永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「あー疲れたぜ!」
会場を出るなり、浩介くんが延びをする。
あたしも、これから晩餐会があるのに、もうかなり疲れてしまっている。
「うむ、さすがにあの場は緊張するもんだ」
蓬莱教授も、少しお疲れ気味だった。
しかし、首から掲げた2つのメダルを見ているだけでも、あたしは「蓬莱教授よりはマシ」と思えてくるのだから不思議だわ。
「だが、もっと疲れるのはむしろこれからだ。俺たちはもう少し時間がある」
予定では、一般の入場者たちが会場を去り、専用のバスでストックホルム市庁舎へと先回りすることになっている。
あたしたちは、その後しばらくして、再び財団の専用バスでストックホルム市庁舎に行き、晩餐会開始の運びとなる。
とはいえ、晩餐会の参加者は1300人、もちろん晩餐会からの参加者もいるとはいえ、授賞式からの参加者が大半なので、専用のバスで移動するにも相応の時間がかかる。
あたしたちは賞を実際に受け取るという大役を受けたため、あたしたちには休憩が与えられている。
彼らが休む暇なく忙しくバスに行く間に、あたしたちは控え室で悠々と休みながら待つことができるんだけど──
「浩介くん、あたし、ちょっとお花積みに行ってくるわね」
「あーうん、分かった」
あたしは、浩介くんにくまさんのぬいぐるみを押し付け、代わりに控え室で預かってもらっていた手荷物を持って、一旦控え室を出てトイレを探す。
ちょっとだけコンサートホールの出口を見てみると、バスを目指して人々が長く列を作っていた。
予定時刻に余裕があるとはいえ、急ぐに越したことはないわね。
「うっ」
女性用トイレは、少し行列が並んでいた。
といっても、別の場所にもトイレがあるのか、1300人という人数を考慮すれば、そこまで多くないと言えるかもしれない。
実際、あたしの前には2人だけで、今1人出てきたので、後2人出てくれれば大丈夫だし。
「Oh! Dr. Shinohara !」
「あっ……」
真面目に並んでいると、メダルを掲げたままだったあたしを見て、女性が驚きの声を出す。
すると、あたしを見てすぐに周りが騒ぎ始めてしまった。
「After you, mum.(お先にどうぞ)」
さっき入ろうとした女性が、あたしに先を譲ってくれる。
「Ah...thank you.(あー、ありがとうね)」
お着替えなので断ろうかとも思ったけど、控え室に待つ人達のことも考えて、あたしはありがたく厚意を受け取って、先に通してもらった。
ガチャンと鍵をしっかり閉めて、まずは賞金の小切手とノーベル賞のメダルを、バッグの側面にある収納スペースに丁寧に入れる。
次に、あたしは背中に手を回してドレスを脱ぐ。
このドレスは、着るのは1人では難しいけど、脱ぐだけなら何とか自分1人でもできるようになっている。
背中のホックを外し、衣服を擦る音をなるべく立てないようにしながら、ドレスをゆっくりと床に下ろしていく。
寒いストックホルムのことを考えて、上はかなり暖かいインナーを着込んでいるけど、これも、これから着る服のことを考えて、少しだけ薄着になる。
そのためにこのインナーも脱いで一旦下着姿になると、あたしはバッグからさっきよりは少しだけ薄いインナーシャツを取り出して着込む。
次に赤いトップスをその上に着て、頭の白いリボンの位置を少しだけ上にずらす。
スカートを穿く前に、アリバイ作りもかねてトイレに座り、パンツを下ろす。
そのまま着ていたドレスをバッグの中に仕舞い、時間が経って全て終わると、最後に赤い巻きスカートを穿いてクリップで止める。
この間に、何度かトイレに入っている人が入れ替わっているのを感じた。
あたしは、忘れ物が無いかもう一度確認してから、ノーベル賞のメダルを取り出して掲げ、賞状と賞金の小切手を服の内側のポケットに入れて、途中で落ちないようにチャックを閉めた。
「よし」
あたしは、トイレを流して外に出て、手を洗いながら鏡を見る。
うん、あのドレスよりも更に幼く、かわいさを強調できていいわね。
スカート丈も、膝が見える程度ではあるけど、女子高生のような短さではなく、幼い子供でも違和感がない感じに仕上がっているわね。
隣の女性はかなり驚いた顔をしているけど、気にしないでおこう。
あたしは、気持ち早足で控え室へと戻った。
コンコン
「はーい」
扉をノックすると、浩介くんの声が聞こえた。
まあ、あたしだけいないなら、「あたしが帰ってきた」と考えるのが自然よね。
ガチャッ……
「おーかわいい」
あたしが扉を開くと、浩介くんが開口一番に感心した声をあげている。
いや、それだけじゃない。
蓬莱教授と浩介くん以外の全員が、幼さを強調したあたしの格好を見て目を丸くしている。
「Ah...Dr. Yuko Shinohara, do you really join dinner party this dress?(あー、篠原優子博士、本当にその服装で晩餐会に参加するのかい?)」
化学賞を受賞した、最年長の受賞者が、いたたまれなくなったのかあたしを問い詰めてくる。
ふふ、ここは堂々とした方がいいわね。
「Yes, am I cute?(えへへ、そうよ。かわいいでしょ?)」
あたしはスカートの両横を摘んで広げて腰をひねる。
ふふ、男受け最高のポーズなのよねこれが。
「Yes yes. 」
ややうんざりした感じで応対される。
ま、このくらいは想定内よね。
ふふ、どれだけ否定しても、男はこういう女の子が本能的に好きなことは知っているから問題ないわね。
「へへ、やっぱりこの服があたしにとっての思い出よ」
「うー、優子ちゃんってすごいよね。それ来て晩餐会って、ある意味で授賞式の時より勇気要るぜ」
浩介くんがかなり驚いた風に言う。
やっぱり目立つためか、ここにいる女性があたしだけだからか、ノーベル賞受賞者たちもあたしのことをじろじろ見ている。
ふふ、この視線がまた、たまらなく心地いいのよね。
浩介くんが嫉妬しちゃうのが難点だけど。
「ふう、しかしやっぱり、優子さんはすげえよな」
蓬莱教授が、そう話しかけてくれる。
「うん? そうかしら?」
「欧米ではさ、自立した強い女がモテるって言われてるだろ? でもそれは嘘なんだぜ。古今東西問わず、男は本能的には『弱くて守れそうな女性』を好むものなんだ。だけどそういうのを言ったり、そう言う風に振る舞うのは勇気のいることなんだぜ」
そう、だからか弱くて幼そうな女性は、それだけでどこに行ってもとてもモテる。
例えば、恋愛や結婚をしたい女性がいたとして、自分より強い男しか魅力を感じない性格であるとすれば、選択肢を広げるという意味では、自分を徹底的に弱い存在にするのが最善の行動になる。
実は、出世したくないという女性の中には、本能的に「自分の恋愛対象を狭めたくない」という自制心がかかっていることが多いのだという。
しかし、そういう女性は、同じ女性からは嫌われてしまうらしい。
その理由は、プライドを簡単に捨ててしまっているにも関わらず、男子からモテることへの妬みだという。
あたしは幸い恵まれた高校・大学・そして社会人生活をしてきたので、同性から嫌われるということはなかった。
「まさにチキンレースだね。だからこそ、強い女性側も『こういう女性が魅力』と思わせる戦略を立てたって訳なんだな」
浩介くんがそのように分析する。そういった印象操作を流すことも、要は戦略の1つであるというわけだ。もちろん、本当に男子受けを狙った女性が現れたら、たちまち瓦解しちゃうわけだけど。
日本語の会話なので、当然他の受賞者には理解できないので、思う存分話すことが出来る。
「だったら、みんなあたしみたいにすればいいのにね」
「ところがそうもいかねえらしいんだ。だから優子さんみたいな女性は、一部の女性からは猛烈に嫌われるだろうな」
蓬莱教授が言うことは、あたしも痛いほど分かっている。
忘年会での新入社員でも、大学でフェミニストの講師をやっつけた時もそうだった。
更に言えば、あたしがカウンセラーとして指導した幸子さんや歩美さん、弘子さんも、特に「ブスグループ」や「体育会系女子」から、親の仇のように嫌われたらしい。
もちろん、彼女たちも最初は戸惑ったけど、すぐに「ブスに嫌われて男に好かれるのは快感」だということを覚え始めた。
永原先生によれば、弘子さんはそれで、自分を嫌うクラスのモテない女子を徹底的に論破した挙げ句、泣かせたこともあったとか。
その時、男子はもちろん、全員が弘子さんの味方になったそうだ。
女の子だから、男にモテる方が快感なのは、あたしたちには当然のことだった。
永原先生でさえ、「レズビアンでもない女性たちが、何故男性より女性に好かれることを優先するのか?」という問いに答えを導き出せていない。
「うーん、そこがよく分からないのよねえー。浩介くんは、小谷学園で、高月くんとあたしで予定が重なった時はどうしてたの?」
「ん? もちろん全部優子ちゃん優先だよ。むしろ高月に彼女がいて、俺を優先するなんて言ってきたら、俺の方が止めるくれえだ」
浩介くんは、「そんなこと当たり前だろう?」と言わんばかりの表情で話しかけてきた。
そう、対して男の場合、異性優先なのは当たり前の話だった。男は、「女に媚びる」ことは当然のことで、それをとやかく言う人は殆ど居ない。
あたしにとっては、この服が一番男子に好かれやすいことを知っていた。
だから、大勢の人が出席し、授賞式よりも身近になる晩餐会には、この服で出席するのだ。
ガチャッ……
ほどなくして、ノーベル財団の人が、「まもなく出発します」と、あたしたちに準備を促してきた。
ノーベル財団の人も、「その服で本当に参加するのか?」と聞いてきたので、「そうよ。かわいいでしょ?」と返しておいた。
財団の人はあたしのスピーチの内容を知っているからか、それ以上は追求せず、あたしたちはコンサートホールの廊下を進んでいく。
廊下は既に人払いされていたのか、シーンと静まり返っていた。
「うー寒いわー」
外に出ると、ドレスの時よりもやっぱり寒い。
冬のストックホルムだから当たり前ではあるけど、あたしは大急ぎで暖房の効いたバスの奥へと進んだ。
「ふー」
暖房の効いた暖かい大型バスの中には、あたしたち受賞者と財団の人、通訳さんが数名乗り込むだけなので、それこそ1人1列というレベルで空いている。
そんな空間でも、あたしたち受賞者は固まって行動する。
「ねえあなた、晩餐会は何が出るのかしら?」
「うーん、よく分からんな」
一応、受賞者の好みも反映されるとは聞いている。
それでも、食材調達との兼ね合いもあるから、晩餐会のメニューは予測不可能だわ。
「──」
「まもなく発車しますので、シートベルトをお締め下さい」
通訳さんが合流してくれたので、あたしたちは日本語で彼らの言葉を理解することができた。
もしかしたら、あたしも浩介くんも、国王陛下の前で慣れない英語を使ったせいかもしれないわね。
このノーベル財団のバスには、露払いなどで車列を組んでくれるので、比較的危険と言われる道路も安心できる。
チュオオオオ!!!
バスのエンジンの音がし、バスが発車した。
あたしは、お人形さんを抱えながら、バスの窓の外を見た。
ワーワー!
そこには、大勢の人がいた。
マスコミのカメラの他にも、沿道からの歓迎の声が、車内まで聞こえてきた。
「すげえな、みんな俺たちのために集まってくれたんだろ?」
浩介くんが、驚きながら話す。
あたしたちが受賞したノーベル賞は、もちろんそれこそ小学生の時から「すごい賞」の代名詞として有名で、「それができたらノーベル賞を貰える」と言えば、極めて困難だったり、不可能またはそれに近い物事に対する例えにもなっている。
今のあたしはどうだろう? その、「ノーベル賞を貰える」という状況が現実に起きている。
バスの隣には、夫になった浩介くんがいて、彼もまた、首からノーベル賞のメダルを掲げている。
外の風景から目をそらし、あたしはもう一度、ノーベル賞メダルの裏面を見る。
「見出だされた技術を通じて、人々の生活を高めたことが喜びとなる……」
ノーベル賞のメダルに書かれたその標語を、あたしはまた反芻する。
「お、優子さん、その言葉、覚えていたんだな」
すると、蓬莱教授があたしに話しかけてきた。
この言葉、確かに今のあたしにとっては、学者としてのあたしというよりも、蓬莱カンパニーに所属するあたしの方が似合っている言葉にも聞こえた。
「This Latin means "It is joy that people life environment improvement by discovered technology".(このラテン語の意味は、『発見された技術で、人々の生活環境が改善させることは喜びだ』って意味なんだ)」
「Yes, I knew.(ああ、知っていたよ)」
どうやら、他の賞のメダルにも、あたしたちと同じ標語が並んでいるらしいわね。
「メダルのデザインは、物理学賞と化学賞で同じ、残りの賞はそれぞれに違ったデザインらしいな。ま、俺には物理学賞も化学賞も、縁がないだろうがね」
蓬莱教授といえども、今から別の賞を取るのは不可能だと思っているらしい。
まあ、生理学・医学賞を2回受賞したのは蓬莱教授が初めてだし、今後もちょっとやそっとでは出てこないことだけはわかる。
そもそも、別分野かつ科学部門のノーベル賞を受賞したのだって、ノーベル賞黎明期の学者であるキューリー夫人ただ1人だけだ。
その時代とは、今は専門化の進み具合がまるで違うから、比較にならないものね。
ピー! ピッピー!
笛を吹く音が聞こえる。どうやら、交差点でもあたしたちのバスは最優先で移動できるように配慮されているらしい。
本当に、どおにいってもあたしたちはVIPそのものね。
沿道には、あたしたちを見る見物人の姿が途絶えない。
あたしたちからはその姿は見えるけど、既に太陽が落ちきってるこの時間に、彼らからはあたしたちが見えるのかしら?
「──」
「間もなく到着いたします」
しばらくすると、バスがゆっくりと停車した。
路上駐車はおそらくスウェーデンの法律でも駐車違反になると思うけど、ノーベル財団には関係ない。
……あんまり、こうしたことを意識しない方がいいわね。
あたしたち受賞者が、最後にバスを降りる。
外からの冷気は凄まじいけど、すぐに市庁舎の中に入れたので、10秒程度の我慢で済んだ。
「ふー、暖かいわ」
「ああ、やっぱ12月のストックホルムはきついな」
あたしと浩介くんは、中に入るなり「活き返った」という感じになる。
他の参加者たちは、受付でIDを見せて身分証明をしなければいけないけれども、あたしたちは、もちろんそんな煩わしいことはしないでいい。
「──」
「青の間はこちらになります」
あたしたちは、財団の人に導かれ、いよいよメインの晩餐会が行われる「青の間」へとやって来た。
大きな扉の前には、男性が2人いた。
あたしたちが入場するイベントは、ノーベル賞晩餐会の中でも、特に重要になる。
授賞式の時は遠い壇上だったけど、この晩餐会ではまさに近くで接することになる。
あたしたちは1列に並び直す。
あたしは緊張が強くなって、くまさんのぬいぐるみを持つ右手の握力が強くなった。
扉の向こうのざわつく声が聞こえたかと思うと、扉の横に立っていた男性2人が扉を開けた。