永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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日程の確認

 翌日以降も連日連夜、ノーベル賞の話題で持ちきりだった。

 何分「世界一の資産家がノーベル賞受賞」というそのインパクトもさることながら、あたしたち篠原夫妻、特にあたしは小谷学園の頃から、TS病の活動家として有名だったから。

 あたしは殆ど、協会のカウンセラーとしての活動もできなくなっていた。

 幸子さんの出産のことも、一時期は後回しにして忘れてしまうくらいに熱中していた。

 最も、幸子さんも、そして既に結婚済みながらも来年初めに結婚式をあげることになった歩美さんも、あたしと浩介くんのノーベル賞を祝福してくれていた。

 それだけじゃない、蓬莱カンパニーの株価がまた連日連夜暴騰してあたしたちは再び5倍と2倍の株式分割を実施し、一旦株価を2万円にした所で、ようやく調整が入り、現在は1万5000円程度で推移しているが、それでも分割前の15万円に相当するわけだから、あたしたちの資産は夫婦合わせて44兆9700億円ということになった。

 既に時価総額は150兆円で、世界の企業の中でも1位となっていた。

 このまま行けば、ファミリーでは篠原家が、個人では蓬莱教授が世界初のトリオネア、つまり資産が1兆ドル以上になるのは時間の問題だった。

 経営陣のノーベル賞という好材料が重なったのもあるけど、上場したての日よりも資産が30倍以上に膨らんでいる。

 

 永原先生からも祝福が届いていた上に、「ノーベル賞の授賞式に篠原さんと一緒についていきたい」とも言っていた。

 うーん、永原先生参加できるのかしら?

 

「さて、これから話すのは12月10日の授賞式までの日程だ」

 

「はい」

 

 11月に入った今日、会社に蓬莱教授が来て、これからの日程について話してくれるという。

 ちなみに、あたしたちは特例でノーベル賞発表後に大学院をすぐ卒業させ、博士論文と博士の学位を授かることになった。

 というのも、ノーベル賞の授与式で「Master」というのは格好がつかないだろうし、面目を傷つけるだろうという蓬莱教授と佐和山大学の教授会の判断だった。

 あたしたち2人だけの卒業式の時には、佐和山大学の先生たちはみんなあたしたちにヘコヘコするばかりか、卒業証書を呼び方まで「篠原先生」に変わっていて驚いた。

 つい昨日まで学生で、一応大学内では蓬莱教授以外の教授とも身分関係はわきまえていたはずだったのに、あたしたちがノーベル賞となった途端、まるで昔からの偉大な学者に接するような態度に変わっていて驚いた。

 とはいえ、ノーベル賞という権威、そしてそれを取ることの難しさを考えれば、あたしは彼らを責めることは出来ないと思う。

 

「えっと、スウェーデンまで行くんですっけ? どの飛行機に乗るんですか?」

 

 そうね、まずはそこが気になるわね。

 

「実はだ。俺は今持ち前の資産を切り崩して、新しく『ボーイング787』を買ったんだ。本来なら時間はかかるんだが、蓬莱カンパニーということで、別の会社が融通してくれたんだ」

 

 蓬莱教授が、さも当然のことのように言ってのける。

 

「え!? まさか自家用ジェットに787ですか?」

 

 そもそもボーイング787って、ああいうのは航空会社が使うもので、自家用ジェットに使うような代物じゃない。

 その上ボーイング787と言えば、「Dreamliner」とも言われ、国際線にも多く使われる、ボーイング797に次いで比較的新型の飛行機のはずよね?

 

「おいおいおい、仮にも俺たちは世界一の資産家だぞ!? 自家用の大型機を持ってなくてどうするんだ?」

 

 あたしたちの驚いた様子に対して、蓬莱教授から逆に突っ込まれてしまった。

 でも確かに、今後世界進出する際には、自家用ジェットが必要になるわよね。

 とはいえ、それにしたって小さめの自家用ジェットにするべきで、100人以上が乗るような飛行機をまるごと買っちゃうってのは恐ろしいわ。

 

「は、はい」

 

「んまそういうことだ。それにノーベル賞の授与式はスウェーデンのストックホルムで行われることになっている。日本からはスウェーデンへの直行便が存在しないから、どこかで乗り継ぎをせにゃならんわけだが、我々の自家用ジェットなら、問題なく直行できるわけだ。しかも俺達で贅沢に飛行機を独り占めだ」

 

 蓬莱教授が悠々と説明する。

 飛行機を独り占めといっても、今まで乗った機内のことを考えると、そこまでノリノリにはなれない。

 まあ、改装はしているとは思うけど。どういう改装になるのかしら?

 

「今日に向けて、今はゆっくりと余裕を持った日程で整備を行っている。更にパイロットについても、通常交代パイロットも合わせて3名の所を、新人からベテランまで3組6名体制でいく。更に機内も至れり尽くせりのサービスだぞ」

 

 蓬莱教授が笑いながらそう話す。

 もちろんあたしたちがエコノミークラス何て使ったらそれこそ冷やかしそのものだし、ファーストクラスでさえ少し物足りないと感じてしまうかもしれない。

 それならば、自家用ジェットで何百人が乗るボーイング787を丸ごと借りてしまうのが吉だと思う。

 

「今回はTS病という病気を更に全世界に広めるべく大きな広報ともなる。俺たち3人以外でこの飛行機に乗るのは優子さんと浩介さんの家族、更に永原先生と比良さん余呉さんの10人だ。ちなみにキャビンアテンダントは1人につき1人充てられるぞ。乗客10人乗員13人だ」

 

「え!? ちょっと、それだと会社の穴が──」

 

「大丈夫だ。俺達がノーベル賞のために会社を開けている間は、さすがに全面公休にするよ」

 

 浩介くんの反論に、蓬莱教授がすかさず応対する。

 確かに、社長会長専務常務更には相談役に取締役1人抜けちゃったら、会社の対応力は著しく落ちちゃうけど、ノーベル賞の授賞式はそれに値する大きなイベントであることは間違いないわね。

 

「でだ、飛行機にはもちろん万全を期してほしいし、色々と遅れたりもするだろう。それに、最悪授賞式だけ出席できればいいと俺は思っているが、授賞式以外にもやることはある。だから日程には3日の余裕をもって出発することになる」

 

「はい」

 

 集合空港は成田国際空港で、そこまでは山手線と京成スカイライナーで普通に成田空港まで移動することになった。

 成田空港では、プライベートジェット専用の搭乗口に行ってそこで色々な手続きをした後、機内に入る。

 飛行機での移動は概ね1泊2日で、時差ボケなどを治しつつ、スウェーデンを観光してからノーベル賞の各種式典に参加することになる。

 式典が終われば、再びスウェーデン側の空港から帰路につく。

 

「1つ注意して欲しいのは、スウェーデンは治安が非常に悪い。その上俺たちは不老研究でノーベル賞を取る。未だに反対派の残党が潜んでいる可能性もあるから、単独での行動は慎んでほしい」

 

「ええ」

 

 スウェーデンが治安悪いってか、日本の治安がかなりいいだけだと思うけど。

 知らない異国の地、用心するに越したことはないわね。

 

「それに、蓬莱の薬を飲んでなくとも、特に日本人は若く見られるからな。永原先生には護身術の心得があるそうだが、優子さんはそうもいかねえだろうし、な」

 

「分かってます」

 

 ともあれ、観光には注意した方がいいわね。

 いや、もしかしたら授賞式当日の方が問題かしら?

 

「もちろん、ガイド兼通訳はつけるぞ。英語とスウェーデン語は近いとは言え、みんなが話せるわけじゃねえからな」

 

 幸いにも、付き添いに通訳がいてくれることになったけど。

 

「それから、以前来た時にも言ったとは思うが、あの時期のストックホルムは夜が長い。もちろん太陽が覗くこともあるが、殆ど一日中夜だと思ってもいいくらいだ」

 

「ええ、知ってます」

 

 12月10日と言えば、殆ど冬至に近い上に、スウェーデンは日本と比べてかなり北極に近い。

 となれば、それこそ一日中夜でもおかしくないわよね。

 まあ、極夜になるにはもう少し北に行かないといけないらしいけど。

 

「知識で知っていても、実際に体験すると驚くぞ。俺も1回目の時には戸惑ったものだ。まあだからこそ、治安もよろしくないんだ。どちらにしても、感覚が狂うから気をつけろよ」

 

「はい」

 

 ともあれ、警戒しておいて損はないわね。

 

「それから授賞式当日だが……あー服装に関しては、一応ドレスコードはあるらしいが、そこまで俺はとやかく言うつもりはねえぜ。特に優子さんはな」

 

「そ、そうかしら?」

 

 ああいうのって、色々と服装規定に厳しそうなのに。

 

「特に俺たちは不老の薬を作ったことに対する功績でノーベル賞を受けるんだ。むしろ幼い服装の方がアピールになると俺は踏んでいる」

 

 蓬莱教授が面白いことを言う。

 幼い服装にするということは、ノーベル賞を受賞するような学者が集まるところでは、当然かなり浮くことになる。

 でも、あえてそうすることで、あたしが文字通り「永遠の美少女」であることをアピールできるのね。

 あたしも、そういう格好をするのは好きだし、いいかもしれないわね。

 

「授賞式の後には晩餐会もあるんだ。特にそこではそういう服で行って、蓬莱の薬というもののすごさを連中に思い知らせてやるんだ。実際そのためにも永原先生たちを呼ぶんだぞ」

 

 蓬莱教授が胸を張りながら言う。

 TS病患者は、蓬莱の薬以前からの不老の身ではあるけれども、蓬莱カンパニーがまだ始まったばかりなのを考えれば、不老をアピールするにはやはり「三長老」の協力が必要不可欠だった。

 

「確かに、永原先生たちを見たら、欧米人はきっと驚くわ」

 

 昔からジョークとして「日本人は老けない」何て言われていたけれど、蓬莱の薬ができていよいよその傾向が強まってくる。

 老けない体になれば、女性たちは特にもっと若々しくなれる。

 それは巡りめぐって、男子にモテる「いい女」が増えることになる。

 現在、蓬莱の薬が日本人限定ということになっているので、国際結婚が急激に減っていると言う。

 それはそれだけ、恋愛の競争相手が少なくなっているという意味でもあり、逆に言えば恋愛ゲームでも、不老人間はそうでない人間に対して、圧倒的かつ絶対的な強者になっちゃったのよね。

 恐らく、今後老人不在となった日本を見て、外国人観光客はとても羨ましがると思う。

 

「驚くなんてもんじゃねーだろ? 俺たち日本人から見ても若く見えるんだぜ? 向こうからすれば言わずもがなさ。おっとそうだ。晩餐会の最後には、英語でのスピーチがあるから、きちんと考えておくんだぞ」

 

「は、はい……」

 

 うげえ、大変だわ。

 

 晩餐会が終わると、今度はホテルだと言う。

 泊まるホテルはもちろん警備の行き届いた最高級ホテルで、授賞式が終わった翌日には、空港で待っている航空会社の職員さんと共に、成田空港へ帰還し、そしてそこからはまた普通にスカイライナーなどを使って渋谷に帰還することになった。

 

「以上が、12月6日からの日程だ。覚えておいてくれ」

 

「「はい」」

 

 まとめると、12月6日に出発し、現地時間の同日にストックホルムに到着、7、8、9と休みを入れ、10日に授賞式に参加、そして11日午後にここを出て、日本時間の12日昼に渋谷に到着すると言う日程になる。

 時差ボケ解消のために、休みは14日まで取るとして、あたしたちはノーベル賞のために9日間休みが必要になるわね。

 

 そう言うと、蓬莱教授は会社を去っていく。

 あたしたちも、ノーベル賞でしばらく会社を離れないといけないことを、早めに社員に通知しておく。

 永原先生に、比良さん余呉さんの方も、既に知っていたので問題はなかった。

 ちなみにこの9日間は会社全体でも「ノーベル休暇」と称した特別所定休日とすることになった。

 もちろん、最低限の留守居役は必要で、会社の指揮は、取締役の和邇先輩に任せることになった。

 

 

「ねえあなた」

 

「ん?」

 

 帰り道、あたしは浩介くんと授賞式の話をした。

 

「授賞式は、どんな服がいいかしら?」

 

 一応浩介くんや蓬莱教授にはタキシードというドレスコードがあるけど、あたしは日本人女性として初めての受賞者だし、蓬莱の薬という業績のためにも、周りよりも子供っぽい服にしたいのよね。

 

「そうだなあ……やっぱり『少女性』を強調したのがいいな。あの赤い服とか」

 

 浩介くんが、あたしにとって10年来のお気に入りの服を指定してくる。

 ちなみに今は、デザインそのままにもっと素材がよくて着心地のいい2代目になっている。

 

「あーいいわねー声も少し高くしようかしら?」

 

 声を高くすると女の子らしさが出てイメージアップって言うものね。

 

「うんうん、女の子らしくするのは優子ちゃんらしくていいと思うよ」

 

 まず間違いなく、かなり浮くとは思うけど、「永遠の若さ」を開発してノーベル賞を取ったんだから、バチが当たらないわよね。

 まあ幼いとバカにされるって言う人もいるかもしれないけど、今のあたしはノーベル賞だし、幼い見た目や振る舞いでどうこう言われる筋合いはないわね。

 それにあたしには、幼い頃の女の子としての自分がないことに、未だに悲しむことがある。

 お人形さんやぬいぐるみさんでたくさん遊んだけれども、それでも満たされることはなかった。

 多分、これからもそうだと思う。

 それならば、自分に正直な格好をしていきたいと、あたしは思った。

 小さな女の子が着ていくような服という意味で、あの赤い服と赤い巻きスカートは、何よりも適任だった。

 

 

「ただいまー」

 

「おかえりー優子ちゃん」

 

 豪邸に引っ越してからは、あたしは玄関の扉を開けて挨拶するのではなく、まず自室で荷物をまとめ、リビングに入ってから挨拶するようになった。

 これは、この家がとても広いからというのが、まず第一にある。

 それに今では、義両親も実両親も、あたしたちのことは完全に信頼しきってくれている。

 

 家の中では、4人ともあたしたちに気を遣ってくれているのか、ノーベル賞の話題を殆どしてこない。

 実両親と義両親も、「ノーベル賞受賞者の親族」という枠で参加することになっているから、あの飛行機に乗ることはもうみんな知っている。

 おばあさんはさすがにお留守番だけど、介護の人が付きっきりで面倒を見てくれるみたいなので、心配する必要はない。

 唯一気がかりなのは、最近少しだけ、庭での運動が増えたこと。

 100歳過ぎて元気なのはいいけれども、さすがに「年寄りの冷や水」になりかねないもの。

 

 あのノーベル賞発表の後、あたしたちはもう何度目かもわからない回数で「一躍時の人」になってしまった。

 そのせいで、通勤中にいきなりサイン求められたりしたこともあって、正直に困惑しているのも事実だった。

 リムジンを頼むことも検討しつつ、これだけのお金がありながら未だに「定期代がもったいない。払い戻すのも面倒くさい」などというバカみたいな理由で電車通勤を続けていた。

 まあ、「線路の上は道路より安全だから長寿になれる」というのも大きいんだけどね。

 また、連絡の少なかったクラスメイトたちからも、一斉に「ノーベル賞おめでとう」のメールが届いた。

 驚いたのは、あたしが女の子になってからのことは知らないはずの小学校、中学校時代の知り合いからも、そうした手紙やメールが届いたこと。

 優一の時点で既に疎遠化していたのに、あたしにたどり着くのはなかなかすごいわよね。

 まあ、あたしがTS病であることは、既に知れ渡っているけれども、性格の変わりようを考えたら、優一と優子を結びつけるのって難しいと思うのよね。

 ……まあいいわ。

 

 今日のご飯も高級食材を惜しみ無く使った料理で、あたしは幸せなうちに食事を終えた。

 だけど、ちょっとだけまだ、パズルのピースが足りない感覚も、残っていた。

 それが何なのかは、考えないことにしよう。

 今はとにかく、連日連夜起こっているあたしたちの「ノーベルフィーバー」を横目に、授賞式の準備をしなきゃ。

 まずはとりあえず、現地に持っていく服とか、その他観光会社に行って、名所なんかも考えておかないといけないわね。

 せっかくノーベル賞授賞式に出るわけだもの、夜が長くとても寒いといっても、観光も楽しまなきゃね。

 あ、防寒着も、今あるのじゃ不十分かしら? その辺り、浩介くんともよく相談して、買い物しておかなきゃ。

 

 あ、マスコミの取材については、「既に多くの取材に出た」ということで、最初は激しかったけど、すぐに沈静化してくれました。

 ノーベル賞受賞前から一般でも有名人ってケースは、科学分野だと少ないものね。で、そういう人は話も広げ辛いのかも。


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