永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「ん……」
朝起きると、外はまだ暗い。
和室のたたずまいを見て、一瞬、「随分と早起きしちゃったわ」と思ったけど、その後、あたしたちがストックホルムにいたことを思い出す。
起きて暗い部屋で光る時計を見ると、午前7時14分だった。昨日はあれだけ忙しかったのに、意外と寝る時間が短かったわね。
日本なら12月でも明るい時間だけど、ストックホルムでは9時頃に日の出になる。
「あれ?」
浩介くんはまだ寝ていたので、あたしは手荷物を持って部屋を移動することにした。
特にノーベル賞のメダル、賞状、小切手を紛失したら目も当てられないので、特に慎重に確認する。
うー、暗い中での確認は大変だわ。
「あら、優子ちゃんおはよう」
一旦大きな部屋に行くと、義両親が既に起きていた。
どうやら、今日は帰る時間ということで、みんないつもよりも早く起きてしまったらしい。
「うん、おはよう」
「ねえ優子ちゃん、メダル見せて?」
お義母さんは、予想通りのお願いをしてきた。
「うん」
あたしは、手荷物からノーベル賞のメダルを取り出した。
それは、昨夜の出来事が夢ではないことも意味していた。
この期に及んで、まだ夢のように感じてしまうほど、ノーベル賞は雲の上の存在だった。
でも今のあたしは、そのノーベル賞を目の前に持っている。
「うわあ、すごい、ねえあなた」
お義母さんが、お義父さんを呼ぶと、お義父さんもメダルを見にやって来た。
「おー、これが噂の……こっちは博物館で見たまんまだな」
あー、そう言えば義両親もノーベル博物館に行ったんだっけ?
ノーベル賞メダルのこっち側は、よく知られているものね。
「優子ちゃん、裏はどうなってるの?」
「えっとね……」
あたしは、お義母さんたちのために、メダルの裏側を見せてあげる。
そこには、1組の男女、水を汲む医者と病気の少女の絵が掘られていて、外縁部にはラテン語が刻まれていた。
「へえ、こうなってるのねえ」
「やっぱ実物は違うなあ」
義両親は、とても興味津々だった。
やはり、ノーベル賞のメダルは特別なものがある。
義両親にしても、実両親にしても、自分の子供夫婦が、世界一権威のあるノーベル賞に輝いたということを考えれば、近所付き合いとかも変わっちゃうわよね。
「優子ちゃん、この外側に書いてある文字の意味は分かる?」
ふう、やっぱり来たわね。
あたしは、これまで通り、メダルに書いてあるラテン語の意味を解説する。
お義母さんもお義父さんも、「優子ちゃんだけじゃなくて、ノーベル賞を受賞した人全員にぴったりの言葉」だと言っていた。
物理学賞や化学賞にも、同じ言葉が掘られているけど、生理学・医学賞の場合、よりその性質が強いようにも見受けられるわね。
ふふ、人々を幸福にっか……浩介くんのスピーチも、かっこよかったわ。
トントン
部屋のどこからか、足音が聞こえてきた。
「ふええ、おはよう」
「あら浩介、おはよう」
既に普段着に着替えていた浩介くんが、登場した。
「うん、みんなおはよう」
パジャマ姿のままなのは、いつの間にかあたしだけになっていた。
「じゃあ、あたし着替えてくるから」
あたしはノーベル賞のメダルをバックにしまいつつ、別の部屋に移動する。
部屋に移動するまでの道のりで、浩介くんもまた、メダルを見せてくれるように頼み込まれていた。
うー、もしかしたら、これから先しばらくこういうの続くのかしら?
盗まれたらいけないし、本物は厳重に金庫にしまっておいて、普段見せるためのものとして、財団に連絡してレプリカを作ってもらわないといけないわね。
あたしは、今日の服を決める。
今日は東京の自宅に戻ることになっている。
もちろん、12月の東京も、ストックホルムと比べれば遥かにマシだけど、それでも寒いのは寒い。
なので、今日も少しだけ厚着をすることにした。
もちろん上着は、ホテルから出る時だけど。
あたしが着替え終わると、ホテルの外がほんのり薄明かるくなってきていた。
「あ、優子ちゃん、忘れ物ないか、確認してね」
「はーい」
もうすぐ朝食の時間で、それまでにはいつでも帰れるように準備しておかないといけない。
飛行機はチャーター便、というよりも、蓬莱教授が個人所有している飛行機だけど、パイロットやクルーたちの予定もあるものね。
あたしは、この広いホテルの部屋を隅々まで散策し、忘れ物がないかどうか確認し終わった。
ちなみに、賞金の小切手と賞状は大きな荷物の中に、ノーベル賞のメダルは手荷物に入れておく。
飛行機の人たちも、メダルを見たがると思うからね。
コンコン
「はい」
「チョウショクオモチシマシタ」
ホテルのスタッフさんが、最後の朝食を持ってきてくれた。
あたしたちはテーブルにつき、最後の食事に勤しむことにした。
外はどんどんと明るくなり、短い昼間が始まっていた。
「うん、やっぱ美味しいな」
「そうね」
ここのホテルは、元々高級ホテル、ノーベル財団が色々とお金を負担してくれたけど、正直今のあたしたちなら、この手の式典全て自己負担しても大丈夫そうにも見える。
最も、あんまりにも浪費してたら、あたしたちも持たないけどね。
「「「ごちそうさまでした」」」
あたしたちは、最後に食べたスウェーデン料理を食べ終わり、手荷物と大きな荷物を持つ。
最終確認も終え、いよいよホテルから出る。
エレベーターの前には誰もおらず、あたしたちは1階まで降りてきた。
「お、優子さんたちも来たか」
エレベーターから降りると、蓬莱教授に永原先生たち、そして父さん母さんに5日間お世話になった通訳さんたちもいた。
ちなみに、蓬莱教授の家族は例によって別行動で、これからイギリスの方に観光してから帰るとか。
「うん」
「よし、それじゃあチェックアウトだな。鍵をくれ」
「はい」
蓬莱教授が、あたしたちのお部屋の鍵を集めてから、ホテルのフロントに行く。
ホテルのフロントの人がにっこりと笑いながら、鍵を回収してくれる。
ちなみに、宿泊代などはノーベル財団が負担してくれるので、あたしたちは特に何も支払う必要はない。
「よし、行こうぜ」
「うん」
蓬莱教授を先頭に、あたしたちはホテルの出口に行く。
ちなみに、帰りの手続きは行きよりもかなり短くなっている。出発予定時刻は午前9時だ。
「ねえ篠原さん」
「うん?」
あたしの近くにいた永原先生が話しかけてくる。
何の話か、あたしには分かってしまう。
「ノーベル賞メダル、私たちにも見せてくれる?」
「うん、いいわよ」
永原先生の頼みは、やっぱり予想通りだった。
まあ、当たり前よね。
「ありがとう、インターネットで画像は見たけど、やっぱり本物も見たいもの」
「えへへ、今朝、義両親にも同じこと頼まれちゃったわ」
あたしは、やや苦々しい笑いを作る。
実際、これから何度も同じことを繰り返すことを考えると、少しだけ気が重いのも確かだった。
「じゃあ、私たちにも同じことしてくれるかしら優子?」
そして今度は、横から母さんが乱入してきた。
「あーうん、いいわよ。飛行機の中で見せてあげるわ」
ともあれ、近しい人については、今のうちに見せてあげておいた方がいいわね。
多分日本に帰ったら、もっと大勢の人からせがまれるのは火を見るよりも明らかだし、少しでも負担を減らさないといけないわね。
「ほら、乗るぞ」
「はーい」
蓬莱教授を待たせていたみたいなので、あたしたちも急いで黒いノーベル財団の専用リムジンに乗り込んだ。
「──」
通訳さんの言葉と共に、リムジンが発車する。
あたしは自動車の窓から外を見る。
ノーベル賞の授賞式は昨日に終わってしまったけど、もちろんまだまだ余韻はある。
街のいたるところにはノーベルの横顔が掲げられているし、あたしや浩介くん、そして蓬莱教授を含め、受賞者たちを歓迎する横断幕やのぼりはあちこちに残っている。
流れる風景を見て思う。昨日は素晴らしい一日だった。
今までも、思い出に残る1日を何度も経験してきた。
結婚式の日、浩介くんにプロポーズされた日、初めてのデートの時、浩介くんに恋した日、そして何より、あたしが女の子のなった日、でも昨日は、それら以上に、あたしにとって忘れられない1日となった。
あたしは鞄を開け、特に意味もなくメダルを見つめ返す。
「……」
「どうした優子さん? まだ自覚が出ないか?」
メダルを見つめていたあたしを見て、蓬莱教授が気にかけてくる。
「ああいえ、そうではないんです。ただ、今後このメダルを持つ人として、どうすればいいのかなって」
ノーベル賞なんてものを取ってしまった以上、受賞者に相応しい振る舞いというのも、世間から当然に求められると思う。
しかもあたしたちの場合、世界一の資産家ファミリーなわけで、それも合わせれば、27歳の夫婦にとってはあまりにも重たいことだわ。
「あはは、あんまり気にすることないさ。来年にもなれば、新しい受賞者に注目が集まって、俺たちのことはみんな忘れてくれるよ」
それが嘘だということは、何より蓬莱教授が一番知っているはず。
それでも、あたしを元気付けようという意思は感じられた。
「だといいんですけど。ノーベル賞ですから、人々の注目は高まると思いますよ」
「まあな。優子さんの場合は、特に、だろうな」
蓬莱教授が、「あたしは特に」と言っていた。
確かに、初めての日本人女性のノーベル賞受賞者であるあたしには、他の受賞者以上に注目が集まると思う。
とはいえ、あたしたちにはもう1つの顔がある。
「会社に支障がでなければいいんですけど」
あたしは多分、浩介くんとのこともあるから、産休育休に入る必要が出てくると思う。
でも、妊娠が確定するまでは引き続き蓬莱カンパニーで働くことになる。
ちなみに、あたしが休んでいる間は、余呉さんに常務の業務を代行してもらい、余呉さんの業務は、役員ではなく労働者側が行う予定になっている。
浩介くんの赤ちゃんのことは、まだ考えられない。
あたしたちの車は、ストックホルムに別れを告げるべく空港へと向かい続けた。
「──」
「到着しました」
しばらくして、空港前のタクシーが集まる場所に、あたしたちは到着した。
ここはプライベートジェット専用のターミナルの近くであるため、一般の大衆は来ない。
あたしたちは、空港の中に入ると、そこはとても空いていた。
興味本意であたしたちを見たり、写真を撮ったりするマナーの悪い人はいない。
「じゃあ母さんたちお土産買ってくるからね」
「うん、気を付けてね」
歩いていたら注目されかねないあたしたちと違って、母さんや永原先生たちは自由に動くことが出きる。
余呉さんは何故かまたランドセルを背負っていて、普通の格好の永原先生や比良さんと比べてもかなり幼く見える。
あたしたちはまた、受賞者3人組だけ、待合室に取り残された。
これから日本への帰国手続きなどがあり、また相応の時間を待たないといけない。最も、行きと比べるとかなり短いけどね。
とにかく、まずは大きな荷物を預かってもらう。
「優子さん、浩介さん、今回のノーベル賞の式典、どうだった?」
この時間を利用して、蓬莱教授はあたしたちに反省会みたいなことをするらしい。
「うん、とってもよかったわ」
「ああ、どれもこれもきらびやかだったぜ」
あたしも浩介くんも、今回のノーベル賞は満足だった。
何にも代えがたい栄誉を受けられたことは、とてもじゃないけど言葉では言い表せない感動をあたしたちに与えてくれた。
「ああ、得られる賞金も今の俺たちからしたら少ないし、色々とやらなきゃいけないことも多いから、もしかしたら俺が余計なことを言ったために受賞となったために、面倒なことが多くて内心不満に思ってるんじゃねえかって、気が気でなかったんだ」
蓬莱教授から出たのは意外な言葉だった。
もちろん、そんなことはあるはずもない。ノーベル賞ほど栄誉な賞なんてない。
そんな賞に、単独でも受賞できるところをあたしたちにも分けてくれた蓬莱教授には感謝してもしきれない。
「とんでもないです」
「滅相もないとはこの時のためにある言葉だぜ」
あたしと浩介くんは、やや大袈裟気味に否定する。
今回のノーベル賞、確かに慣れない英語でスピーチをしたり、会話をしなきゃいけなかったのは大変だったけれども、それ以上に「ノーベル賞」の雰囲気を、何より受賞者として味わえたことは大きかった。
確かに蓬莱教授の助けがなければ、あたしたちがノーベル賞を得ることは不可能だった。
それでも、国王陛下の昨日の言葉通り、あたしも浩介くんも、十分にノーベル賞に値する業績だったのは確かだった。
「そう言ってもらえてよかった。まあ、仮に優子さんたちが嫌がったとしても、俺は業績を横取りしたくはなかったからね」
蓬莱教授が、にっこりと笑う。
やっぱり、相当な潔癖であることは確かだった。
「ま、後はゆっくりと研究に勤しむことにするよ。研究には膨大な予算が必要だが、幸いなことに、金は有り余ってるからな」
蓬莱教授は、経済誌での世界長者番付であたしたちを抑えて1位になっている。
今後も、蓬莱教授はこれまで通り、国からの支援はなしで研究を進めることが出来る。
しかも、膨大な資金と有り余る寿命のため、最近では基礎研究に特に重点を置いている。
基礎研究は、すぐに結果が出ず、忍耐力を要求されるため、どこの国でも応用研究よりも予算が削られがちだった。
しかし、蓬莱の薬によって国全体が資金に著しい余裕ができたこと、そして人間の寿命も格段に伸びたことで、基礎研究にかかる「長い時間」も、今や十分に「短い時間」になっていた。
ただ、諸外国はそうもいかない。
もしかしたら、不老人間とそうではない人間との最大の違い、そして大差がつく運命を決定付けているのはここのところにあるのかもしれないわね。
「色々な研究が、進んでいますよね」
「ああ、今後は寿命を伸ばすために、様々な取り組みが行われているな」
特に、あたしたち不老人間の大敵である「不慮の事故」として多い「自動車」は、現在自動運転が現在急速に推し進められていて、将来的には全ての車が自動運転となる予定になっていて、議員の一部からは、不必要な手動運転を違法とする案まで出されている。
また、自動運転技術は現在自転車にも応用され始めている。
一方で、飛行機や鉄道は自動操縦や自動運転が普及しつつも、パイロットは無くならない模様で、やはり専門に訓練を受けた人間が、「最後の砦」としての機能を持ち続ける模様になっている。
鉄道の場合、運転士は置かないということもあるけどね。幸子さんと東京に行った時とか、今年開業したリニアとか。
機械やAIは便利だけど、特に日本人は過信しがちなので、注意が必要ではあるとあたしは思う。
そのあたり、難しい問題なのよね。
「来るべき総不老社会、楽しみだわ」
「100年後の未来、楽しみだな」
あたしたちは、理想の未来を描く。
かつて飛行機を発明したライト兄弟は、後年には後発の飛行機技術者に技術力で劣るようにはなったが、開祖としてその名前を歴史にとどめている。
そしてあたしたちは、ライト兄弟よりもよっぽど恵まれている。
早い段階から政府首脳に掛け合って、政治的なパイプと財力をもって、ライバル不在を作り上げたから。だから、篠原夫妻はライト兄弟と違って、ライバルに脅かされることはない。
もちろんこれにも意味はあるけど、あたしたちは常に「不老産業」を独占し続けることが出来る。
あたしたち不老産業に直接参入を試みずとも、不老産業に伴う新たな新天地の可能性は無限に広がっている。
新たなフロンティアの改革に向け、今周囲は動き出している。
「ただいまー」
「お疲れ」
母さんたちが、お土産を持って戻ってきた。
これらは全て、飛行機の収納庫の中に入るため、改めて窓口で手続きをしてもらう。
といっても、荷物検査自体はすぐに終わるので、あたしたちは全員で待合室に向かう。
多くの国の飛行機が、この空港を行き交っている。
中には中型機や大型機もあれば小型機もあり、多種多様な飛行機を空港で見ることが出来る。
そんな中で、一際目立つ飛行機がこちらに現れた。
そう、行きにあたしたちを運んだ、「蓬莱カンパニー」の飛行機だった。