永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
母さんから、「お礼回りに行ったら随分とにこやかで手厚い歓迎を受けた」という報告を受けつつ、あたしは夕方になりはじめたのを見て、夕食の準備をすることにした。
今日の夕食はハンバーグになった。
浩介くんも既にリビングにいたけど、また疲労が溜まってて、「家事を手伝える気力がない」と言っていた。お昼のうどんもかなりスタミナに気を使ったはずなんだけど。
ふふ、どうやら回復は明日まで待つ必要がありそうね。
普通なら半日もすればすぐに復活する程度には体力あるのに、ちょっとやり過ぎちゃったかしら?
それにしてもこのキッチンは広い。
作業スペースが広いのはいいんだけど、あたし1人だとやっぱりどうしても持て余しちゃうのよね。
あたしは、ハンバーグを作り、焚き終わった白いご飯や野菜、豆腐などを載せていく。
「よし」
出来たものから机に置いていく。浩介くん、まだぐったりしているわね。
「ねえ優子ちゃん?」
「うん?」
ご飯を並べていると、浩介くんが話しかけてくる。
「優子ちゃんって本当に家事得意だよね」
浩介くんがいつも言わないセリフを言ってきてちょっとどきってしてしまう。
「えへへ、もちろん、女の子らしくなる時に母さんにみっちり鍛えられたからね」
もちろん、その後も鍛練は欠かさなかったけども。
それでもやっぱり、母さんの教育がよかったのもあると思う。
あたしくらいに美人でも、家事が悪いとダメって言うのが、母さんの持論だった。
「本当にさ、今冗談とかひいきとか抜きでさ、優子ちゃんが世界一の女性なんじゃない?」
浩介くんは、ぐったりした様子だけども、それでもしっかりと信念を持っている様子だった。
一方であたしはと言えば、蓬莱カンパニーが一段落した後の目標をいまいち見失っていた。
「そ、そうなの?」
あたしが世界一って、浩介くんの贔屓も入っている気がするのよね。
「当たり前だろ、男心分かってくれて、家事も得意でかわいくて美人でスタイル抜群で、性格は穏やかで名前の通りとっても優しくて清楚で、だけどいざとなった時にはさ、それなりに鍛えてるはずのこの俺がこんなんなっちゃうくらいすごくてさ、だけど旦那だけを愛してくれて、しかも蓬莱カンパニーの常務で大株主で、資産10兆円以上で配当金だけで1000億円以上稼いできて……優子ちゃん以上にいい女なんてこの世にいるか?」
あたしは、はっとなって歩みを一瞬止めてしまう。
そして、ほんのり暗くなり始めた中庭の方を見つめながら考え直してみる。
……言われてみればその通りだった。
自惚れでも何でもなく、あたしよりもいい女は、多分今この地球のどこにもいないと思う。
でもそれは、浩介くんだって、決してあたしと釣り合いがとれていない男じゃないと思う。
その証拠に、浩介くんは浮気性とかじゃないし……って、あたしが世界一の女だからかしら?
「うん、そうかもしれないわね。確かにあたし、自分で言うのもあれだけど、本当にいい女になったと思うわ」
「だよなあ、元は優一のはずなのに、なあ」
浩介くんが、あたしが男だった頃の名前をふと出す。
今は再び同じ家の2階に住み始めたあたしの両親がつけた「一番優しい子に育って欲しい」という意味で名付けた名前は、今になって、「ずっと優しい子でいて欲しい」という「優子」という名前で、実現していると思う。
「懐かしいわね。その名前」
嫌な思い出の詰まった名前でもあるけど、今となれば「優一こそが悪い夢」とさえ思えてくるのよね。
「あの頃のことは、もう何もかもが懐かしいぜ。小谷学園にいた10年前の俺たちが、今の俺たちを見たらどう思うかね?」
「そうね、きっと信じられないと思うわ。まさか会社社長と常務の夫妻になって、世界トップの資産家になったので渋谷の豪邸に住んでますだもの。それこそあたしが蓬莱カンパニーの常務になった時でも、こんなことになるなんて夢にも思ってなかったわよ」
「そうだよなあ」
浩介くんも、やっぱり信じられないらしいわね。
まあ、当たり前と言えば当たり前よね。
「さ、ご飯を食べましょう」
「ああ」
あたしたちはご飯を全て並べて、ハンバーグなどを食べる。
浩介くんは、エネルギーを取り戻したかったのか、かなりがっついているわね。
「ふー、ごちそうさまー」
「あー美味しかった」
ガチャッ
あたしたちが食べ終わると同時に、玄関が開く音がした。
トントントン
「ただいまー」
「おかえりなさーい」
義両親がリビングに入ってくる。
おばあさんはどうしたのかしら?
「おばあさんは寝ているわ。明日の朝に歓迎会するから、優子ちゃんたちもよろしくね」
「はーい」
ちょうど食べ終わったところなので、あたしがお皿を運んで食器洗い機に入れる。
義両親も夕食を食べ終わった後なので、今日の家事もこれで終わりになる。
「浩介、どうしたの?」
「うー」
お義母さんが声をかけても反応が鈍い。
食事の時はあれだけがっついてても、まだ身体の方は本調子じゃない様子ね。
うーん、浩介くんがここまでぐったりしちゃうのも珍しいわね。
「あら浩介、疲れているの?」
「うーん、優子ちゃんがすごくってー」
「まあ、優子ちゃんったら!」
お義母さんが、昨日浩介くんに投げ掛けたセリフを、今日はあたしに向かって言ってくる。
まあ実際の所、あたしが食べられちゃうケースの方がずっと多いし、そっちでも浩介くんはぐったり疲れちゃってるけどね。
「もう、お義母さん、昨日は浩介くんに同じセリフ言ってたわよ」
あたしも思わずほぼ反射的に突っ込んでしまった。
「あらごめんなさい。そう言えばそうだったわね」
お義母さんが、少しばつの悪そうな表情をする。
「まあこれなら、おばあさんも枕を高くして寝られるだろ」
「ええそうね」
結局、話題はそっちに移ってしまった。
おばあさんは、老人ホームにいるとは言え、やや老衰の気配こそ見受けられるが、それでもかなりの元気さを誇っていて、記憶力も、100歳越えとしては周囲が驚くほどにいいらしい。
ともあれ、あたしは食器洗い機にお皿などを全て入れると、お風呂に入る準備をする。
今日のお風呂は屋上で、お昼までにあたしたちが使った水を一旦抜いて、タンクの中で追い焚きをして戻すことになっている。
あたしは自室に戻り、壁に備え付けられたモニターで屋上のお風呂の進行状況を確認する。
それによれば、現在進行状況は64%で、このままいけば後20分くらいで出来るわね。
「ふう」
あたしはその間に、テレビを見ることにした。
土曜日にはブライト桜の高島さんが取材に来る。
インターネットではもうこの家が篠原家と石山家で二世帯住宅になっていることは特定されてしまっている。
それでも、かなりのセキュリティな上に、蓬莱カンパニーの関係者とあってここに突撃したりする人はいなかった。
ブライト桜の取材で、人々が落ち着きを取り戻してくれるかは分からない。
だけど、豪邸の中を見せた時に、「世界一の資産家のわりには物足りない」という反応になるのが、一番冷静だと思う。
今マスコミでは、最近は蓬莱カンパニーのニュースも一段落し、治安もよくなっているため深刻なネタ不足に苦しんでいるらしい。
おそらく高島さんの取材を引用する形で、あたしたちの豪邸の話は出てくると思う。
蓬莱教授と篠原夫妻の資産額は膨大な額に上っていて、一部のインターネットでは嫉妬の書き込みが書かれていた。まあ、何十兆円もの金を持っているというのはちょっと嘘だけど、配当金だけでも1000億単位のお金だものね。
まあ、その手合いについても「不老にならなければもっと悲惨な目になるぞ」という周囲の脅しに、簡単に屈しちゃったけどね。
「屋上のお風呂が沸きました」
お、沸いたわね。
あたしはそのままエレベーターで屋上へ向かい、女性用の脱衣場へ向かう。
屋根もついていて閉められる設計上、外からは見えないようにはなっているけど、念のために水着を着用することになっている。まあ、なので屋根を開けっ放しって訳だけどもね。
あたしは昼に着た白い水着をもう一度着用する。
もちろん、今回はお風呂に一人で入るため、誘惑用のパレオはつけないことになっている。
「ふう」
ガララララ……
熱帯夜の空気だけど、それでも3階建ての家の屋上は風が吹いてて涼しげだ。
冬は多分、かなり寒いとは思うけど。
「っ……!」
試しにプールサイドから足を入れると、それなりに熱いお湯になっていて、昼前とは大違いだった。
それでも手足から少しずつ足を慣らしていくとあたしの中で程よい温かさになっていく。
「疲れが取れるわ」
水着での露天風呂は、実は男時代を含めてはじめての経験で、第一印象としては、やっぱり水着で覆われている場所が温まりにくい感じがするわね。
あたしは、向こう側に見える夜景を見つめる。
東京の夜景自体は、とても見慣れたものだった。
だけどこうして、自宅の温水プールから眺めるのは、一段と印象が違った。
それはやっぱり、この暖かさがあるからよね。
静かな時間、この広いプール、さっきは浩介くんと泳いだこの場所の夜の顔は、全く違うものだった。
昼にあれだけあたしたちを疲れさせたこの屋上が、今はあたしを優しく包み込んで、癒してくれる。
「ふう」
少しのぼせてきたので、プールサイドに腰かける。
体を伸ばして天を向くと、一際きれいに輝く欠けた月が見えた。
月は人類が唯一たどり着いた他天体で、桂子ちゃんたちの推進する移住計画でも、最初の目的地にあげられている。
あたしたちの不老技術が、宇宙開発を促したことは、大いに誇っていいことだと思う。
「んー」
再び起き上がって伸びをして、もう一度お風呂に入る。
プールサイドのはしごにちょうどいい場所を見つけたので、肩を当ててごりごりする。
「あーん気持ちいいわ……」
肩のマッサージは、色々なところで出来るけど、効果も様々である意味でギャンブル的な楽しみもあった。
あたしはお風呂から上がり、体を拭く。
やや高い所から庭を見ると、池と橋、そして茶室と倉庫が小さく見えたけど、一番小さく見えたのは、浩介くんが読書していた木々の密集地帯だった。
あれだけ小さくても、中に入るとそれなりの広さがあるし、気温を下げる効果もあるのね。
木ってすごいわね。
そう思いながら、あたしは体を拭き終わると脱衣場に戻って水着から全裸になる。
体重計に乗ってみたら、相変わらず50キロ後半で、体脂肪率も超がつく巨乳なのが手伝って31%だった。
赤ちゃんの重さを合わせたら……60キロ越えちゃうかしら? まあ、仕方ないわよね。
お腹回りなどにも肉はついているけど、エロいむっちりという感じで、デブという印象を全く受けない体だった。
あたしはパジャマに着替え終わると、エレベーターで1階に戻って洗濯機に水着と服を入れて自室に戻った。
「優子ちゃん」
「え?」
浩介くんが、声をかけてきた。
一体何かしら?
「お皿、元の場所に戻し忘れてたから俺が戻しておいたぞ」
「あらしまったわ。見てくる」
あたしは大急ぎでリビングに行き、食器洗い機を見ると中には何もなく、棚の上にしまってあった。
「優子ちゃんうっかりしてたわね。浩介が片付けてくれたわよ」
「あ、あはは……」
何かおかしい、はめられたと思いつつも、あたしはもう一度廊下に戻る。
すると浩介くんが半笑いになっていた。
「そろそろ俺も復活しねえと行けねえからな。というわけで、俺の部屋に来てくれ」
「……はい」
あたしは従順的になりながら、浩介くんの部屋に入る。
浩介くんの部屋は以前の部屋と同じような感じだけど、あたしの部屋と同じものがあった他、いくつかコレクションが増えていた気もする。
「さ、優子ちゃん。家事を手伝ってもらったごほうび、こっちに来てからは始めたてだね」
「はい……どうぞ……」
パジャマがズボンなので、浩介くんには、お尻を触られるか胸を触られるかのどっちかだった。
ガシッ……ムニンッ……
「あんっ」
浩介くんの右手が思いっきり開かれ、5本指1本1本に触られた後、ぐいっと食い込むと大きな円を撫でるように揉み回された。
「あー、優子ちゃんのお尻柔らかーい!」
「もー浩介くんのえっちー!」
「好きなくせに」
「ばかぁー」
浩介くんは、痴漢そのものの触り方で、やっぱり家事を手伝ったご褒美ということで、いつもよりテンションは高いわね。
「さ、じゃあ俺は寝るよ」
ひとしきりに触られ終わると、浩介くんが涼しい顔でそう話す。
「う、うん」
ともあれ、もう寝る時間だわ。
明日は会社だし、お互い早く寝た方がいいわね。
そう思い、あたしも自分の部屋に戻って眠りについた。
この2日間、せっかくの休みだったけど、あまり疲労回復とはいかなかった。
更に今度の土曜日には、高島さんの豪邸取材もある。
なのであたしたちが本格的に休めるのは、もう少し先になりそうだわ。
「仕方ないわよね」
ともあれ、あたしもいつまでも起きておらず、すぐに眠れるように、広いベッドの中に入り、冷房の聞いた心地よい部屋で眠りについた。
土曜日、高島さんたちの取材を受け、初めて玄関の応接室を使用した。
その時は、「釈迦に説法だとは思うけど、淡々と報じることで妬みを誘発させないように」ということを注意使用しておいた。
とはいえ、どう取り繕ってもあたしたちの家が都内の一等地、いや住宅という意味では「特等地」に立つ、巨大な豪邸であることに間違いはなかった。
最も、世界最大の資産家の家としてはかなり控え目なのも事実だったので、その辺りを報道することになった。
まあ実際の所、金を使っても使わなくても叩かれるのが金持ちだったりもするのよね。
あたしからすると理解に苦しむが、ここ14年間の間にこれだけ景気がよくなっても、どうしようもなく頭が悪くて、就職にさえ苦しみ、うだつが上がらない人は出てくるらしい。
そしてそうした人は得てして声だけは大きいのだという。
それでも、さすがに今の時代ならそういうことを理解できる訳だけど。
蓬莱の薬を飲んでも出口は見えず、さりとて高齢者福祉の全廃で飲まなければもっと悲惨な死に方をする。
それでも、蓬莱の薬の支持率は高かった。蓬莱の薬がもたらす好景気は、もはや誰の目にも明らかで、「自分が恩恵を受けられないのは自分が無能だから」というのを、よっぽどの無能でない限り気付くからだった。
ともあれ、あたしたちの豪邸の様子、その生活の様子は多く取材を受けた。
もちろん、あたしと浩介くんだけの秘密の部屋の存在は黙殺した。
代わりに20畳ある各人の個室や、庭の様子、屋上のプール兼露天風呂などを写した。
特に贅沢なのが浴室で、かなりの水道代がかかることも示した。
ちなみに、駐車場スペースはあるものの、自動車はまだ買ってなくて、電車で通勤していることも話した。
理由としては「東京の道路は渋滞が多いので電車が速い」というものだった。
この豪邸に対してインターネットの反応としては、「世界一の資産家というには物足りない」「石油王とかアメリカの大富豪の豪邸とかもっとヤバイ」「使用人が100過ぎたおばあさんの介護担当とたまに来る警備員と庭師だけってのが驚いた」といったもので、あたしの予想通り、「贅沢ってほどじゃないよな」という感じに収まることができた。
あまりに質素だと「経済を塞き止めている」だし、あまりにも贅沢すぎると「妬み」が強まるので、あたしたちの豪邸は結果的には「世界一の資産家としては控え目だよね」という感じに収まってくれたようでよかったわ。
夏休みの終わり、あたしたちは予定通り大学院の最後の単位を修得し、後は卒業を待つばかりとなった。
秋からは、完全に会社に専念することが出来る。
学生ベンチャーだと、事業が忙しくて学校を中退するケースも多いけど、どうやらあたしは、きちんと博士課程を終えられそうでよかったわ。
季節は再び、暑い夏から涼しくも寒い秋へと移り変わっていった。
これで豪邸生活編が終わりです。
後は2つの大きなエピソードとエピローグで完結になります。