つことになる。
特に蓬莱教授は株価の傾向から世界長者番付で1位となる可能性が高く、あたしたちも個人個人なら蓬莱教授についで2番目の資産家に、「篠原家」としてなら文句なしに世界一の資産家になる。
結果的に以前言っていた高月くんの予言は、当たっていた。あたしたちは蓬莱カンパニーの創設者として、大株主になったことで「世界一の資産家」になってしまった。
監査法人による決算も極めて良好で、あたしたち蓬莱カンパニーの評判は上がっていくばかりだった。
一方で、会社の売り上げの方はやはり予想通り減ってはいた。
しかしそれでも、待ちきれない金持ちたちが、次々と薬を注文していき、工場は連日大忙しなことには代わりはなかった。
とにかく今年のうちに、どれだけ在庫を貯めていけるかが、勝負の分かれ目になるものね。
「えー続いてはですね、今日本で、社会保障費で浮いた国家予算で、様々な事業支援がなされておりまして、その中の1つに、宇宙開発があります」
ニュース番組で、男女のアナウンサーが話し込む。
今日は桂子ちゃんがテレビの取材を受けるというということで、あたしたちもテレビにかじりついていた。
「今JAXAでは、来るべき1億総不老の社会に向け、これまでになかった時間的スケールでの長期的事業が計画されています。そのうちの1つが、こちら。宇宙移民計画です」
続いて、女性のアナウンサーがうまくCGと組み合わせつつ、説明をしてくれる。
その名の通り、地球だけではキャパシティが足りず、またリスク分散という意味でも難点があるため、こうした宇宙移民が真剣に検討され始めたのだという。
「この宇宙移民計画には、ある1人の若い女性技術者が参加しています。今日はその技術者に、密着いたしました」
すると画面が代わり、JAXAの本部ビルが写し出され、そこにキリリとした表情の桂子ちゃんが座っていた。
アナウンサーが「木ノ本桂子さん」と紹介する。
「宇宙移民を考えるというのはどう言うことですか?」
アナウンサーが桂子ちゃんにマイクを持っていく。
いかにもな感じのインタビューよね。
「はい、将来的には太陽系も生命が住めなくなります。宇宙開発においては、文明の存続が鍵となってくることは間違いないでしょう」
桂子ちゃんは、以前小谷学園の天文部時代から言っていたことと同じことを繰り返していた。
そしてそれについて、今までの人間の寿命ではそういったことは自分が当事者でないために分かり得なかったが、今は違うという。
「ほんの10年くらい前には、私たちはTS病の人のように数百年単位で長生きするということは考えにも及びませんでした」
桂子ちゃんがそう話すように、あたしが小谷学園で浩介くんと付き合ったばかりの頃も、寿命問題が課題になっていた。
今はそんな心配がなくても、あたしが取り残される可能性はあの時は十分に考えられた。いや、むしろ今みたいになっていることこそ予想できないことだけどね。
「実は木ノ本さん、現在地球最高齢とされている永原マキノさんの高校時代の教え子でもあります。永原さんは、木ノ本さんについてこう語ります」
ナレーション役のアナウンサーがそう言うと、画面が切り替わって、永原先生の顔になる。
永原先生は相変わらず教師を続けているけど、あたしたちのことはずっと忘れなさそうよね。
「とても美人で、天文にとても詳しい生徒でした。女子たちの中でもまとめ役で、同級生の田村さんと共にクラスのリーダー的な人でした」
「田村さんと言うのは?」
インタビューの人がマイクを戻して聞く。
「ええ、あのテニスの田村恵美さんです。彼女たち2人と蓬莱カンパニーの篠原優子さん……当時の石山優子さんの3人が、あの当時私のクラスの女子の中では特に目立っていました」
永原先生が、あたしと恵美ちゃんの名前を出す。
あたしも恵美ちゃんも、世間的にも超がつく位の有名人で、おそらく永原先生も名前を出して大丈夫と思ったに違いない。
でも、アナウンサーさんは凍りついてしまっている。
それはそうだろう、桂子ちゃんはともかく、世界的テニスプレイヤーであり、日本が誇るテニス選手でもある恵美ちゃんと、蓬莱カンパニーとして不老技術の完成に貢献し、今では世界トップの資産家となったあたしたち篠原夫妻が、人類史上最も長生きしているとされている永原先生の元で教え子として同じクラスになっていたもの。
「そ、そうですか……」
ともあれ、画面も変わって再び桂子ちゃんのインタビューが流れる。
「実際にこの計画は、いきなり恒星間での移動を考えるのではなく、近隣の、生命の住めない星々を改造していくことから目指していきます」
桂子ちゃんが何故そのようなことを話しているのか、あたしには分かる。
何故ならこの計画は、あたしと浩介くんが、政府との交渉の時に、計画を話し合ったものだから。
桂子ちゃんは、あたしたちの提案した宇宙開発計画に沿っている。
そのことを、テレビの関係者は知る由もないだろうし、もしかしたら、桂子ちゃんだって知らないと思う。
「宇宙移民というものに経済的メリットはあるんでしょうか?」
費用対効果は大事よね。
「そうですね、蓬莱の薬の実用化で爆発的な人口増加が予想されます。世界同時発売となる100年以内に、まずは月からスタートしたいと考えています」
「ありがとうございます」
桂子ちゃんのインタビューでの受け答えは整然としているが、どこかに男性を引き付ける魅力があると思う。
もしかしたら、達也さんに嫉妬されちゃうんじゃないかしら?
「木ノ本さんは、婚約者との結婚を来年に控えていて、今後はキャリア女性としての活躍が期待されています」
「へー、あいつ、来年結婚するんだな」
浩介くんが関心深そうに言う。
元々桂子ちゃんと達也さんが付き合い始めたのって大学入ってからだから、結婚まで7年かかったことになるわね。
あたしたちにも知らせてなかった所を見ると、恐らくこのテレビ番組で知らせたかったのかな?
「そうね、また結婚式に行かなきゃ」
クラスメイトたちの結婚の報告が続々入っていて、さすがに式全てに誘いがある訳じゃないし、会社が忙しいというのもあるからなかなか出席できてないけど、桂子ちゃんの結婚式だけは参加しないとね。
幼なじみの桂子ちゃんのインタビューも終わり、その後はJAXAの別の職員さんのインタビューに入る。
やはり重要になってくるのは、「世界的人口増加への対応」ということで、日本政府が「農業改革」と共に、重点強化を考えているそうね。
そう言えば、蓬莱カンパニーが「すぐに世界同時発売」ができない理由をいくつか語っていたけど、この「人口増加問題への根本的対応」を言い訳にするのも、よかったかもしれないわね。
そう思ったけど、あたしは、「ならば解決したら100年を短縮してもいいよね?」と突っ込まれて他の理由を無視される可能性に気付き、思考段階で飲み込むことにした。
「世の中、変わっていくな」
浩介くんが、天井に向けて上の空で呟いた。
「ええ、100年後は、どうなっているかしら?」
まだ20代のあたしたちにとって、いや、世の中の人のほぼ全員にとって、100年後と言うのは遠い未来で、TS病でもない限り、自分達には縁のない時代だった。
でも今は、あたしだけじゃない、浩介くんやあたしの家族も、100年後に今と変わらないように生きていることが可能になった。
「さあなあ……そんな遠い未来のこと、俺には分からねえよ」
だけど結局、100年も先の未来のことは、寿命が延びただけではどうしようもないのも事実だった。
もちろん蓬莱カンパニーでも、来るべき100年後については話し合いは持たれているが、やはり予測が難しいのは事実だった。
桂子ちゃんの宇宙開発だって、そういった遠い未来のことを考えてのものだけど、いつなんどき反対運動が起こるかもわからない。
あたしたち蓬莱カンパニーのような報復措置を、JAXAが取れる訳ないもの。
これとばかりは、寿命が大きく延びたことで、短期的なもののみかたが改善されてくれることを、祈るしかないというのが実情だとあたしは思う。
プルルル……プルルル……
就寝前、あたしの携帯に電話がかかってきた。
電話の主は桂子ちゃんだった。
ピッ
「もしもし優子ちゃん?」
電話の奥から聞こえてきたのは、桂子ちゃんの声だった。
あの頃から変わっていない、あたしと同じくらいの少女の声だった。
「うん、桂子ちゃん結婚するのね。おめでとう」
「ありがとう。婚約自体は随分前には済ませてたんだけどね。色々どたばたしてたから来年になっちゃったわ。それよりも、永原先生まで出てくるなんてビックリしたわ」
どうやら、永原先生のことまでは知らなかったみたいね。
「ええ、でも今思えば不思議よね。あたしと桂子ちゃんと恵美ちゃんが同じクラスで永原先生の授業を受けてたなんて」
「ええ、そうよね。多分きっと、優子ちゃんと私のこと、評判になるわよ」
「うん、桂子ちゃんかわいくて美人だもの。それがまたかわいくて美人のあたしと同じクラスだったってだけでも、当時の男子は羨ましがられそうだわ」
実際、今になって思えば、あの時の男子たちは羨ましい存在だったと思う。
現実は、あたしと浩介くんがいちゃいちゃしてて、他の男子は浩介くんを呪ってたけど。
「ふふ、そうよね」
「まあでも、優子ちゃんがいちゃついてて、現実は厳しかったけどね」
桂子ちゃんがふふっと笑った感じの口調になる。
確かに、その通りだった。
「ええ、よく呪いがこだましてたわね。ま、男子から見れば悔しいわよね。一番のいじめっ子だったはずの浩介が、取っちゃうんだから。呪いたくもなるわよ」
確かに、桂子ちゃんの言う通りかも。
どうしてよりにもよってっていう気持ちはあったと思う。
でも、あの時の浩介くんは歪んだ浩介くんだし、男時代のあたしを罰する側面もあった。
事実、本当の浩介くんは、えっちだけどとっても素敵な旦那様で、今でも結婚を後悔することはない。
「あーうん、そうかも。でも浩介くん、本当に素敵な人だもん。あの時のプロポーズは特にね」
男子たちの呪いが止まるのは、3年生の後夜祭の時に、浩介くんが全校の前であたしにプロポーズした時からだった。
「あーあったわね。あの時は本当に驚いたわよ。まさか全校生徒の前で求婚するなんてさ」
桂子ちゃんの言葉に、あたしの顔が熱くなる。
「あうあう……思い出したら恥ずかしくなってきちゃったわ……」
思えば、結婚する前からそうだったけど、結婚してからますます恥ずかしがり屋さんになっちゃったわねあたし。
もしかして、浩介くんへの恋の熱が強まってるのかしら?
「あはは、優子ちゃんってピュアだよねー。もう恋人になって10年は一緒にいるのに」
「うん、不老だと、そういうものかも」
浩介くんが性欲凄まじいのも、蓬莱の薬の効果だと思う。
あたしの恋の熱が覚めないのも、恐らく同じ不老同士で、惹かれるものがあるせいよね。
「あーあるかも。でも、みんなが不老になれば、そういう『長いカップル』っていうのもたくさん誕生するのよね」
実際には、桂子ちゃんも不老の薬を飲んでいて、達也さんも不老には問題ない。
来年になれば、蓬莱の薬の値段も下がりきり、大衆にあまねく恩恵を授けることができる。
これから生まれていく子供のことも考えれば、売上高は更にガンガン増えるのは確実になっている。
「そうよね。そうなれば、蓬莱カンパニーは安泰だわ」
正直、いくら売上が兆単位になったとはいえ、今の株価は過大評価だとはあたしも思っている。
だけど、法的保護や世界への影響力から、日本人にだけ解放にも関わらず、投資家が殺到しているのよね。
「世界進出した時にどうなるか見ものよね。そう言えば、優子ちゃん、資産家になったんだっけ?」
「うん、驚いたわ。今や資産10兆円以上よ」
正直に言うと、株式の配当を貰っていないし、株券も売るに売れないので、生活は今までとあんまり変わらない。
もちろん、役員報酬はそれなりにある上、実家住まいなので、高級なものをなるべく食べるようにはしてるけどね。
「想像もつかないわ」
「あたしだってそうよ。それに資産の殆ど全部が株券よ。これは蓬莱カンパニーのこともあって売れないのよ。配当金もまだ貰ってないし、資産10兆円も砂上の楼閣だわ」
「なるほどねえ……確かに資産といってもそういうものよねー」
桂子ちゃんも、どこかがっかりしたような声を出して話している。
ちょっと補足し方がいいわね。
「とはいえ、配当金だけでも年収数千億行くわよ」
株価8万円で、配当金は1株あたり1500円を予定していて、あたしは1億4990万株あるので配当金は2248.5億円ということになる。
配当金の総額は2兆円で、これでも株式で得た収入で、社員の給料を上げた上で、広告などを打つことになったので、かなり押さえ気味の配当だったりする。
「うぐっ……やっぱり羨ましい……!」
桂子ちゃんが、今度は苦々しそうな声を出す。
そりゃあまあ、そこにたどり着くまでには努力と成功があったとはいえ、何もしなくても年収数千億じゃあ嫉妬されるに決まってるわよね。
ちなみに、それらの年収も、当然多くが税金になるとはいえ、それでも十分すぎる量が手元に残る。
それらのお金はそのまま現金にしておくというよりは、他の会社の株を買ったりして、個人的な投資に回すことも検討されている。
現物取引にとどめ、信用取引などに手を出さなければ、蓬莱カンパニー株の分の配当金でどうにかなるものね。
「桂子ちゃんも、蓬莱カンパニーの株を買うといいわよ……って常務のあたしが言っちゃうとまずいかしら?」
下手すると、インサイダー取引何てことにもなりかねない。
もちろんあたしたちを追求するような無謀メディアはいないとは思うけど、用心するに越したことはないものね。
「あはは、まあお金に余裕ができたら、ちょっとだけ株主になってみようかしら?」
株価が上がれば、当然配当額も上がるし、企業としても嬉しいことだもの。
「うん、ありがとうね」
「うん、じゃあ長くなっちゃったけど、今日はありがとうね」
「うん、またね桂子ちゃん」
あたしたちは挨拶を交わしあって、電話を切る。
株式の配当率、今回はこれだけの量になったけど、来年以降も同じように配当が来るとは限らない。
客単価が最終的には10分の1以下になる上に、分割払いサービスもあって、実質的な客単価はもっと減っていく。
もちろん、客数は日本の人口のうち、高齢者人口を除いたほぼ全員になるし、新しい子供も増えていくから、膨大な数で売上をカバーできるようにはなっているけどね。
ちなみに推計では、100年後の日本の人口は今の半分と予想されていたけど、今では逆に今の2.5倍に膨れ上がると予想されている。
そうなると、あたしたちの年間売上は、今の価値で5兆円以上に、更に全世界に解禁すれば、その数十倍になるし、更に世界人口、あるいは月や火星の人口も増えれば、それこそ100兆円企業にだってなれる。
その時のあたしたちの資産は……計算したくもないわね。
あたしは、自分の未来から目を背けつつ、今日という1日を終えた。