永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「それでは、現地へとご案内いたしますね」
「はい」
あたしたちは、店員さんの案内について行く。
車で行くことも出来るけど、車を出すのはやめた。
駅から近いということも去ることながら、実際に駅からの道のりを実感して覚えるためにも、あたしたちはあえて徒歩での移動を選択した。
ちなみに、帰りは井の頭線の神泉駅で解散することになった。
このあたりはかなり閑静な住宅街だけど、建っている住宅はどれもいかにもな高級戸建てばかりで、土地代も高いはずなのに、家の広さはどれも100坪はある感じだった。
この光景に圧倒されそうになっていると、やがてそれらの高級住宅街でも一際大きい家が建っていた。
「こちらです。現在亡くなった前の持ち主さんの家が建っておりますが、遺族の方が相続税はきついとのことで、家と土地を売るとのことでした」
それを、あたしたちが買い取った上で新築するのよね。
取り壊される建物も、かなりの趣はあるけど、建ててからそれなりの年数があるので、あたしたちは取り壊して新築を選んだ。
「あれ? でも狭い気がするわ」
320坪という広大な敷地ともなると、あたしたちの家の6倍以上の広さで、縦横比でも一辺あたり2倍以上はあるはずだけど、この敷地は2倍という水準もない。
「はい、実は今回、『もし篠原様がこちらをお選びになるなら、喜んで立ち退く。老い先短いから相続税のことも考えたい』と、周囲の方々も仰せでした」
不動産会社の人がさらりと話す。
どうやらあたしたちはそれほどの上客らしいわね。
「なるほど、そういうことなのね」
あたしたちは、思わず苦笑いしてしまう。
ここに住んでいるのは、みんな富裕層の中の富裕層といっていい人なのに、いや、そういう人だからこそ、あたしたちに感謝しているのかもしれないわね。
「まずこの家と左隣の1建が取り壊されます。そして先程のCGの通りに家を建てて参ります。工事期間は現在よりおよそ半年弱を予定しております」
今は3月で完成予定は早くて8月、遅くても9月末という予定になっている。
「はい」
家具はモデルケース通りに配置できるけど、一部は前の家から使い回すことにしている。
とはいえ、よっぽど思い入れのあるものでもない限り、高級家具に取り替えることにはなっているけどね。
ちなみに、そのまま持っていくのは携帯電話とかパソコンとかが主で、他にもあたしが買ったぬいぐるみさんなどのおもちゃも、まだ見ぬ豪邸に持っていくことになっている。
「予定通りに参りますと、今年夏から秋には引っ越し業者を手掛けることになります」
「分かりました。といっても、あの豪華な家に持っていく荷物は少なそうね」
「ええ」
あたしの両親も、義両親も、今からワクワクしていた。
いわゆる「子の七光り」とはいえ、一介のサラリーマンだった自分達が、こんな凄まじい高級住宅街の、一際輝く豪邸に住むことができるのだから。
「2人とも、同僚に嫉妬されないといいわね」
帰り道、あたしたちは江戸時代に著名な大名の土地だったという公園に立ち寄ってから、井の頭線の神泉駅を目指していた。
その道すがらにも、嗜好を凝らした豪華絢爛な住宅が数多くの目についている。
色合いがとても成金趣味な家もあれば、逆に質実剛健ながらも、お金を使うところに使っているような印象の家もあって、あたしたちの目を楽しませてくれた。
そんな中で、あたしたちが懸念に思ったのは、普通のサラリーマンとして働いている男親が、会社の同僚などに嫉妬されないかということだった。
「あーいや、さすがに自分の娘夫婦が世界一の資産一家ともなると、逆に同情されたよ」
あたしの心配に対して、父さんからの返事は意外なものだった。
それは何と、「逆に同情された」というものだった。
「あーうちの会社もそんな感じだったよ。泣く子も黙る蓬莱カンパニーの、しかも社長の父親だぜ? 比べられる前に『比べられちゃいそうでかわいそう』だってさ」
お義父さんもあっけらかんとした感じで言う。
よく考えれば、あたしたちの家にはマスコミが殺到していたし、そればかりかあたしたちが資産家になったのだって数か月前からのことだったし、そうでなくても以前からあたしたちは蓬莱カンパニー最高幹部として世間に知られていた。
「そうでしょう? お父様たちは大変だったと思いますよ」
不動産屋さんの人も、同情してくれた。
やっぱり、成金は嫉妬されると言っても、限度というものはあるのね。
「こちらです」
駅が見えてくると、不動産会社の人が横にどいてくれた。
「ありがとうございます」
渋谷駅へは徒歩圏内とはいえ10分以上の時間を要したけど、こっちは数分で済んだ。
元々分かっていたこととはいえ、こうして歩くとどちらも徒歩圏内と言っても神泉駅が大分近いわね。
しかし、神泉駅は井の頭線の各駅停車のみが停車する駅で、井の頭線のみならず、山手線や地下鉄などが通っている渋谷駅と比べると利便性には雲泥の差がある。
とはいえ、渋谷での乗り換え時間を考慮しても、余程のことがない限り神泉駅からの方が速いのも確かなので、よく時刻と相談しながら決めたいわね。
「では、本日はありがとうございました」
「ではまた頼みます」
店員さんの深々としたお辞儀に見送られて、あたしたちは駅から電車に乗って家に帰った。
こちらは渋谷駅まで1駅で乗る時間はかなり短かった。
井の頭線の駅での乗り換え時間もあるから、場合によっては渋谷駅まで歩いたほうがいいかしら? まあ、生活しながら覚えればいいわね。
後は別の場所に引っ越すことになったことや、夏までは建設がかかる旨を今の地域の人に話しておく必要があるわね。
「さて、どうしたものかね?」
家に帰って、再び家族会義が開かれた。
間取り図を貰ってきたけどとにかく広い。
日本の住居は、実は言うほど狭くないという統計はあるらしいけど、世間一般的には狭いと言われている。
だけど、今回のことで分かったんだけど、広くても持て余し気味になるから、広いに越したことはないと言っても、そこまでは羨ましいものでもないということだった。
「優子ちゃんの部屋が20畳で、俺の部屋があって……」
浩介くんが間取り図を見て悪戦苦闘している。
将来の子供部屋などに温存する部屋を入れても、どうしても余る部屋が出てしまう。
例えばそれを書斎という名前で仕事用の部屋を作るとして、1階はともかく、特にあたしの両親のフロアの部屋が余ってしまう。
2階には来客用の部屋を設けたり、あるいは階段を外付けした上で監視カメラを見る警備員さんの部屋を作るという案も出された。
警備員さんの部屋とするには様々な問題が生じたので、結局2階の部屋の一部は「シアタールーム」と称して映画などを家庭で見ることができるように変更した。
それでも埋まりきらなかった場合は部屋を統合してもうことにした。
結果的に、1階の6部屋ある20畳の部屋はそれぞれあたしの部屋プライベート用、浩介くんの部屋プライベート用、お義父さんの部屋、お義母さんの部屋、2人共用での仕事用の部屋で将来的には子供部屋に、そして入口から一番近い部分の部屋は、来客者の応対用の部屋を用意した。
更に4部屋ある10畳の部屋これが厄介で、1部屋を季節で出し入れする短期的倉庫に、もう1部屋をあまり出し入れしない長期的倉庫にして、残り2部屋のうち1部屋は、「家族の趣味の部屋」として、これから何か趣味を見つけたらここに集まることにした。
最後の1部屋をどうするかについては、浩介くんが「できてから決める」として保留となった。
また、小さな5畳部屋たちも、結局大きな用途が決まらず、「庭で栽培していた園芸を緊急退避させる部屋」とか「まだ買っていない美術品の専用部屋」といった感じで、いかにも「苦肉の策」という感じの用途になっていく。
2階にある5部屋の20畳部屋は、両親の部屋とマイシアター、また泊まり掛けで来た来賓向けの部屋を1室用意した。残りの1部屋は、子供が出来た後の、あたしと浩介くん共用の仕事部屋にして、今は空き部屋とした。
4部屋ある10畳部屋については、やはり石山家専用の倉庫として2部屋、更に浩介くんの筋トレのための専用機材を多数揃えた部屋に決定した。
残りの1部屋は、音楽鑑賞及びカラオケ用の部屋として、防音仕様にすることが決定された。
この部屋では、食事などの呼び出しがあった場合には、信号機を模した機材で応答するようにしている。
また、他の小部屋には、「監視カメラのデータを保存するための専用サーバーの部屋」がもうけられた他、蓬莱教授が来た時などのために、「ミニ研究室」を設けることが決定した。
ここでも1部屋は用途不明で、空き部屋とする対策がとられた。
何かこの家で問題があった時に、警備員さんや警察の方のための部屋とするというのが結論になった。
そして3階については、おばあさんの部屋の他、介護士さん専用の部屋も設けられた。
また、簡易的なキッチンと給湯室も設けられ、労働環境に配慮することになった。
屋上は専用プールで、夜などには露天風呂にもなる場所で、もちろん脱衣場やトイレも設けてある。
離れについては、倉庫の他、和室は茶室として使えるけど、定期的に手入れをしてくれる庭師さんの控え室とすることが決定した。
庭のデザインは和風にしつつ、何本かの木を植えることになった。
「よし、こんな感じだな。これで後は家具を注文するだけだな」
浩介くんの号令と共に、家族会義も終了し、母さんたちも実家へと帰っていった。
「あー何かすっげえ疲れたぜ」
家の部屋利用を終え、浩介くんが床に座り込んでしまった。
「うん、あたしも」
肉体的にというか、精神的に。
これが多趣味な人ならいいんだろうけど、ごく普通の一軒家に住んでいるあたしたちからすれば、これだけ多くの部屋を埋めていく作業だけでも大変だわ。
部屋だって使わなければ宝の持ち腐れになっちゃうものね。
とにかく、大富豪と言えば羨ましがられることもあるけど、この家から引っ越しを余儀なくされたように、大富豪は大富豪で大変なのよね。
幸いにして、あたしたちの収入はほぼ全てが株式の配当金で、役員報酬は少なくなっている。
所得税という意味では、株式の配当金は安いし、蓬莱の薬を飲んだ以上、相続税は心配しなくていい。
まあ実際には、社会保障費が0に近くなったおかげで所得税についても減税がなされる予定ではあるけどね。
「ま、今はこの家で満足しようぜ」
浩介くんが、空元気気味に話す。
あの広い敷地が、周囲とともにあたしたちのものになるというのは、未だに想像にもつかないことであった。
「うん」
この家は、あたしの実家ともども中古物件として売りに出されることになる。
篠原家の思い出が詰まった家への愛着もあるけれど、さすがに世界一の資産家になったあたしたちがいつまでもこの家に住むわけにもいかない。
治安のいい日本なので今のところは大丈夫だけど、場合によっては強盗や略奪といった被害に遭う可能性だってある。
もちろん、この家を荒らしたところで金目のものはほとんどないし、第一株式の配当金だってまだもらっていない上、株券も電子化されている。
とはいっても、やはり不法侵入されるのは嫌というのは事実で、換言すれば今あたしたちは一番命の危険にある状態と言ってもいい。
件の豪邸は幸いにして塀も大きく、セキュリティもバッチリしているから、そこに移れれば大丈夫だとは思うけどね。
「一時的に賃貸住宅を買うのもいいと思うわよ」
「賃貸かあー面倒なんだよなあ……」
浩介くんは、難色を示していた。
ともあれ、あたしたちにとっては苦難の道のりであることは間違いないわね。
さてこの季節に並行して行われたのが、監査法人と協力して行われた「決算報告書」だった。
そこにはかなりの黒字経営になっていて、蓬莱カンパニーがかなり儲けていることが分かる。
とはいえ、それ抜きでも黒字ではあるけれども、黒字額のほとんどが、株式上場以降に市場の投資家が投じた株購入による収入になっていて、言い換えればあたしたちの会社の株は、「100年後を見据えた投機の対象」でもあった。
株主総会では、この黒字経営からいくらか配当金を流していく訳だけれども、設備投資や従業員への給料アップにも投資するため、配当金の率は少し控えめにする予定となっている。
まあ、来年度の決算が今年度よりもよくないことは目に見えて明らかなことなので、巨額の黒字を出したその日も、株式市場はとても冷静だった。
株主総会の日程なども決定していて、あたしたちは新年度に向けて最後のスパートを切ることとなった。
あまりに多くのことが起きてしまって忘れがちになるが、あたしたちは大学院博士課程が後1年残っている。
前期のうちに最後の必要単位を取ってしまえば、博士論文も終わっているあたしたちは、何もしなくても卒業と博士の学位授与は可能だけど、蓬莱カンパニーが必要とする研究職としては、まだまだこの研究室が必要になってくる。
今後は佐和山大学そのものを、蓬莱カンパニーの傘下に入れることも考えている。
同時に関係の深い小谷学園についても、中等部を新設した上であたしたちの影響下に置くことを、永原先生と相談している。
学校法人から良質な研究者を輩出し、成績のいい人や創造性の高い人を蓬莱カンパニーに就職させる。言うなれば青田刈りと呼ばれる行為だけど、もちろん他の学校や企業にも、人材を出すことが大きな目標になっている。
蓬莱カンパニーは多角経営を目指すわけではないけど、蓬莱教授と関係の深い組織と一体になるメリットは大きいと思う。
小谷学園と佐和山大学は、あたしたちの出身校ということそのものが、人気を集めるらしく、小谷学園のパンフレットには「人類最高齢、永原マキノ先生」という表現と共に、「篠原夫妻と田村恵美の母校」と書かれていた。
つまり、あたしたちも世界一の資産家になったことで、「著名な出身者」となったのだ。
ついでに、あたしと浩介くんも、インターネット百科事典に掲載されるようになった。
それによれば、あたしたちは実業家で、蓬莱カンパニーという学生ベンチャーを教授と共に立ち上げ、世界で2番目の富豪、一族別では世界一の富豪と掲載された。
しかしまだ、研究者という一面はあまりクローズアップされておらず、あたしの項目では、「初めて完全不老の理論を確立」したことを、浩介くんの項目では「蓬莱カンパニー設立のために必要不可欠だった歩留まり改善理論を確立」と書かれているにとどまっていた。
「ふう……」
色々考えを巡らせながら、お風呂に足を曲げて入りつつあたしの部屋でベッドに眠る。
松濤に引っ越したら、今のお風呂やこの部屋よりも、ずっと豪華な生活が待っている。
それは、あたしたちが「人類不老化」という業績を成し遂げた当然の対価だとも思っていた。
あたしたちは、夏に訪れる新しい生活に思いを馳せつつ、残り少ないこの家での生活を満喫することにした。