永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「「「ありがとうございました」」」
乗務員さんが総出で、あたしたちに頭を下げて出迎えてくれる。
あたしたちはもう夜更かししたような感覚なのに、成田空港の現在時刻は12月12日の午後3時20分、ストックホルムではもう真っ暗になっていた時間帯だけど、成田の外は完全に明るかった。
ほんの小さな違いだけど、それでもあたしたちに「帰った」ことを自覚させるには十分だった。
タラップを降りて、あたしたちは日本の地を再び踏んだ。
そして、5日前と変わらないプライベートジェット専用の控え室に通された。
「懐かしいわね」
「ああ」
浩介くんが眠そうにそう答える。
今この時も、多くの飛行機が離陸し、着陸している。
あの中には大勢の乗客が乗っている。
あたしたちはノーベル賞受賞者として帰国したわけだけど、こうしてたくさんの飛行機を目にすると、あたしたちも小さな蟻のようにちっぽけな存在に見えてならないわね。
蓬莱教授や永原先生たちも、さすがに疲れたのか口数が少ない。
特に永原先生にとっては、初めて祖国を離れた経験で、同じ「初めての海外」でも、27歳と509歳では感じるものが違うと思う。
「お待たせいたしました。荷物を運び終わりましたのでこちらへどうぞ」
行きとは打って変わってボーッとしていると、あたしたちが預けていた荷物が置かれているスペースに案内された。
あたしたちはそれぞれ自分のキャリーバックを手にいれ、手荷物をその中に入れる。
そして、順路通りに空港第2ビル駅への道を進もうとしたところで蓬莱教授がストップをかけた。
「向こうには報道のカメラが大勢いる。どうやら俺たちのことを狙っているらしい。俺たちはまだいいがご両親や永原先生たち、特にご両親は純粋な私人だ」
どうやら、この先にテレビのカメラなどが待ち構えているらしい。
うーん、事前に断っといたはずなんだけど、伝達ミスかしら?
「インターネットの情報によれば、どうやら空港第2ビル駅にいく道まで続いているらしい。どうも並んでいるのはきちんとした記者クラブの報道機関ではなくて海外のフリーランスのパパラッチどもが多いらしい」
蓬莱教授がスマホを取り出して悩む。
おそらく、外国人のパパラッチはマスコミが糸を引いているに違いないわね。
まあ、どちらにしてもあたしたちを出し抜けると思ったら大間違いよ。
「蓬莱先生、大きく迂回して一般の旅客に紛れて空港内を歩くはどうかしら? もしくは一旦別の国内線に乗り換えて、羽田から帰るというのは?」
永原先生が代案を出す。
「いや、おそらくそっちにも報道陣を待機させているはずだし、どちらにしても俺達は人目につきすぎる。困ったなあ……人払いをしてもらうかしかし……」
マスコミのカメラのフラッシュ、あたしたちはいいとしても、特にあたしたちの両親をマスコミと接触させてしまうのはまずい。
完全な私人で、しかもサラリーマンでしかないから、肖像権が大きな問題になってくる。
「蓬莱先生、私に考えがあります」
永原先生がそう言うと、何やら窓口の人に許可を求めている。
窓口の人が、恐らく空港内電話を掛けている。
やり取りが数分続いた。
「こちらにご案内いたします」
空港の人はそう言うと、もと来た道と逆の方に足を伸ばした。
あたしたちは訳もわからずそっちへと進む。
途中、「STAFF ONLY」と書かれた扉の中に入る。中は廊下でオフィスも入っていた。あたしたちは気まずい雰囲気でそこを抜ける。
そして、そのまま空港第2ビル駅より一番遠い社員用の出口から屋外に出た。
その後、あたしたちは停めてあった3台の社用車へとへと乗り込んだ。
ちなみに、あたしたちのグループ、永原先生のグループ、そして両親のグループなのは今までと同じ。
マスコミの報道陣は、空港の屋外出口にも数人待機しているが、まだこちらに気付いていない。
「本来は先程の通路は業務用スペースですし、これは社用車ですけれども、今回は特に篠原夫妻ご両親の肖像権のこともありますので特例です」
「ええ、助かります」
そして、そのまま大きく空港第2ビル駅と反対方向に進んだ。
「どこへ向かうんです?」
浩介くんが心配そうに言う。
「別の駅だとさ」
蓬莱教授が代わりに答える。
別の駅ってどう言うことかしら?
ちなみに、撹乱のためなのかあたしたち3台はそれぞれ別の経路を辿っていて、あたしたちはかなり周囲をぐるぐる回っている印象を受けた。
そして、とある小さな建物の前で車は止まった。
「ふう、良かったわ。ここには誰もいないみたいね」
車が止まり、あたしたちは周囲を見て、誰もいないことを確認したら車から降りた。
「ありがとうございます」
「いいってことよ。報道陣逃れは今まで何度もあったんだぜ」
おじさんがにっこりとそう答える。
永原先生からのメールで、「下で待っている」というメールを受け取っていた。
「ほう、ここか」
あたしたちは、建物にあった「東成田駅」という看板が見てとれた。
辺りを見回すと、どこからどう見ても成田空港という感じの場所だった。
「ともかく、降りるか」
「うん」
あたしたちは、無駄に広くて立派な階段を降りていく。
成田空港はあれだけの人だかりがあるのに、ここは人っこ一人いなくて、不自然なほど静まり返っていてとても不気味である。
まるで、時代に取り残されたような、そんな感じがしていた。
「あ、3人とも、無事で良かったわ」
ウグイスの鳴き声が聞こえる静かな空間で、母さんの声が響く。
「もー、母さん大袈裟だわ。あれ?」
あたしたちは、すぐに違和感に気付いた。
というのも、荷物が人数より1つ多い。
そして、お義母さんの姿が見えない。
「あれ? 俺のお袋は?」
「今偵察に行ってるわ、ほら」
母さんが向こうの方を指差すと、「空港第2ビル駅 連絡通路」とあった。
また近くには、この寂れた空間に似つかわしくない、優雅で立派な絵画が飾られていた。
平安時代の貴族の遊びである「曲水の宴」を再現したもので、1980年5月21日だから今から47年も前のものだ。
「もしかしてここって?」
「ええ、東成田駅は元成田空港駅なのよ。でも、遠くて不便ということで、ここは空港連絡駅としての役目は終わったわ。京成線が初めて成田空港に乗り入れた時にはね、ここが京成線で一番多い駅だったこともあるのよ。今は最下位に近いけどね」
永原先生がそう説明してくれる。
今はここに近いところで働く空港職員などが、わずかに利用しているにすぎないという。
ここから空港第2ビル駅への連絡通路があり、そちらに迂回すれば、報道陣を交わせるのではないかという算段だ。
あたしたちの両親は、ノーベル賞に決まった後もマスコミの取材を受けなかった。
父親陣は、それでも悪質なメディアに追い回されていたけど、お義母さんはほぼメディアには無名で通っている。
トン……トン……トン……ホーホケキョ!
「あ、帰ってきたわ」
母さんがそう言うと、連絡通路を小走りで進むお義母さんがいた。
「どうだった?」
余呉さんの問いに、お義母さんが頭の上で×をつける。
どうやら、無理みたいね。
「ダメ、改札前にも報道陣がいて、もう空港第2ビル駅は使えないわ」
「……仕方ないわね。出来れば使いたくなかったんだけど、ここ東成田駅から脱出しましょう」
永原先生が言っている言葉とは裏腹に、ちょっとだけ嬉しそうな表情でそう話す。
あたしたちは、ICカードを取り出して券売機で残高を確認する。
「とりあえず、残高不足なら後でチャージして。とにかくここから早めに、なるべく遠くに逃げた方がいいわ」
「分かったわ」
あたしは、改札機にICカードをかざす。
「ありがとうございます」
駅員さんが1人立っていて、あたしたちに挨拶をしてくれる。
この時間帯は需要はほぼ無いはずよね。
「あの、もし報道陣が来ても『誰も来ていなかった』って言ってくれるかしら?」
永原先生が駅員さんに念を押す。
「ああ、空港の方からこちらに連絡が入ってますよ。大丈夫です。私も、蓬莱教授を支持していますから」
「ありがとうございます」
駅員さんの方にも、話は回っていた。
やっぱり、蓬莱カンパニーがなせる業なのかもしれないわね。
とにかくこの駅、無駄に広い。
だけど時が止まっているのか、まるで廃墟にも見えてしまう。
「永原先生、ここって」
「ええ、確かに現役の駅よ」
永原先生は、少しだけわくわくしていた。
駅構内の広さは確かなもので、かつての面影が忍ばれる。
しかし今は、むなしくひたすらウグイスの鳴き声だけが漂っている。
あたしたちは、ホームに出た。
そこにも明かりが点っていて、エスカレーターも動いていた。
駅名標は新しかったけど、ベンチの広告は、どこか古い雰囲気がした。
「不気味な場所ね」
乗客はもちろんあたしたちしかいない。
どこに行っても「ホーホケキョ」という音が一定感覚で流れてくる。
ほ、本当にここに電車が来るのかしら?
「ええ、皆さん、あちらのホームを見て見て?」
「え?」
永原先生が指差した先、あっちのホームは、暗くなっているけど、明かりがちらついている。
「ほら、あそこの駅名標」
永原先生がカメラを取り出し、パシャリと写真を撮る。
あたしたちは、永原先生のカメラの画面を覗き込む。
「「「え!? こ、これって……」」」
見間違うはずもない。
そこの駅名標には「なりたくうこう」と書かれていた。
更に奥には広告も見えている。
「この駅が東成田駅になったのは今から35年前の1992年、篠原さんたちが生まれる前ね。こっちのホームは今は留置線として使われているわけだけど、客扱いをしないから、当時のままの駅名標と広告が残っているのよ」
「何それ……廃墟そのものじゃない」
母さんが、驚いた口調でそう話す。
もう30年以上前に、この駅は空港駅としての役目を終えた。
第1ターミナルと第2ターミナルの間にある、打ち捨てられた駅。
今はひたすらに、ウグイスの声が響き渡る。
「さて、ともあれここはかくまってもらったけど、この人数でまとまって行動していたら、いずれインターネット経由でマスコミが嗅ぎ付けて、先回りされてしまうわ」
永原先生がまた、指揮官になる。
この辺は、鉄道に詳しい永原先生の腕の見せ所だわ。
「グループを3手に分けるわ。まず、石山さん夫婦と篠原くん、そして余呉さんのチーム」
「はい」
指名された4人が横に並ぶ。
「4人は適当に偽名を考えて、家族を装ってもらうわ。余呉さんは悪いんだけど篠原くんの妹になってくれるかしら?」
余呉さんは幸い、荷物が小さい。
確かに兄妹とするには似てないけど、撹乱するにはちょうどいいわね。
「分かったわ……お兄ちゃんっ!」
余呉さんが渾身の演技で浩介くんに抱きつく。
「うー」
余呉さんの演技力が凄すぎて、あたしはまた嫉妬してしまう。
やっぱり、あたしも独占欲って強いわよね。
「篠原さん、少し我慢して。次のグループは篠原くんの両親と比良さんの組み合わせで行くわ。比良さんは篠原さんの妹設定よ」
「……分かりました。姉さん、よろしくお願いいたします」
あたしよりずっと年上の比良さんが、あたしに頭を下げて来る。
こっちは礼儀正しい妹という感じね。
「あーうん、よろしく」
「3つ目は私と蓬莱先生、ただし電車内ではそれぞれ距離を離して、別人を装うわ」
当然、最後に残るのは永原先生と蓬莱教授の組み合わせで、この組み合わせで歩くと嫌でも目につく。
そこで、微妙に距離を取って別人を装うことになった。
「ああ。分かった」
「じゃあ指針を発表するわね。ここから京成成田駅までは共通行動を取るわ。京成成田駅からは特急に乗るけど、乗る車両はそれぞれ別々にするわ。余呉さんグループは京成線の特急を使って、まず『青砥』っていう駅で『京成押上線』に乗り換えてくれるかしら? そこから更に『押上駅』で『半蔵門線』に乗り換えて、渋谷駅で解散するのよ」
「「「はい」」」
「浩介くん、分かっているとは思うけど、井の頭線で渋谷の喧騒は避けた方が無難だわ」
電車が混んでいるなら問題ないけど、混んだ路上はとても大変なことになる。
特に渋谷の駅前は何故か外国人観光客が多数たむろしている。
最初に出発した時にそうだったように、井の頭線から神泉駅を使わないのは大変なことになる。
「比良さんグループは『京成津田沼』で降りて、そのまま徒歩もしくは『新京成線』を使ってJRに乗り換えてくれるかしら? そのまま品川駅で乗り換えて、渋谷駅で解散するのよ。船橋の方が便利だけど、そのルートは素直すぎるから今回は使わないわ」
「「「はい」」」
「あ、そうだわ」
あたしが、パッと変装を思い付いた。
あたしは、手荷物から髪留めを取り出すと、長い髪をそれぞれ両サイドで縛ってツインテールにして、トレードマークの頭の白いリボンを鞄にしまう。
うー、鏡で見るとこの髪型、始めてやったけどかなり幼く見えるわね。
今まではストレートロングが男受けが一番だと思ってたし、実際それで浩介くんも射止めたわけだけど、これも悪くないわね。
「お、優子ちゃんかわいいな。でも、ストレートロングこそ優子ちゃんって感じだから、優子ちゃんって感じが全然しねえぜ」
浩介くんが最もらしい解説をする。
そう、あたしと言えば超がつくとてつもない巨乳に、どんなアイドルよりもかわいい顔、そして黒髪のきれいなストレートロングに頭の白いリボン、この内髪型はいつも同じ髪型をしていたので、これを崩しちゃうと案外別人に見えてしまう。
あたしを見て、比良さん余呉さんも、それぞれ簡単な変装をしていた。
永原先生も、いつの間にか制服姿の時にしかしないツーサイドアップになっていた。
一方で、男性陣、浩介くんと蓬莱教授は、全く変装をしていなかった。
「その辺でいいわよ。最後に私と蓬莱先生だけど、私たちは特に狙われると思うから、行かなそうなルートを選ぶわ。まず、『勝田台』という駅で乗り換えて、そこから『東葉高速線』というのに乗り換えるわ。そこから直通先の地下鉄に乗って、そのまま『高田馬場』で解散するわ。このルートは東葉高速線の運賃も高い上に時間もかかるルートだから、まず選ばれないルートよ。各自目的地についたらメールで連絡してね」
「了解した」
蓬莱教授も、覚悟を決めていた。
あたしたちは、待ち時間を利用して、メールの雛形を作る。
あたしたちのメールアドレス全員がCCに入った仕様のメールだ。
「それじゃあ一旦、京成成田行きの電車を待ちましょう」
「そう言えば、芝山千代田駅ってのもあるんだな。芝山って何だ?」
蓬莱教授が、駅名標を見て反対方向を気にしている。
「ああ、芝山鉄道線のことよ。日本一短い鉄道なのよ。色々な理由があって別会社になったの。延伸計画もあるっちゃあるけどね。あ、テロ防止のために警察のおまわりさんが巡回していることはあるけど、特に気にしないで大丈夫よ。おそらくだけど、ここの駅員さんと同じように空港から話はつけてあると思うから」
ともあれ、複雑な事情が絡んでそうだけど、今は深く追求する余裕はない。
ホーホケキョ
相変わらず、物静かで不気味な空間に、ウグイスの鳴き声が響き渡る。
ホームやベンチなども、所々整備が行き届いていないように見えるのも、廃墟感を加速させている。
「もうすぐね」
永原先生が、もうすぐ電車が来ることを予見した。
既にこの駅に来てから、結構な時間が経っている。
「あ、来たわ!」
左側を覗き混んでいた永原先生が、電車が来たことを言うと、すぐに「ガタンゴトン」という電車の音がしてきた。
って、アナウンスも何もないって、凄いわね。
地方の路線でも、あんまり無い光景だと思う。
短編成の電車の中は、殆どお客さんがいない。
芝山鉄道線から来たと思われるお客さんがポツンポツンと乗っているだけ。
そのわずかな乗客たちも、あたしたちを見てやや怪訝な表情をしている。
「じゃあみんな、無事を祈るわ」
「ええ」
電車が止まる直前、永原先生が左隣の車両に移動する。
あたしたちは、浩介くんのグループと離れて、それぞれ車両の違うドアから入る。
扉が開かれ、特にアナウンスもなく、あたしたちは電車に乗り込み座席に座る。
電車はピカピカで真新しく、電光掲示板もあって、そこにはきちんと「京成成田行き」と書かれていた。
大きなサイレント、笛のような音が鳴ったと思えば、すぐに扉は閉じられて発車する。
トンネルの中を進みながら、電車の自動音声は次で終点であることを案内していた。
ちなみに、警察の人は今回いなかった。
電車はしばらくするとトンネルを抜け、やがて明るい地上が見えてきた。
それを見てあたしは、「やっぱり廃墟から生還した」という感覚を受けた。
次は終点なので、他のわずかな乗客と共に、あたしたちは扉を降りる。
不審な目では見られたけど、特にスマホをいじってる人もおらず、あたしが変装していることもあってか、特に気付かれなかった。
京成成田駅のホームには、一般のお客さんと思われるお客さんが数多くいた。
この時間帯は、京成成田駅には特急しか来ないらしい。
これに乗って、まず永原先生たちが勝田台で、あたしたちが京成津田沼で、浩介くんたちは青砥で乗り換える。
あたしたちは、お互いに意識しながら、別の離れた車両に行くように心がけた。
「間もなく──」
「来たわね」
幸い、他の乗客たちはあたしたちに気付いていない。
せいぜい、わざわざ東成田駅を使う物好きな家族連れとしか思っていないみたいだわ。
よし、ここからが本格的な「逃避行」の始まりになるわね。