永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
サービスエリアを出て、再び高速道路を走り始めると、先ほどの客船映画の続きが始まった。
船内を走り回り、そしてラブラブなシーンだったのに、いきなりパニックシーンになった。唐突な印象だが、どうも氷山に接近した挙句ぶつかったらしい。
なるほど、これで沈没するのか。
ふと高速道路の左側の案内を見てみる。
お馴染みの緑の表示機に「1620Khz ハイウェイラジオここから」という看板の上側に、オレンジ色で「渋滞情報」の文字が見える。
先ほどサービスエリアで見た事故渋滞のことだろう。
10分くらいしただろうか? 避難準備を開始する船員と、危機に気付かない客たちの描写をしている所で、バスは徐々に減速していき、やがて止まった。30秒から1分ごとにわずかに進む、運転士さんにとってはもどかしい時間だが、幸い映画が放映中なので暇はまぎれそうだ。
船が徐々に傾き始める。女性と子供が優先だという。私はどうなんだろう?
当然ボートには乗れる身分のはず。そうだそのことについて聞いてみよう。
「永原先生」
「ん? 何かしら?」
「私たちがこの船に乗ってたら脱出できたかな?」
「ええ、もちろんよ。私たちは女性(レディー)だもの。でも……あまりいいことではないわね。女性しか助けないと勘違いしたために、ボートは定員以下で出しちゃっていたのよ」
「……そうね。私も、普通に先着順にしないと、かえって混乱して救助が遅れると思う」
実際ボートに乗ろうとしている男性が無理やり排除されているし、それどころか恋人や夫や家族と別れたくないとボートに乗らない女性まで出ている。というかヒロインがそうなっているし。
でも先着順なら、多分私は乗り遅れて海の底だろうけど。
「実はね、この事件があった当時の女性権利団体は、女性ばかり助かったことを『女性差別』だと批判したのよ。だけど今ではこの映画のこの状況はみんな『男性差別』だと批判するようになったわ」
「私もこれは男性差別に見えるけど……どうして女性差別だって怒ったの?」
「つまり女性は庇護すべき守るべきものだという扱いを受けたという批判よ。勇敢に死ねるのを男性の特権にしてるってね。日本だと状況は違うけど、欧米の場合は女性の自立や女性も強いといったことを重視するのよ。そして女性も男性並みに強くなれるという信条のもと、男性に庇護されるのを嫌うわけよ」
「……ばっかみたい」
私は思わず、吐き捨てるようにそう言った。
「……ええ、同感よ。TS病になった人は、ただの一人の例外もなくフェミニストにはならないわ」
「……」
「……だって、この病気になれば男女の違いを嫌というほど思い知らされるんですもの。むしろフェミニストにとって私たちの存在ほど都合の悪いものはないくらいよ」
私もそうだった。女の子になって弱い存在になった。何が「女も強く」だ。それに、そんなことを目指している女性はみんな行き遅れているじゃないの。私は心の中でそう思った。
相変わらず高速道路は渋滞が続く。渋滞中、この先20キロ60分とある……一般道路の方が早いんじゃなかろうか?
事故車両の撤去に手間取っているのか、見物人が多いのか。それは分からない。
映画に戻ってみる。船の傾きはますます激しくなっていて、乗客のパニック状態は続く。主人公は浸水が激しくなった船から何とか脱出するものの、すでにボートは全部出てしまっていた。
そして案の定、ボートに乗れるのに乗らずに死んでく乗客たちが、同じく船に残った楽団の演奏曲とともに描写される。感動的なシーンだが、さっきの永原先生との会話を聞き、私は冷めた目で見てしまう。
どうも渋滞は思ったより短くなったらしく、バスは渋滞を抜け出した。
結局主人公は死んじゃったみたいだ。あ、こっちのヒロインが主人公なのかな? まあいいや、こちらは救助されたわけだな。
そして最後の場面か。お、死んだ主人公と船で再開して皆が祝福して終わりか。
よくわからないけど、この映画は大ヒットしたみたいだな。
映画が終わってしばらくすると、もう一つのサービスエリアについた。ここは1時間の昼食休憩だ。
「桂子ちゃん、一緒に食べよ?」
「いいよー、どこで食べよっか?」
「とりあえず中入ろう」
「うん」
私と桂子ちゃんはサービスエリアで食べることになっている。ともあれ中に入ってみる。
「あ、先生もいいかしら?」
「もちろん」
永原先生も加わり、お昼ご飯になった。
「なあ、あの三人可愛くね?」
「すげえよな。美人ぞろいだよなあ」
「特に黒い服の子、俺には刺激が強すぎるぜ……」
「いやいや、一番背が低い子が可愛くね? 最年少だろうし純粋だろうよ」
「お前ロリコンかよ!」
「ち、ちげーよ!」
「にしたって見る目ねえぞ。三人とも可愛いけど、この中で一番はどう見ても黒い服の子だろ?」
「俺も黒い服の子を選ぶぜ。お前は?」
「俺は桂子ちゃんって言われてた子が好きかな。黒い服の子は性格悪そう」
4人組の男が思い思いに私たちを吟味している。私に2票、桂子ちゃんと永原先生にそれぞれ1票だ。
これまでもそうだったけど私を選ばない人ってこぞって「玄人ぶる」気がする。
永原先生も若くて美人だけど、戦国時代の人とあって背も低いのだ。確かにロリコンの人なら永原先生を選ぶかも。
それにしても私が性格悪そうって……
「ああいう黒い服みたいな子は、男慣れしていてヤりまくってるんだぜ。この中じゃ一番経験豊富なんだよきっと」
なっ……
「何よもう! 失礼しちゃう! むー!」
まだ女の子になって3カ月足らずなのに!
私は思わず頬を膨らます。
「まあまあ優子ちゃん……」
「やべえ、聞かれてたぞ」
「そこのお兄さんたち?」
「は、はい!」
「私たちで一番年上なのはこの私よ」
「そ、そうなんですか!?」
「ふふっ……さ、石山さん、木ノ本さん、行きますよ」
「……は、はい」
「え、ええ」
呆然とする4人組の男性を尻目に、サービスエリアの食堂に向かう。
食堂は私たち小谷学園生と一般の客で賑わっている。
「木ノ本さん、石山さん、これなんてどうかしら?」
「何々……地域名産の野菜とそば粉を使った『地産地消そば』ねえ……確かにコンセプトは良さそうだけど……」
桂子ちゃんが私の方を向く。
「私も特に異議はないわよ」
「じゃあ決まりね。券売機に並びましょ」
券売機に並ぶと言っても、他の店にも分散しているためか、あまり行列はできておらず、そこまで待たされなかった。
テーブルも混雑しているがまだ空きがある。まずは飲み物で3人分の場所を取る。座って待っていると、手前の画面で私たちの番号札が呼ばれているのを確認。
3人でそれぞれトレイを持ち、蕎麦屋のおばちゃんからメニューと何かの無料券を受け取ると元の場所に戻る。
「「「いただきまーす」」」
「おっ! 結構おいしいわよこれ」
「そうねえ……地域のそば粉と野菜というだけあって、鮮度があるわね鮮度が」
桂子ちゃんと永原先生の言う通り、味も決して悪くない。でも鮮度ってのがよくわからない。
「私もおいしいと思うけど、鮮度ってどういう感じで見分けるの?」
「石山さん……素材の味よ。そうねえ……そのあたりは新鮮なのとそうじゃないのをよく食べ比べて覚えるしかないわねー」
「やっぱり経験ですか……」
「ええ、カリキュラムだけではなくて、どうしても時間の必要なこともあるんですよ。その辺は焦っちゃダメよ」
「う、うん……」
その後は黙々と食べ続ける。たまに紙コップを持って水を汲みに行く。
「「「ごちそうさまでした」」」
私たちは、「いやーおいしかったねー」何て言いながら返却トレイに戻す。「女三人よれば姦しい」なんて言うけど、あたしたちには当てはまらないようだ。
「ふう、まだ時間あるわね。石山さん、木ノ本さん、どうする?」
「わ、私トイレに――」
「こらっ! 石山さん、女の子が気やすくそういうこと言っちゃダメよ!」
あ、怒られちゃった……
「うんうん、女子力足りないわよ」
桂子ちゃんまで……
「ごめんなさい……」
「いい? お花を摘むって言うのよそういう時は」
「カリキュラムの時はそこまで言われなかったのに……」
「あれは基礎編よ。今の石山さんは応用編なのよ」
「……は、はい……」
「んー、まあ次から気をつけてくれればいいわ。私も行くわよ」
「私も」
「え? 永原先生と桂子ちゃんも?」
「まあ、石山さんが行くなら何となくよ……」
「何なんですかその理由……」
「あー、優子ちゃんやっぱりまだまだだね。おしゃれとか仕草とか言葉遣いとかはもうすっかり女の子だけど、まだまだそういう深いところがなってないのよ」
「深いところと言われても……」
「とにかく! 女の子は下品なことは言わないものよ」
「はぁーい……」
ともあれ、3人で女子トイレに、それぞれ個室に入る。
さて、スカートをめくってパンツを脱ぐ作業に入ろうとしていた矢先、機械的な音が流れてきた。
「石山さーん! 学校にはないけど、この『音姫』ってのを見つけたらちゃんと押してね!」
「あ、うん!」
大事なことらしいので、便座に座ったら早速押す。
なるほど、これで「音」が聞こえなくなるわけか。
慎ましやかなのが乙女とも言うし、これもその一種だろう。よく分からないけど。
……って分からないじゃダメよ優子! 最近女の子らしくなってきたからって気を抜いちゃいけない。私はまだまだ女の子初心者なんだから。
ともあれ、一通り出し終わり、ビデを使ってトイレットペーパーを使い、パンツを元に戻したらトイレの水を流して外に出る。
二人はまだトイレに入っているようだ。
先に手洗いで手を洗い始めていると、二人が合流した。
「優子ちゃん、早かったね」
「あはは……ちょっと一気に出しすぎたかな?」
「まあ、その時の状況次第よ。ところで、出発までまだ後25分くらいあるけどどうする?」
「……私は2階にマッサージルームがあるみたいだからそこに行きたい」
肩がこってるし。
「え? 石山さんマッサージをご所望?」
「う、うん。ちょっと肩がこっちゃってて」
「ああ、私も仕事疲れでちょっとねえ……木ノ本さんは?」
「私はマッサージは特にいらないわね……サービスエリアの裏側にある森林でも見に行きたいなあ……」
「そ、そう? じゃあここで別行動ね」
「うん」
「じゃあ気をつけて」
「分かってますって」
そう言うと、私は永原先生と一緒に、先程の建物の2階へ移動し、マッサージ機がいくらか置かれている部屋に入る。
見た感じでは、ジジババが多く、小谷学園の関係者は私達だけのようだ。
「永原先生、この無料券……」
「ええ、マッサージルームの無料券みたいね」
私たちは受付で無料券を提示し、フリーパスでそのままマッサージ機に座る。
私がマッサージしてほしいのは肩だけなので、肩こりに特化した15分コースを選ぶ。
椅子が複雑に動き、背もたれが下がって寝てるような感じになる。
そのまま機械が私の肩を刺激する。
「いっ……」
ちょっと見当違いの所をマッサージされて痛い。
リモコンを操作し、もう少し上をマッサージしてもらう。
「あー気持ちいい……」
このマッサージ、虎姫ちゃんや恵美ちゃんほどじゃないけど、かなり肩こりに効く仕様だ。
最近は特に肩の「頂上」の部分が凝っているため、位置を調整してそこを強く刺激させる。
「ふぁあああああああーーーーー気持ちいいーーーーーー」
爽快感あふれる気持ちよさ。少し痛いけどこれがまたいい。
こっている部分が「コリッコリッ」と音を立てる。この音が骨伝導して直接脳に響き、臨場感が増す。この徹底的にもみほぐされていく感覚がたまらない。
毎日巨大な果実をぶら下げている肩に感謝を込めて、念入りにマッサージする。
「ふうーーーーー」
隣の永原先生も日頃の仕事の疲れを癒やし、マッサージに講じている。
気持ちよくしていると、突然マッサージ機が動かなくなった。どうやら15分経過したらしい。
「あ、石山さん、そろそろバスに戻りましょう」
「え、ええ」
永原先生の言葉を聞き、携帯電話で時計を確認する。うむ、戻ったほうが良さそうだ。
バスに戻り、篠原くんと人数確認をする、バスは次のインターチェンジで降りて、一般道路へ入る。
最初は人家や商業施設もまばらにあったものの、道路を進むに連れ、坂は上り一辺倒となり、車線も1車線になり、森林が増える。
やがて前方に中規模ホテルが見えた。
門に4台のバスが入る。そして「歓迎 小谷学園御一行様」と書かれている。
バスは全て無事に駐車場に到着。
「前の人から降りて下さーい!」
永原先生の声とともに秩序正しく前から降りる。
そして最後に私と永原先生が出る。念のために誰か残っていないか左右を確認しながら降りる。
最初に降りていた添乗員さんと、いつの間にか近付いていたホテルの職員さんの手に寄ってバッグが外に出されていた。
篠原くんが「他人のバッグと混同するなよ」と指示を飛ばしていた。
男子も含めみんな物分りがいい。私のことを、かつて男扱いしていた人たちと同一人物同一集団とは到底思えないくらいだ。
私が降りてしばらくすると、バッグの山は殆ど無くなっていた。永原先生と、篠原くんが自分のバッグを取り、最後に残った一つを私が取り終了だ。
フロントが狭いため、まずは屋外で、ホテルの人が挨拶するみたいだ。
私たちは、全員がちゃんと並んでいるかを確認する。ちなみに、4列に並んでいればいいので順番は考慮しないそうだ。
「えー、本日は、我が『ホテル山のはて』をご利用いただき、誠にありがとうございます。当ホテルでは、山の秘境と温泉をテーマに、隠れた名所を売りにしてまいりました。どうぞ心ゆくまでご堪能下さい。以上」
短いスピーチに拍手が起きる。絶対長々としたスピーチよりも歓迎されるだろう。
ともあれ、ここが今日から3泊4日の拠点となる。無事に過ごせればいいけど……