永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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2027年12月6日 成田への道

「……よし、みんな持ったな。悪い。留守を頼む」

 

「ええ、分かりました。お任せください」

 

 今日は2027年12月6日。今日はあたしたちが4日後に開かれるノーベル賞の授賞式に出るために、家を出る日になっている。

 この間、篠原家も石山家も留守になるので、庭師さんと警備員さん、更に1人残ったおばあさんのお世話をする介護の人、そして今回雇ったハウスキーパーさんたちが連携して留守居役を勤めることになっている。

 滞在に当たっては、空き部屋をいくつか活用する他、1階のお風呂と2階のお風呂をそれぞれ男女別に仕分け、また現状回復を条件にトレーニングルームとオーディオルーム、マイシアターの利用も許可した。

 どうせ留守にしている間にフルで使われても痛くはないので、ケチ臭いことはしないことにした。

 まあ、彼らも遠慮しちゃうとは思うけど。

 

「それじゃあ行ってきます」

 

「「「行ってらっしゃいませー」」」

 

 大勢の人に見送られ、家を出たあたしたちは渋谷駅を目指す。

 いつも通勤で使っている神泉駅から出発しようかとも思ったけど、渋谷からは地下鉄なので乗り換え時間がかかることを鑑みて、渋谷駅まで歩くことにした。

 ちなみに、パパラッチなどのマスコミは来ていない。

 日本にあるスウェーデン大使館の方に対しても、「無許可の盗撮等は蓬莱カンパニーにおいて厳罰を持って処する」と伝えてあるので、まず間違いなく大丈夫だと確信できる。

 マスコミは見境ないと言っても、やはり何の利害関係もない一般人よりはマシだもの。

 

 とはいえ、6人でキャリーバックに大きな荷物を持てば嫌でも目立つ。

 ましてや、あたしと浩介くんの姿を見れば、それが「ノーベル賞の篠原夫妻」だということがわかるため、スクランブル交差点に差し掛かった時に撮影する人が多く出て少し騒動になった。

 浩介くんが一喝して人だかりを強引にどけさせる一幕もあって、「やっぱり神泉駅の方がよかったかしら?」何て思いもした。

 

「こっちよ」

 

 忠犬ハチ公の銅像と、昔の路面電車の保存車両を通り抜け、改札を通り階段を登って山手線ホームへ。

 渋谷と日暮里だと、ほぼ山手線の向かい側なので、どっちの周りで進むかは悩ましいところだった。

 ICカードをチャージして電車の中に入る。

 山手線の車内でも、あたしたちがノーベル賞の授賞式と晩餐会に行くとわかっていて、あちこちでひそひそ話が聞こえてくる。

 

「やっぱり目立つわね」

 

 母さんが嫌そうな顔をして話す。

 

「そうだなあ、しばらくの辛抱だぜ」

 

 妨害されることはないと思う。

 ただキャリーバックはみんな大きいので、座ることが憚られるのが難点よね。

 一応渋谷から成田エクスプレスというルートもあるけど、所要時間の面で難点があるのでこちらを選んだ。

 

「次は日暮里、日暮里です──」

 

「あ、降りるわよ」

 

 あたしの号令と共に、あたしたちは山手線の列車を降りて、日暮里駅へと到着した。

 ここからは京成スカイライナーに乗り換えることになる。

 そして、この日暮里駅前で合流するのが──

 

「通して通して」

 

「うおー、篠原夫妻じゃねえか!」

 

「ノーベル賞だ! 偉大な蓬莱カンパニーの大富豪たちだ!」

 

 一般民衆の人だかりで、すぐに分かった。

 もちろんこうなることは折り込み済みだったが、10人という団体での行動はさすがにあれだと思って、あたしたちはあえてここでの集合を選んだ。

 あたしたちは人だかりを避けつつ、中にいる蓬莱教授たちと合流する。

 

「おお、篠原さんたちも来たか」

 

 そこにいたのは、あたしたち6人に加え、蓬莱教授と永原先生、比良さん余呉さんの4人だった。

 永原先生と蓬莱教授は著名人で、比良さん余呉さんも、「知る人ぞ知る」TS病の中でも長寿の部類に入る人だった。

 

 ちなみに、当人の日程と飛行機の都合もあってか、蓬莱教授の家族は別行動らしい。

 まあ、ファーストクラスは手配したそうだけどね。

 

「みんな退いてくれ! そろそろ時間だ!」

 

 蓬莱教授が大きな声でそう宣言すると、人だかりがさっと消えた。

 あたしたちは、予め用意しておいたスカイライナーの切符を改札に通して、指定された号車の前で並んだ。

 スカイライナーは空港連絡用の特急なので、日暮里を出れば、あとは成田空港までノンストップの快適列車になる。

 

「最高時速160キロの在来線は、ほくほく線の『はくたか』がなくなってからは、ここが唯一なのよ」

 

 待ち時間、永原先生がまたあたしに鉄道の話題を振ってくる。

 この癖とも、かれこれ10年は付き合ってる気がするわね。

 

「ええ、以前にもそんな話があったわよね。でもどうして?」

 

 そのほくほく線も、以前永原先生の勧めで少しだけ乗ったし。

 

「実は成田新幹線って計画があって……あ、来たわね」

 

 永原先生が何か話そうとすると、駅の自動放送から、列車が来ることが分かった。

 入ってきたのは、「スカイライナー」の名にふさわしい、青い色の独特の列車だった。

 

 空港連絡列車、しかも成田空港と言えば殆どが国際線の列車なので、車内はもちろん荷物置き場が充実している。

 スカイライナーはすぐに発車し、あたしたちも車内放送を聞きながら、他のお客さんの邪魔にならないように荷物を移動する。

 

「持ってあげるよ」

 

「ありがとう」

 

 重たいあたしの荷物も、力持ちの浩介くんにかかれば軽くひょいと持ち上げてくれる。その姿にうっとりしてしまうあたし。

 んー、やっぱりこういうのにあたしは弱いのよねえー

 

 あたしは通路側の一番前の席、浩介くんが隣の窓側の席だった。

 あたしたちが降りるのは「空港第2ビル駅」の方で、座席にも航空会社ごとの案内がある。

 

「えっと、永原先生、その……成田に新幹線って、あんな短い距離に?」

 

 座席に座ると、あたしは永原先生とさっきの話の続きをした。

 確かに成田空港は遠いけど、それでも新幹線なんていう大それた計画があるなんて知らなかったわ。

 

「元々、羽田の東京国際空港が手狭になったから、新しい空港を作ろうという話になったのよ。だけど東京だと殆ど空いている土地もなくて、それで出来たのが成田空港なのよ。出来たときは反対運動が凄かったわね。今でも色々抵抗している人がいるらしいけど」

 

 永原先生によれば、成田という遠い場所に出来るために、空港連絡が重要になった。

 京成スカイライナーと成田エクスプレス、更にリムジンバスの連絡が有名だけど、このスカイライナーができる以前にはどれも時間がかかったので、新幹線を作ることになったという。

 

「例えば、京葉線の東京駅ホーム、あれは元々成田新幹線のために作られたのよ。そしてこれから乗るスカイライナーも、一部は成田新幹線の土地を使ったのよ」

 

 永原先生が自慢気に話す。

 なるほど、それで高速運転できるのね。

 

 電車はそこまで速いスピードではないが、順調に駅を通過していく。

 

「もうすぐ、『京成高砂駅』を通過するわね」

 

 永原先生が、「青砥」と書かれた駅名標を見ながら言う。

 

「そこを通過するとどうなるんです?」

 

「成田スカイアクセス線……あー、『京成成田空港線』というのに入るのよ。でも実は、大きな問題があるのよね」

 

 永原先生が、やや言葉に詰まった感じで話す。

 一体問題って何かしら?

 

「問題?」

 

「ええ、実は京成高砂駅から途中の印旛日本医大駅までは、『北総線』という別の会社の路線として、線路を共有しているのよ。正確にはこちら側が『線路を借りている』という状態だけどね」

 

「へー、じゃあもしかして運賃は?」

 

 あたしがさりげなくそう発言すると、永原先生がギクリとした感じでビクッとする。

 ありゃりゃ、どうやら地雷を踏んじゃったみたいだわ。

 

「そう、そこが問題なのよ。実は北総線は建設にお金がかかったせいで運賃がとても高くなってしまったのよ。しかも直通先が別の会社になるものだから東京に出るととんでもない金額になっちゃって……そのせいで地方議会で揉めるような騒ぎにもなっちゃったのよ」

 

 運賃が高額ということは、当然沿線住民には負担になるし、せっかく鉄道が通っててしかも東京にもすぐという沿線のブランドも下がってしまう。

 一定の値下げもなされてはいるものの、元々の運賃が高すぎて焼け石に水らしい。

 

「17年前に成田空港線との共用がスタートしたことで、あたしたちみたいに成田空港に行く人は、北総線に準じた運賃になったわ。一応北総側も収入が見込めるということで運賃は引き下げられたけどね」

 

 どうやら、高いと言っても昔よりはマシではあるらしいわね。

 

「え!? じゃあもしかして」

 

「そうね。本線経由より高くなってはいるわ。ちなみに、このスカイライナーは無停車でも、アクセス特急はいくつかの停車駅があるわよ。その停車駅だけ、2つの路線での重複駅扱いとなっているわね。もちろん、管理は従来の所がしているけども」

 

「アクセス特急?」

 

 また見慣れない新しい言葉が出てきたわね。

 そもそもただの特急とは何が違うのかしら?

 

「そうよ。実はここのライナーというのは特急よりも格上という感じになっているのよ。特急と名前がついているのは、特別な料金は不要になっているわ。で、『アクセス特急』というのは、いくつかの駅に止まりながら、成田空港を目指す列車で、一般の車両を使うから最高速度も押さえられているわ。場合によっては、途中でこのスカイライナーに抜かれることもあるわね」

 

 永原先生によれば、この「成田空港線」ができる前は、スカイライナーも京成本線の方を通ってて、しかも通勤電車もかなりの本数走っていたために所要時間もかなりかかっていたらしい。

 

「だからスカイライナーは、昔は口の悪い人から『ツカエナイナー』何て言われていたのよ。でもそれも、本当に遠い日の思い出よ。今はこの成田空港線ができて速度も距離も短くなって、所要時間が大幅に短くなったお陰で、今では成田エクスプレスとの競争を優位に進めているわね」

 

 これができる前は、京成本線はカーブや制限速度も多く、ノンストップのスカイライナーといえども、上野と日暮里しかないというアクセスの悪さも手伝って、苦戦していたらしい。

 

「昔の特急車両はどうなったんだ?」

 

「今はもうないわよ。ただ、朝と夕方には、着席機会を求める通勤者向けのライナーを走らせているわよ。以前のスカイライナーに停車駅を少し加えた列車も運行してたけど、利用低迷で無くなっちゃったわね」

 

 永原先生によれば、この会社では「ライナー」というのが事実上特急よりも格上の種別として機能しているらしく、他にも本線には「快速特急」というのもあるみたいね。

 ともかく、今は空港アクセスではこちらが圧倒的に多いらしい。

 列車はスピードをあげていて、新幹線ほどじゃないけど、かなりのスピード感があるわね。

 

 窓の外には、千葉の田園風景と、ニュータウンの雰囲気が交互に訪れていく。

 あたしたちの両親同士でも、世間話に盛り上がっていた他、蓬莱教授は比良さん余呉さんとも盛り上がっていた。

 

 

「そういえば、余呉さんはアルフレッド・ノーベルと同級生じゃないかな?」

 

「えっと、2027から194を引くと……1833ですから……」

 

「ああ、だったら同級生だな。俺の持ってるノーベル賞のメダルにノーベルの生没年が書いてある」

 

 

 全く意識したことはなかったけど、これは授賞式と晩餐会で使えそうなネタだわ。

 ふふ、ノーベル博士はTS病について知らなかったと思うし、まさか21世紀も20年以上たったこの時代に自分と同い年の人が生きている何て、思いもしなかったと思うわ。

 

 車窓はますます田園風景が強くなり、列車のスピードも上がっていく。

 そしてその空気が一気に強くなっていく。

 どうやら、永原先生が言っていた160キロ運転が始まったらしい。

 

「ここからは成田空港まで途中に『成田湯川駅』があるだけよ」

 

 いつの間にか線路も単線になり始めている。

 ちなみに、成田駅を過ぎると、JRと今度は共用する部分もあるとかなんとか。

 ともあれ、あたしたちが降りる駅はもう少し先になる。

 

 成田空港までの距離がどんどん近付くにつれ、あたしは自分の人生として、はじめて日本から出ることを思い出した。

 不安がないわけ、無いわ。

 

「日本から出るって大変だわ」

 

「不安? 私もよ。私だってはじめてよ」

 

「え!?」

 

 永原先生が、意外な話をする。

 永原先生も、あたしと同じで日本国外に出たことはないという。

 

「会長、海外初めてなんですか?」

 

 比良さんも驚いていた。

 確かに、509年の人生と言っても、大半は海外とは縁の無さそうな時代に生きていた。

 とは言え、戦後に入ってからも、永原先生が一度も海外に出たことがなかったというのは、とても意外なことだった。

 

「ええそうよ。私は500年以上の人生の中で、台湾や朝鮮にも、もちろん南洋や樺太にも行ったことはないわ。教師の仕事で、そこまで行く機会はなかったのよ」

 

 永原先生はあっけらかんとした表情で話す。

 海外に出たこと無いから何だと言わんばかりの表情になっている。

 

「何、恥じ入ることはない。昔俺が一回目のノーベル賞を取ったときと殆ど同じ頃合いかな? 英語話せなくて海外出たことなくて、ノーベル賞での授賞式が初めての海外だったっていう先生を知っているよ」

 

 へー、そんな人もいるのね。

 

「あ、お母さん覚えているわ。確か英語が全然ダメで、スピーチも日本語で通したんだっけ?」

 

 後ろから、母さんが割り込んできた。

 

「ああ、そうだ。その人は『I cannot speak English.』とだけ言って、後は通訳の人に英語字幕をつけてもらったらしい。まあ俺は、英語でスピーチをするけどな」

 

 どうやら、英語でスピーチしないという前例も、一応あったらしいわね。

 そうは言っても、「英語無理です」と言ってしまうのはいくらなんでも恥ずかしすぎるわね。

 でも本当に、スピーチ内容どうしようかしら?

 

「ねえあなた」

 

「ん?」

 

「スピーチって、どういうこと話せばいいのかしら?」

 

 すると浩介くんも考え込んで──

 

「俺もよく決まらねえんだ」

 

 やっぱりあたしと同じだった。

 

「あー、確かに難しいよな。何、スピーチの内容は自由さ。軽い世間話やジョーク、あるいは自分の思いや子供の頃の話をすればいいんだよ」

 

 蓬莱教授が、あたしたちを落ち着かせるように話す。

 何でもいいと言われても、やはりあたしは研究のことを話したいと思っている。

 どういう思いでこの研究に参加したかということ。

 そのためには、やはりTS病のことについて理解してもらえるように話さないといけないわね。

 

「大変よね、ノーベル賞も」

 

「うんうん」

 

 後ろの親世代は、他人事のように話している。

 まあ、確かに「対岸の火事」といったら変だけど、そんな感じなのも事実なのよね。

 

 ともあれ、あたしはノーベル賞スピーチについて、だいたいのテーマを決めることができた。

 後はどれくらい、簡単な英語で伝えられるか? よね。

 

「もう後7分ほどで、空港第2ビル、空港第2ビルです。お降りのお客様は──」

 

「お、到着だぞ」

 

 車内放送に促され、あたしたちは荷物を取り出して、床に置く。

 あたしの荷物も、浩介くんが取り出してくれた。

 

「よし、行くぞ」

 

 あたしたちは、一番前の列からドアに並んで列車の到着を待つ。

 それにしても、さっきまでと違ってあたしたちで騒ぐ人はいないわね。

 まあ、外国人が多いのもあるし、国際線への、しかも特急列車の車内だし、リテラシーの高い人が多いみたいでよかったわ。




言うまでもありませんが、作者はノーベル賞など取ったこともありませんし未来永劫取れる見込みもありませんので、小説内にある登場人物の行動は全て妄想です。

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