永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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2027年12月10日 舞踏会

 文学賞の人のスピーチが終わり、最後に経済学賞の人のスピーチを聞く。

 文学賞の人は、この物語を書いたきっかけについて話していた。

 経済学賞の人のスピーチは、何と3人とも蓬莱カンパニーに言及していた。

 曰く、蓬莱カンパニーのやり口は巧妙で、今後永遠に篠原家と蓬莱家は世界トップの資産家として君臨し続けるだろうとか何とか。

 確かに予想していなかったと言えば嘘になるけれど、改めて蓬莱カンパニーの影響力を思い知ることになった。

 

「さあ2人とも、最後にイベントがあるぞ」

 

「「え!?」」

 

 あたしたちが蓬莱教授の言葉に困惑していると、座っていた人たちが急に立ち上がった。

 あたしたちも慌てて椅子から立ち上がる。

 

「「「おー」」」

 

  ピョンピョンピョン!!!

 

 突然、群衆が蛙跳びをし始めた。

 受賞者たちも王族の方々も同じことをしていて、あたしもスカートに気を付けながら見よう見まねで軽く跳んでみる。

 うー、全然飛べてないわ。仕方ないといえば仕方ないんだけど。

 

「これはな。更なる躍進を願って行うノーベル賞の恒例行事なんだ」

 

 蛙跳びが終わってから、蓬莱教授が解説してくれた。

 どうやら、蛙跳びは躍進の象徴らしいわね。よく分からないけど。

 

「──」

 

「晩餐会はこれにて終了です。続いては、舞踏会になります」

 

 国王陛下の宣言と共に、まず王族の方々が奥の階段に向かって歩いていく。

 そして、あたしたちノーベル賞受賞者もそれに続く。

 これから、上の階にある「黄金の間」において舞踏会が行われることになっている。

 一歩一歩、階段を進んでいく。

 そこまでふんわりしている訳じゃないけど、くまさんのぬいぐるみで後ろに組んで、スカートを覗かれないように注意する。

 ふふ、こういうしぐさはもう何度もしてきたけど、今日はことのほか女の子らしく振る舞えてる気分だわ。

 

「優子ちゃん、見てみろよ」

 

「え!?」

 

 浩介くんが、階段の下を見るように言った。

 あたしがそこを見ると、部屋にぎっしりと並んだ食器類や、人々の小さな頭が見えた。

 それは、まさに「屋内の絶景」と言うべき光景だった。

 

「あそこで晩餐会してたのよね」

 

 一番真ん中のテーブルの空席が、あたしたちのエリアね。

 

「ああ」

 

 あたしたちは、青の間を上から見るのもそこそこに、前を向いて階段を登りきり、黄金の間へとたどり着いた。

 

「ふう。ついたわね」

 

 気が早い受賞者さんの一部には、既に踊り始めようとしている人もいる。

 

「優子ちゃんは……踊れないか」

 

 浩介くんが一瞬考えた後、すぐに「踊れない」という結論を出した。

 もちろん、あたしも同意見。今あたしが着ているスカートは、ちょうど膝が見えるくらい短いから、激しく動いたら間違いなく見えちゃうだろうし、そうじゃなくてゆっくりだとしても、あたしの身体能力ではガクガクしたぎこちないダンスしか踊れないものね。

 さっきのスピーチで別にかっこ悪くてもいいとは言ったけど、わざと見せつける必要性はどこにもない。

 

「まあそれでも、他の人の躍りを見ているだけでも楽しいわよ」

 

「だろうな」

 

 ともあれ、あたしたちが舞踏会の会場に到着してから、今度は過去の受賞者やノーベル賞の選考機関に財団の人々、最後に晩餐会の参加者の一部がこっちに来た。

 

「蓬莱教授はどうするんです?」

 

「あー俺はメダル2つも抱えてるからなぁ……あー、1回目の時は参加したんだが、今回は家族と傍観するよ」

 

 どうやら、蓬莱教授も参加はしない意向みたいね。

 

「お、続々と集まってきたな」

 

 一般参加者の多くは、改まったパーティードレスで、日本人女性だけは、振り袖が多い。

 とにかく今年はあたしたちの注目度が高く、今年唯一の女性受賞者で、少女性を強調したあたしのこの格好は嫌でも目立った。

 

「──」

 

「それでは、舞踏会を開始いたします!」

 

 国王陛下のその言葉と共に、多くの人々が手を組み、音楽に合わせてダンスを踊り始めた。

 もちろん受賞者本人を含め、高齢だったりする場合には、傍観に徹することも可能だ。

 受賞者の場合、この後地元ストックホルムの大学で後援会が行われ、先程と同じスピーチをしなければならない。

 これは、晩餐会は限られた人しか参加できないが、ノーベル賞学者の叡智を特定の人しか見られないのはよくないからという理由で、実際にこの後のスピーチには大勢の学生が出席するらしい。

 

「優子ちゃん、あれ」

 

「あら」

 

 浩介くんが指差す先を見ると、永原先生が不規則な躍りをし始めていた。

 恐らく、江戸時代からある盆踊りの真似事で、よく見ると比良さん余呉さんも、同じ動きをしていた。

 うーん、あの3人も結構な資産家と考えると、なかなかシュールで面白い光景よね。

 

「完全に音楽にあってねえな」

 

「ええ」

 

 浩介くんが小さく笑いながら話す。

 永原先生たちの躍りは滅茶苦茶で、しかも振袖姿の目立ち方からも、永原先生は周囲から視線を浴びている。

 

 他の参加者を見てみると、恵美ちゃんと桂子ちゃんが踊っていた。

 よく見なくても恵美ちゃんが主導していて、この辺りはテニス選手として国際的に活躍しているのが役に立っているわね。

 

 他にも、ドレス姿の歩美さんも踊っていたり、あるいは河毛教授と瀬田准教授という組み合わせでは、何故かおばさんの人だかりができていた。

 

 オーケストラの演奏する音楽が変わる。

 やや日本の盆踊りを混ぜた感じになっていて、さっきまで完全に明後日の方向だった永原先生たちの躍りが、少しはマシになる。

 

「なあ優子ちゃん」

 

「ん?」

 

 浩介くんが、こっちに向き直った。

 

「少し、ほんの少しでいいから、踊ろうぜ。ゆっくり、ゆっくりだけど」

 

「うん」

 

 浩介くんから、ダンスのお誘いが来た。

 やっぱり、踊りたいみたいだった。それはあたしも同じ。

 よく見ると、パートナーのいない「手持ち無沙汰」の参加者に、多くの人が声をかけている。

 蓬莱教授はともかく、ここまで来たら少し参加しないと行けなさそうね。

 

「優子ちゃん、ほら」

 

 浩介くんの優しい声が、あたしの脳に響いていく。

 

「うん」

 

 大学の文化祭で、ダンスサークルの躍りを見たことはあるけど、あれは完全に専門的な動きで、もちろんあたしたちは基礎から出来ていない。

 浩介くんがもちろんリードしてくれるけどもちろん周囲からすれば半分以下のスローモーションだ。

 

 浩介くんに手をとられ、ゆっくりと体を同調させる。

 腕を上に上げられたら、あたしはほんの少しくるりと一回転する。

 

「きゃっ」

 

 すると突然背中を後ろから押され、あたしの胸が浩介くんと密着する。

 

「優子ちゃん、かわいい。愛してるよ」

 

「あうっ」

 

 不意打ちの「愛している」に、あたしは胸がきゅんとなって、心臓がドキドキしてしまう。

 あたしの恋が、覚めやまない。

 あたしの背中を持っていた浩介くんの手が、ゆっくり下に進んでいく。

 いつもならここで場所も考えずにすぐにお尻を撫でられるのに、その寸前で思いだしたかのように元の位置に戻った。

 

「優子ちゃん、今夜、な」

 

「うん」

 

 そうだった。

 浩介くんは、ずっと今夜のために我慢してくれていた。

 あたしの今夜は、1ヶ月1番の危険日で、前後の日も合わせてそんな日が続くと知っておきながら、あたしはその手の道具を全く持ってこなかった。

 

 浩介くんの腕が再び動き、凍りついたように止まっていた時が再び動き出した。

 周囲には、お姫様だっこをする強者もいたけど今のあたしのスカート丈だとそれはできない。

 

 浩介くんは、「お姫様だっこはいつでもできる」と言っていた。

 

「結婚式でも、されたわよね」

 

 他にも、あたしが浩介くんに恋したばかりの時にも、生理痛がひどくて保健室に行かなきゃ行けなくなった時に、お姫様抱っこをされたことがあった。

 制服のスカートは今のスカートよりも格段に短くて、あの時はパンツ見えないようにするのが大変だったけど、それ以上に浩介くんの近い顔が、あたしの理性を狂わせていた。

 

「ああ、優子ちゃん、きちんと重くて好きだよ」

 

「……もうっ!!!」

 

 あたしが重い体重を全くコンプレックスにしていないことを知ってって言うんだから本当に始末に終えないわ。

 世間では、BMIで「痩せすぎ」の基準まで痩せようとする女性が多く、実際に女性誌でもそうした記述がとても多い。

 でもあたしは、この巨大な胸やお腹にもぽっこりと健康的についたお肉の分もあって、相変わらず体重も50後半と60近くで、体脂肪率も30%ある。

 今のあたしは、ダイエットするのではなく、逆に少食の身でどうやってこの体重をなるべく維持できるかに努めている。

 よくよく考えると、痩せたい痩せたいとダイエットに勤しんでいる女性からすると、あたしってものすごい妬まれそうだわ。

 

「いやいや、重要なことだぞ。優子ちゃん、きちんと栄養蓄えてくれないと」

 

「あーうん、そうよね」

 

 浩介くんの言うことももっともだった。

 赤ちゃんを産むということは、お腹の中で赤ちゃんを育てなければいけない。

 そのためには、母親がきちんと栄養を取らないといけないのよね。

 

「優子ちゃんがダイエットに洗脳されなくてよかったぜ」

 

 浩介くんも、あたしのむっちりとした体格をとても気に入ってくれている。

 そりゃあまあ、男から見た女の子の魅力って、結局「健康そうな赤ちゃんを育てられそうなこと」に勝るものはないものね。家事の能力だって、結局はそこに帰結すると思う。

 

「あはは、うん、頑張るわ」

 

 あたしたちの日本語の会話は、もちろん周囲は理解できない。

 もし動画共有サイトにアップロードされて、どこかであたしたちの会話が拾われたらアウトだけどね。

 

「ふう、疲れたわ」

 

 殆ど動いてなくて、浩介くんにリードされっぱなしだけど、あたしはものの数分で息が上がってしまう。

 うん、スッゴい虚弱だわあたし。

 

「優子ちゃん、終わろうか?」

 

「うん、お疲れ」

 

「ああ」

 

 再び、ダンサーたちの輪から抜け、奥の踊らない人たちの所へと歩を進める。

 一際目立つところで、国王夫妻も踊っていて、受賞者以上に注目の的になる。

 

「しっかし、予想していた以上にノーベル賞って大変だよな」

 

 浩介くんがふとつぶやく。

 

「うん、そうよね。賞金は……今のあたしたちからすると少ないし」

 

「だなあ。税金かからないつってもなあー」

 

 あたしたちには、世界最大の資産の原動力になっている蓬莱カンパニー株の配当金が大量にあって、1日8時間労働で年間240日働いたとしたら、ノーベル賞の賞金は今年の配当金の時給程度にしかならない。

 おまけに貢献度はあたしと浩介くんは4分の1なので、賞金額を蓬莱教授と折半することになっている。

 だから、ノーベル賞の賞金は、一般人からすれば巨額でも、今のあたしたちにははした金でしかない。

 最も、株の配当金は一般所得より安いとはいえ税金がかかるしあたしたちの稼ぎだけで、政府の所得税はともかく、住民税の税収が自治体にとってとてつもないことになった。

 この賞金は、所得税法の中で課税免除になる「ノーベル基金からノーベル賞として出される金品」に該当するので、全く税金がかからない。

 

「ま、金より名誉でしょ? 最も、ノーベル賞の賞金は他の学術賞よりは高額らしいけど」

 

 その高額な賞金が、ノーベル賞の名誉を維持しているという見方もできる。

 財団側の懐も良好らしく、資産運用がうまいわよね。

 

「みたいだなあ」

 

 最も、あたしたちは世界一の金持ち一家なのだから、ノーベル賞の賞金が「はした金」に見えてしまうのは致し方ないことではある。

 だからこそ、ノーベル賞が持つ名誉というものを大事にしたい。

 

「おお、優子さんに浩介さん、戻ったか」

 

「あ、うん」

 

 ずっとボーッとしていた蓬莱教授が、あたしたちに話しかけてきた。

 舞踏会を見ると、躍り疲れて休んでいる人もいつの間にか多くなっていた。

 

「体力の使いすぎに注意しろよ。これからバスにまた乗るんだ」

 

「うん、分かってるわ」

 

 あたしたちは母さんたちを発見する。

 義両親と最初は踊っていたけど、今は休んで何やら雑談に講じていた。

 

「さ、そろそろお開きの時間だ」

 

「はい」

 

 あたしたちは、舞踏会でのダンスを見ながら、残りの時間をゆったりと過ごした。

 ノーベル賞受賞者たちは、やはり体力的な問題からか休んでいる人が多かった。

 

「──」

 

「それでは、全てのイベントを終了いたします」

 

 財団の人の宣言により、舞踏会が終わった。

 まず、国王陛下と王族の方々をあたしたちは総出で見送る。

 ちなみに、蓬莱教授が最後に国王陛下ともう一度だけ握手していた。

 

 そして、過去の受賞者や財団の他の人、選考委員会の人々が、それぞれ解散になる。

 次に一般の人たちが解散になり、母さんたちから「気を付けてね」という言葉を貰った。

 人によっては、また大学に行ってもう一度スピーチを聞いたり、あるいはホテルに戻ったり、もしくは他の地を観光したりするらしい。

 最後に、財団の人と通訳さん、そしてあたしたち受賞者だけが残された。

 あたしたちはこれから、ストックホルムの大学でのスピーチのために、彼らとは別行動になる。

 

 今日という1日も徐々に終わりが近付いてきた。

 女の子になってから、一番濃い1日だったかもしれないわね。

 

「──」

 

「それではこちらに参ります」

 

 財団の人のスウェーデン語が、あたしたちの言葉に通訳され、あたしたちは他の人とは違う出口から、お馴染みノーベル財団の専用タクシーに乗り込んだ。

 それにしてもこの車、何台あるのかしら?

 

「ふう」

 

「さ、もう少しだ」

 

 蓬莱教授は、あまり疲れた表情をしていない。

 でも他の受賞者さんたちは、あたしたちも含めみんな疲れた顔をしている。

 それもそのはずで、午後に入ってから、授賞式に晩餐会と、殆ど休息の時間がない。

 肉体的な疲れというよりは、精神的な疲れがとても大きい。

 

「Dr. Horai why don't you be tired?(蓬莱博士、あなたはどうして疲れていないんだい?)」

 

 物理学賞の受賞者さんの1人が、タクシーの中でも余裕の表情の蓬莱教授に話しかける。

 

「Because I am 2 times.(何故って、そりゃあ2回目だからなあ)」

 

「I think that it is not relevance problem. (回数の問題ではないと思うんですけど)」

 

「Umm...」

 

 蓬莱教授が唸っていた。

 いずれにしても、あたしたちはこれから市役所から市街地を進んで、大学へと到着した。

 

「広いわね」

 

「まあ、学術都市だしなストックホルムは」

 

 あたしたちが到着した大学の、一番大きなホールでスピーチを行う。

 といっても、あたしたちの心理はとても楽で、国王陛下やその他要人や来賓はおらず、学生さんと教授陣だけがいるとのことだった。

 

「あ、ちなみに、最後に蛙跳びするのはさっきと同じだからな」

 

「はーい」

 

「分かったぜ」

 

 どうやら、あの蛙跳びをまたするらしい。

 あれもあれで、この服だと結構大変なのよね。

 永原先生も、多分やりにくかったと思うし。

 

「──」

 

「こちらです」

 

 あたしたちは、ホールの裏口、教授陣たちが入るところに案内される。

 授賞式でのコンサートホールとは違い、あたしたちは1人ずつ壇上に上がり、スピーチの原稿用紙を持ちながらスピーチすることになっている。

 ちなみに、ノーベル財団のホームページでは、通常こちらの動画が公開されるらしい。

 なので、決してこっちも気が抜けないわね。




次で12月10日も終わります。我ながら長かったです

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