永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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初めての株主総会 前編

 5月9日、あたしは女の子になって10年が経った。

 高校2年生だったあたしは、大学院博士課程の3年生になり、蓬莱カンパニーの常務取締役となった。

 そしてこの日は日曜日。

 まだ一般的な時期としては早いけど、あたしが女の子になって10年という節目を記念して、蓬莱カンパニー本社ビルで株主総会が開かれることになった。

 

 あたしたちはもちろん、主要な大株主を除いて投資家たちとはもちろん面識はない。

 あたしたちは自身も大株主ではあるけど、投資家たちも株価の維持のために重要な株主であることには違いはない。

 だから、あんまり自分の意見ばかりを押し付けちゃうと、株価急落という形で、資産が目減りすることになる。

 まあ多少減ったところで、来年の資産ランキングが落ちるだけでどうということはないんだけどね。

 

「株主総会、楽しみだけど緊張するぜ」

 

 浩介くん、かなり緊張しているみたいね。

 あたしでさえ心臓がバクバク行っているのに、矢面に立つ浩介くんの緊張度合いは想像もつかないほどになるわよね。

 

「うん、あたしも」

 

 株主総会には、取締役が全員出席することになっている。

 蓬莱カンパニーには現在取締役が7人いて、そのうちの5人は主要株主も兼ねているため、特に社長であり保有株の15%弱を保持している浩介くんにのし掛かる負担は大きいわね。

 

「それにしても、この電車に乗るのもそろそろ見納めね」

 

「ああ」

 

 住みなれた沿線に乗り慣れた電車、あたしたちが住む新しい豪邸の完成はもうすぐそこに迫っている。

 家だけではなく、今まで使っていた家具類なども、これから住む豪邸にふさわしくないと判断されたものの多くは売りに出されて、最高級のものに交換される。

 また歯ブラシや箸などの日用品は使い慣れというのを踏まえていくらかは使い回しになるけれども、これも寿命というものがあるため、買い換える時は住宅街付近の店で買うことになるために、随時高級品に変わっていくことが決定している。

 最も、売りに出されると言っても、正直に言えばこれからの収入に比べれば、無いに等しいようなはした金なので、得た金は高級料亭に行く際のお金にしようかと考えている。

 

 あたしたちはいつもの通勤ルートを使って、蓬莱カンパニー本社の入っているビルへと向かう。

 今回はそのビルの48階にあるオフィスフロアを全て間借りした上で株主総会は開かれることになっている。

 

 あたしたちは、上層用エレベーターに乗り換える。

 エレベーターに乗った人は全員が48階の「蓬莱カンパニー株主総会」を目的地にしていた。

 

「社長、常務、お疲れ様です」

 

 見ず知らずの株主さんに声をかけられた。

 

「あ、お疲れ様です」

 

 蓬莱カンパニーは今、専務と常務が美人として注目されていて、特にあたしは以前からの知名度があったために特に世間の注目度が高くなった。

 取締役7人のうち3人が女性とその比率は高いけど、一部には「女性と言ってもTS病で元男だしなあ……」という意見があった。

 こうした意見については、あたしたちと協会とでそれぞれ厳重に抗議することにした。

 男のような扱いをするのは、今でもあたしにとっては最も尊厳を傷つけられる行為であることには変わりはないもの。

 

「48階です……48th floor.」

 

 エレベーターの機械音声が階数を話し、全員が一斉に降りていく。

 ドアパネルに一番近かった浩介くんがボタンを操作し、最後にあたしたちが降りる。

 まあ株主の序列からすれば、あたしたちが一番最初に降りちゃってもよかったんだけどね。

 

 エレベーターを降りたところには「株主総会会場はこちら」という表示が見え、中で株主を証明するための手続きが行われているが、言うまでもなくあたしたちは顔パスだ。

 中に入ると、既にオフィスの中は株主総会用に、大量の机と椅子が並べられ、前方にあたしたちのための長机、そしてプロジェクターが装備されている。

 要するにこれで株主の人に説明する、というわけね。

 

「おはようございます」

 

「おはようございます」

 

 既に到着していた取締役の和邇先輩と挨拶をする。

 今回この株主総会では、主に社長の浩介くんが矢面に立つことになっていて、あたしたちも自分の職能範囲についての質問が来た場合は、それに答える義務がある。

 外国人投資家を制限しているため、中は日本人で埋め尽くされていた。

 

 株主さんたちの席は自由で、みんな思い思いに話している。

 株主総会では、今後の経営方針や、決算報告などからの配当金の決定、更には資金や経営資源の使い方を話し合う。

 また、現在のところ乏しい株主優待制度についても、蓬莱の薬の割引を含め、いくつか検討していきたい。

 もちろん、短期的な蓬莱カンパニーの基本方針は譲れないけれど、彼らもそうした根本を覆すような主張を執拗に繰り返すとは思えない。

 

 とはいえ、市場はとにかく正直だし、いくらあたしたち自信が株主とはいえ、いくらか配慮する必要がある。

 とはいえ譲歩のしすぎは彼らの増長をも生むから注意しないといけないのよね。

 

「篠原さん、おはよう」

 

「あ、永原会長」

 

 あたしに話しかけてきたのは、相談役の永原先生だった。

 

「ふふ、今日は株主総会だね。私は向こうの席に座るわね」

 

 永原先生は取締役ではないので、役員でもない。

 そのため、10%強の株式を保有する永原先生は、いわば「取締役でない人の中では筆頭株主」ということになる。

 いや、それどころか永原先生の場合、やはり5%保有の「日本性転換症候群協会」の会長でもある。

 永原先生は、この株主総会に、「協会の代表」としても出席しているため、実質的にはちょうど15%保有のあたしと浩介くんを僅かに上回る議決権を持っていることになる。

 とはいえ、取締役ではない人は蓬莱カンパニーの従業員であるないに関わらず、向こうの自由席に座ってもらうことになっているのは同じ。

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 とはいえ、永原先生はあたしとも10年来の付き合いだし、永原先生自身が既に10兆円以上の資産を保有しているため、わざわざあたしたちに異を唱えるとも思えなかった。

 ちなみにこの株主総会は、さすがに1株所持者からの参加は会場手配の問題もあったので、今回は10株所持以上という条件に変更し、来年以降は広い会場を借り上げて、1株でも保有している株主から参加可能とする予定になっている。

 

「お、よく集まっているな」

 

「蓬莱教授、お疲れ様です」

 

 代表取締役会長の蓬莱教授が姿を表すと、株主からもどよめきがわいてきた。

 株主席からも、「2回目のノーベル賞はいつになるんだろう?」といった声が流れていた。

 

「さて、待ちに待った株主総会だ。これまでは俺たちだけが株を持っていたから、開く必要のないものだったが、今年からは毎年これが開かれることになるな。来年は、会場を広くするんだってな」

 

「ええ」

 

 あたしたちにも、緊張の一瞬が流れる。

 蓬莱教授の後、取締役も全員が集まり、株主さんたちもどんどん集まってくる。

 うー、それにしても、すごい数だわ。

 

「とにかく、株主の機嫌は損ねたくはねえが……まあ俺たち自身も筆頭株主だからな。その辺りは忘れちゃいかんぞ」

 

「ええ分かってます」

 

 会社は株主のものであって社長のものではないという言葉はよく聞くが、実際には社長を始め経営者自身が株主であることの方が圧倒的に多い。

 特に大きな企業で筆頭株主何て言う場合には、あたしたちと同じように、「ビリオネア」と呼ばれる大富豪になることがよくある。

 

 ともあれ、もうじき時間になるので、あたしたちも直前準備に終われている。

 プロジェクターからのモニターには、「蓬莱カンパニー株主総会」という文字が並んでいる。

 2ページ目以降に、会社概要や主要株主が説明されることになっている。

 

 

「えー時間になりましたので、ただいまより株主総会を開きます。始めに、我々取締役会の構成員を紹介いたします。まず、司会進行役を勤めさせていただきます私代表取締役社長の篠原浩介と申します皆様よろしくお願い致します」

 

  パチパチパチパチパチ!!!

 

 浩介くんが最初の挨拶と自己紹介を終えると、株主たちの席から大きな拍手が沸き起こった。

 浩介くんの経営手腕は、正直に言って平凡なものだった。

 蓬莱教授やあたしも含め、前例のないことに挑戦し続けるためにこれまでの知識が役に立たないし、国から独占を始め様々な特権を与えられたが故にできたこともあった。

 それでも、浩介くんの経営手腕は失敗がほぼなく、安定起動に会社をのせることができただけでも、創業間もないベンチャー企業の経営者としては、有能なのかもしれないわね。

 拍手はかなり長く続き、拍手が終わったのを見計らって、浩介くんが再び動く。

 

「えー続きまして、知らない方はいらっしゃらないとは思いますが、当社代表取締役会長の蓬莱伸吾です」

 

  パチパチパチパチパチ!!!

 

 蓬莱教授が椅子から立ち上がり、黙って一礼をする。

 さっきの拍手が長かったために気を遣わせてしまった反省からか、今度は拍手が短くなった。

 

「続いてですね、えーこちらに座っているのが専務取締役の比良道子です」

 

「よろしくお願いします」

 

  パチパチパチパチパチ!!!

 

 比良さんの番になると、さすがに手が痛くなったのか、拍手も短くなる。

 

「次にですね、こちらが当社常務取締役の篠原優子です」

 

「よろしくお願い致します」

 

  パチパチパチパチパチ!!!

 

 あたしはゆっくり立ち上がって、丁寧な所作を心がけて一礼する。

 株主さんたちの視線は、やっぱり露骨なくらい、あたしの胸に向かっていた。

 比良さんや余呉さんだって、TS病なので胸は結構大きいけど、江戸時代の人とあってか、やはり飛び抜けて大きいあたしと比べると小さいと言わざるを得ない。

 男の視線は、胸が一番大きい女性に集まる傾向にあるので、あたしはいつも注目の的だった。

 

「続いては──」

 

 浩介くんが取締役全員を紹介し終わると、元の位置に戻り、プロジェクターを制御しているノートパソコンの後ろに陣取った。

 キーボードを叩くと、プロジェクターの画面が代わり、会社名や従業員数、創立年度や資本金といった基本データが表示された。

 

「ではですね。まずは蓬莱カンパニーの簡単な会社概要から振り替えって参ります。こちらに関しましてはお手元の資料に同じものが入っていますので併せてご覧ください。えーまず蓬莱カンパニーの創設は一昨年、代表取締役は私と蓬莱会長、資本金は──」

 

 表に基づいたデータを浩介くんが読み上げていく。

 株主さんたちは、前のプロジェクター画面を見る人と、手元の配布資料を見る人とで半々といった感じね。

 

「では続きまして、蓬莱カンパニーの株式について見て参ります」

 

 ガチッという音と共にプロジェクターの画面が切り替わる。

 画面の多くが円グラフになっている。

 

「蓬莱カンパニーの株式総数は現在約10億株となっております。金曜日の終値が109011円、保有割合ですが蓬莱会長が20%、私と常務でそれぞれ14.99%、取締役ではありませんが、永原相談役が10.02%、それからTS病患者で作ります日本性転換症候群協会が5%となっておりまして、こちらの協会には永原相談役が会長として就任しております他、比良専務が副会長を、篠原優子常務が正会員と広報部長を、余呉取締役が正会員と東北支部長、そして統括支部長をそれぞれ務められております」

 

 プライベートではあたしのことを「優子ちゃん」と呼ぶ浩介くんも、やはりこういった場では他人行儀な接し方のならざるを得ない。

 やっぱり、ちょっとだけ寂しいかしら?

 

「蓬莱の薬の研究は、男性から女性へと変貌を遂げた上で老化しなくなるTS病が全てのベースで作られておりまして、協会の協力なしには蓬莱カンパニーは実現しませんでした」

 

 もちろん、この事も今では世間での常識にはなっているが、初めて開く株主総会ということもあってか、基礎からの復習を行っている。

 

「えーグラフに戻りまして、主要株主では更に比良専務に3%、余呉取締役が2%の株式を保有しています。でですね、私たちは経済誌からビリオネアとして『世界長者番付』に掲載されました。特に会長と私と常務はそれぞれ長者番付の1,2,3位の表彰台を独占しました」

 

 蓬莱教授の資産21兆円を筆頭に余呉さんの2.1兆円まで、あたしたち大株主の資産額が出て、株主たちから「おー」という声が上がった。

 いずれも、世界長者番付としてあげられた資産10億ドル以上のビリオネアたちのランキングの中でも、あたしたちが表彰台独占の他にも、永原先生が1桁順位に、比良さん余呉さんも2桁順位となる上位にランクインしていることが示された。

 しかも、これらのランキングは、蓬莱教授以外の人は全員初登場であることも注目された。

 

「これを見て分かりますように、今回の株主総会、司会進行は私が勤めさせていただきますが、同時に私たち自身も株主として意見を出したり、議決に加わったりしたりしますことを予めご了承ください」

 

 浩介くんがそう言うが、株主たちの反応は薄い。

 まあ、分かりきってることだものね。

 

「さて、では本題の入りましょう。まずは定足数を満たしているかですが、今我々取締役と、永原相談役が本日出席しております故に、それだけで定足数は満たしております」

 

 浩介くんの定足数報告は、すぐに終わってしまった。

 まあ、こんなこと分かりきっているし、時間をかけても仕方ないものね。

 

「続きまして、営業報告に入ります。えー、こちらが当社の貸借対照表となります」

 

 株主さんから「おー」との声が聞こえてくる。

 大幅な黒字決算となっていて、法人税もかなり納税している。

 

「えー、当社上場前より再三申し上げておりますが、今年は減収が予想されております。来年度以降で、値下げが終わってから、おそらく予約が殺到するものと思われます」

 

 浩介くんのいっていることは、当然株主さんも知っている。

 

「これに関しましては、蓬莱カンパニーの社会的責任に起きましても、不老を享受できる人とできない人で社会的分断を引き起こさないというのが最大の課題になっております」

 

 次に浩介くんは、「何故そうした分断を起こしてはならないか?」について懇切丁寧に説明し始めた。

 もしかすれば、値段据え置きのまま客単価を上げた方が収益が上がるという見方もできるが、国民全員が不老となった方が、将来的にも人工が大幅に増加し、長期的には売り上げが伸びるという計算がたてられていた。

 

「皆さんこれからはですね、人生数百年、あるいは数千年、もっと言えば万単位の人生を歩んでいく人も出てくるでしょう。投資家の皆さんですとそういったことは難しいのかもしれませんが、数百年後、あるいは数千年後を見据えた当社の経営につきまして、是非ご理解ください」

 

 特にこの会社は、人類をこれまではTS病患者でもなければ考えにも及ばなかった長寿へと導く会社になる。

 そういった意味で、この会社がもたらす社会的な意義は大きい。

 さて後は、この階層分断の防止という名目を、世界が理解できるかどうかよね?

 

「さて次に参ります。我々は当初は工場での直売のみでしたが、全国各地に支店を建設して参ります。まもなく全都道府県に支店が完成しますと同時に小さな村には出張所を設けることになっております」

 

 浩介くんが、資料を用いながら支店と出張所について解説を加えていく。

 ちなみに、資料の中には「ワンオペ厳禁」と書いてある。

 この辺りは、営業報告としても重要なところよね。


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