永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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2027年12月10日 荘厳な空間

 あたしたちが舞台裏の控え室に入ったのとほぼ同時に、オーケストラから荘厳な生演奏が流れ、割れんばかりの拍手が開場に鳴り響いた。

 漏れ出る光から、どうやら王族の人々が入場したのが分かる。

 僅かに見える視界からも、昨日とは全く違う熱気に包まれているのがひしひしと伝わってくる。

 

  ドキドキドキドキ

 

 浩介くんへの恋愛感情以外で、ここまで緊張したことはない。

 まだ舞台裏だというのに、あたしは雰囲気に圧倒されそうになる。

 何度も参加しているはずの過去の受賞者や、研究所や財団の人でさえ、やはりかなり緊張しているのが分かる。

 

「──」

 

 次の集団が呼ばれた。

 まずはノーベル財団の人、次にノーベル賞受賞者を選考する研究所や学界の人たちが中に入っていく。

 その度に、オーケストラは短い演奏をしていて、会場からは拍手が沸き起こる。

 ちなみに、曲名はあたしにはよく分からない。

 また入場者には、1人1人の紹介があるみたいで、それにかなりの時間がかかっている。

 

 他の人たちが舞台裏から出ていく度に、ここの空気は張り詰めたものになっていく。

 あたしたち、あの舞台の主役なのよね。大丈夫かしら?

 

「優子ちゃん、大丈夫だよ。俺がついてるから」

 

 浩介くんが、空元気という感じであたしをなだめてくれた。

 

「あなたも、緊張しているの?」

 

 浩介くんも、いつもの頼りになる感じが全くしない。

 

「ああ、もちろんだ」

 

 浩介くんは必死に言葉を絞り出すように言う。

 

「ふー、やっぱり、2回目といっても緊張するもんだ。いや、15年前の1回目より緊張しているかもしれん」

 

 どうやら、蓬莱教授でさえ、この空気には圧倒されてしまうらしい。

 蓬莱教授に至っては一度経験したわけだもの。当たり前よね。

 

「──」

 

 パンフレットを見て進行を確認すると、ついにあたしたちの入場の時間になった。

 財団の人がジェスチャーするのが見えたので、あたしたちは一斉に立ち上がる。

 ぬいぐるみさんを右手で握りしめ、あたしは何度も息を吐きながら、前を歩く浩介くんについていく。

 カーテンを潜り抜けると、急に視界が明るくなった。

 

「あー」

 

 あたしは、思わず周囲を見渡し、声にならない声をあげた。

 それは昨日と同じ場所とはまるで思えないほどの荘厳で、かつ熱狂溢れる場所だった。

 左側にはさっきまでいたノーベル財団の人々や、過去の受賞者たちがずらりと並び、左上を見上げるとオーケストラの人々が音楽を演奏していて、右上には空席1つない観客席に、びっしりとお客さんが埋まっていて、あたしたちを祝福してくれる。

 観客たちの注目は、やっぱり女の子のあたしに向いていて、あたしは目立つ服だったのもあり、特に視線を集めてしまっていた。

 青い絨毯の踏み心地は心なしか昨日よりよく、真正面にはさっきあたしたちの控え室に入ってきた国王陛下と、王妃や王族と思われる方々が座っていた。

 あたしたちは、奥から詰める形で、赤い椅子に座った。

 

「ふー」

 

 少し時間が経ち、椅子に腰かけるとやや落ち着くことができた。

 ともかく、座って一旦安息できるというのは大きいわね。

 観客席で、小さな人影が手を振っているのが見えた。

 よく見なくても、それは母さんたちだった。

 あたしは小さく手を出して答えると、母さんたちにも伝わったのか、母さんたちも手を振らなくなった。

 この雰囲気でも娘のノーベル賞にはしゃげるって、ある意味では才能よね。

 

「──」

 

 次に、スウェーデン国歌を斉唱することになっている。

 あたしたちはもちろんメロディーくらいしか予習していないけど、日本人のあたしたちのために、パンフレットにはご丁寧に歌詞がカタカナで和訳まで載っていたので、ありがたくそれを使わせてもらう。

 

「──」

 

 オーケストラの演奏と共に、スウェーデン国歌が流れ、あたしたちもぎこちないながらも歌った。

 スウェーデンの学生も多いけど、ノーベル賞受賞者自体はスウェーデン人ではないので、あたしの回りの受賞者たちの歌はちょっと拙かった。

 まあ、こういうのは気持ちよね気持ち。うん。ノーベル賞を作ったスウェーデンに感謝しなきゃね。

 

「──」

 

 あたしたちは、司会の人に従って着席すると、次はいよいよ、この授賞式のメインでもあり、あたしたちがわざわざストックホルムまで来た最大の目的でもある、「メダルと賞金の小切手の授与」が行われる。

 多数のメダルと小切手、そして賞状を抱えた国王陛下が椅子から立ち上がる。

 さっきでも十分に威厳を放っていたのに、今の国王陛下はもっと凄まじい。

 まるで国王陛下の周りに結界があって、誰も入れない。そんな気さえ、してくる場所だった。

 

「──Dr.──」

 

 受賞者の名前が呼ばれ、簡単な自己紹介と業績が司会者よりなされる。

 ちなみにこの紹介、なるべくノーベル賞に絡めたユニークな自己紹介になっているらしい。

 それが終わって司会者さんが手で促すと、最初の受賞者さんが緊張した面持ちで立ち上がり、そのまま1メートル、1センチと国王陛下に近付いていく。

 

 そして、国王陛下がメダルを取り、小切手と賞状を確認すると、まずは賞金の小切手と賞状が受賞者さんに渡された。

 受賞者さんはそれらをタキシードにしまっていく。

 

  パチパチパチパチパチ

 

 一通り渡し終わると、小気味いい拍手が、静かな会場に流れていく。

 拍手が鳴り止むと、国王陛下がメダルを確認し、首を曲げた丁寧に受賞者さんの首にかけていく。

 そして国王陛下が、がっしりと受賞者さんの腕と握手し、その瞬間マスコミのカメラが一斉に向けられた。

 

「Congratulation(おめでとう)」

 

「Thanks your Majesty.(ありがとうございます陛下)」

 

  パチパチパチパチパチ!!!

 

 国王陛下と受賞者さんが、簡単な会話を交わし、今まで以上に大きな拍手とともに、緊張から解放された受賞者さんが元の位置に戻っていく。

 

「──Dr.──」

 

 そして、また同じ物理学賞の別の教授が紹介され、さっきと同じように、物理学賞のメダルと、賞金の小切手、賞状が渡される。

 1人目と、全く同じ流れになっている。

 

「Congratulation.」

 

「Thanks your Majesty.」

 

 そしてこれまたさっきと全く同じ会話が交わされた。

 小切手と賞状とメダルを受け取り終わった受賞者さんは、2人とも緊張の糸がほぐれたのか、かなり疲れた表情をしている。

 それでも、この場の雰囲気が、まだ彼らを縛り付けている。

 まあ、そりゃあ至近距離から国王陛下と対面したら、圧倒されちゃうものね。

 ましてや、直接手に触れて握手だなんて、改めてノーベル賞って凄いんだわ。大変そうだわ。

 って、あたしも他人事じゃないわよね。

 

「──Dr.──」

 

 物理学賞の最後の1人も、同じような流れでやり取りが終わった。

 もちろん、それぞれの受賞者に、祝福している人がいるので、拍手は鳴りやまない。

 一方で、もうすぐあたしたちの出番だということを意識していくにつれて、緊張が高まっていく。

 心臓はもうドキドキを通りすぎてバクバクという感じの鳴り方で、その音があたしの体内を伝って直接脳にまで響いてくる。

 

「──Dr.──」

 

 物理学賞の次に授与されるのは化学賞の2人で、これもまた共同研究で受賞した。

 

 1人目の人は、一昨日博物館からの帰りで会った人で、温厚そうな顔つきのおじいさんでも、実はすごいことをしてのけていたそうだ。

 ちなみに、この大学の名誉教授としては、初めてのノーベル賞受賞ともなったらしい。

 

 ノーベル化学賞の2人も、国王陛下から投げ掛けられる言葉は同じ。

 そして──

 

「──Dr. Shingo Horai.」

 

 赤い椅子に座っている受賞者の中で、蓬莱教授は唯一ノーベル賞メダルを首から下げている。

 このメダルはもちろん、15年前に受賞した1回目のもの。

 あのメダルは、文化祭の時に一般公開されているものだった。

 

 蓬莱教授の紹介については、「恐らく、人類の歴史上でも、もっとも偉大な学者といってもいいかもしれません。彼は『人は老いて死ぬ』という、有史以前からの常識をひっくり返し、今や多くの人々が老いの苦しみから解放されています。彼は15年前にも、偉大な万能細胞発見の業績で、ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。蓬莱教授にとって、このノーベル賞は2回目ということになります。2回目の受賞は非常に珍しいものとなっており、また生理学・医学賞の複数回受賞も史上初の快挙となります」というものだった。

 

 司会者さんに促され、蓬莱教授もこれまでの受賞者ほどではないものの、やや緊張した面持ちで前に進む。

 でもその緊張のベクトルは、どこか今までの受賞者とはずれている気もした。

 

 蓬莱教授は、これまでの受賞者以上にゆっくりと進んでいる。

 ノーベル賞のメダルが、これまで以上に輝いて見える。

 

 蓬莱教授が直立不動のまま、国王陛下の正面へと立った。

 

 国王陛下は、自分がかつて送った蓬莱教授のノーベル賞メダルを見つつ、ゆっくりと賞金の小切手とノーベル賞の賞状を渡すと、蓬莱教授はそれをタキシードにしまった。

 そして、国王陛下が既にあるメダルに配慮しながら、蓬莱教授の首にメダルをかけ始めた。

 

  パチパチパチパチパチ!!!

 

 これまでとは比較にならないほどの大きな大きな拍手が会場を包み込む。

 それは、ノーベル賞の授与式でも見られない極めて稀な光景だった。

 蓬莱教授が、ノーベル賞のメダルを2つぶら下げている。

 そして、国王陛下が、蓬莱教授に握手の手を出すと、蓬莱教授もゆっくりとそれに応じた。

 

「After a long absence your Majesty...15 years. I kept my promise.(久しぶりです陛下。15年の月日が流れました。私は、約束を果たしました)」

 

 一瞬、会場が騒然となった。

 蓬莱教授の方から、国王陛下に話しかけたのだった。

 蓬莱教授の言う約束というのは、もちろん、「ノーベル賞受賞者としてまたここに戻ってくる」ということ。

 

「You are one of the most great scholar in the world's history.(あなたは世界の歴史の中でも、特に偉大な学者です)」

 

「The honor is more I deserve.(身に余る光栄です)」

 

 握手しながら、国王陛下と蓬莱教授の会話が続く。

 それは、2回目のノーベル賞受賞者だからなのか、他の受賞者さんが簡単なやり取りで済ませていたのに、蓬莱教授は違った。

 それ自体が、蓬莱教授の特別さを意味していた。

 

  パチパチパチパチパチ!!!

 

 2人の間での長い握手が終わると、会場の盛り上がりは最高潮に達した。

 いつの間にか観客全員が立ち上がって拍手をしていた。

 蓬莱教授の首から、2つのメダルが誇らしげに輝いていた。

 そして、「俺は違うんだ」と言わんばかりの蓬莱教授の満足そうな表情、これほど喜んだ表情の蓬莱教授は、あたしも見たことはなかった。

 蓬莱教授は、名誉などの興味はほとんどない。

 でも、ノーベル賞にはとても愛着を持っていた。

 その理由を、あたしは今以上に痛感する時はない。

 雰囲気から何から、あまりにも「格」が違いすぎるもの。

 

「よっと」

 

 蓬莱教授はいかにも「成し遂げた」という表情で椅子に腰かけた。

 他の受賞者さんとは明らかに違うリラックスしきった表情だった。

 

「──Dr. Kousuke Shinohara── 」

 

 次に司会者さんが呼ばれたのは、予定通り浩介くんだった。

 浩介くんの紹介は、「蓬莱教授の研究室で、蓬莱教授と共に大学院生の立場から研究し、大きな発見を成し遂げた。彼のお陰で不老の薬は量産され、多くの人が恩恵に預かることができるようになった。現在は蓬莱の薬を生産、販売する『蓬莱カンパニー』の社長をしています。蓬莱カンパニーは現在世界最大の企業になろうとしています」というものだった。

 そして、司会者さんに促され、浩介くんは思い出したかのように立ち上がる。

 さっきよりも、緊張の色は少ない。あたしも、ちょっとだけ緊張がほぐれた。

 蓬莱教授、もしかしてそこまで考えたのかしら?

 

 それでも、浩介くんが立ち上がり、一歩一歩前へと進むに連れて、歩みが鈍くなっていく。

 顔を見なくても、身体から緊張が伝わってくる。

 国王陛下は、そんな浩介くんを優しく見つめている。

 

 そして浩介くんは、国王陛下の前に立った。

 国王陛下は、まず小切手と賞状を浩介くんに渡し、蓬莱教授よりもややぎこちなく受け取ってタキシードにしまいこんだ。

 

 パチパチパチ

 

 国王陛下がメダルを渡し、浩介くんの首に掲げると、また拍手が沸き起こった。

 

「I don’t know why I was Nobel Prize laureate, your Majesty…I can understand that my wife awarded. (私は、何故自分がノーベル賞を取ったのか理解できません、陛下。私の妻ならば、まだ理解できるのですが)」

 

 浩介くんが、握手を交わす前に、蓬莱教授と同じように国王陛下に話しかけた。

 すると会場が、少し沈黙した。

 あたしは、浩介くんの話にとても驚いた。

 何故なら、あたしは逆に、浩介くんのノーベル賞の方がまだ理解できていたから。

 うーん、お互い謙虚すぎるのも考えものかしらね。

 それに、蓬莱教授と同じように国王陛下に話しかけていくとも思っていなかった。

 うーん、これだと何かあたしも話しかけなきゃいけない雰囲気っぽいわね。

 

「Humm…This question, you should find the answer yourself.(ふーむ、その問題は、あなた自身が答えを見つけるべきでしょう)」

 

「I understand. I don’t know when it will be, but I will find myself someday. (分かりました。いつになるか分かりませんが、いつか自分で見つけてみます)」

 

「I think that is good.(それがいいと思います)」

 

 浩介くんに対する国王陛下の答えは、あっけないものだった。

 結局、そうとしか言えないものね。

 あたしも、あたし自身で見つけていくしか無い。

 

「Anyway…Congratulation.(ともあれ……おめでとうございます)」

 

 そして、国王陛下は、握手の手を握り、浩介くんの手を握った。

 

「Thanks your Majesty.(ありがとうございます陛下)」

 

  パチパチパチパチパチ!!!

 

 浩介くんと国王陛下がガッチリと握手し、会場の盛り上がりもよりいっそう高まった。

 そして、浩介くんは国王陛下に一礼して、ゆっくりと戻ってきた。

 

「ふひーっ」

 

 椅子に座ると、浩介くんが心底疲れた表情で腰掛けた。

 肉体的というよりも、精神的に疲れたという感じね。

 まあ、外国とは言え王様と相対するわけだもの。少しでも教養のある人なら、緊張するに決まっているわね。

 浩介くんの首には、ノーベル賞のメダルが、掲げられていた。

 

 そして、浩介くんの授与が終わったということは、次はもちろん――

 

「――Dr.Yuko Shinohara」

 

 ノーベル財団の人が、淡々とした表情で、あたしの名前を読み上げた。


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