永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
あたしたちは、開くドアから列車を降りる。
この駅は、改札口を出ればすぐに空港で、セキュリティもいつもよりもかなり厳重になっている。
「こっちだ」
多くの人は、「空港第2ビル」つまり「成田空港第二旅客ターミナル」を目指し、それぞれの発着を目指す。
でも、あたしたちの乗り場はちょっと違う。
あたしたちは、黙って蓬莱教授のいる場所へと近づく。
「ここだな」
そこは、プライベートジェット専用の受付所だった。
結構豪華に作られていながらも、やはりまだまだ利用が少ないのか、かなり閑散とした雰囲気だ。
「あー失礼、ストックホルムまでのビジネスジェットを飛ばす予約をしていた蓬莱だ」
「はい、お待ちしておりました。では、待合室で出国手続きを取りますね」
まずあたしたちは荷物を預けることになった。
プライベートジェットなので、持ち物の規制はやや緩いが、それでも安全に関わるものは持ち込めない。
あたしたちは、ファーストクラスと同じ仕様だというかなり豪華な待合室に通され、そこでパスポートなどを渡して手続きを取る。
あたしたちに数人のスタッフさんがついていて、本当にVIPだった。
時間に相当な余裕を持って来たというのもあるけど、搭乗手続きには、1時間半ほどかかる。
特に国際線なので荷物の手続きはかなり厳重になる他、レントゲンなどを使った検査もあった。
「うー、やっぱりかったるいわね」
お義母さんは、やや呆れ気味に話す。
確かに、手続きが煩雑な上に、時間もかかる。
ここからも滑走路の様子は見えていて、色々な塗装を施された航空機が、次々と飛び立ち、あるいは降りていく。
もちろん、全てが国際線ではないにしろ、この空港は世界の玄関口なのは間違いない。
すると、1機の一際目立つデザインの航空機がこちらへと近づいてくる。
「お、俺たちの搭乗機のお出ましだ」
「え!? あれがですか?」
横向きになってその塗装を見ると、それがあたしたちが乗る飛行機だと気付いた。
何と白い塗装の上に「蓬莱カンパニー株式会社」と書かれていたから。
「これが蓬莱カンパニーのビジネスジェット仕様のボーイング787だ型機で、所持者はもちろんこの俺だ!」
蓬莱教授が胸を張って話す。
確かに、あの飛行機は大きい。国際線用の中型機ということで、「ジャンボ機」ほどではないにしても、近くで見るとかなりの威圧感を持っている。
そもそも、こんな広い飛行機をたった10人で使うというのも、我ながら大変な贅沢だと思うわ。
「うー、暇だわ……」
「優子ちゃん、スピーチ考えようぜ」
「ええ」
あたしは、浩介くんの提案で、ノーベル賞晩餐会で行われる英語スピーチの内容を考えることにした。
うーん、あたしの研究……いや、生い立ちかしら?
でもあたしの生い立ちというと、優一の話になっちゃうわよね。
とはいっても、あたしのこの研究や、ノーベル賞のことを考えると、やっぱり優一の話は避けて通れないわね。
そうするとうーん、やっぱり幼い格好して出席したいことに関係があるかしら?
あたしは「永遠の美少女」であっても、「幼女」にはなれないのよね。
そうすると、やっぱりTS病の話を中心にしたいわね。
でも、スピーチって何分くらいなのかしら?
その辺り分からないと、どうしようもないわね。
ま、いいか。あたし美少女だし、他の受賞者のおじさんの話よりもよっぽどみんな聞きたがってるはずだわ。
「お待たせいたしました。こちらへどうぞ」
そんなこんなで時間を潰していると、空港の職員さんが「手続きが終わった」とのことで、案内される。
ちなみに、大きな荷物は今頃格納庫に送られているとのことだった。
「どんな感じになるのかしら?」
間違いなく機内も蓬莱カンパニー仕様に改装されているはずだわ。
「ふふ、入ってのお楽しみさ」
「う、うん……」
横付けされている飛行機に近付いていく。
どの航空会社とも塗装が違っているこの飛行機は、異彩を放っている。
ちなみに、滑走路そのものは、他の航空会社と同じになっている。
それにしても、あたしたちであの飛行機を独占するって、何だかとんでもない気分だわ。
フライト代もバカにならないわね。
あーでも、あたしたちの資産からすると大したこともないのかしら?
搭乗券を改札機に入れて最後の手続きをし、そのまま開けられた機内のドアから中へと入る。
「うおっ、すげえ!」
「まあ信じられないわ!」
先にいた父さんと母さんが驚いた声を発する。
あたしたちも、気持ち早めに機内へと入る。
「わあ!」
あたしも、中を見て驚きの声をあげた。
そこはまさに「Dreamliner」だった。
ファーストクラスよりも広々とした深々のソファーがあり、寝転がれる広さで1人1列を与えられていて、列の数はちょうど20もあった。
「後ろには食事用のスペースや歓談用のスペースもあるぞ」
蓬莱教授がそう言うので移動してみると、確かにそこにはバーのような雰囲気のスペースに、その手前には大きなテーブルと20のふかふかそうな高級椅子があって、あたしたちの豪邸に勝るとも劣らないものだった。
床も、あたしたちが豪邸で使っている高級カーペットと同じ素材が使われていて、また飛行機の壁にも絵画が飾られていた。
まさに豪華飛行機に、あたしたちはみんな一様に目を輝かせていた。
ファーストクラスだって、あんなにスペースないわ。
「ようこそ蓬莱カンパニーご一行様」
後ろから、声をかけられ、あたしたちは全員で振り返った。
「当機の総機長です。よろしくお願い致します」
「「「よろしくお願いします」」」
6人の男性と、後ろには10人ほどの女性が控えていて、あたしたちに一斉に頭を下げてくれた。
おそらく、この飛行機のクルーだと思う。
男性の方はおそらくパイロットで、6人のうち、4人が肩に4本線、残り2人が3本線となっている。
「えっと、他の方は」
「交代機長や交代副操縦士です。4本線が機長、3本線が副操縦士です。ちなみに、機長資格を持っている人が2人で操縦する場合は、片方が副操縦士の役割をすることになっています」
別の機長さんが、あたしの疑問に対して丁寧に説明してくれる。
最も、これらのことはあたしも既にとっくの昔に知っていることなんだけどね。
「では私たちは出発前のチェックリストの確認に入ります」
そう言うと、パイロットさんたちは、機体前方部へと消えていった。
「蓬莱カンパニーご一行様、お疲れ様です。当機のCAです」
キャビンアテンダントさんたちは、女性10名で、あたしたちが以前から言っていたように1人につき1人のCAがついて接待してくれるという。
うー、浩介くんにも誰かがつくのよね?
やっぱり、この飛行機のCAするくらいだからみんなあたしほどじゃないけど美人で揃えているし……うー、嫉妬しちゃわないようにしなきゃ。
「えっと、間もなく離陸いたしますので、後方の席へお集まりください」
「「「はい」」」
どうやら、この歓談室の奥にも、席があるらしい。
カーテンで仕切られた更に後方に行くと、ファーストクラス程度の広さの席が20用意されていた。
「あれ? これは?」
いったいどうして、こっちにも席があるのかしら?
「あー、前方部は主に巡航中に使うんだ。あっちは自由に寝転がったりできるけど、離着陸時はシートベルト必須だからね」
「なるほどねえ」
ともあれ、あたしたちは言われるがままに席に座ってシートベルトを締める。
ちなみに、巡航中に何かあった場合でも、きちんとシートベルトがある他、酸素についても通常の飛行機と同じ分だけ積んであるので、あたしたち少人数ならそれだけ生存率が高まるらしい。
「蓬莱先生、機体後方が比較手時安全って」
「ああ知っているさ」
永原先生の問いに、蓬莱教授がにこやかに答える。
飛行機はとても安全だということを考えれば、蓬莱教授の用心深さが伺えるわね。
まあ、前方も後方も関係ない事故が多いってのが普通だけど。
「当機の機長です。離陸許可が出ましたので滑走路に参ります。携帯電話、スマートフォン、タブレットなどの電子機器は、機内モードに設定ください」
あたしたちがシートベルトを締めてしばらくすると、放送がまた流れた。そして、エンジンの音も少しずつしてきた。
ちなみに、電子機器は家を出る前に機内モード、あたしは電源をオフにしてあるので問題ない。
「お、いよいよだな」
先程の機長さんと同じ人がそう言うと、飛行機が静かに動き出した。
行き先はストックホルム、目的はもちろんノーベル賞の授賞式と晩餐会への出席だけど、その間にも観光をする必要があるわね。
誘導路を走っていると、色々な飛行機が目に見える。
欲目を凝らすと、カメラを抱えた写真家の人も見えた。
飛行機は大きく角度をつけ曲がったと思うと、一気にエンジンをふかしてスピードが上がっていく。
北海道に出張に行ったりする時にも体験する、離陸の瞬間だ。
飛行機の機首が上がり、ふわりと離陸する。
上空で旋回し、高度を稼いでいく。
「当機の機長です。本日は総機長に──」
機長さんが、クルーの名前をあげていく。
彼らはみんな大手航空会社のパイロットで、ベテランで揃えるのではなく、中堅パイロットや新人に近いパイロットも混ぜている。
どうも「ベテランばかりはかえってよくない」と蓬莱教授は思っているらしい。
まあ、それにはあたしも賛成かしら?
下を見てみると、既にかなり上空に飛んでいて、東京スカイツリーが遥か下界に見える。
ポーン
小さな音とともに、シートベルトのサインが消えた。
「ふう」
あたしたちはシートベルトを外して思い思いに機体前方の大きなソファーへと向かった。
最前部には、外気温や対気速度、対地速度に高度が、メートル法やヤードポンド法で示されている。
と言っても、まだ離陸したばかりで、高度は3000フィートとなっていた。
「冬場だからな。偏西風に押し返されて、ストックホルムまではそれなりに時間がかかるだろう」
蓬莱教授が後ろでそう話しているのが聞こえた。
あたしは、飛行機に乗るまででも結構疲れていたので、すぐに仮眠を取ることにした。
うーでも、なかなか眠れないわね。初めての海外で、緊張しているのかしら?
「ふう」
それでも、横になって休んでいるだけでも、大分違うわね。
前方にはテレビがある。
映画などが見られるらしく、確かに時間を潰すにはもってこいだけど。
「何をやってるのかしら?」
メニューを見てみると、恋愛映画をはじめとした様々な映画やドラマ、更にアニメ1クールに、アニメ映画などなどがまるごと入っている。
うん、これなら行きも帰りも暇潰しには事欠かないわね。
飛行機はどんどん高度をあげていて、いつの間にか雲を見下ろす状態になっていた。
高度は、32000フィートと、表示されていた。
「皆様、間もなく昼食の準備を始めます」
巡航高度に入る、現在北に向かって進んでいて、まだ日本海に出ないというところで、最初の食事が提供されることになった。
あたしは起き上がって机の準備をする。
と言っても、リモコンのボタンで勝手に来てくれるので至極快適だ。
窓の外を見ると相変わらずの冬の晴天で、高度は32000フィートのままだった。
食事はというと、和食のお弁当だった。これからは日本時間で今日の夜に明日の朝の食事があり、また機内ではパブタイムのようなものもある他、ドリンクバーでいつでもCAを呼ばずとも飲み物は飲み放題になる。
「こちらがお弁当になります」
「ありがとうございます」
CAさんに手渡され、お箸をつける。
「ドリンクはどうされますか?」
「うーん、オレンジジュースで」
「かしこまりました。あ、こちらがナッツになります。もうしばらくお待ちください」
どうやら、昼食のお弁当だけでは少ないのか、ナッツをサービスしてくれるらしい。
「あ、えっと、受け取ってもいいかしら?」
どうして持ってるだけなのかよく分からないけど、あたしは困惑しつつもナッツを受けとることにした。
「え!? あ、はい……あっ」
あたしはCAさんからナッツの袋を受け取って、切れ目を探してそこで破いて食べられるようにすると、CAさんはどこか戸惑いながらもドリンクバーに向かってくれた。
「おや、優子さん大人だねえー」
真後ろにいた蓬莱教授がにこやかに話しかけてくれる。
「え? 何か今のに特別なことあったんですか?」
「ファーストクラスではナッツはお皿に盛り付けた状態で渡すものなんだよ。昔それで大騒動になったことがあってね。もう10年以上も前の話だが」
確かに、CAさんが袋を破いてお皿に入れてくれた方がサービスいいのは確かだけど。
「いや別に、そんなこと。大したことじゃないですよね?」
正直、あたしにはよく分からないわ。
「今みたいに巡航中じゃなかったからまだ良かったんだが、離陸準備中にな。たまたまファーストクラスにいた航空会社の副社長が、それが原因で『サービスがなってない』って、大声で怒鳴り散らしたあげく機長を脅迫して無理矢理引き返しをさせたって言う事件があってね」
「へえ、そんなことがねえー」
正直、あたしには内心不満に思うならともかく、怒ることじゃないと思うんだけど。
やっぱりセレブの行動ってよく分からないわね。
「ああ、社会問題にもなったぜ」
蓬莱教授によれば、その事件は「ナッツ・リターン」と呼ばれているらしい。
うーん、そういったセレブなんか問題にならないくらいあたしたちは金持ちのはずなんだけど、やっぱり未だあんまり自覚がないのよね。
「お待たせしましたオレンジジュースになります。えっと、それからその、篠原様」
「はい」
「こちら、ナッツのお皿になりますので是非お使いください」
そう言うと、CAさんが小さなお皿を机に置いてくれた。
「あらこれはご丁寧に。どうもありがとうございます」
「いえいえ」
ともあれ、あたしは和食のお弁当を開けてみた。
機内食ではあるけど、やはりどれも豪華な食材が並んでいて、恐らくはファーストクラスの機内食に準じているはずよね。
「いただきまーす」
あたしは、機内食を食べ始めた。
あたしの周囲も、みんな美味しそうに食べていて、団欒の場になっている。
ただ1人1列なので、話すときちょっと大変なのが難点かしら?
次は後ろのテーブルで話したいわね。
ご飯を食べ終わったら、夕食まで自由時間で、もうすぐ日本海を渡りきってロシア上空に入る所になった。
さて、そんな中であたしは暇潰しに見る番組を決めあぐねていた。
「うーん、やっぱり恋愛映画かしら?」
中に入っていた恋愛映画はどれも結構昔のもので、その中にはあたしが林間学校で見た映画もあった。
あの頃はそう、永原先生と女性について話していたっけ?
あたしが女の子になったばかりの頃に、男との違いに戸惑った経験は、10年経った今でも色濃い。
特に浩介くんに恋するきっかけになったあの林間学校のことは、忘れられない思いでになっている。
この映画はそう、永原先生と「女性ばかり助けられたのは女性差別」という話題で盛り上がった。
そうだわ。ノーベル賞のスピーチに、これは使えるかもしれないわね。
あたしは、日本人女性として初めてのノーベル賞だけど、TS病患者として初めてのノーベル賞でもある。
むしろ後者の方が大切で、TS病患者としてあの場でできることは、完全な男性から完全な女性になったことでの体験談だと思う。
うん、それを軸に、スピーチを進めるとすれば、かなり良さそうだわ。
あたしは、10年ぶりに、豪華客船の映画を見た。
30年前の映画ながら、かなり品質は高い。
物語は、悲劇と言えば悲劇だけど、やっぱりあたしの中では、10年前にあのバスの中で永原先生と話した時のことがどうしても頭に残ってしまっていた。
あの頃とは、随分と変わってしまった。
永原先生とあたし、浩介くんとの関係は、あの頃は今よりもずっと単純だった。
高校生の人間関係なんてそんなものなのか、それとも、あたしたちの関係が複雑なのかしら?
あたしと永原先生は、高校生の頃から関係は複雑だった。特に一気に複雑になったきっかけは、あたしが協会の正会員に誘われてからだと思う。
そんな中で、あたしの容姿と永原先生の容姿は、全く変化がない。
まるで老化だけが、それに取り残されてしまったように。
永原先生は相変わらずその小柄で幼いながらも、巨乳で美人な容姿で小谷学園では人気を博しているし、あたしほど真っ黒じゃない黒髪を肩まで伸ばしている。
あたしもあたしで、相変わらずきれいに保ち続ける肌と顔、そして深い深い漆黒とも言えるロングストレートの黒髪に、誰もが目を止めるほどで、巨乳が多いTS病患者たちの中でさえ並び立つ人がいないほどの巨大な胸。
10年経っても、20年経っても、それは変わらない。
変わり続ける社会の変化の中で、あたしはお金を取り、今から名誉を取る。
それでも、あたしの中で何かが足りない気がしていたのも、事実だった。