永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「ねえ、あの飛行機」
浩介くんが、行きに乗ったボーイング787型の飛行機を指差す。
その飛行機には、白い塗装の上に「蓬莱カンパニー株式会社」と書かれていた。
白い塗装がかえって目立つ、蓬莱教授のビジネスジェットだった。
「ああ、あれだな」
蓬莱教授は澄ました顔で話す。何だか、とても懐かしい感じを受ける。
ノーベル賞を取ってからというもの、色々なことがいっぺんに起きすぎた。
ともあれ、あたしたちはこのボーイング787型機を使って成田空港に戻ることになっている。
「お客様、準備が出来ました」
日本人のスタッフさんが呼び掛けて、あたしたちは立ち上がってゲートを進む。
廊下を進んでいくと、既にあたしたちの飛行機は目の前に迫っていた。
チケットを入れてゲートを潜ると、そのまま廊下と飛行機のドアが直接つながっているため、アップダウンなしに直接機内へと入ることができた。
「うわー、懐かしいわー」
機内は、5日前と変わらない権勢を誇っていた。
1列を贅沢に使った大きな長いふかふかのソファー、更に機体後方にはドリンクバーや歓談スペース、最後方には離着陸時用にファーストクラスと思われる仕様の椅子がある。
飛行機のファーストクラスは、特別な値段と雰囲気だけど、この飛行機を見ると、ファーストクラスでさえ貧相に見えてしまう。
まあ、普通数百人が乗る飛行機に最高でも20人だもの当たり前よね。
「お待ちしておりました。当機の総機長です。帰りは私が総機長を務めさせていただきます」
行きと同じように、あたしたちをパイロットさんとキャビンアテンダントさんが、出迎えてくれる。
これもまた、素晴らしいサービスだと思う。
行きと同じ人が、総機長というわけではなく、別の機長さんが今回の機長になっていた。
「機長さん、お久しぶりです。あれ? 総機長さん、行きとは違うんですね」
最初にこの疑問を呈したのは、比良さんだった。
「ええ、よくあることです。パイロットが例えば往復飛ぶときに2人とも機長資格をもっていた場合、1人は副操縦士役になるわけですけど、行きと帰りで入れ換えることはよくありますよ」
機長さんが、懇切丁寧に説明してくれる。
まあこのあたりは、人事的な問題もあるのかしら?
ずっとリーダーというのもあれなのかもしれないわね。
「ありがとうございます」
「さあ、当機は間もなく離陸いたします。ご準備ください」
「あいよ」
総機長さんの号令と共に、あたしたちは一番後ろにあるファーストクラス仕様の席へと移り、シートベルトを着用する。
クルーたちもそれぞれ、所定の位置についた。
ちなみに、定員が20あるので、あたしたちで10人とキャビンアテンダントさんたちでちょうど20人なので、キャビンアテンダントさんもあたしたちと同じ座席に座っている。
このあたりは、ビジネスジェットならではの「緩さ」と言っていいだろう。
ウィーン
飛行機の、よく分からない音が聞こえてくる。
「さようならストックホルム」
あたしは周囲に聞こえない程度に、外の風景に向けてそう呟いた。
しばらくして、ボーイング787のエンジンが灯る音がした。
そしてゆっくりと、飛行機が動き出した。
いよいよ帰るんだという思いが、強くなっていく。
しばらく誘導路を走行すると、飛行機がくるりと向きを変える。
そして、一気にエンジンがうなり音を上げ、後ろへと押される感覚を受けた。
窓の外の景色がゆっくりと速まっていき、そして飛行機が優しくふわりと浮き上がった。
その後、上空で少々旋回しながら、窓の外から見える、海に浮かぶストックホルムの町並みが少しずつ小さくなっていく。
次にここに戻ってくることは……もしかしたら二度とないかもしれないわね。
あーでも、過去の受賞者として招かれることはあるかしら?
長生きしたとしても、未来のことは分からないわね。
「帰ったらどうしようかしら?」
「んー家のこともあるしなー、しばらくはノーベル賞の余波が続きそうだぜ。でもま、きちんと家がちゃんと整っているかが今は心配かな」
これだけ長い間家を留守にしていたのも初めてのことで、あたしたちは庭師さんを始め、みんなちゃんとやってくれているか、おばあさんの面倒を見てくれているか心配になる。
まあ、彼らもプロなので、大丈夫だとは思っているけどね。
ポーン
しばらくすると、前方に灯っていたシートベルトサインが消えた。
あたしたちは窮屈な(といっても、他の民間飛行機ならファーストクラスだけど)この座席から離れ思い思いの列のソファーに陣取る。
冬の強烈な偏西風の関係で、帰りは行きよりも2時間以上飛行時間が短い。そのため食事も昼と夜だけで、睡眠時間は短い。
ちなみに、通常の旅客機よりも人数が遥かに少ないので、飛行機も高高度でかなりのスピードを出すことが出来るとか。
「どうしようかしら?」
離陸から1時間、空の宮殿は居心地がいいけど、それでも暇なことには代わりはない。
そこであたしは目の前のモニター画面を見ながら、アニメを見ることにした。
ちょうど1クールほど見れば、暇潰しにはもってこいのはずだわ。
あたしが見たアニメは、10年程前に大ブレイクを果たしたアニメで、いわゆる「懐かしのアニメ」とか「古典アニメ」というジャンルに入る。
主人公は大きな鞄を背負った記憶喪失の少女で、色々な動物の特徴を持ったキャラクターと交流しつつ、自分の記憶について時に困難を乗り越えつつ目的地を目指すというお話だ。
あたしがちょうど優一から優子に変わるか変わらないかという時のアニメでもある。確か優子になってからだっけ? そこまで覚えてはいないや。
飛行機はバルト海上空からサーレマー島に差し掛かる付近を飛行中で、なおも高度を上げているが、一旦31000フィートで巡航に入った。
「当機の機長です。間もなく昼食の時間となります。ご準備ください」
一時停止を挟んで休みつつ、ちょうど2話目を見終わった矢先、機長さんのアナウンスが入った。
間もなく昼食ということで、あたしたちは一斉に寝転がっていたソファーから起き上がって後ろの歓談スペースに移動した。
歓談スペースには、既にキャビンアテンダントさんに交代パイロットさんも座っていた。
「何が出るかしら?」
あたしは、料理を楽しみにしていた。
「最近高級品ばかり食べている気がするなあ」
父さんが頭をひねりながら言う。
「あなた、それはいつものことよ」
母さんが身も蓋もない突っ込みをする。
そう言えば、母さんたちから見たあたしたちってどんな感じだったのかしら?
「ねえ母さん」
「何かしら優子?」
母さんがあたしの方に向き直る。
「あっちの席から見たあたしたちってどんな感じだったかしら?」
「うーん、優子、すっごい緊張してたわよ」
母さんの回答は、予想通りだった。
まあ、あたしでも動きに出てるって分かったもの。
でも緊張が表に出てなかった人なんて蓬莱教授くらいだったわよね。それがかえって目立ってたし。
「でも、雰囲気はすごかったわ。内容はよく分からなかったけど、優子ちゃん、国王陛下に反論してたじゃない」
ここで、飲み物を取りに行っていたお義母さんから横槍が入る。
確かに、あたしにもその記憶がある。
国王陛下は、あたしのノーベル賞を認めてくれたけどね。
「うん、篠原さんには驚いたわ。まさか篠原さんが国王に自己主張しちゃうなんて」
そして今度は、他の列から声がかかる。
見ると永原先生たちだった。
「ええ、英語はわかりませんけど、会場の雰囲気で分かりました」
「私も」
永原先生が続くと、更に比良さんと余呉さんもそれに続いた。
あたし自身、「優子」を心がけるために控えめで穏やかを意識し、自己主張は殆どしてこなかったのに、まさかよりによって一国の国王陛下相手に自己主張しちゃうなんて思わなかったわ。
まあ、主張の内容は思いっきり後ろ向きだったってのが大きいとは思うけど、それにしたって珍しい光景だと自分でも思うわ。
「でも、あれはほら、謙虚だから自己主張とは言わんよ」
蓬莱教授が、すかさずあたしへフォローなのか追い討ちなのか分からない持論を述べる。
「あー、そう言えばそうだな、後ろ向きな内容だったもんなー」
父さんは、あたしのつたない英語を理解していたらしい。
「さ、食事の準備が出来ましたー」
「おー、うまそうだなー」
運ばれてきたのは、イタリア料理だった。
あたしたちは全くイタリアとは縁がないけど、このあたりはマンネリ防止かしら?
それも日本でよくある「なんちゃってイタリアン」ではなく、正真正銘のイタリア人シェフが作ったイタリアンピッツァになっている。
既にきちんと切り分けられていて、あたしたちはそれぞれ均等に小皿に分けていく。
「どれ……はむはむ……へー、本場はこんななのね。おいしいわ」
真っ先に食べ始めた永原先生が感心する。
「そう言えば、永原先生って」
「うん、あんまり洋食は食べないわよ。もちろんたまには食べるけど、やっぱり馴染みがあるからね、特に白米は本当に美味しくなったわよ」
永原先生は、やはり和食派らしい。
白米の味の向上については、感慨深いものがあると永原先生は話す。
まあ、人生の大半を和食しかない状況で過ごして来たのだから当たり前と言えば当たり前よね。
「私は洋食派だわ」
比良さんはどうやら逆らしいわね。
「私は特に派閥はないわね」
余呉さんはあたしたちと同じで、特に和洋中にこだわりはない。
三長老も三者三様で面白いわね。
さて、あたしも一口。
パクッ
「うーん、おいしいわー」
やっぱり、本場のシェフが作った料理は物が違うわね。
それにしても、わざわざスウェーデンまでシェフを呼んだのかしら? それはそれで忙しいことだわ。
あたしたちは、ゆっくりと食事を味わってごちそうさまをした。
「そうそう、それで優子、ノーベル賞のメダル、見せてくれるかしら?」
ご飯を食べ終わってすぐに、母さんがそう切り出してきた。
むしろ、すぐにこれが来なかったのが意外だと思う。
「うん、分かったわ」
あたしたちは、自分の手荷物のあるソファーへと戻り、手荷物の中からノーベル賞のメダルを取り出した。
「いよっ、待ってました!!!」
「「「ワハハハハハ」」」
あたしたちが戻るなり、いきなり交代の一番若い副操縦士さんが大きな声を出すと、機内は笑いに包み込まれた。
ノーベル賞のメダルを見るのを楽しみにしていたのは、あたしたちの家族や永原先生たちだけではなく、この飛行機の乗組員たちも同じだった。
むしろ、この仕事はクルーにとっても楽だし、それにノーベル賞の人を乗せるとあって、人気は高まっていたと思う。
あたしは、金色に光るメダルを机の上に置いた。
浩介くんと蓬莱教授は、手荷物のカバンを持って、そこから直接メダルを取り出して机に置いていた。
「「「これです」」」
「「「おー」」」
あたしたちが、ほぼ同時にメダルを机に出して手を離すと、群衆からは「おー」という声がかかった。
ちなみに、既にメダルを見ていた義両親のみ、ソファーに戻ってくつろいでいた。
「これ、生没年? 1833年かあ……」
交代操縦士にキャビンアテンダントさん全員があたしたちの3つのメダルを変わりばんこに見ていた。
そして、裏面のことにも当然言及されたので、それについても受け答えする。
裏面の言葉については、「蓬莱教授らしい」といった感じではなく、「ノーベル賞らしい」という反応が殆どだった。
まあ、実際ノーベル賞受賞者にはみんなこの言葉が贈られているものね。
……平和賞と文学賞は知らないけど。
「夕食では今乗務してる機長と副操縦士がここに参加するから、きちんと見せてあげてくれ」
交代乗務員さんが、そう話す。
「はい」
ノーベル賞の権威が高いことは知っていたけど、まさかこれほどとは思わなかった。
昼食から戻ると、ロシアのモスクワ上空を飛行中で、飛行機の高度がさっきより上昇して33000フィートになっていた。
しかし驚くべきはその対地速度で、時速が1100キロとなっていたことだった。
行きの飛行機では800キロを上回った場面も殆どなく、改めて冬のロシアに吹き付ける偏西風のすさまじさを思い知った。
あたしは飛行情報もそこそこに、さっきまで見ていたアニメの続きを見る。
「ふう」
ヘッドフォンから、声優さんたちの熱演が聞こえてくる。
かわいらしいタッチでありながらも、どこか緩やかなその雰囲気に、あたしの心は癒されていく。
「最近はずっと大変だったものね」
日常系アニメと言えば、現代でもアニメのジャンルとしては一大勢力を誇る人気ジャンルだ。
既に20年も前に放送された、埼玉県在住の女子高生たちの物語が中興の祖とも言われている。
もちろん、もっと以前からこの手のアニメが放映はされていたけれど、今ではすっかりあのアニメが基礎だと思われている。
最も、あたしはアニメにはそこまで詳しくはないけれどもね。
どこか和やかな日常系アニメ、あたしは女の子になってからそういうのを全く見なくなったけど、優一の頃は少しだけそうしたアニメやライトノベルを嗜んでいた。
10年前の知識になっちゃうけど、あの時の緩やかなアニメを少しだけ思い出しながら見る。
概ね、女子高生たちの日常という意味では、とてもいいものだった。
あたしは、あのような日常を経験できていない。
あえて言うなら、あたしが女の子になって復学直後のいざこざが収まってから、浩介くんに恋するまでの間が、一番それに近かったかもしれない。
でもその間も、体育の授業や林間学校でのトラブルはあったし、こうした緩い日常というのは、なかなか味わえないものなんだろうと思う。
あたしは、この記憶喪失の女の子よりも、ずっと波乱の人生を歩んできた。
特に大学に入ってから、あたしたちは蓬莱教授に振り回され続けた。もちろん、蓬莱教授のお陰で、あたしは莫大な財産と、最高の名誉を得ることが出来たから、感謝してもしきれない。
その代わり、多分、平凡だけど平穏な人生は二度と訪れない。
10年、いや100年、1000年経っても。
ノーベル賞は、最高の賞だけど、この賞を受け取れば、平凡な人生は二度と訪れない。
会社の上級役員になって、しかも世界一の資産を持つ一族ともなれば、それはなおのこと強まっていく。
「ふう」
飛行機にとって重要な対気速度はほぼ同じだけど、偏西風に乗って猛烈なスピードで進むため、行き以上に帰りは時差ボケが強くなる。
帰ったらまた、睡眠について考えないといけないわね。
あたしは、アニメの続きを見ていく。
アニメに集中しているため、周辺のことはよく分からない。
行きの状況を考えると、これから燃料が少なくなるにつれて、また高度が上がって行くと思われる。
あたしは、ロシア上空をひたすらに飛び続ける飛行機の中で、アニメをひたすらに見続けていた。
ノーベル賞を取った帰りの、豪華な飛行機の中で、あたしはのんびりとした時間を過ごせていた。