永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「さ、行くぞ」
蓬莱教授の号令と共に、あたしたちは車を出る。
蓬莱教授を見ると、いつの間にかメダルを首からぶら下げていた。
今までも見た、ノーベルの横顔が掘られたメダルだった。
昨日までぶら下げていたメダルよりも、かなり輝いて見えた。
「蓬莱教授……」
「おおこれかい? 優子さん、これはレプリカじゃない。本物だよ。俺が15年前にノーベル賞を受賞した時にもらった、あのメダルだ」
蓬莱教授がそう教えてくれる。
うん、分かってる。蓬莱教授が1回目のノーベル賞の時に貰ったメダルを掲げることで、蓬莱教授は晩餐会などにも、メダルを2つ見せることになる。
蓬莱教授は首からメダルをぶら下げ、あたしは手に熊さんのぬいぐるみを持って、浩介くんは手荷物だけを持って、寒い屋外を通り抜けて、すぐにコンサートホールの中に入った。
コンサートホール会場では、この時間でも人々が忙しなく動いていた。
「Oh! Dr. Horai!」
昨日のリハーサルでも見た顔の男性が蓬莱教授に話しかけてきた。
よく見ると、他のノーベル賞受賞者たちもそこにいた。みんな随分と早い到着なのね。
「Hello」
蓬莱教授は、入り口にいたノーベル賞学者と話す。
みんな蓬莱教授や浩介くんと同じタキシードで、あたしのドレスはかなり目立つ格好よね。まるでお姫様みたいだわ。
「Hello Dr...Ah...Mrs. Shinohara! Mr. Shinohara!」
蓬莱教授の後ろにいたあたしたちに気付くと、ノーベル賞受賞者があたしと浩介くんに話しかけてきた。
「ドクター」だとフルネームでないと区別できないので、「ミセス」と「ミスター」で呼んできた。
一応式典だとフルネームになると思うけどね。
「Hello.」
あたしたちもノーベル賞たちと挨拶をする。
昼食は抜きなので、あたしたちはそのまま授賞者の控え室の中に案内された。
「優子、頑張るのよ」
「もう、大丈夫よ母さん」
母さんの心配する声に対して、あたしは母さんを安心させるように言う。
まあ、もちろん「大丈夫」何て全く根拠はない。もしノーベル賞を取ったとして、そんな言葉を自信を持って言えるのは全人類でも蓬莱教授くらいだろう。
あたしの両親と浩介くんの両親、そして永原先生たちはコンサートホールへの道を、あたしたちは控え室へと進む。
そう言えば、永原先生たちも服装変わっていたわね。
特に永原先生は、吉良殿の着物を着ていたのが分かった。
やっぱり、教え子のノーベル賞だものね。
あたしたちには、通訳さんがいるにはいる。でも、授賞式までついていくことはできない。
うー、論文何かを読むことばかり考えていて、英会話は殆どからっきしだわ。ここまでうまく行っているのが奇跡よもう。
「ふう」
ともあれ、あたしたちは控室に座って、とりあえず一休みすることが出来た。
ノーベル賞の受賞者も、あたしのドレス姿が昨日にも増して幼く見えるのか、それともぬいぐるみさんが気になるのか、かなり驚きの目で見ている。ふふ、晩餐会の時はもっとすごくなるわよ。
まだ授賞式の開始まで2時間近くある。
その間、あたしたちはこの控え室で他の受賞者たちと共に過ごす。
実はこの控え室にはあたしたちと共に壇上に上がる人たちが入れ替わり立ち代わり挨拶することになっている。
「Dr. Horai, how shall I do Nobel prize 2 times ?(蓬莱博士、どうしたらノーベル賞を2回取れるんだ?)」
「Ah...I think that big and useful discovery 2 times...Ah...more useful than first discovery.(そうだなあ……有用的かつ大きな発見を2回すればいいと思うよ。あー、1回目よりも有用であるべきだな)」
「You're very genius Dr. Horai. Usually that's near impossible for Nobel Prize Laureates.(蓬莱教授、あなたは信じられない天才だ。普通はそんなことノーベル賞受賞者にだって不可能に近い)」
「Hmm...however, Nobel prize must be big and useful discovery. So your question's answer only it. (うーむ、しかしノーベル賞というのは大きく、なおかつ有用性の高い発見が必要だからなあ。君の問にはそう答えるしかないよ)」
「It's difficult.(難しいことだな)」
「Commonplace...You're Nobel prize Laureate. You should understand.(当たり前だ。君もノーベル賞学者なら、理解しているはずだ)」
「Exactly.(おっしゃる通りです)」
控え室で、蓬莱教授が物理学賞の学者と何やら話し込んでいる。
どうやら、蓬莱教授と同じように、「ノーベル賞を2回取りたい」と思っているみたいで、「どうすれば2回取れるか?」という質問に対しては、「偉大な発見を2回すればいい。それも1回目よりも偉大な発見で」と答えている。
もちろん、「並みのノーベル賞学者」には、そんなことは不可能に近い。
とはいえ、蓬莱教授はそれを成し遂げてしまったからこそ、今回特に注目されている。
「Mrs. Shinohara.」
「?」
文学賞の受賞者が、あたしに話しかけてきた。
一体何の用かしら?
「Why do you carry a teddy bear?(何で熊のぬいぐるみを持っているんだい?)」
やっぱり来たわねその質問。
「Because,I need relieve tension.(緊張を和らげるためです)」
あたしが、くまさんのぬいぐるみを軽く抱き、頭を撫でながら答える。
その様子は、背が高く、胸とお尻が大きいことや、顔も幼女というにはさすがに大人びていることを除けば、小さな女の子そのものだった。
「...I see.(分かった)」
周囲の視線も、あたしの方に向かう。
ただ、その視線は好意と困惑が入り交じったものだった。
ノーベル賞を取るような女性が、いくら「不安を和らげるため」とはいえ、明らかに子供向けのぬいぐるみさんを抱いているのは、彼らにとっては衝撃的なことなんだろう。
それだけではない。あたしが着ているドレスは、かなりかわいらしさを強調したもので、価値観によっては、熊さんのぬいぐるみと合わせて、「かわいいんだけどあまりにも子供っぽすぎる」という印象を与えていると思う。
でも、どれだけ文化が変わっても、最終的な男の本能は、あたしみたいな女の子が好かれることは知っている。だからあたしも、堂々と過ごすことにした。
ふと思ったのは、ここは女性はあたししかいない空間。もしここが無人島で、しかも浩介くんがいなかったら、このコミュニティはあたしを巡って殺し合いが始まっても不思議じゃないということだった。何だろう、それが始まったら、女として一番有頂天になれる気がするわ。
ってダメダメ、何変なこと考えているのよ優子。落ち着かなきゃダメよ。本番はこれからなんだから。
コンコン
しばらく何もしないで待っていると、突然扉がノックされた。
昨日いたノーベル財団の人が入ってきて、これから授賞式の壇上に上がる人を紹介してくれるという。
委員会の人たちの視線も、あたしの、特に胸と熊さんのぬいぐるみに集中する。
今年のノーベル賞受賞者の中で、あたしは唯一の女性で、いわば「紅一点」だ。
それに加えて、あたしの格好にも注目が集まっているということね。
あたしたちをノーベル賞に推薦した「カロリンスカ研究所」の人は、特にあたしの格好に驚いているみたいだわ。
また、この式典に参加してくれた過去の受賞者も参加している。
特に、蓬莱教授が15年前にとったノーベル賞と同い年に受賞し、かつ生存している人は全員出席だという。
15年の月日が流れ、受賞者の何人かが亡くなっているばかりか、そうでなくても相当な老人になっていて、蓬莱教授は15年前よりほんの少し老けただけで、彼らも非常に驚いている。
蓬莱教授が40代の若さでノーベル賞になったことを差し引いても、異常な光景だわ。
やっぱり、それが蓬莱の薬というものだものね。
その後も、彼らの紹介、挨拶、交流が続くけど、あたしは研究所のほぼ全員から、「Why do you carry teddy bear?(どうしてくまのぬいぐるみなんか持っているんだ?)」とか「Why do you do childish?(何故子供っぽく振る舞うんだ?)」と聞かれて、ややうんざりしてしまった。
特に後者の質問については、晩餐会のスピーチのネタバレにもなってしまうので、詳しくは話さないことにした。
まあ、あたしたちTS病と、不老についての宣伝も兼ねているというのが、実際の所だけどね。
「優子ちゃん、大変だな」
一息ついたタイミングで、浩介くんが話しかけてきた。
確かに、まだ授賞式すら始まっていないこのタイミングで、正直勘弁してほしいのは事実だけども。
「うん、浩介くんは?」
「俺はまだ優子ちゃんほどは注目されていないよ」
蓬莱教授は不老研究以前にもノーベル賞を取っていてこれで2回目、あたしは初めての日本人女性のノーベル賞かつTS病患者という立場がある。
浩介くんも、蓬莱カンパニーの社長として、また数ある名家を差し置いて世界一の資産家ファミリーになった家の主人として、既にかなりの著名人ではあるけれど、あたしや蓬莱教授と比べれば、相対的に注目度が落ちていたのも事実だった。
「ふう、そうみたいね」
「ああ」
いずれにしても、他の受賞者よりも注目度が高いのは事実だった。
実際、「俺たちのことももう少し注目して欲しい」みたいな会話をしていたし。
その後、ノーベル財団の人があたしたちに専用パンフレットを配って、扉を閉めた。
どうやら、この広い控え室で、あたしたちは開始を待つということになるみたいね。
控え室には、テレビがあるけど、画面にはなにも写っていない。
「蓬莱教授、あとどれくらいですか?」
「あー、意外に時間が経ってるぞ。残り40分と言ったところか」
蓬莱教授が、自分の時計を見ながらそう答える。
いつの間にか、かなりの時間が経っていたらしい。
開場時間になったら、みんな指定された席に座っていくのかしら?
開始時間は14時半の予定で、恐らくあたしたちの入場もそのタイミングになると思うんだけど──
コンコン
また扉がノックされた。
今度は誰かしら?
ガチャッ……
「おっ、優子さん浩介さん!」
「え!?」
中に入ってきた人物を見るなり、蓬莱教授があたしたちに呼び掛けてきた。
扉の方を見て、あたしたちもとても驚いた。
何故なら、部屋の入口に立っていたのは、スウェーデンの国王陛下を始めとする、王族の方々だったから。
もちろんあたしもスウェーデン国王陛下の顔くらい事前に予習はしてある。それだけあって、あたしの動揺も大きい。
「──」
「All right all right,please settle.(大丈夫です大丈夫です。落ち着いてください)」
国王陛下の言葉が、英語で通訳され、あたしたちも落ち着きを取り戻す。
どうやら、開始前に、受賞者たちに一言だけ挨拶しに来たらしいわね。
あたしはやっぱりどうしてもこの場では引っ込み思案なので、やや影になるところで目立たなく振る舞った。
最後に、「授賞式を楽しみにしています」という一言と共に、部屋は静寂を取り戻した。
「優子さん、あまり取り乱し過ぎるのはよくないぞ」
蓬莱教授があたしに「落ち着け」と注意する。
「そんなこと言っても、いきなり王様が部屋に入ってくるなんて思わなかったわよ」
スウェーデンの現国王陛下は、温厚で親しみやすく気さくな方と聞いている。
でもどんなに向こうがフレンドリーでも、やはり「王」という絶対的な立場が、嫌でもあたしたちを緊張させてしまう。
やっぱり「国王」とか「王族」という権威は別格で、「ノーベル賞」も「世界一の資産家」も、「蓬莱カンパニー」だって陳腐になっちゃうほどの威力があるわよね。
「何のこれしき。本番では、国王陛下が直々にメダルと賞金を渡してくれるんだぞ。あれで緊張してたら身が持たんぞ」
蓬莱教授があたしに忠告する。
「言われてみればそうだったわ」
そう、今蓬莱教授が掲げているノーベル賞のメダルは、15年前にスウェーデンの国王陛下から直々に手渡されたもの。
もちろんあたしたちも、これから授賞式でメダルを手渡されることになるのよね。
「うえー、やっぱり本物の王様が目の前に来るってやべえわー」
浩介くんも、いきなりの国王登場に圧倒されてしまっていた。
周囲を見渡しても、やはり動揺が隠しきれていない様子で、かなり緊張した様子の受賞者もいた。
「パンフレット、読もうぜ」
「うん」
あたしたちは気晴らしと、授賞式本番の流れの最終確認もあって、パンフレットの中身を見た。
大まかな流れは昨日リハーサルでの確認通り、メダルを授与するときに、あたしたち受賞者の紹介をスウェーデン語で行うことになっている。
アナウンスや司会進行が全てスウェーデン語なので、このパンフレットにはいちいち英訳が載っている。
あたしたちの紹介文は……あったわね。
うーん、蓬莱教授はやっぱり2回目のノーベル賞、かつ生理学・医学賞としては史上初ということと、不老研究の業績はとても偉大であることが紹介されているわね。
浩介くんは、「蓬莱カンパニー社長」という顔がやや強調されていて、またあたしと夫婦でのノーベル賞というのも注目されている。
更にあたしの部分、「あどけなささえ残る幼い少女」という一文もあり、浩介くん共々「身をもって不老というものを思い知らせてくれる存在」ともあるわね。
まあいいわ。この辺りは斜め読みで。
授賞式には、スウェーデンが世界に誇るオーケストラチームの演奏が繰り広げられることになっている。
演奏にしたがって、最初に王族の方々が、そして最後にあたしたちが入場することになっている。
あたしは、膝に置いたくまさんのぬいぐるみを抱き締める力を強めた。
本番が刻一刻と迫るにつれて、あたしの心臓の鼓動がどんどん早くなっていく。
受賞者たちや、他の関係者の口数も少なくなっていく。
何分経ったかも分からない。まるで1時間にも1分にも感じられるような図りきれない体感時間の中、ノックの音とともに扉が開けられた。
そして、「舞台裏まで来てください」という財団の人の声が聞こえ、あたしたちは立ち上がって3列になってホールに向けて移動し始めた。
舞台裏までの道のりにもカメラマンさんたちが待ち構えていた。
白い少女性を強調したドレスに、くまさんのぬいぐるみを持ったあたしは、他の女性よりもよりいっそう目立った。
くまさんのぬいぐるみや、胸が大きいだけじゃなく、服装も見られているのかもしれないわね。
「──」
突如、会場のスピーカーからスウェーデン語と思われる言語の放送が入った。
放送では「ノーベル」らしき単語も聞こえ、どうやらとうとう授賞式の本番が近付いたみたいね。
この小説で一番長い一日はこの日になりそうです。書き溜めの話数は変わってないのですが、まだこの当日のことを執筆中です。