永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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水泳での祝福

 永原先生が教頭先生を撃退した二日後の水曜日のロングホームルーム。この頃になると、徐々に私達の噂も消えかかっていた頃で、人の噂も七十五日ならぬ人の噂も二日という状況だ。ともあれ、この日は校長先生が直々に決めた部屋割りとバスの座席割が配られた。

 

 良かった! 私は桂子ちゃん、虎姫ちゃんとの3人部屋になった。

 他の女子グループも部屋割りに一喜一憂しているが、もうグループでの遺恨もなくてよかった。

 

 

 一方で男子の方は、誰とでもいいのような感じであまり反応はない。男はこのあたりドライだと感じた。

 私も元は男だし、男の感性は知っているけど、女の子になって改めて男の特徴を学習することも多くなったと思う。

 

 

 そしてこの日の放課後、実行委員の最後の大規模打ち合わせが行われた。

 

「えー、これが三日目の風呂見張りの当番表です」

 

 実行委員の仕事をメモしていく。仕事は意外と多岐にわたっていて、当番のローテーションも決められている。

 実行委員用のパンフレットがあるので、しっかり仕事しないと。

 最も、登山の時はまだ分からないけど……

 さて、この実行委員、篠原くんとうまくやれればいいけど……

 

 

「あの……篠原くん」

 

 会合が終わって、私が声をかける。

 

「え?」

 

「この間はありがとう。あたしのために、教頭先生に立ち向かってくれて……」

 

「……」

 

 また顔をそらしてくる。

 でも今思い返せば、あの時はっきり、私の中で篠原くんに守られていたんだという自覚を持ったんだ。

 

「頑張ろうね、実行委員」

 

「あ、ああ……」

 

 どれくらいの時間が経てば癒えるのかはわからない。でも、篠原くん自身が、今までの自分の行動が、ちゃんと償いになっていることを分かってくれれば、大丈夫。

 私はもう何度も許している旨を伝えている。後は篠原くん次第だ。

 

 

 金曜日、昼食から返ってくると、女子グループの何人かが話しているのが見えた。

 

「はぁ……最近彼氏とうまくいかないのよねえ……」

 

「龍香、そんなこと言ってもなんだかんだで関係継続だよね」

 

「そうなんですよねー、確かに別れるほどじゃないんですけど……あ、優子さん!」

 

「うん? どうしたの?」

 

「優子さん、私、彼氏とうまくいかないんです!」

 

 いきなり龍香ちゃんが私に悩みをぶちまける。

 

「どうしたの龍香ちゃん? あたしで良ければ聞くけど……」

 

「それが、昨日学校帰った後に彼氏とデートしたんですよ……」

 

「うんうん」

 

「それが、私服デートだったんですけど……服装に失敗してしまって」

 

「どんな服で行ったの?」

 

「私の彼氏、変態だから。スカート思いっきり短くして胸元も強調して、腕に胸を押し付けたりしたんですけど……」

 

「龍香の彼氏ったら不機嫌になったのよ。そのせいでヤれなかったとか何とかで欲求不満みたいよ」

 

 桂子ちゃんがさらりととんでもないことを言う。

 

「よ、欲求不満!?」

 

「優子さん、そりゃあ女子だって好きな人居れば……」

 

「そ、そうだよね、ゴメン……」

 

「まあ、それはいいんですよ。ところで私はどうすればよかったの? どうして彼氏不機嫌だったか、優子さんわかります?」

 

 分かる、デートの時、女子がよくやるミスだ。

 

「……うん、それは間違いなく嫉妬と独占欲だと思うよ」

 

「どゆこと?」

 

「デートって公共の場でするものでしょ?」

 

「……う、うん」

 

「龍香ちゃん美人でしょ? 彼氏さんはそんな龍香ちゃんを独占したいのよ」

 

「そ、それは分かるけど……どうして?」

 

「だって、彼氏さんからすると露出の多い服で行くと他の男にもエロい龍香ちゃんを見られる事になって、独占できなくて面白くないのよ」

 

「ほう、なるほどねえー」

 

「やっぱ優子ちゃんが言うと説得力があるわよね……元男っていう事実を抜きにさ」

 

「うんうん、優子さん、男子の心がよく分かってて、とにかく説得力が半端ないですよ」

 

「あ、あはは……」

 

 なんか複雑な気分だ。でも男扱いではなく、元男扱いだから嫌な気分でもない。

 

「ところで優子さん、不機嫌な理由はわかりましたが、では私はどうすればよかったんです?」

 

 私は男受けするデートプランを考える。

 

「……うーん、あたしだったら白いワンピースを着ていくわね。スカート丈は膝より下を厳守するのよ」

 

 私は龍香ちゃんにアドバイスする。とにかく服装は色々好みがあるが、白いロングスカートのワンピースのように清楚な感じにすれば絶対に嫌な顔はされない。

 龍香ちゃんの白ワンピース姿を想像する。うん、すごく似合うと思う。

 

「……うん、それで?」

 

 龍香ちゃんもあたしの話に聞き入っている。

 

「鞄にもう一つ着替えを持っていくといいと思うよ。その中には思いっきり露出度の高い服を入れておくのよ」

 

「ええ!? でも彼氏は好んでないんじゃ……」

 

「いい? 次のデートは必ず彼氏か龍香ちゃんの家に誘ってみて? 家の中で二人っきりになれたらその服に着替えるのよ」

 

「え? つまり……」

 

「そして『あなたにだけ見せるの。この格好……』って言っておけば、男はイチコロになるわよ」

 

「ほほう、なるほど」

 

「それから下着の色だね。彼氏を意識するならこれは絶対に『白』か『明るい色の横の縞パン』を守ることよ。そして彼氏だからって恥じらいの心を忘れちゃ駄目だよ」

 

 龍香ちゃんに一つ一つアドバイスする。

 

「う、うん。やってみますよ!」

 

「なんだろう……私は狙いすぎてちょっとって思うんだけど……確かに男受けはすごいと思うけど……」

 

 桂子ちゃんが反論する。

 

「大丈夫よ、男なんて単純なんだから。まして彼氏でしょ? コロッと落ちちゃうわよ」

 

「ううう……相変わらず、優子さんの説得力がすごいです……」

 

「……でも、次のデートは優子さんの言うとおりにやってみます! 土曜日にデートの約束しているし……実践してみる!」

 

「頑張ってね龍香ちゃん!」

 

「ありがとう……」

 

 その後女子としばし雑談の後、永原先生の古典が始まった。

 

 そして、古典の授業が終わると、私は4回目、今年最後の水泳の授業に望む事になった。

 もちろん女子たちと一緒に着替える。既に小野先生や教頭先生も、私を「一人の女子」として扱うことに同意した。

 半ば、というよりも限りなく脅迫に近い形ではあったけど、あのような50代の男性を説得するにはこうでもしないと無理なのかなあと思った。

 今日も女子の雑談に加わりながら女子更衣室で着替え、クラスの女子と一緒にスク水姿になる。

 

「ふう、これでプールも見納めかあ……」

 

「優子ちゃん……エロいよねえ」

 

 桂子ちゃんが私の身体を凝視する。

 

「もうっ! ……ってまあ、自覚はあるけど……」

 

「おいおい、自覚あんのかよ!」

 

 恵美ちゃんが突っ込む。

 

「そりゃあ、こんな身体になっちゃったんだもん」

 

「……お、おうっ」

 

「ほら優子さん! そういう所ですよ! そこんところで恥じらいとか見せないと女の子らしくないですよ!」

 

「しょ、精進します……」

 

 彼氏とのデートの服装で龍香ちゃんを諭した私だけど、こっちの方は完全に諭されるパターンになっている。

 これもまた、TS病患者と一般女子との違いなのかもしれない。

 

 女の子のデリカシーについては、まだまだ分からない所も多い。

 生々しいセクハラには恥ずかしがることは出来ても、こういうオブラートに包むべきなのかどうかという所で、課題を感じだ。

 これまでの学園生活でも、私があの時に受けたカリキュラムはまだほんの「女の子道」の入り口でしかないことに、改めて気付かされた。

 

 

「よし! 今日で体育の授業も終わりだ! えー最後まで気を抜かずに怪我なく頼むぞ!」

 

「「「はい!」」」

 

「うむいい返事だ。さあ準備運動だ!」

 

 体育の先生の号令とともに準備運動が始まる。男子の過半数が私を見ている。それもかなり凝視している。

 この時間、私にとって今までにない快感を感じる時間にもなった。明らかに興奮して息を上げている男子も居る。

 

「やべえよ、今日もやべえよ……はぁ……はぁ……」

 

「思春期男子にとって目の毒だぜ……」

 

 桂子ちゃんが水着姿の私に興奮していた男子に怒ったのを私が止めて以降、彼らの興奮はますます公然性を強めていた。

 

「たまらねえ……たまらねえよ……」

 

「ううっ……お、俺! もう我慢できねえ!」

 

 高月章三郎がこっそり授業を抜け出してトイレに駆け込んでいった。

 これから高月くんがトイレですることを想像すると私も興奮してしまう。クラスの男子がみんな私をそういう目で見てることに気付き、僅かに体が温まる感覚がある。

 

 水泳の授業本体は、私だけ別の授業内容で、まるで特別支援学校のような感じで疎外感も感じるけど、準備運動の時間だけはまるで至福の時間だった。

 ……それは、以前私が女子グループに受け入れられた時の快感とはまるで別質のもの。

 真っ黒な、ダークな感じの快感でもあった。そしてそれは水泳の授業を受けた当初にはない感情でもあった。

 

 

「よし、準備運動はここまで! じゃあ今日も授業を……あれ? 高月はどこ行った?」

 

「高月くん、我慢できないって行ってトイレに駆け込んでいきましたよ。多分休み時間トイレに行き忘れたんじゃないですか?」

 

 私があえてすっとぼけながら伝える。男子の何人かが吹き出した笑い声を漏らし、女子の何人かがざわついている。

 

「あー、分かった……うん、じゃあ今日も泳ぎの練習だ……石山はこっちのレーンでこれを使って泳いでみてくれ」

 

 体育の先生がビート板を出す。また背泳ぎのためにお腹につけて浮力を補助する機材もある。

 他の生徒はいつも通り駆け出し、泳ぎ始めた。

 

 さて、私も一通り息継ぎ等の練習が終わったら、いよいよ背泳ぎだ。これを補助ありで何でもいいから25メートル泳ぐのが私の課題。

 背泳ぎの仕方は知っていたので、まず浮力補助ありで泳いで見る。

 プールは50メートルなので真ん中からスタートする。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 水泳の運動量は陸上の運動に比べるとかなり高い。

 それ故に力尽くのも早い。

 8メートルほど腕を泳いだりしたところで力尽きる。

 これじゃ、これじゃ25メートルなんて到底無理だ……!

 

「ふぅ……」

 

 足もバタつかせずただ水上に浮く。時折プールの縁に捕まる。

 ふと青い空が見える。

 生徒たちの水泳の声が聞こえる。横を見ると思い思いに泳いでいた。去年まで、私が男だった時はああやって泳げていた。今はほぼ泳げない。

 

「お、高月、何処行ってたんだ!?」

 

 私が休んでいると、高月くんが帰ってきたようだ。

 

「す、すみません、トイレが我慢できなくて……!」

 

「……まあ俺も男だ。高月、お前の気持ちは分かる。すごーっく分かる」

 

 もちろん私も分かる。女子のみんなはキモいって言うだろうけど、数か月前まで男だった私には高月くんがトイレに駆け込みたくなる気持ちが痛いほど分かってしまう。

 

「あれを見せつけられて理性を保てというのは理不尽な無茶振りだってのも知っている。ただ、教師という立場上、授業中にいきなり抜け出すのはちょっと困るんだ」

 

 私自身が「しょうがない」と擁護したせいなのか、体育の先生も強く出られないようだ。会話もかなり小声で、私以外の生徒に聞かれていない。

 

「す、すみません」

 

「ああ、ともあれ授業に戻れ」

 

「……はいっ」

 

 そろそろ疲れが癒えた。もう一度泳ぎ始める。

 

 でも持たない。今度は5メートル、さっきと合わせて13メートル……

 こんなペースじゃ25メートルに達するなんて日が暮れちゃう……

 それでもなんとか進む。進めばいい。

 

 

「優子ちゃん! 頑張ってー!」

 

 突然、桂子ちゃんの声が聞こえた。

 

「もう少しですよ! 優子さん!」

 

 龍香ちゃん……

 

「石山、こっちだー! みんな待ってるぞ!」

 

 高月くんの声だ。

 

「おーい、もう少しで25メートルだぞ!」

 

 首を傾け、プールサイドを見る。クラスのみんなが手を振って待ってくれていた。

 

「うん!」

 

 再びバタ足をつかせ、背泳ぎを再開する。歓声が上がる。

 声援が後押しする。でもやっぱり疲れて休む。するとますます声援が大きくなった。

 

「大丈夫だ! もう少しだぞ! あと少しだ! 頑張れ優子!」

 

「優子さーん、が、頑張ってください!」

 

 恵美ちゃんとさくらちゃんだ。

 

「優子、泳ぎ切れ! みんながついてるぞ!」

 

 虎姫ちゃん……

 

「い、石山……ゆ、優子ちゃん! が、頑張って!」

 

 篠原くん……うん、頑張ろう!

 

 もう一度泳ぎ始める、身体は悲鳴を上げている。でももう関係無い。

 この補助具がなければとっくの昔に溺れている。もはや背泳ぎではない完全に歪な泳ぎ方になっているが、体育の先生も「もうすぐだ」としか言ってこない。

 

 皆の声援を胸に、少しずつ、確実に前へと進む。

 右手が、ふと何か硬いものに触れる感覚がした。

 するとクラスのみんなが途端に大きな声で喜びを爆発させていた。

 

 

 ああそうか……泳ぎきったんだ……私。

 

 

 何とかプールサイドの手すりに捕まり上がる。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

  パチパチパチパチパチパチ!!!

 

 みんなが拍手してくれてる。

 

「おめでとう優子ちゃん!」

 

「すごく良かったぜ! ちゃんと泳げてたぞ!」

 

 桂子ちゃんと恵美ちゃんが、私の身体を軽く叩き祝福してくれていた。

 

「み、みんな……うっ……ありがとう……」

 

 泣きそうになるのを何とか堪える。本当は堪えなくてもいい。もう女の子なんだから弱くてもいいとは言っても、やっぱり本能的に泣くのを止めようとする。

 

「よくやったな。まだ休み休みで補助具ありとは言え、25メートルは25メートルだ。さ、シャワーを浴びて着替えて今日は解散だ!」

 

 体育の先生が労いの言葉をかけ、解散する。

 

 少し前までクラスでは嫌われていたのに、今ではこうして、とても小さな成功にしても、みんなで喜びを分かち合える。

 

 ……ああ、私はなんて幸せなんだろう。

 着替えている時もまた私への労いの言葉をみんなでかけてくれた。

 

 

 体育の授業は、運動音痴には辛い科目だという。

 

 でも、私は違った。

 確かに、あまりの惨状に、バカにするのも憚られたというのは事実だ。更に、私が体育で悲惨な成績を残すにつれ、私ほどじゃないけど運動神経が悪い子をバカにする風潮さえ一掃してしまった。

 それどころか、小さな進歩に、みんなからすればとても小さなことでも、出来るようになった私に、こんなに暖かく接してくれた。

 もしかしたら、それは私がTS病になって、弱くなったことへの同情から来るものかもしれない。

 

 ……でも、それでもいい。

 弱い私、だけど頑張る。結果が全ての世の中だけど、私の進歩だって、結果には違いないのだから。だからこうして、クラスの皆の心を動かせたんだ。

 

 

「ただいまー」

 

「あ、優子おかえりなさい! もうすぐ夏休み、これで勉強も終わりよね。お疲れ様」

 

「……ありがとう」

 

 金曜日の終わり、学校から帰ってきて母さんと話す。

 そして自室に入って制服から私服に着替える。

 来週は月曜日が海の日で、火曜日が夏休み前の全校集会、そして水曜日からは林間学校だ。

 

 林間学校と夏休みのことを考える。

 女の子になって初めての林間学校と夏休み。去年優一だった時はずっとルームメイトを怒鳴りつけていて、嫌な思い出ばかり残したけど、今年は違う。今から楽しみになってきた。


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