永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「ねえ優子ちゃん」
「ん? どうしたの?」
映画が終わり、することもなく暇なのでとりあえず寝そべってくつろいでいたら、前にいた浩介くんが話しかけてくれた。
「夕食は後ろのスペースになったぞ。もう後30分くらいだから、準備しておけよ」
どうやら、ぼーっとしていたら、もう夕食の時間が近付いてきたみたいね。
「う、うん」
飛行機の運行情報を見ると、今はシベリアの原野上空を飛んでいる。高度は燃料が少なくなったお陰か、34000フィートに上昇していた。
シベリアは広いので、当分はこのままね。
あたしは少し喉が乾いたので、コップを片手にドリンクバーに行って、ボタンを押してオレンジジュースを入れる。キャビンアテンダントさんに頼んでもいいけど、少しは動かないといけないものね。
あ、そうだわ。砂糖も取ってもう少しだけ甘くしよっと。
「ごくっ……んー、おいしいわー」
「優子ちゃん、オレンジジュースに砂糖入れたの?」
浩介くんが驚いた顔であたしを見つめてくる。
まあ、ただでさえ甘いオレンジジュースに更に砂糖まで入れたら、普通は驚くわよね。
「えへへ、あたし女の子だもん。甘いの大好きだわ。女の子が甘いもの好きじゃダメかしら?」
あたしはニッコリと笑顔で、恥ずかしがらずに話す。
女の子が甘いものが好きなのって、別に恥ずかしいことじゃないものね。
「まさかあ! 甘いもの美味しそうに食べている優子ちゃんかわいいよ。それにしたって本当に優子ちゃんって理想の女の子そのものだよな」
浩介くんに、もう何回目かも分からないくらいに言われた誉め言葉を言われる。
今でもあたしにとって一番嬉しいのが、「女の子らしい」という誉め言葉だった。
「えへへ、ありがとうあなた」
飛行機の中でいちゃついても、誰も何も言わない。
もちろんあたしたちの家族や蓬莱教授、永原先生たちも居るけど、あたしたちがラブラブ夫婦だと知っているので問題ない。
これもプライベートジェットのメリットだわ。
「そうだわ」
あたしは、手荷物の中から、熊さんのぬいぐるみを取り出した。
そして、片手でぬいぐるみさんを持ってみた。
「あれ? 優子ちゃんぬいぐるみ持ってきたの?」
浩介くんが、「まさか持ってきたの!?」という感じで、意外そうな表情で話してきた。
うーん、そこまで驚かれちゃうとは思わなかったわ。
「うん、もちろんよ。初めて海外に行くから、ね」
ぬいぐるみさんやお人形さんをいくつか持ってきた。
晩餐会や授賞式も、緊張しすぎちゃってるみたいなら、持ってきてもいいかしら?
「うん、優子ちゃんは優子ちゃんらしく振る舞えばいいよ」
浩介くんはあくまで優しい表情であたしと接してくれる。
「うん、そうするわ」
浩介くんに促され、あたしも決心を固める。
世界がどう思っているか? 周囲がどう思うかは、もうあまり関係ない。
あたしには、どうしても女の子としての幼い日々を取り戻したいという、二度と叶わない願いがある。
それなら、ノーベル賞の場でも、アピールしてもいいじゃない。
不老技術を作ったもの。その位しても、バチは当たらないはずだわ。
間もなく夕食の時間となり、あたしたちは担当の機長に促され、今度は後ろのテーブルへと集まった。
あたしたちの両親は大分冷静になっていたけど、比良さんと余呉さんは、まだどこか興奮が覚めないといった様子だった。
余呉さんが特に興奮している様子だった。
「余呉さん、さっきから興奮しすぎですよ」
比良さんが大きな声を出した余呉さんを注意する。
うーん、誤差とは言え余呉さんの方が年上なんだけど、こうしてみると比良さんが姉って印象よね。いや、比良さんも十分小柄で童顔なんだけど。
「だって、今まで私エコノミーしか乗ったことなくて、こんなファースト以上の待遇で乗れるなんて素晴らしいわ!!! あー食事も楽しみだわ!」
余呉さんが、全員が座ったタイミングでそう叫ぶ。
あたしたちは実年齢を知っているから、年甲斐もなくはしゃぐ余呉さんの図だけど、何も知らない人が見たら、10代女子の興奮に見えるのかしら?
「ふふ、そうだろう? ちなみにこれは、会社名義の飛行機ってことになってるが、お金を払っているのは俺だ」
蓬莱教授ではなく、蓬莱カンパニーがこの飛行機のオーナーということになっているから、比良さんと余呉さんも、この会社の取締役という立場を考えれば利用は当然で、むしろ部外者なのはあたしと浩介くんの両親ということになるわね。
「あれ? 椅子が2つ空いてるわね」
「あー、実は交代の機長さんたちの席だよ」
蓬莱教授がそう解説してくれる。
どうやらそういうのも、こういった飛行機では行われることらしいわね。
「お待たせしました」
肩に4本線を入れた制服の男性2人が座ってくる。
1人はさっき見た「総機長」で、もう1人も機長資格を持っているようだった。
「今日の機内食は仙台の牛タン弁当ということです」
「お、名産じゃねーか」
CAさんのその一言に、蓬莱教授が満足そうににっこりとしている。
仙台の牛タン弁当は、幸子さんにも進められた、仙台のみならず東北地方を代表する名物だという。
東北生まれ東北育ち、東北在住の幸子さんらしいチョイスと言えばそのとおりだけど。
「お待たせいたしましたー」
10人のCAさんが、それぞれの机に牛タン弁当を置いていく。
「ドリンクはどうされますか?」
あたしの右から、CAさんがドリンク注文を聞いてきた。
ここは自分で取りに行くのは億劫なので、ありがたくCAさんにドリンクバーまで行ってもらおう。
「えっと、じゃあ麦茶で」
毎回オレンジジュースなのもつまらないので、今回は麦茶にして見た。
「かしこまりました」
「篠原様って、すごいですよね。社長として、やっぱりモテるんですか?」
あたしの左側、浩介くんの右側にいたCAさんが浩介くんに話しかけている。
浩介くんは、やや困惑した様子で「ああ」と言った。
確かに浩介くんは、あたしが彼氏として選んだ当初こそ「冴えない」「不釣り合い」という評判だったけど、今はかなり男が磨かれたために女性受けがかなりよく、「不釣り合い」何て声は聞こえてこない。
「永原様の人生で一番思い出に残っているエピソードって何ですか?」
「うーん、やっぱりTS病になった時かしら? あの時はまさかこんなに生きるとは思ってなかったもの」
よく見ると、他のCAさんもそれぞれ話している人と、ドリンクを持っていく人とで別れている。
「篠原様、ノーベル賞という名誉に、更にお金も持ってるんですよね」
「ああ」
あたしと付き合う年数が長くなるに連れて、浩介くんは他の女子からもモテるようになった。
あたしという嫁がいることを知っていても、どうしても話しかけたくなっちゃうのが女だと思う。
浩介くんは、あたしで満足してくれてるのもあって、他の女には目もくれないけどもね。
ま、浩介くんをして「地球最高の物件」と評してくれた今のこのあたしが浮気されるなんて万どころか億……いや兆京に1つもないと思うけど、それでも神経を尖らせちゃうのは悲しき恋する乙女の性だよね。
「篠原様、お金持ちでしたら──」
「あーいや、俺は優子ちゃんがいるから、他を当たってくれ」
浩介くんが心底嫌そうな感じで断っている。
「えっそういうつもりでは……あ、はい。申し訳ありません」
うっ、さらりと逆ナンしようとしてるし。
油断も隙もないわね。
……あ、でもそういう感じでもないかしら?
「あー、うん。多分もっと別のこと?」
浩介くんもさすがに気まずくなったのか、フォローを入れる。
「はい、食事中のマナーについてなんですけれども。実はですね──」
うー、何よもう、驚かさないでよー。
「あら優子、もしかして逆ナンだと思って驚いちゃったかしら?」
突如母さんの声が聞こえ、あたしの頭が一瞬真っ白になる。
「ギクッ……べ、別にそんな訳じゃないわよ!!!」
ハハハハハ!
そんな訳に決まっていると、あたしは白状してしまい、機内から失笑がどっとこぼれる。
うー、早とちりして墓穴掘っちゃったわ。
でも……
「はい、次からはそうするといいですよ」
CAさんが浩介くんに丁寧にマナーを教えている。
悔しいけど、その所作ではあたしは負けている。
世界一の資産家と言っても、あの株式上場があるまではビリオネアどころかミリオネアでさえなかった。
これからも、超富裕層、いや世界一の資産家夫婦の妻としての自覚や振る舞いを随時覚えていかなきゃいけないわけだけど、やっぱりこういう所は、成金にはきついのよね。
「ありがとう」
やっぱりあたしって嫉妬深いわ。
また後で、浩介くんに沈めてもらわないと。
「最近はパイロットの不足が叫ばれていました。どんなに機械が進歩しても、最後の砦は人間にしか担えないんです」
一方でこちらは、機長さんと蓬莱教授が話し込んでいた。
「蓬莱カンパニーのおかげで、航空業界も大助かりですよ」
どうやら、航空会社でも、蓬莱の薬は待ち望まれていたものらしく、またベテランパイロットも、身体的衰えから解放されると期待されているそうだ。
でも、それを言ったら人手不足の業界はどこもかしくも「蓬莱カンパニー万歳」よね。そして、日本はもう10年以上人手不足が続いているし。
「ノーベル賞の授賞式、頑張ってくださいね」
「ああ、でもノーベル賞のためにストックホルムに行くのは2度目だ。そういう意味では、他の受賞者よりはよっぽど気が楽ってもんだ」
パイロットさんたちは話し上手聞き上手で、雑談には事欠かなかった。
また元自衛官のパイロットさんも居て、その人によれば航空業界だけではなく、自衛隊、特に航空自衛隊が蓬莱の薬に大きな期待を寄せていることも分かった。
「ま、こうして話を聞いていると蓬莱カンパニーの経営陣が世界一の資産家ってのは納得だよな」
蓬莱教授とパイロットさんとの話を聞いていたお義父さんの言葉は説得力があった。
ある業界の製品が、他の業界に影響を及ぼすことは枚挙にいとまがないけど、蓬莱の薬ほどに大規模かつ広範囲に影響を及ぼした例も無いわよね。
そうこうしているうちに機長の1人が交代が近いということで、懇談会も自然とお開きになった。
飛行機はまた少し上がって、ロシア上空36000フィートの巡航高度を、一定の速度で飛んでいた。
「ねえあなた」
「ん?」
皆が元の席に戻ったのを見計らって、あたしは誰にも聞こえない範囲で浩介くんに話しかける。
「あたし、ちょっと焼きもち妬いちゃった」
いけないと思っていても、やっぱりどうしても妬いてしまう。
「え!? や、やっぱり!?」
浩介くんも、予想がついていたみたいね。
「う、うん……お願い、鎮めてくれるかしら?」
あたしは浩介くんの腕を引っ張り、機体の一番後方へと進む。
カーテンで仕切られたそこは、離着陸の時にだけ使う座席だった。
今はここには誰もいないけど、カーテンでしか仕切られてないから、大それたことはできない。
「ゆ、優子ちゃん」
「ふふ、ロングスカートをめくるのも楽しいわよね?」
浩介くんは、露出度の高いミニスカートが大好きだけど、人前だったりすると不機嫌になる。
で、今の服装はというと、あたしが女の子になって初めて穿いたスカート、つまり足元のくるぶしまであるロングスカートだ。
もちろん、スカートめくりが大好きな浩介くんだから、冬場でもいたずらだったり、家事手伝いのご褒美だったりで、めくられちゃうことは何度もある。
「えっと、じゃあ……」
さらーり……
「んっ……」
ミニをめくられるときは、すぐにパンツを見られてしまうから、それはそれで恥ずかしいけど、今日みたいなロングは、焦らされる恥ずかしさと、ガードが固いはずなのに見られてしまうという恥ずかしさとの相乗効果がとても大きい。
うー、ミニより恥ずかしいわ。
浩介くんは知ってか知らずか、ロングの時はわざとゆっくりめくる傾向にある。
「ああんっ……」
「優子ちゃん、かわいいよ」
浩介くんが嫉妬した時も、あたしが嫉妬した時も、どっちにしてもこのやり方で嫉妬を沈めることになる。
あたしがズボンだったりする時は、胸やお尻を触られるのも、いつも同じだった。
ふぁさー
布が擦れる音が断続的に続き、ついにあたしは中の水色の縞パンを見られてしまった。
「あーん、恥ずかしいよお……」
「はぁ……はぁ……」
そして、ロングの場合、いやミニの場合でも高確率で起きるようになったのが──
「んー、こうして見るのも絶景だなー」
「こ、浩介くん!」
あたしは、スカートの中に頭を入れられて潜り込まれてしまう。
このシチュエーションは、外気に丸見えにさせられるのと同じくらい、あるいはそれ以上に恥ずかしいことだった。
「スーハースーハー、うん、最高だなあー」
「ああーん、もう許してー!」
あたしがギブアップ宣言をすると浩介くんも離してくれる。
浩介くん曰く、このあたしの許しを乞うのが一番かわいいとか何とか。
「ふう、多分聞こえてないな」
浩介くんが、やや焦った声で話す。
「うん、大丈夫よね」
あたしたち小声だったし、エンジンの音もしているもの。
多分大丈夫のはずだわ。まあ、聞かれちゃってても、秘密にはしてくれると思うけど。
「んじゃあ、俺から外に出るから、タイミングを見計らって優子ちゃんも出てくれ」
「うん、分かったわ」
浩介くんがカーテンの外に出る。
ノーベル賞を取っても、浩介くんの性欲は変わらない。
それは、蓬莱の薬が成せることでもある。
数分間の後、あたしも自分のソファーに戻ることになった。
お義母さんから、「心配したわよ。どこに行っていたの?」と言われたけど、「こんな上空で、飛行機の外に出られるわけないわよ」と返したら、すぐに納得してくれた。
相変わらず、飛行機は広大なロシア上空を飛んでいて、メルカトル図法では遠回りに見えても、正距方位図法だと、やはり遠回りながらも比較的まっすぐに飛んでいるのが分かる。
地球は丸いから、ここまでの航空路も、一部中国上空を飛んでいる以外、全てロシア上空の、それもかなり高緯度を飛んでいる。
そういえば、アメリカに行くにも、アラスカ付近を経由するのが最短なんだっけ?
「当機の機長です。当機は間もなく仮眠時間に入ります。機内灯を消灯します」
時差の関係で、飛行機には約11時間乗るが、時間は4時間程度しか進まない。
とはいえ、寝ないわけにはいかないので、これから3時間程度の仮眠タイムに入る。本眠は現地のホテルについてからということになる。
ちなみに、緯度が高いのもあって、日本では到底日が落ちない時間なのに、既に夕方のような景色を披露していた。
「こちらをどうぞ」
「ありがとうございます」
機長さんのアナウンスと共に、枕と毛布を渡される。
あたしたちが普段豪邸で使っているものと遜色ないくらいに、着心地のいいものだった。
あたしはソファーに横になって目を瞑る。
瞼越しに飛行機の機内灯が消えるのが分かると、機内から聞こえてた話し声が止み、エンジンの規則的な音だけが、ゆっくりと響いている。
まどろみの中で、あたしも眠気に誘われていた。
明日はいよいよ現地に入る。さてどうなるか、楽しみだわ。