永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「んっ……」
家のものとは違う、でも見慣れた天井が視界に入る。
現地入りした6日を除いて、ストックホルム生活は4日目に入った。
このホテルも今日もう一泊したらおしまいになる。
海に浮かぶ町は魅力的で優雅ではあったけど、街全体がお祭り騒ぎで、あたしたちはどこへ行っても芸能人のような待遇で、あたしにとっては「静かな渋谷」である松濤生活の方が性に合っていた。
そしてもう1つ気がかりなのが、とにかくここは夜が長いことだった。
1日は24時間、冬至でも10時間近く日照時間が確保されているのに、ここストックホルムはいくら冬至に近いからと言え、18時間夜が続き、6時間程度しか明るくないのは地味に時差ボケよりも辛いことだった。
それでも、朝8時半だと言うのに真っ暗なこの環境にもたった4日で慣れてしまったのだから人間の適応力は恐ろしいわ。
ストックホルムは、スウェーデンの中では比較的南に位置していて、同国の中ではマシな方。
ストックホルムから更に北方の都市に行くと、この時期は太陽が全く登らずに、一日中夜が続く何て言う日になってしまう。
それを考えれば、9時から3時前までの短い時間でも、太陽が登るだけマシなのかもしれないわね。
「おはよう……」
「おはよう優子ちゃん」
今日の午前中は、外に出ずにホテルに引きこもることにした。
というのも、授賞式当日の今日は、ノーベルウィークの中でも一番に盛り上がる日な上に、あたしたちの注目度が他の受賞者に比べて明らかに高いという理由もある。
一昨日、ノーベル博物館ともう1つの博物館を見学するだけでも一苦労だったことを思えば、ますますノーベルで盛り上がっている今日の外出は極力避けたいというのが偽らざる本音だった。
幸い、ここスイートルームは警備がしっかりしているので、邪魔は入らない。
暇つぶしにつけたテレビでは、やはりノーベル賞のことをやっていて、とにかく国家ぐるみで盛り上がっていることがうかがえる。
番組内での受賞者の紹介も、他の賞の受賞者に比べて、明らかにあたしたちに重点がおかれている。
2回目の受賞となった蓬莱教授、そしてその蓬莱教授の教え子でもあり、大学院生の時に大発見をした、「若き世界一の資産家ファミリー夫妻」ともあれば、日本のマスコミでなくたって嫌でも注目してしまうものね。
うー、有名人になったのは高島さんの取材の時からだったけど、どんどん有名になっていくのはある意味で辛いわよね。
「いよいよ今日ね」
「ああ」
部屋には既に朝食が置いてあって、あたしたちの分が取ってあった。
あたしたちは遅めの朝食を軽くいただきながらテレビの続きを見る。
「あれ!?」
浩介くんが違和感に気付いた。
テレビでは、何と永原先生、比良さん、余呉さんの紹介に移っていた。
永原先生たちは、あたしたちの研究に多大な貢献はしたけど、受賞の直接的理由ではない。
それでも、海外ではTS病は「日本人が発症する幻の病気」として、時折こうしてブームになることがあるという。
「──」
字幕の翻訳によれば、「永原氏は人類最高齢で509歳、2番目に年上の余呉氏は194歳でこれはノーベル賞のアルフレッド・ノーベルと同い年なのです」とあり、TS病患者を特集している。
そこでの教育方法について、テレビで議論されていた。
「日本人が8割を占めるTS病の患者たちで作る団体、日本性転換症候群協会の支援方法とはどう言うものなんですか?」
「私が見た限りではですね。かなり男女の差を強調し、女性としての自覚を強調する教育をしていると言います。そうしないと、精神的に耐えられずに自殺してしまうと。実際、10年前まではそれでも半数以上が数年以内に自殺という結末をたどりましたが、篠原優子さんが現在の教育方法にした結果、現在では自殺者はほぼいないそうです」
テレビでは、あたしたち協会のことが話されている。
協会の手によって、フェミニズムは完膚なきまでに叩きのめされたはずだったが、今でも亡霊のようにさ迷っていて、あたしが思うに、スウェーデンの女性徴兵もその名残のように思えてくる。
「私たちが思っている以上に男女の差が大きいということですか?」
「そういうことみたいです。今日はですね、TS病の当事者に来ていただきました」
パチパチパチパチパチ!
「「「あっ!」」」
あたしたちは、ほぼ同時に口をあんぐり開けていた。
そこには、永原先生、比良さん、余呉さんの3人と、通訳さんが写っていた。
永原先生たちの私服姿は、やはりかなり幼さを強調した格好で、それそのものが「不老」という存在を象徴していた。
「ご紹介します。1518年生まれ、永原さん、1833年生まれ余呉さん、1840年生まれ比良さんです。本日はよろしくお願い致します」
通訳さんを介して、永原先生たちに意味が伝えられていく。
「よろしくお願い致します」
永原先生が代表して頭を下げる。また
「永原さんたちの人生、これは大変興味深いのですが、放送時間がなくなってしまいますので、その事は置いておきましょう」
スウェーデンの人は日本史のことは知らないためか、永原先生の半生などには触れる予定はないらしい。
まあ、それだけで番組どころか大河ドラマ作れちゃうものね。
「えっとですね、お三方とも失礼ですが幼い女の子にしか見えないんですが、発病してからずっとこんな感じなんですか?」
「ふふ、そうよ。私たちも女性ですから若くありたいもの。誉めてくれてありがとう」
永原先生の回答に、女性のアナウンサーさんが少し複雑な表情をしている。
まあ、そりゃあ日本人が若く見えるように、あたしたちから見ると、外国人はどうしても老けて見えちゃうもんね。
自分たちの祖先並みに長生きなのに、若々しい永原先生たちに嫉妬しても不思議じゃないわ。
「あー、どうしてそこまで幼く振る舞うんです?」
アナウンサーさんが特に余呉さんに視線を合わせながら言う。
余呉さん、黙ってれば一応日本人的には18歳位に見えるのに、今は完全にませた小学生にしか見えない。本当、女って凄いわ。あたしも女だけど。
「どうしてって、それはもちろん男にモテるからよ」
3人の中でも、子供服を着てランドセルまで背負っていた余呉さんが平然とそう答える。
すると、2人のアナウンサーさんが固まってしまった。
確かにあたしも余呉さんと同じ意見だけど、平然と言ってのけるのは、いくらなんでもちょっと不味いわよね。
「私たちは女性でありながら、後天的にそうなったという所から、『女性としての幼少期』に憧れているんです。今回ノーベル賞になった篠原さんは特にそうですよ」
さすがに会場が凍りつきそうになったのを察したのか、永原先生が慌ててフォローしていた。
そう、TS病の女の子にとって、「幼少期、少女期を男として過ごした」というのは、TS病患者に女の子としてのアイデンティティーが確立されると同時に持ち上がってくる大きな問題だったりする。
永原先生は青春に対するコンプレックスが強く、学園祭などのイベントで「制服通学」をしたりするし、あたしだって、今日の授賞式はそういう格好をすることになっている。
「えっと……おほん。まあいいでしょう。それでやはり、両方の性別を経験してみて、男女の違いというのは大きいもの何ですか?」
永原先生の日本語には、スウェーデン語の字幕が、スウェーデン人のアナウンサーさんたちのスウェーデン語には日本語の字幕がそれぞれついている。
「はいとても大きいです。私たちの国ではTS病が身近でしたからそうでもないんですが、はっきり言いまして他の国は男女の差を過小評価しすぎていると私たちは思っています」
比良さんが淡々とした口調で、それでいてとても断定的に話す。
海外、特にヨーロッパやアメリカでは、日本のような玉虫色のような決着は望まずに白黒はっきりして0か100みたいな思考になりやすいという傾向があるなんて噂があるけど、今のこの状況を見ると、そうだとは言いがたいのが分かる。
まあ結局どこの国も「妥協」というのは重要ということなのよね。
「既に8年ほど前から私たちはフェミニズムの愚かさを世界に訴えていまして、私たちがそうした声明を出すと収まるのですが、いつの間にかまた復活しているのは、嘆かわしい限りです」
永原先生も半ばうんざりした口調でそう話す。
フェミニズムはよく、協会の会員からは「のれん」に例えられる。
まさに、「暖簾に腕押し」という言葉通り、のれんに対して腕を押しても意味がない。一時的には向こう側に行くけど、手を離せばすぐに元に戻ってしまう。
「んー、私たちは通常、片方の性別しか経験しませんから、あなた方に説得力のある反論ができません。ですが、あなたたちの中にも、フェミニストになる人はいるんじゃないでしょうか?」
あちゃー、またこの質問だわ。
これも何回言っても理解してもらえないのよね。困ったわね。
「はい、いません。少なくとも、私はここ100年の間に日本でTS病になった患者は全員知ってますし、私たちが知る範囲での外国人のTS病患者も、誰一人としてフェミニストにはなりません」
比良さんがそう続ける。
比良さんの服は胸元にかわいらしいイルカさんがプリントされていて、余呉さんほどではないけど子供っぽさがかなり演出されている。
永原先生と比良さんが中学生、余呉さんが小学生という見た目で、余呉さんは元農民、比良さんと永原先生は元武士という違いもあるのかもしれないわね。
「本当なんですか?」
「ええ、少なくとも私たちは数百人の患者さんを見てきましたが、本当の本当にたった1人の例外もいません。いないものはいませんのでいませんと言うしかありません」
比良さんの説明が終わると、アナウンサーさんはまだ納得できない表情で「うーん」と唸っている。
確かに、普通なら数百人ものサンプルがあれば、例外は必ず現れるはずだという固定観念にとらわれるものだものね。
「この病気は、そもそも男女の違いで戸惑う精神的負担の大きい病気で今では支援法の改善によってほとんど見られませんが、2017年頃までは性別の違いを苦にした自殺者が患者全体の過半数を占めていました」
支援法を改善したのはあたし。
特に「女湯に入れる」というのが効果てきめんなのよね。
男の精神が残っているのが、かえって患者たちを女湯に入れやすいのよね。
「男女の違いを身をもって思い知らされ、その違いに苦しめられる病気にかかった人間が、どうやったらフェミニズムに染まるのか、私たちが教えて欲しいくらいです」
比良さんの説明に加え、永原先生が止めの一撃を放つ。
アナウンサーさんたちは、ぐうの音も出なくなってしまった。
「協会では女性の権利向上みたいな運動は全くしていないとのことでしたが」
「私たちには不要よ。女の子にとって一番幸せなのは、男の人に好かれるってことだもの。男と衝突するなんて自滅行為にしか見えないわ」
永原先生が更に堂々とした口調で話す。
余呉さんは、「私たちにとって一番プライドが満足する瞬間は、他の女性よりも男性に好かれているとき。そのためには努力は惜しまない」とまで断言した。
「ですが……ですが……」
女性アナウンサーさんも、理屈はわかっている。
だけど、どうしても感情が許さず、許容できないという反応になっていると思う。
「あなた方TS病は皆さん美人ばかりです。そういうことも差し引いて考えるべきかと思いますが」
見かねたもう1人の男性のアナウンサーがフォローを出した。
あたしたち協会が「反フェミニズム」の声明を出す時に、決まってフェミニストの残党から出る反論声明が、「あなたたちは飛び抜けた美人だからちやほやされている。私たちの気持ちは分からない」というものだった。
当初はこうした声明のような反論はインターネットの匿名掲示板で出るものだったけど、何度も叩きのめされたために最近では彼女たち自身が使い始めていた。
最も、それはそれで恥の上塗りで、高齢独身女性ばかりがそれを支持しているらしく、100年後には弱体化することを祈るしかないわね。
「努力をしないから、ますますブスになるのよ。そして性格も歪んでいくの。女性というのはね、努力するだけでも見違えるのよ。特に男性にちやほやされると、どんどんとかわいくなっていく生き物なの」
余呉さんの言葉は、優しいけどそれでいて、無慈悲だった。
「うーん、分かりました。私は女性として生まれ女性として育ちましたし、あなたたちのことを完全に理解するのは、どうしても難しいかもしれないですね」
女性アナウンサーさんも、無理矢理納得したような表情になり、最後に挨拶と共に永原先生たちが立ち去った。
何だか、難しい話よね。
「浩介くん」
「まあ、授賞式か晩餐会で問い詰めればいいだろ」
あたしの疑問を察した浩介くんが当たり障りの無い返答をしてくれる。
「ええ」
あたしたちは、明るくなった外を見ながら時間を過ごした。
ちなみに、蓬莱教授からは「12時にホテルフロント集合」となっているので、まだ時間はある。
ちなみに、晩餐会に備えて昼食は抜きになった。
それまでは暇なのだけど、外に出たらあっという間に時間がつぶれちゃいそうで怖いのよね。
まあどっちにしても、このスイートルームが安全だった。
「そろそろ準備するぞ」
「はーい」
浩介くんの指示で、あたしたちはそれぞれ男女で別々の部屋に入って、授賞式の準備をする。
「優子ちゃん、ありがとう」
あたしは、お義母さんの振り袖を着付ける。
それが終わったら、今度はあたしはこの時の為に買ったパーティードレスに着替える。
「あらあら、優子ちゃんってスッゴいナイスバディ。嫉妬しちゃうわ」
うー、お義母さん、改まって言われると恥ずかしいわよ。
ともあれ、あたしはお義母さんにも見て貰いながら、白いパーティードレスを着る。
もちろん高級品だけど、デザインは子供っぽい。あたしのトレードマークになっている頭の白いリボンもそのままだった。
「ふう、やっぱり優子ちゃんかわいいわね」
「えへへ、ありがとう」
かわいらしさ全開の、膝下丈の白いドレスだけど、あたしには足りないものがある。
あたしは手荷物の中からくまさんのぬいぐるみを出して、右手でぶら下げるように持った。
「ふふ、どうかしら?」
「う、優子ちゃんさすがに子供っぽすぎない? 仮にもノーベル賞がぬいぐるみ抱いて式典に出るって」
案の定、お義母さんは反論してきた。
でも、それこそが蓬莱カンパニー宣伝の狙いだった。
「いいのよ。緊張も和らぐし、あたしとしてもこの方が魅力的だと思うもの」
そう、この人形はこの式典のために買った高級ブランドもので、傷ひとつついておらず、上流階級の幼いお嬢様という感じに仕上がっている。ふふ、今のあたしの男ウケは最高になっているはずね。
実年齢からしたら幼稚だって言うなら、今朝の永原先生たちなんて人権剥奪されそうな勢いだもの。
「そうねえ……まあいいわ」
「うん」
お義母さんからも「OK」を貰い、あたしたちはリビングに出た。
浩介くんとお義父さんも準備は終わっていて、タキシード姿になっていた。
「うお、優子ちゃんかわいい」
「えへへ、ありがとう」
男に褒められるのは嬉しいけど、やっぱり一番愛してる浩介くんから「かわいい」と言われるのが一番嬉しいわ。
「うーむ」
お義父さんは、まだ少し違和感があるみたいだけど、蓬莱カンパニーにおける不老の誇示という意味では、とにかく若く見せたいのが本音だった。
「じゃあ行くか」
「うん」
あたしたちは、ホテルの部屋を出て、1階にあるフロントへと繰り出した。
「まだ誰も来てないわね」
「ええ」
お義母さんとあたしが見つめる限り、ここにはまだ他の人はいないみたいね。
あたしたちが待つ間も、周囲のお客さんは見て見ぬふりをしてくれている。
やはり、ここのホテルは民度が違うわね。
「お、優子さん、本当にそれで参加するのか。すげえな」
蓬莱教授とその家族と思われる人たち、更に永原先生たちに父さんと母さんが合流した。
これで全員揃った。12時5分を目安に、ノーベル財団のリムジンが2台迎えてくれるという。
1台目はあたしたち受賞者3人と永原先生たち。
2台目が蓬莱教授の家族親戚とあたしと浩介くんの両親義両親という配分になった。
もちろん、各自動車にも通訳さんがついている。
「──」
「では発車しますね」
とはいえ、目的地はコンサートホールに決まっている。
昨日もリハーサルで行った所なので、特に感慨はない。
あたしたちは車内で雑談しつつ、目的地へと到着した。
さて、あたしの服装、どういう反応が出るかしら?