永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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初めての株主総会 後編

「ここにワンオペ厳禁とありますように、当社は社内の機密管理を徹底しております。その理由につきましては、もし他所にこれが流れてしまった場合にですね、数百年単位で発覚する極めて特定困難な詐欺が横行する危険性があるからです。同様の理由で、当社は蓬莱の薬の製造について独占販売特権を持っております」

 

 蓬莱の薬は、事実上のインフラやライフライン、つまり電力や水道、ガスなどと同じ扱いを国から受けた。

 純民間ではあるものの、公共性も強い企業という意味では、大手私鉄と呼ばれる民営鉄道がそれに当てはまるわね。

 こういった企業では、民間と公共性を都合よく使い分けることがしやすいというのも事実だった。

 

 「人件費と従業員数は、実はもっと削ることができるのですが、機密漏洩とそれに伴う超長期詐欺の防止のためには、どうしても社員が不正していないか、相互監視や密告という制度にある程度頼らざるを得ないということを、株主の皆様もどうかご理解ください」

 

 浩介くんはいつにも増して平身低頭に接している。

 株主という存在は会社にとっては生命線でもある。だから自分たちが大株主でも、株主さんたちに配慮する必要があるということね。

 この相互監視や密告制度は、組織ぐるみでの不正計画を立て辛くする効果もある。

 

「でですね、このような制度を作るわけですから、当然に他の部分でカバーする必要があることはご理解ください。当社では従業員の給料を高く見積もっておりますことは、こうした密告制度の採用による社員の不満を、代償として押さえる側面があるということでもあります」

 

 つまり、現状において人件費が高いのは「無駄遣い」ではないということを浩介くんは言いたいわけね。

 最も、現在進行形で、人手不足があまりに長く続いている影響からか、最近の企業はどこもかしくも「人への投資」を考えるようになった。

 蓬莱カンパニーもそれに倣って、給与の金払いに気を遣うことになっている。

 

「配当金はある程度の額を確保するつもりでありますが、社員たちの給与アップにもかなりの金額を回すことはご理解ください」

 

 さて、次のお題に入ったわね。

 

「株式の配当金なんですけれども、今回は内部留保や社員の給与、特に全世界同時販売に向けた設備投資などを回していった結果、今年度の配当金は1株あたり1500円と致します」

 

 株主さんたちから「おー」という声があがった。

 株価10万円で配当金1500円というのが果たして安いのか高いのかは分からないけど、あたしたちは夫婦併せて4500億円近い収入を得ることができた。

 もちろんこれにも税金はかかるけど、配当金の税率は一般の所得税よりも安いし、正直年収なんて4500億どころか1億でも多いくらいよね。

 あー、あの豪邸だと1億だときついわね。

 

「配当金について異議のある方はいらっしゃいますか?」

 

 浩介くんがそう言うと、あたりを見渡す。

 しかし、誰も手をあげようとしない。

 

「えっと、無いようでしたらこのまま──」

 

「はい」

 

 浩介くんが次の議題へと話を進めようとした瞬間、会場から女性の声と共に手があがった。

 みんなで一斉に見てみると、それは永原先生だった。

 永原先生が株主としての意見を通すということね。

 

「えっと……はい、それでは……」

 

 浩介くんがそのまま歩いてもう1つのマイクを永原先生に渡し、素早く自分の席に戻る。

 永原先生はそれを見てからマイクを握り直す。

 

「えっと、設備投資の費用ですけれどももう少し下げられないですか?」

 

 おそらく、閉塞感を打破するための質問よねこれ。

 永原先生自身、この意図は分かっているはずだもの。

 

「えっと、はい。日本への生産ならば大丈夫なんですけれども、やはり100年後の全世界同時販売に向けた生産増強と考えますと設備投資の拡充は必要になります。特にこれから100年間は在庫をひたすら増やす必要もありますから」

 

「ありがとうございました」

 

 永原先生が、軽くそう挨拶する。

 

「他に、配当金について意見のある方はいらっしゃいますか?」

 

 すると今度は、恐る恐る数人が手を上げた。

 やっぱりさっきの永原先生の質問は雰囲気作りのためだったのね。

 

「えっと、来年度の配当見込みはどうなっていますか?」

 

「まず来年度は段階的な値下げもありまして減収が予想されます。それによって株主さんたちの投資熱も収まると考えておりますので、確実に今年よりは少なくなると思いますが、具体的にいくらというのは何とも言えないところであります」

 

 浩介くんが株主さんに丁寧に説明する。

 その後もいくつか質問があったものの、結局この配当金の案が可決された。

 

「続いて、役員の人事に移ります。現在の取締役は先程紹介致しました7人体制となっております。現在のところ、これを変更する予定はございません。各取締役の役割ですが、私が全体を統括し、会長は重要事項に関しましての最終決定権を、専務には運営、労働のあり方を、常務には新事業の進行を、各工場長と支店統括の取締役は、それぞれの役割に応じて業務をしてもらっています」

 

 浩介くんが取締役の人事について、今年度は人事に変更はなく、しかし来年度以降には、新しく取締役を迎え入れる予定になっているという。

 その辺りはまた来年度の株主総会で行うとのことで、この事については「異議なし」となった。

 まあ、何でもかんでも「異議あり」じゃしょうがないものね。

 株主さんたちも、この会社が置かれている状況が特殊なことは分かっている上に、既に独占などの権利が認められているため、これ以上の主張は国の機嫌を損ねてかえって損をする可能性があることも知っていた。

 そのため、比較的静かな株主総会が、維持され始めている。

 

「えーではですね、最後に蓬莱カンパニー全般についての質疑応答に入りたいと思います」

 

 浩介くんが次のスライドを出すと、そこには白い背景に巨大な黒文字で「質疑応答」とのみ書かれているシンプルなもので、こちらで最後のスライドになっている。

 

「はい」

 

 すると、やはり数人の株主さんから手があがった。

 まあ、ここからが本番よね。

 

「ではこちらの方」

 

 浩介くんが直接マイクをもって動き回る。

 疲れるだろうなあ……さすが浩介くんだわ。

 

「えっと、蓬莱カンパニーの今後なんですが、他の事業に進出する予定はありますか?」

 

 おっと、これはあたしの方がいいかしら?

 

「あ」

 

「うん」

 

 浩介くんに目配せし、あたしがマイクを受けとる。

 ふふ、長い付き合いっていいわね。

 

「はい、現在蓬莱カンパニーでは佐和山大学と小谷学園との連携を強めて、将来的な技術者の養成を考えております。佐和山大学の蓬莱教授をはじめとした研究成果を、素早く反映させることも可能です。また、場合によっては学校法人の買収もあり得ます」

 

 あたしが初めてマイクを取る。

 あたしは今後行われる事業を説明していく。もちろん、これらに関してはまだ検討中の段階ではあるのよね。

 

「もうひとつはですね、今後全国民に蓬莱の薬を飲ませる際に、親などの宗教的事情や極度の貧困から蓬莱の薬を飲めないという人に対しての支援事業を展開して参りたいと思います。こちらの方としましては、我々経営陣がこぞって世界上位の資産家となりましたことや、蓬莱の薬における長期的な販売の拡大を元に行って参りたいと思っております」

 

 あたしが全てを説明し終わる。

 ふう、株主総会で説明するって疲れるわ。

 

「ありがとうございました」

 

「では、次の質疑応答です」

 

「はい」

 

 今度は別の株主さんが指名された。

 次は何が来るかしら?

 

「その支援事業なんですけれども、蓬莱カンパニーで行うということですか?」

 

「あー、それにつきましては会長の方からお願いします」

 

 今度は浩介くんが蓬莱教授を指名する。

 蓬莱教授がマイクを受けとると、株主さんたちの表情もやや緊張が走る。

 や播磨だどこかで、蓬莱教授が恐れられているということはあると思う。

 

「おほん、えーそれにつきましてはですね、関連企業として、『蓬莱財団』というのを作りたいと思っております。今回の株主総会での配当金を使用したりすることになるでしょう」

 

 蓬莱教授は、以前あたしたちに説明してくれたことと全く同じことを株主総会で説明する。

 不老化ともなれば、例え100年に1人しか子供を産まずとも、1000年生きれば出生率は10となることを示しており、このことからも、一部の富裕層のみが恩恵を受けるのは、長期的には大損になることが示されている。

 

「なるほど、よく分かりました。未来への投資ですね」

 

「そうだ、何も慈善事業という側面だけではないことは、あえて強調しておきたい」

 

 株主さんも、おそらく蓬莱の薬を飲んでいる人が多いと思う。

 そうなれば、当然蓬莱の薬が人口の爆発を引き起こし、それがすなわち宇宙開発へと向かっていくことは確かだった。

 しかし人口の爆発は、それだけ蓬莱カンパニーの未来、それもこれからの時代のスケールではとても近い未来の顧客が増えるという意味でもある。

 今の時代不慮の事故に巻き込まれる確率はとても低くなり、恐らく蓬莱の薬を飲んだ人や、TS病になった人は、1000年以上生きるとは思う。

 そうやって人の数が増えていけば蓬莱カンパニーの売り上げも青天井になり、それが更に投資家の投資を呼び、最終的にはあたしたちの資産がとてつもない金額になることは明白だった。

 そしてそのためには、低所得者に対する支援も必要になってくるのだという。

 

 投資家たちは株主総会でも短期的な要求を行うと言われており、中にはあまりにもそれで振り回され続けたがために上場を廃止してしまった企業もある。

 だけど、さすがに不老を提供する蓬莱カンパニーとあってみんな「未来への投資」に理解があるみたいでよかったわ。

 

「では次の質問をお願いします」

 

「はい」

 

 また別の株主さんから質問が入った。

 

「地方都市への支店計画が優位みたいですけど、もう少し人口の多い大都市圏に多く出店した方がいいのではないですか?」

 

 どうやら、首都圏への出店が少ないのが不満らしいわね。

 とはいえ、これは予想していた質問だった。

 

「それについては、余呉取締役の方からお願いします」

 

 支店関係については、全て余呉さんが受け持っているので、余呉さんに答えてもらうのが一番いい。

 余呉さんは支店を地域ごとに統括するSVをまとめるリーダーを勤めていて、支店の出店計画にも携わっている。

 

「えっとですね、大都市圏につきましては、まずは1路線に1店舗を目指しております。一方で地方に関しましては交通の便が悪いところも多いですから、まずは面積的なカバーをしていきたいと思っています。工場直売時代からもそうですが、製品が製品ですから、多少遠い所でも買いたい人はそちらに向かう傾向が強いというデータがあります。また、店に行列ができるといったことも今のところ起きておりません」

 

「ありがとうございます」

 

 余呉さんの説明はとても分かりやすい。

 つまり、店が混雑するということもあまりないので、地方の住民へ機会を与えた方がいいという判断だろう。

 株主さんたちの質疑応答は続くが、回答の後納得できないとして積極的に突っ込もうという人はいない。

 まあこの辺りは、蓬莱カンパニーの性質上、しょうがない一面もあるとは思うけど。

 

「では、次の質問です」

 

「あの、どうして今日株主総会なんですか? もう少し、例えば6月とかあると思ったんですが」

 

 確かに、法的には問題ないとは言え、この時期に株主総会を行う会社は少ない。

 

「あー実を言いますと本日に関しましては、TS病の私の妻が女の子になって10年目ということで、この時期に行うことになりました」

 

 株主さんからも、「おー」という感じの感心した声が上がっていく。

 あたしはTS病の女の子としては随分と有名になってしまった。

 そのため、あたしももう、女の子になって今日で10年になることはそれなりに関心があったらしい。

 あたしは相変わらず、10年前と変わらない、幼さの残った顔つきで、永原先生や比良さん、余呉さんほどでないにしても、あたしが会社の常務取締役をしているとは、微塵も思えないとは思うけどね。

 

 その後も質疑応答は続き、全てが終わったのは昼過ぎだった。

 

 それなりに時間は会ったものの、会社の核心に迫るような鋭い質問はなかった。

 まああってもそれは困るとは思うけどね。

 

 これらが終わると、次に株主さんとの懇親会ということになっているんだけど、こちらもオフィスにおいて美味しそうな寿司やその他の食事を振る舞うことになっている。

 

 親睦会と言っても、少しだけ食事を共にするだけなので、これからのビジネスの付き合いを学ぶことが主になるかな?

 

 そう思っていると、お寿司屋さんの人が出前を大量に持ってきた。

 株主さんの数も考えつつ注文を頼んでみて、少しちょうどいい量になったみたいでよかったわ。

 

 親睦会では、あたしたちは常に注目の的だった。

 来年以降の株価についての話もあったけど、これからの蓬莱カンパニーは長期安定体勢へと入るので、おそらく上場当初のような急速な上がり調子にはならないと答えざるを得なかった。

 じゃあいつ急騰するのかと言われた時には、「99年後」と答えた。

 普通なら「ふざけるな」と言われても文句言えない場面だけども、やはりそこは「超長期」の蓬莱カンパニーで、周囲の反応も、「まあそうだろうなあ」と言ったところだった。

 とはいえ、国家をも超越しかねないくらいには力を持っているので、利益確定売りなどで下がることはあっても、「暴落」するようなことはあり得ないと考えている。

 昼食代わりの食事会が終わり、あたしたちはようやく株主総会が解散となった。

 株主総会が終わると、株価が僅かに上昇した。

 今後の予定としては8月の夏にいよいよ松濤の豪邸に引っ越すことになっている。

 それに向けて、あたしたちは様々な手続きを始めていた。


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