永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
さて、まずはこの荷物を自室に持っていく事から始めなければならない。
ホテルは地上8階地下1階で3階から7階までが客室になっていて、私たちの部屋は7階だ。
まず1組からロビーに入る。中ではホテルの施設について改めて説明がある。私達は一旦待機する。
事前のオリエンテーションでも知っていたが、ここは風呂が地下と最上階に、また1階はロビーとお土産店、そしてゲームコーナー、2階がレストランと軽食屋になっている。
朝昼晩は付いてくるが、軽食屋は間食用で自己負担だ。
各部屋にはカードキーがあってそれぞれ一人1枚存在している。呼び鈴を鳴らせば部屋に出入りも出来る。
ちなみに、深夜早朝に部屋を抜け出して風呂に入っらり、ゲームコーナーに入り浸ってもいいらしいが、「忍び足で他人に迷惑をかけないこと」が絶対条件で、現実問題毎日疲れるため、深夜早朝に風呂に入るのは先生や添乗員さんやバスの運転士さんくらいだ。
逆に、夜中に起きやすい先生や、ホテル滞在中は暇になりがちなバスの運転士さんなんかは、静かに深夜の風呂を楽しみたいというわけだ。
そして、「先生たちが消灯時間を思いっきり破ってる手前、生徒に禁止するのは如何なものか」という校長先生の鶴の一声で、生徒にも深夜風呂は解禁されているのだが、現実には1年に述べ1人いるかいないかだそうだ。
ちなみに、普段のホテルは内側から鍵がかかっているため、生徒が抜け出す心配はない。
私達も1組に続いてロビーに入る、永原先生が中央に立ち、実行委員として篠原くんとともに左右に立つ。
永原先生が施設の説明を改めて行い、低層階の部屋の生徒から順番にエレベーターへ並ぶ。
最後に私と桂子ちゃんと虎姫ちゃん、そして永原先生が乗り込み、7階の自室を目指す。
私達の部屋は7階のエレベータ降りてすぐのところにあった。
私がまず部屋を開ける。
「ふうーーーー疲れたー!」
桂子ちゃんが開口一番そう言う。
ちなみに、現在時刻は午後3時。夕食までは2時間半あるが、この時間は移動疲れを取るという名目でまるまる休憩時間になっている。
というのも、ある時期に高齢の先生が居た時に、移動してすぐの行事は辛いということで、目的地に付いてから最初の日は休憩時間にするという要望が出た。そしてこれが意外に他の先生や生徒にも好評でそのまま残っているらしい。
こういう緩い所は、いかにも小谷学園らしい。
桂子ちゃんも虎姫ちゃんも、やはりバスはかなり疲れたらしく、今は休みたい気分だ。
私も少しゴロゴロする。
「優子、スカートめくれないように気をつけなよ!」
「あ、うん」
危ない危ない。虎姫ちゃんと違って私はいまスカートだったんだ……って桂子ちゃんもそうだった。
私は部屋のベッドの上に横になり、布団をスカートにかぶせる。
「お、優子ちゃんさすがだねー」
桂子ちゃんが感心する。
「えへへ、実はカリキュラムの時にだらしなく休んでたらおしおきされたんだよ」
「え!? おしおき!? そんなことされるんですか!?」
あ、しまった。罰としてスカートめくりされてたこと知ってるの桂子ちゃんだけだった。
「あ、いや……まあその……怒られちゃったっていうの? パンツ見えてる状態で休んじゃって……」
「ふーん、まあ詳しくは問い詰めないでおく。ともあれ、その『おしおき』のおかげでその習慣が身についたと」
「……う、うん」
「何だろう、私もカリキュラム受けてみたい……」
「あはは、虎姫ちゃん、カリキュラムはあくまでTS病の子が女の子らしくなるためのものだから、生粋の女の子にはちょっと……」
「でもさー、私、そのカリキュラムは一部の女子校の女の子とか、受けるべきだと思うよ」
「け、桂子ちゃん何で?」
「龍香から聞いたんだけど、女子校の子って男が居ないせいでだらしなくなるのよ」
あーそう言えば龍香ちゃんが女子校のお友達について話してたような……
「龍香の友達に、女子校の子がいるんだけど、その子の話になると『どんどん女の子らしくなくなっている』ってそればっかりなのよ」
「そ、そうなんだ……」
女子校に転校しなくてよかった……
私達は雑談しながら時間を潰す。と言っても2時間半は結構長い。
「私、ちょっとシャワー浴びるわ」
「あ、うん」
桂子ちゃんがシャワーを浴びに浴室に入る。
部屋の風呂は自由に使っていい。ここの温泉にも禁忌症状が一応あって、実は以前生徒の一人が偶然それだったケースが有って、一人だけ風呂に入れない事態が発生したらしい。
以来、部屋の風呂も使えるようになったとか。
まあ、どうしても恥ずかしいって子もいるだろうし、部屋の風呂の料金も宿泊代に含まれているから禁止しても仕方ないということか……
でも私は使うかは分からない。
とにかく疲れた。少し横になって休もう……
鞄からまだ読んでなかった少女漫画を出して読む。一巻ほど読んで疲れて眠くなったので横になろう。なんかウトウトして考えられないや……
「優子ちゃん、優子ちゃん起きて!」
私は……そうか寝ちゃったのか……
……あれ? ここ何処だっけ? 頭が回らない。
私服姿の桂子ちゃんが私を見てる。
「あれ? 桂子ちゃん?」
「優子ちゃん、もうすぐ食事の時間だよ。すぐに行かないと入場制限になっちゃうわよ!」
「あっ、ごめん桂子ちゃん!」
あー、林間学校だということをすっかり忘れていた。幸い実行委員の仕事は、お風呂の時間までに全部屋が食べ終わったかどうかを最後に確認する作業だけだが、食事は早めに取りたいのも事実。
「分かった、急ぐわね」
虎姫ちゃんが私達の1日目夕食の食事券を持っている。
私のカードキーを使い部屋をロックする。廊下に出てみると何人かが部屋を出てくる所を見た。
私達はこれから、食事に向かうことになった。
ともあれ私達は、エレベーターから出て、2階のレストランへ向かった。
……あれ? あんまり混んでない……
「桂子ちゃん、虎姫ちゃん、あんまり混んでないよ……」
「あれ? そうだねえ……」
二人とも意外な表情だ。
「結構休みたいって人も多かったのかなあ……」
「お菓子食べすぎちゃったとか」
「思いっきりお腹空かせてから食べたいとか?」
三人が思い思いにこの予想外の状況を分析する。
そうしながら入口に行く。虎姫ちゃんが代表して3人分の券を係の人に渡す。
まずトレイを取る。次に2個の皿とコップ、箸を取る。
「優子ちゃん、もし取り終わってたら先食べてていいよ」
「あ、うん。分かったよ」
バイキングと言っても、私は食が細いからそこまで多く食べられない。
食べ放題とか行くと100%損することになったから、食が細くなって食費はかからないといっても完全にいいことばかりでは無いということか。
野菜を少量取る。フライドポテトとチキンを少量、2番目の皿にグラタン、3番目の小皿にケーキとフルーツ、更にコップにオレンジジュースを入れ、茶碗とふりかけを取って米を入れて完成だ。
一番最初に取り終わった私は窓枠のテーブル席を陣取る。
「いただきます」
桂子ちゃんから「先食べてていいよ」とのお達しをもらったので、遠慮なく先に食べさせていただく。
「もぐもぐんぐんぐ……」
……うん、美味しい。
「あ、優子ちゃん、ここに居たんだ」
「んっ……ごくっ……あ、桂子ちゃん、虎姫ちゃん」
ちゃんとご飯を食べきってから喋る。食べながら喋ることは、男の頃から「お行儀が悪い」と言われていたわけで、女の子なら尚更だ。
「それでさー、優子ちゃんの寝顔!」
桂子ちゃんがあたしについて話す。
「ふえ?」
「凄く可愛かったですよ!」
「ああ……うん、ありがとう……」
「そうそう眠れる森の美女って感じだったよ」
虎姫ちゃんが私を「眠れる森の美女」に例える。
「あはは、でも王子様がいないよ私……」
「優子ちゃんならすぐ来てくれると思うわよ、王子様」
「うんうん、きっと素敵な王子様だよ」
「うーん……」
私は頭の中で素敵な王子様を思い浮かべる。でも顔が見えない。よく分からない。
「ごめん、よく分からないや」
「……まあ、今は無理しなくてもいいわよ。少しずつ、一歩一歩前に進めばいいんだから」
「そうそう、優子は時間あるんだから」
「う、うん」
そうだよね、ゆっくりゆっくり。もっともっと、女の子らしく、可愛らしくなって行こう。
「ふう……お代わり」
虎姫ちゃんがお代わりをする。
「ねえねえ、あっちにうどんコーナーがあるよ」
お椀サイズの小さなうどんが置かれているらしい。
私もさすがにこの量だと少ないのでうどんを取りに行こう。左手にもう一皿持っていく。
右手でうどんを取ったら野菜を取っていた空の皿には焼きそばを少量だけ入れる。
ちなみに、虎姫ちゃんと桂子ちゃんが先ほど私が取らなかった種類のケーキを取っていた。
ともあれ私たちで食べ始める。
「ねえねえ優子ちゃん、このケーキおいしいよー!」
「え? そうなの?」
優一だった頃は、甘いものが特段に好きというわけではなかったが、確かにおいしそうだ。
でもまずは、自分で取ったものから片付ける。
このうどん、スープもおいしいなあ……
……よし、完食。最後に焼きそばだ。
焼きそばの味は平凡な感じ。まあ食べ放題だし贅沢は言えない。
……うむ、お腹いっぱい。
「あ、優子ちゃんもこのデザート食べてみてよ」
食べるのに夢中になっていたため、先に食べ終わっていた桂子ちゃんが私用のデザートを持ってきてくれた。
「ありがとう……でも、ちょっとお腹が……」
「まあまあ優子、スイーツは別腹よ別腹!」
「別腹って、人間お腹は一つしか……」
「まあそう言わずにさ、優子ちゃん、これも乙女の修行だよ!」
別腹が乙女の修行って……でも問答しても「深い所で分かってない」って言われそうなのでとりあえずそのスイーツを見てみる。
……んん? なんかすごい美味しそうな気がする!
食べたい誘惑がある。美味しそう……
「じゃあ一口……」
お腹一杯のはずなのにそんな感覚もなくなってフォークでケーキを刺して一口。
「うーーーーんっ!」
甘い味が口全体に広がる。このバニラの至福の味。
何だろう、味覚は男の頃と変わってないはずなのに、甘いものには弱くなった気がする。
でも、女の子になりたての時はそんなこともなかったような……
「おいしい? ほらこっちもいいわよ」
しかし、私のその思考は桂子ちゃんに勧められた新しいケーキの誘惑でかき消されてしまった。
今度はチョコレート味のケーキ。食べる前に鼻にいい香りが襲い掛かり、あたしの理性を崩していく。
「あーチョコレート好きだわぁ」
「ふふっ、優子ちゃん、もっと食べる?」
「うーん、そろそろいいかな……」
さすがに2個小ケーキを食べたところで満腹感が強くなった。別腹はすごく小さい。
「じゃあ、優子、桂子、他の人もいるからそろそろ出ますか」
「うん、そうしよっか」
食べた時間は正味30分、夕食の終わりまではあと1時間20分ある。風呂は午後8時からだからもう少し後……でもその前に実行委員の私は夕食券のチェックがあったんだ。
ともあれ3人で部屋に戻る。
「テレビ見ようか?」
「うん、そうしようか」
で、合わせた番組が……
「ニュースをお伝えいたします。今日未明東京渋谷の――」
「……私達、何でニュース見てるんだろ?」
虎姫ちゃんが唖然とした表情で言う。
「だって楽しそうな番組ないもの……」
「ねー」
とはいえ、ニュースも時折下手なお笑い番組より面白いことを伝えてくるから油断できない。
私的にも隠れた名番組だと思う。不謹慎だったりすることもあるけど……
「以上、ニュースをお伝えいたしました」
「うーん、面白いニュースなかったね」
「かといって凄そうな事件もあるわけでもなく……」
「行方不明者が遺体となって発見されたくらい?」
「治安いいよね最近」
ともかく息苦しい世の中だと言われているが、治安は目に見えてよくなっている。
そういえばネットで「息苦しさと治安の良さは正比例」なんて意見もあったな。
私の身からすると死ぬとすれば主に事件事故に巻き込まれることだから、治安が良くなるのは歓迎だ。
そして、ニュースに続いて流れてきたのは「気象情報」だ。
「あ、天気!」
「天気予報は大事だよね」
明日は登山が予定されている。最も、高気圧がドカンと居座ってるおかげで、明日の天気は今日に引き続き晴れで、週間予報も全て太陽マークだ。
レーダーにも雲が全く移っていない。いくら山の天気は変わりやすいと言っても、山はそこまで高くないし、これでは雨になりようがないだろう。
「晴れそうでよかったね」
「う、うん……」
明日の登山、やっぱりまだ不安がある。登りきれる可能性は正直1割あればいい方。
「大丈夫だよ優子ちゃん。そんなに険しくないから」
「それに、サブリーダーもついてるだろ?」
「……うん」
やっぱり体力的な負担もあるし、体育の先生から止められる可能性さえある。
1000メートル級と行っても、身体が弱いとその標高でも気分が悪くなることはあり得る。
さて、気象情報の次は地域のニュースをやっている。
ニュースと言っても地域のグルメや祭りなどを紹介する番組のようなものだ。
「――地域100年の伝統のお祭りが明日まで開催されています!」
「ねえ虎姫ちゃん、桂子ちゃん」
「ん?」
「こんな急に紹介されても、実際に行く人なんているのかなあ……」
「さあ? でもテレビの宣伝効果って何だかんだ強いからねえ」
「でも私たち若い子はどうだろう?」
「うーん……確かに……」
「でも面白そうだよねえ……」
「うんうん、私たちの近くの神社でも夏祭りするから楽しみだね」
「優子ちゃん夏祭り行くの?」
「中学行ってから行ってなかったけど今年は行こうかなって」
「それはいいわね……」
番組の内容そっちのけで女の子たちがおしゃべりをする。
で、脱線しすぎたことに気付いて元に戻る。
3人の少女たちの、何気ない憩いの一時が続いていた。