永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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2027年12月9日 リハーサル

 12月9日、ノーベル賞授賞式を明日に控え、義両親と永原先生たちは再びストックホルムの街に繰り出すという。

 永原先生たちも同じチームで行動するため、ホテルに残っているのはあたしたち3人の受賞組だった。

 

「リハーサルは午後からだ。それまではここで大人しくしておこう」

 

 蓬莱教授も、昨日のあれは想定外だったらしく、参加する必要のあること以外はなるべくしない方向に舵を切ったらしい。

 それそのものは、あたしも賛成だった。何分、結構治安悪い所は悪いらしいし、そうじゃなくてもああやって人だかりに囲まれていたらすぐに疲れちゃうわ。

 

「ええ、それでリハーサルというのは?」

 

 もちろん、授賞式がコンサートホールで、晩餐会が市庁舎の「青の間」と呼ばれる場所で行われるのは知っている。

 あたしたちも予習はしてきたけど、インターネットで予習しただけなので実際の所は体験してみないとわからない。幸い、体験者は近くにいるけど。

 

「あー服装はそこまでかしこまらなくても大丈夫だ。あくまでも『流れの確認』だからな」

 

「コンサートホールってことは?」

 

「もちろん、名のあるオーケストラが呼ばれるぞ」

 

 やはり、荘厳な雰囲気には違いないらしいわね。

 博物館で見た授賞式の写真を見る限り、あたしの子供っぽいドレスは浮きそうだけど、知ったことじゃあないわ。

 それに、スピーチの時にそのことは話すつもりだもの。

 

「所で、優子さんはどんなドレスにするんだ?」

 

「えへへ、ちょっと待ってて」

 

 蓬莱教授の問いに答えるべく、あたしは奥の部屋に移動し、授賞式で着る予定のドレスと、晩餐会で着る予定の服を持っていく。

 

「これです」

 

 あたしが、左右に服を見せてアピールをする。

 特に晩餐会で着ていく服は、赤い服に赤い巻きスカートの、幼さを強調した格好になっている。

 

「ふふ、優子さんらしいぜ」

 

 蓬莱教授が優しく微笑んだ。

 会場も、みんなあたしに注目すると思う。

 今年のノーベル賞は、女性の受賞者はあたしだけ。

 それに今までの受賞者と違って、胸が大きいことを除けば、外見年齢はここの基準ではそれこそ10代前半の女の子だものね。

 だったら、それに相応しい格好で、小さな女の子がパーティーに参加した位でいいのよ。

 

「さて、タキシードの着方だけど──優子さんは別の部屋に行っておいた方がいいな」

 

「うん、そうするわ」

 

 浩介くんが脱ぐ様子なんて、興奮しないわけないものね。

 

「よし、それじゃあ始めようか」

 

「はい」

 

 浩介くんと蓬莱教授の会話を聞きつつ、あたしは離れた別室に移動する。

 ここにいれば、2人の音も会話も聞こえてこない。

 あたしは迫る誘惑を抑え、浩介くんから呼び出しがかかるまでそのままじっとしていることにした。

 

 

「さ、出発するぞ」

 

「はい」

 

 お義母さんたちがまだ帰らない時に、あたしたちは通訳さんと共にホテルにあるレストランで昼食を取ってから外に出た。

 さすがに高級ホテルとあって、あたしたちに気付いても特に他のお客さんも反応しなかった。

 ホテルの前には既にタクシーが止まっていて、あたしたちをストックホルムのコンサートホールまで連れていってくれるという。

 

 ちなみに、タクシー運転手さんとのやり取りも、通訳さんを通す。

 

「それにしても、英語を覚えないんですか?」

 

 タクシー運転手さんの言葉を、通訳さんがそう訳す。

 

「あーいや、英語の論文は書くがね。そうでなくてもスピーチは英語だよ。だけどだからといってスラスラ話せる訳じゃねえし、母国語の人にしか分からないような微妙な違いのことを考えたら、通訳をつけた方がいいんだ」

 

「──」

 

 蓬莱教授の言葉を、通訳さんが随時翻訳していく。

 

「──」

 

「なるほど。確かにそういう人はよくいますよね」

 

「日本人だったらlとrとかな」

 

 蓬莱教授が愉快そうにそう話す。

 確かに、今でもあたしたちはlとrの区別はほとんどつかないし、英語の人からいくら「全く違う音」と言われてもよく分からない。

 そのため、日本人と英語で話すときは、その辺りを特に気を付ける必要があるのは言うまでもないわね。

 

「──」

 

「こちらです」

 

 そんなことをタクシーの運転手さんと話していたら、やがて目的地のコンサートホールに到着した。

 蓬莱教授がお金を払い、通訳さんが応対しつつ車を降りる。

 それにしても、自動ドアじゃないのね。

 

「さ、ついたぞ」

 

 そこは、やはりいかにも厳かという感じの建物だった。

 今日のリハーサルはラフな格好だけど、明日は違う。

 

 建物に入り、受付を済ませてからノーベル賞のリハーサルの場所へ移る。

 

「さあ、昨日既に1人会っているが、今日は平和賞以外の全受賞者が一同に介する場だ」

 

「「ごくりっ」」

 

 その言葉を聞いて、あたしと浩介くんは思わずほぼ同時に唾を飲み込んだ。

 あたしたちは、今年のノーベル賞受賞者の中では一番の若輩者で、学位だって、単位こそ足りているけど、ノーベル賞ということで急遽前倒し特例で博士をとったばかり。

 

「恐れることはない。みんな俺ほどには実績はないさ」

 

 蓬莱教授が、首からぶら下げていたノーベル賞メダルのレプリカを取り出して見せつけてくる。

 そう、蓬莱教授は既にノーベル賞を取っている。

 それを除けば、初めてのノーベル賞という意味ではみんな同格だものね。

 

「うん」

 

 ともあれ、あたしたちは蓬莱教授に続いて、集合予定の部屋に入ることにした。

 

  ガチャッ……

 

「Hello.」

 

「Ah Dr. Horai.」

 

 会話は、英語だった。

 豪華な部屋に入ったあたしたちはやっぱりやや控え目に、蓬莱教授の後ろを歩く。

 貢献度が蓬莱教授の半分づつというのもあると思うけど。

 

「Are you Yuko Shinohara?」

 

 高年の白人男性があたしに話しかけてきた。

 

「Yes, I am Yuko Shinohara.」

 

「I am...」

 

 早口ではあるけど、どうやらこの人は今年のノーベル物理学賞の受賞者とのことだった。

 ともあれ、英語は少しは復習してきたし、何とか話せるようになってなきゃ。

 

「Welcome to Nobel Club. Nice to meet you.」

 

 ノーベルクラブへようこそ。あなたを歓迎します。ってところかしら?

 今日の通訳さんは英語の通訳さんだけど、このくらいの平易な英語なら、通す必要はないわね。

 

「Nice to meet you.」

 

 あたしは、彼や他のノーベル賞受賞者たちと握手しながら考える。

 あたしたちの本業はあくまでも実業家であって科学者ではない。

 世間は、あたしたちが会社の経営で多忙になることを惜しむと思うし、実際に研究者として転身して欲しいという声も一部では見られる。

 ただ、経営幹部の多くが抜けているため、今残った社員たちは、仕事やあたしたちの一挙手一投足に大忙しと聞いている。

 だから、ノーベル賞を取ったからといって、あたしたちのライフスタイルが変わるわけではないし、研究に関してはやはり蓬莱教授任せになるのは同じだと思う。

 そういう意味では、あたしたちにとっては、「ノーベル賞が終着点」なのかもしれないし、そういう意味では、蓬莱教授を含め、ここにいる人との疎外感を、感じずにはいられないのも事実だった。

 それでも、あたしたちは佐和山大学でのあの大発見が今に生きていると思っている。

 

「I can't believe. She looks little girl. She looks 13, her husband looks 14.(信じられねえよ、彼女は13歳の幼い少女にしか見えない。旦那だって、14歳の少年みたいだ)」

 

 ふふ、随分とあたしのことを買ってくれているみたいで嬉しいわ。

 それにしても、ノーベル賞を受賞するほどの大学者たちでも、あたしの胸をチラチラ見るのね。

 本当、女になって分かったけど、男って信じられないくらい単純だわ。

 

「俺14歳かあ……」

 

 嬉しいあたしとは対照的に、浩介くんは半ば呆れた様子で話す。

 女の子と違って、男は若く見られるメリット少ないものね。

 

「でも、若く見えるっていいわよ。むしろそれこそが蓬莱の薬だもの」

 

「まあ、そうだろうなあ」

 

 

「She was stopped aging , 10 years ago.(優子さんは10年前から不老になったんだ)」

 

「10 years? Humm...Ah ! She is perfect trans sexual...(10年? あーそうか! 彼女はTS病で……)」

 

「Yes Yes」

 

「However, she is 17 years old? I think so, I can't believe too.(でもそれにしたって17歳の時だろ? やっぱそれでも信じられないよ) 」

 

 

 蓬莱教授が、別の受賞者と会話している。

 その中でも、あたしがTS病で不老になったことや、浩介くんが早い時期に蓬莱の薬を飲み始めたことなどを話していた。

 ちなみに、やっぱりというかなんと言うか、17歳だとしても信じられないくらい若く見えるらしいわね。

 よくよく思い出せば、最初に病院でこの姿を見た時も、「幼さの残る童顔」に見えた位だから、外国人が見たらなおのことそう見えると思う。

 ふふ、これは明日はもっと皆を驚かせることができそうだわ。

 

 この場に来たのはあたしたちが最後で、蓬莱教授と、ノーベル物理学賞、ノーベル化学賞、ノーベル文学賞、そしてノーベル経済学賞の受賞者たちはみんなそれぞれ英語で雑談に高じていた。

 

「中々入り辛いわね」

 

「ああ、英語を読むことはできても、会話は難しいもんなあ」

 

 研究者ということもあって、英語を読む機会は多かったけど、こうやって話す能力に関してはどうしても後手に回らざるを得なかった。

 実際、最初の電話も、「ノーベル賞になった」ということは分かったけど、詳しいことについてはあまりよく聞き取れなかったし。

 一方で、蓬莱教授の方は、かなりの日本語訛りだけど、それなりに会話ができている様子だった。

 

  トントン

 

 すると突然、扉がノックされ、辺り一面が静まり返った。

 

「Hello everyone, ahh...Dr. Horai,Dr. Yuko Shinohara,Dr. Kousuke Shinohara,...」

 

 スタッフさんと思われる人が、あたしたちの名前を呼んで確認していく。

 ノーベル賞の場ということで、あたしも浩介くんも「博士」と呼ばれることになっている。

 

「OK,I confirmed all attendance. (オーケー、全員の出席を確認しました)」

 

 そして、「これからノーベル賞授賞式当日の流れについて説明と簡単なリハーサルを行う」と宣言した。

 ちなみに、この人はノーベル財団の偉い人で、アルフレッド・ノーベルの子孫とのことだった。

 

 まず、授賞式を開始する時には、オーケストラの演奏と共に入場する。

 あたしたち受賞者が座るのは赤い椅子で、王族の方々が座るのが向かいにある豪華な椅子、そして青い椅子は過去の受賞者やノーベル財団関係者、更にはあたしたちのノーベル賞を決めた「カロリンスカ研究所」を含めたノーベル賞決定機関のお偉いさんたちの席だという。

 今日はもちろんリハーサルなので、曲はカセットテープでのものになっている。

 会場の客席には誰もいないけど、当日はもちろん満員になる。

 

「...A medal a check,and...」

 

 当日はスウェーデンの国王陛下が直々にあたしたちにメダルと賞金の小切手や、その他賞状を渡してくれるという。

 更に各受賞者に対しても、陛下より直々に声をかけられるという。

 

「うー、想像しただけで緊張しちゃうわ」

 

 国王自らあたしたちにメダルを手渡ししてくれることや、王族も全員見えられることは知っている。

 知っていてもやっぱり、いざ改めて告げられると緊張度は高く、他の受賞者たちも緊張の色を隠せない。

 

「だろうな。無理もない。俺もさすがにその時は心臓が大変なことになったよ」

 

 あたしが不安そうに緊張していると、蓬莱教授が気遣ってくれた。

 蓬莱教授は、さすがに2回目ともあってかなり落ち着いていた。

 それでも、やはりみんなどこか表情も姿勢も固かった。

 

「Never mind! Let's enjoy. Don't worry.(心配するな! 楽しもうぜ。大丈夫だって)」

 

 固くなっていた会場に、蓬莱教授の明るい声が響き渡る。

 すると、受賞者たちからも笑い声が漏れた。

 蓬莱教授がパンパンと手を叩くと、他の受賞者たちも、説明してくれるノーベル財団のスタッフさんも、リラックスした表情になった。

 いつの間にか、蓬莱教授は受賞者たちのリーダーのような立場になっていた。

 それは恐らく、ここに来るのが2回目だという一面がとても大きいと思うし、そうでなくても、その業績の大きさや、蓬莱教授が以前より持っていたカリスマ性もあると思う。

 百戦錬磨のノーベル賞学者たちさえ、彼に惹かれてしまうというのは、すごいことだと思った。

 

「It's over. And next dinner party. We will use "Nobel bus".(これで授賞式は終わりです。そしたら次は晩餐会になりますが、ノーベル財団のバスを使います)」

 

 そう言えば、空港に来た初日のリムジンも、何だが豪華だったわね。

 もしかしたらあれもノーベル財団のものなのかもしれないわね。

 

 ともあれ、今日は少人数なので、あたしたちはコンサートホールからストックホルム市庁舎まで、ノーベル財団のジャンボタクシーを使って移動することになった。

 

「Dr. Yuko Shinohara , what your future ressearch ?(篠原優子博士はこれからどんな研究をするんですか?)」

 

 タクシーで隣になった文学賞の受賞者があたしに話しかけてくる。

 えっと、これからの研究についてよね?

 

「My regular occupation is a business person. My husband too.(私は実業家が本職ですから。浩介くんもです)」

 

「It's regret.(それは残念です)」

 

 あたしが、本職が実業家であることを伝えると、文学賞の人はいかにも残念そうな表情で「それは残念です」と返してきた。

 

「Hey hey! It 's the world 's loss!(おいおい、それは世界にとっての損失だぞ!)」

 

 更に後ろであたしの会話を聞いていた化学賞の受賞者の1人が会話に割り込んできた。

 うん、気持ちは分かるけど、あたし自信ノーベル賞何て取れると思ってなかったから、今さら研究畑に戻るつもりもないのよね。

 

「No no, our business is very important! In fact, we are world's richest family.(いえいえ、あたしたちの事業はとても重要だわ。事実、あたしたちは世界一の資産家ファミリーですから)」

 

「Oh, I forgot.」

 

  アハハハハ

 

 化学賞の人が、うっかりといった顔で「忘れてた」と言うと、タクシーの中が笑い声に包まれた。

 そう、ノーベル賞は世界の学者にとって最高の栄誉だし、実際それを受賞できたということは、少なくとも研究畑に進んでいても、あたしも浩介くんも間違いなく成功したとは思う。

 でも、それでも、ノーベル賞は毎年の行事だし、何人も選出されるけど、蓬莱カンパニーの事業は、その特殊性からも、従来の経営学は通用しない。

 だから、薬のことを知り尽くしているあたしたちにしか経営を担うことは出来ない。

 ノーベル賞には代わりはいても、蓬莱カンパニーには代わりはいないもの。

 それに、今年に入ってからこうやって贅沢ができるのも、あたしたちが実業家の道に進んだからだ。

 しばらくすると、タクシーが道を外れ、駐車場へと入っていった。

 

「We arrived.(到着しました)」

 

 財団の人がそう言うと、あたしたちもタクシーを降りる。

 目の前の建物、ストックホルム市庁舎は、古いながらもかなり立派で、ノーベル賞晩餐会が行われる建物ということを加味すれば、余計に荘厳に見えた。

 既にスウェーデン国内や日本などからと思われるマスコミが殺到していて、写真が撮られていく。

 うー、もう少し改まった服の方がよかったかしら?

 って、当日のこと考えたらそんなこと考えても仕方ないわね。


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