永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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蓬莱教授の戦略的慈善

「よく来た2人とも、さ、卒業まで後少しだ」

 

 あたしたちの会社が学校法人佐和山大学を傘下に入れることを計画しておきながら、自分達はいまだに大学院生だった。何だか、奇妙な話だわ。学生が学校を買収するって。

 昨年度の卒業は見送られて、あたしたちは最後の単位を受けることになっていたが、蓬莱教授曰く、「もう優子さんたちは1年目の時点で博士には十分だった。とりあえずアリバイだけ作って、適当に講義に出席していれば単位とらせるから」とのことだった。

 蓬莱教授とあたしたち2人での実験は、世界のTOP3の富豪による講義と実験だったのよね。

 最近では殆ど会社絡みの仕事が増えていて、そもそも会社を作ったのも蓬莱教授ということで、自己都合で卒業に支障をきたさせるのはまずいと考えているのかもしれないわね。

 

 あたしたちは大学の敷地から「蓬莱の研究棟」まで進む間にも、色々な人から視線を感じるようになった。

 あたしたちが「世界一の金持ち」と経済誌に掲載されてから、いかにもお金に不自由ないと思っている人も多いけど、今はそうではない。

 お金に不自由しなくなるのは、肝心の資産の大半を占めている株券の配当金が出てからとなっている。

 とにかく厚かましいのは、殆ど会ったこともない人がいきなりしゃりしゃり出てきては、「ご飯をおごってよ」といったねだり行為をすることで、さすがにあたしが「優子」でも嫌な感じがする。

 特にひどかったのは大学生男子2人組で、例の「ヤリサー」の後継者らしく、「世界一の金持ち何だろう? 乱行パーティー計画してるんだけどおごってくれない?」というもので、さすがのあたしも久々に本気で怒ってしまったし、浩介くんはもっと怒ってヤリサーの男を殴り倒してしまって一時学校が大騒ぎにもなった。

 ちなみに、「蓬莱の薬を売らないぞ」という脅し文句が効いたのか、こうしたしつこいまとわりつきも、1週間で収まった。

 

「優子さんたち、最近災難だな」

 

 蓬莱教授もいたたまれなくなったのか、あたしたちを心配してくれた。

 

「そうねえ、会社の近くとかはそうでもないんだけど」

 

 オフィスビルまでの通勤ルートではこうしたまとわりつきはない。

 サラリーマンのおじさんやOLのおばさんお姉さんたちは、他の会社の人でも、みんなあたしたちに気を使ってくれている。

 オフィスの面積も足りなくなってきたので、あたしたちは更に増床を行うとともに、大阪にもオフィスを構える準備を進めることになった。

 値下げ期間中とあって、予想以上には売り上げがあるものの、やはり売り上げの数そのものは落ちている。

 しかしそれは、値下がりしきった後の反動が大きいため、全力で生産力増強と、支店の充実、更に現場の社員の訓練やSVの人材育成や、人材の迎え入れ、また転職元の企業に対するケアについても話し合われていた。

 

「そりゃまあ、大学生は社会経験ない人が多いからな」

 

 普通なら、あたしたちみたいな大物は、見かけても気を遣うものだけど、ミーハー感情のある若い人の場合、あたしたちのことを「芸能人」と勘違いしている人も多いのよね。

 

「ったく、俺たちは研究者で実業家であって芸能人じゃねーのに」

 

 浩介くんも同じことを考えていたのか、似たような話をしていた。

 

「まあ確かに、若くして、しかも日本人の世界一の資産家ってのは30年以上出てなかったからな」

 

 あら? 以前にはいたのかしら?

 むしろそっちの方が驚きだわ。

 

「あたしたちが生まれる前……というより、あたしたち以前にも世界一の資産家だった日本人っていたのね」

 

 30年以上前ってことは、まあ多分、いわゆる「バブル景気」の影響だとは思うけども。

 

「まあな。ただ、世界一の資産家で当時3兆円近くの資産を持ってたとされた人が、そのまま世界一の資産家として亡くなった時には国の発表では資産120億円だったってのもあったな。主な原因としては、会社名義の土地も彼個人の土地に計算したせいだ」

 

 へー、そういうことがあったのね。

 ……まあいいわ。今は今、あたしたちが、蓬莱教授こそが世界一のお金持ちだもの。

 

「バブルは土地バブルだったからな。今は株が大富豪たちの資産の多くになっているな」

 

 大体は、あたしたちと同じで、創業して大株主になったり、黎明期から投資した会社が大成功して資産家になるケースが多いらしい。

 あたしたちも、創業した蓬莱カンパニーの株式上場のおかげで、こうして「世界一の資産家」と評されるようになった。

 

「ええ」

 

 配当金を利子にしたりしていけば、あたしたちの資産は更に増える。

 もちろん、税金対策として、余ったお金を、ふるさと納税などに回していく必要性も出てくるだろう。

 ……まあ正直言うと、税率高いと言っても、手元に残ったお金も使いきれないし、節税したいとは毛頭思わないわ。

 蓬莱の薬を飲んじゃったから、相続のことも心配しなくていい身分になったし、万一相続するにしても、相続税で半分取られたところで痛くも痒くもないのよね。

 富を再分配してくれるならむしろ蓬莱カンパニーとしても歓迎だし。

 ……って、そういう発想が成金なのかしら?

 

「俺も資産がとてつもないことになったから、寄付もきっぱり止むと思ったんだが……見通しが甘かった。どうやらそうでもないらしい」

 

「へー、意外だわ」

 

 蓬莱教授は個人ランキングでは、あたしと浩介くんでさえ同率2位なのに、株だけであたしの3分の4も持っている文句なしのダントツ世界一の大富豪となっている。

 正直に言って、世界一の大富豪に寄付なんかしてどうするつもりなのよ?

 寄付するとしても、例えばお金がなくて蓬莱の薬を買えない貧困層にしようよ……もう因果律滅茶苦茶だわ。

 

「正直、今度の株式配当も含めて、以前から俺の手元には使わない……というよりも使えきれないお金ばかりがたまっておる。これは経済にとっても非常によくない」

 

 

「富裕層は富裕層らしい生活をせねばなるまい。優子さんたちも松濤に豪邸を建てるんだろ? 実際俺も佐和山大学からほど近い所に家を持っているんだが、その家を1600坪くらいに拡大できないかと思っている。あーこれでも優子さんたちの家よりは費用はかからんよ。あーもちろん1600坪だからそれなりの値段はするがね。だがそれでも毎年数千億なんてレベルだと、使い切れんものは使い切れん。そこで俺は、寄付金や株式の配当金の一部を割り当てて独自に金融機関を作ることにした」

 

「どういうことですか?」

 

「会社のお金にして株主の配当と従業員の給与に回そうと思ったんだが、それもそれでよくないと思ったんだ。そこでだ、使って持て余したお金で年金財団を作り、毎年一定額に対して国民の数で等分した金額を、彼ら全員に配ろうと思う。あ、優子さんたちまで参加を強要する訳じゃないぞ」

 

 はっきり言って、それは共産主義的な発想ではあった。

 しかしながら、このまま行けば、あたしたちに富の集中が起きるばかりか、貧困者がますます貧困になって、月2000円さえ払えない状況に陥る国民が増えたら、あたしたちにとって致命的な問題となる。

 あたしたちは、いわば「厚利多売」な商売をしている。しかも独占権を得て安全圏内から。だからこそ世界一の資産家となった。

 そして国民全員、引いては全世界の全人類に蓬莱の薬を売っていく必要がある。

 しかし日本や世界には、蓬莱の薬のお金さえ払うのが難しい人もたくさんいる。

 もちろん今すぐにではないが、そうした人のための寄付財団というのも、必要にはなってくるだろう。

 

「とにかく、一部の人だけが利益を得るような状況はまずいというわけね」

 

 あたしたちは未来の顧客のために、暴利の一部を還元した方が結果的に自分たちもより暴利を貪れるとも言えるけど。

 

「ああ、そういうことだ」

 

 結局、「共産主義的」と批判された蓬莱カンパニーの方針を達成させるためには、「資本主義の権化」とも言えるあたしたち自身が、共産主義的な手法を実践する必要があった。

 

「さて、この寄付において問題になることが1つある。日本だけならまだあまり問題ないんだが、世界に寄付する時だ」

 

 蓬莱教授は次の議題に移ろうとしていた。

 

「どういうことですか?」

 

「アフリカがいつまでたっても発展しない理由はな。寄付をしても途中で役人がごっそり持っていっちゃうせいなんだ。つまり中間搾取というやつだな。あーもちろん、さすがに100年経てば色々と変わってくるとは思うがね?」

 

「ええ」

 

「腐敗の激しいいわゆる『失敗国家』と言われる国に寄付する場合には、未来でも同じことが起こる可能性があるんだ。つまり役人の中間搾取だったり、あるいは被支援者自身の堕落だ」

 

 蓬莱教授の方針では、日本の場合は全国民だが、世界にこの支援を拡大する場合、所得が一定以下で、なおかつ蓬莱の薬を購入する意思のある人にのみ支援を行うつもりだという。

 

「ただ金を渡すだけじゃその日のうちに遊びで使っちゃうなんてこともあるからな。ちゃんと蓬莱の薬のローン支払いに使ってもらわないと困るだろ?」

 

「そうだな」

 

 蓬莱教授によれば、潤沢な支援を受けているにも関わらず発展しない国の腐敗度はあまりにもひどく、上から下までどうしようもない状況だという。

 とにかく労働意欲がなく、しかも貯蓄ができない。

 

 生き方が刹那的で、財産があると見るやすぐに使ってしまう。

 しかも、欧米に植民地にされた経験から、何か都合の悪いことがあるとすぐに彼らのせいにして、援助慣れもひどく「また援助してもらえばいいんだから働く必要はない」と考えている人が多いのだとか。

 

「何だか、永原先生の話を思い出すわ」

 

「ああ、『貧すれば鈍する』とはよく言ったものだ。だが、だからと言って彼らを放置するわけにもいかん」

 

 蓬莱教授としては、蓬莱カンパニーの内部統制と同じように、相互監視と密告制、そして連座制で、そうした腐敗を徹底的に取り締まることも考えた。

 しかし彼らの場合、あまりにも刹那的な生き方をしているので、すぐにばれるような虚偽の密告をしたり、不正を地域ぐるみ、部族ぐるみで隠蔽したり、そもそも目の前の果実を前に連座制のリスクさえ忘れてしまうくらい欲望に忠実な場合さえあるという。

 

「最終的には彼らの成熟を期待するしかない。果たして100年で変われるかどうか、だな」

 

 今のところは、この問題は先送りにするしかないというのが蓬莱教授の結論だった。

 不老社会が到来した結果、今の日本は今まで以上に高度成長に沸いていて、AIに置き換えられた仕事があったと同時に、AIの登場によって、これまでなかった新しい仕事も創出されたため、あたしが高校生の頃によくあった「大量失業時代」は、ついに訪れることはなかった。

 

 また、現在は生産ばかりが注目されているけれども、「消費するAI」という新しい概念を提唱する会社も出てきた。

 

「どちらにしても、世界同時解放というのは衝撃的になるだろう。100年後、今と同じ国々がそうなっているかはともかく、先進国と途上国は存在するだりろうさ。その時に全世界全国民にいかようにして蓬莱の薬を配った上で、企業としても収益を出すか、そこが課題になる」

 

 日本がもたらした不老は、世界から羨む目を向けられている。

 しかしながら、諸外国からの蓬莱カンパニーに対する「市場解放」の要望は、今はぴったり止まって来なくなった。

 とはいえ、日本の一人勝ちが鮮明になればなるほど、彼らは無理と分かっていても圧力をかける可能性が増すのよね。

 ……今度松濤に建てる豪邸の警備も、見直した方がいいかしら?

 

 あたしたちは、在庫をどんどん溜めていて、工場の倉庫や各支店に、次々と納入されている。

 一時、小売業界から「うちの店に置かせて欲しい」という要望があったにはあったが、これについては「安全と機密保持上の問題がある」と回答した結果、すんなりと引き下がってくれた。

 向こうもいかにも「ダメ元」って感じだったし、この件に関しては一切わだかまりも残らなかった。

 

「とにかく、今は短期的には値下げが終わった来年に向けて、長期的には全世界発売が解禁になる100年後に向けて、頑張っていくしかないわね」

 

「そうだな。流通網に関しても、木ノ本さんの宇宙開発がうまく行けば、宇宙規模での流通事業の開拓が必要になってくるな」

 

 実は桂子ちゃんは、かわいく若く美人だという理由で引っ張り出された。

 もちろんチームの中では重要な地位にはいるものの、総責任者というわけではない。

 まあ、イメージって大事だものね。

 あたしもかわいくて美人な女の子だから、いるだけでイメージ向上して雰囲気がよくなるのは、よく分かるわ。

 

「さ、休憩はこの辺にして、実験を続けようか」

 

「「はい」」

 

 あたしたちは最後の単位に向けて、実験と講義を続けていく。

 最後の最後ともなると、あたしたちも無意識に力が入るわね。

 これがいい結果を産み出してくれると、本当にいいんだけど。

 

 

「続いてのニュースです、政府は、昨年度のGDPの値を上方修正し──」

 

 家に帰ってニュースを見ると、また経済指標のニュースをやっていた。

 

「続いては特集です。今や将来的に生きていくのに必須とも言われるようになった『蓬莱の薬』、蓬莱カンパニーへの支持率は99%に達しています。しかし一方で、宗教的理由などから、子供に蓬莱の薬を飲ませないと公言する親も出てきています」

 

 しかし一方で、「蓬莱の薬を買えない人々」という特集が組まれていた。

 それによれば、親が信じている宗教的な問題で、「蓬莱の薬に反対されている」という見出しだった。

 もちろん、蓬莱教授としては、そうした親は絶縁理由になるほどの「毒親」であることは間違いない。

 しかし、変なところで優しすぎるため、それに踏み込むことはしにくいという。

 

「どうしようかしらね?」

 

「んー、こういう事例も出てくるよなあー」

 

 親族の縁を担保に、蓬莱の薬を売らせないというのは、生存権の侵害でもあるし、政府の福祉縮小を邪魔する行為でもある上に、そもそもこれからの価値観で言えば、数十年にも及ぶ拷問の末での殺人に等しい。しかも本人に非はないからなおのことたちが悪い。

 本来ならその宗教ごと蓬莱の薬の不融通を宣告し、脱会を促すべきなのだろうけど、薬の不融通は彼らにとってみれば痛くも痒くもない上に、企業ぐるみで脱会を促しちゃったら信教の自由とぶつかってしまうのよね。

 カルト宗教の2世問題はそういった意味で被害が深刻で、あたしたちとしても解決しなければいけない問題にはなってくると思う。

 

「ともあれ、値下げが終わったら、『飲ませてもらえない人のための相談窓口』を設けねえとな」

 

「ええ」

 

 もちろん、本人を救うだけなら、積極的に絶縁を促してしまい、洗脳を上書きしてしまうのが一番早い。

 実際蓬莱の薬を飲まなかった両親は、その短い寿命の中で、悲惨で惨めな最期を遂げることは確実であるから、本人も「ああならないでよかった」と胸を撫で下ろすに違いないわ。

 だが世間一般では、蓬莱カンパニーは優良企業であり、社員への福利厚生は抜群で、しかも商売方法も良心的で知られている。

 逆らうものに容赦しない以上、それ以外のところは徹底的に面目を傷つけないためのシステムになっている。

 そのため、相談窓口で積極的に絶縁を促す何てことをしたら、間違いなく大きなスキャンダルになる。

 とはいえ、今はともかく、近未来の日本では、蓬莱の薬を飲ませないというのは、恐らくあらゆる虐待の中でも最も深刻な虐待になることは容易に想像がつく。

 

「とりあえず、児童相談所や教育委員会と連携して、蓬莱の薬を飲ませないように脅したりすることそのものを『虐待』と認定してもらうように、呼び掛けるしかないわね」

 

「ああ、今はそうするしかないだろうな」

 

 あたしたちは、この期に及んで蓬莱の薬を飲まない人々の子供に対する対策を考えながら、この日を終えた。

 この内容、株主総会でも話した方がいいかしら?


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