永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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小谷学園に残す遺産

「ふうっ」

 

 あたしは1人で出掛ける準備をする。

 今日は妊娠中ながらも中々にハードなスケジュールが待っている。

 まず午前中に小谷学園に行き、「永原先生と篠原夫妻の記念館」の建設予定地に行くことになっている。

 そこで実際に展示の仮案を見て調整をすることになっていて、問題がなければ後日正式に小谷学園の施設の1つとしてオープンすることになる。

 浩介くんは多忙なので、あたしが浩介くんの代理も兼任することになっている。

 そして午後は産婦人科に行って、定期検診などを始めることになっている。

 何故このようなハードスケジュールにするかというと、育休に入る前に少しでも会社に貢献するため、無理のない範囲で会社に復帰できるかどうかの体力テストも兼ねているから。

 

 もし問題なければ、明日には会社に復帰できるようにしていきたい。とにかく会社はまだ黎明期だし、あたしは取締役の立場なので、サボったら会社の士気にも悪い影響を与えてしまうだろう。

 あたしは、寒さを和らげるためのいつものズボンとロングスカートの重ね穿きを考えたけど、その穿き方はお腹に少し負担がかかるので、ロングスカートにストッキングというスタイルに変えることにした。

 

「おはよー」

 

「優子ちゃん、おはよう。今日は小谷学園だっけ?」

 

 スーツ姿の浩介くんが笑顔で挨拶してくれた。

 浩介くんはもちろんこれから社長業をする。

 蓬莱教授が、あたしを常務、浩介くんを社長という風にしてくれてよかったわ。

 

「うん」

 

 今回の記念館は、小谷学園と蓬莱カンパニーの連携強化も兼ねている。

 小谷学園は、蓬莱カンパニーによる買収計画こそまだ生きているものの、今は経営資源を世界解放に向けての準備に集中しているため、資本関係はまだない。

 とはいえ、あたしたちを記念した記念館の視察は、当然蓬莱カンパニーの経営にも大きく影響するため、あたしによるこの視察が会社の蓬莱カンパニーの経費に当たるのかは微妙なところだったけど、「篠原家の財力から考えれば、そうしたことを考えている経費の方が高い」という結論で、あたしの自己負担になった。

 

「最近の会社はどうかしら?」

 

「ああ、少し支店の計画が遅れ気味だけど、まだまだ当初の予定よりは早いよ」

 

 浩介くんは、こうやって経営状況についても正直に話してくれる。

 まあ、あたしが名目上はまだ常務っていうのもあるけど。

 今度の株主総会では、あたしは取締役にはとどまるものの、「顧問」もしくは「相談役」に退いて、代わりに余呉さんが常務になる予定で調整している。

 あたしが産休育休と続けていくとブランクも長くなるし、第2子以降もあるので、そのまま顧問を続ける感じにはなるとは思うけどね。

 幸い、永原先生が殆ど相談役の仕事が入ってない例もあって、顧問程度なら育児をしながらでもできないことはないし、ね。

 ともあれ、子供が大きくなるまではあたしは子育てを優先したいわね。まあ、2人目以降を産むかもしれないけど。

 

「それはよかったわ。とにかくお店を早く開いて、一人でも多くの人を不老にしないといけないわね」

 

「ああ、だが一番緊急性の高い世代の売り上げが悪いんだよなー」

 

 とにかく、今は1人でも多く不老契約を獲得したい。

 不老が遅れれば遅れるほど、日本の超大国化も遅れることになる。

 1人でも多く将来の老人を蓬莱の薬で生産人口に留める必要がある。

 そのためにも、中高年世代の早急な不老が必要不可欠だ。

 しかし、ここで1つだけ問題点が最近浮かび上がっている。

 既に史上最大最長規模の経済成長を記録し、今後は更なる成長が見込まれている2028年の日本だけど、今の50歳前後の中高年世代はちょうど「就職氷河期世代」と呼ばれる世代で、あたしたち平成中期生まれの世代からすると信じられない不景気を過ごしたらしい。

 あたしたちの記憶だと、不景気と言えば小学生時代のニュースで見た記憶しかない。

 中学生、高校生時代には、「実感の沸かない好景気」とさんざんに宣伝されていたけど、2020年代には蓬莱の薬の本格登場もあって、そんな声さえ消えてしまっていた。

 ところが、こうした明るい時代が長く続くにつれ、この「就職氷河期世代」はかなり打ちひしがれてしまっているらしい。

 既に蓬莱の薬を前提とした政策として高齢者向け福祉は全廃されており、今後生まれてくる老人は社会のお荷物として、文字通り「姥捨て山」に捨てられる運命にあると知っておきながら、あえて蓬莱の薬を拒否する人も多く、20代のあたしたちはジェネレーションギャップをとても感じてしまう。

 とはいえ、実際の所は何年も何年も人手不足が続いているお陰で、よっぽどの人格破綻者でもない限り、就職や転職に困ることはない。

 

 更に言えば、蓬莱の薬で寿命を極限まで伸ばすことで、「一発逆転」のチャンスが増える。

 宝くじの1等でさえ、もし寿命があれば試行回数を重ねればいつかは当たることになる。

 そして、1等である必要もなく、ともあれそうした資金を元手に、例えば長期的な就職活動を続けるということも、今後は考えられるだろう。

 企業にも寿命があると言われているが、恐らく蓬莱カンパニーは、現状のルールが続く限り、倒産は絶対に無いだろう。

 しかし他の企業は違う。

 そうなった場合、当然人間の寿命が企業の寿命を上回るケースは多々出てくるだろう。

 そうなれば、今以上に転職が当然という時代になる。

 特に年齢が数百歳ともなれば、そうした人材を欲しがる企業も多いだろう。

 このまま蓬莱カンパニーが牽引する好景気が長期的に続けば、「不景気な時代を知っている」ということそのものに、価値が出てくる。

 あたしたちは、彼らへの宣伝活動が急務で、政府、特に厚生労働省と財務省が、あたしたちをせっついている。

 

「ともかく、何とかうまく行くといいけど」

 

「だなあ。今の時代、10年の差は大きいし」

 

 浩介くんは、腕を組んで唸っている。

 とにかく今は時代の変化が激しい、特に蓬莱の薬がその原動力になることは間違いないわね。

 

「うんうん」

 

 ともかく、あたしも宣伝方法についてはよく考えないといけない。

 不老となる人間の割合が高ければ高いほど、経済もよくなり、それが次世代へも繋がっていくから。

 あたしのお腹の子も、蓬莱の薬を飲み、いずれは子孫を作っていくことになりそうね。

 

「生きていても希望がないというのは、すぐに死ぬ命だからさ。すぐに死ななければ、確率の低いことに出会うことも増える」

 

 浩介くんが面白いことを言う。

 

「そうねえ……ねえあたしたちのお金だけど」

 

「ああ、やっぱり交通安全系列の会社に投資しねえとなあ」

 

 結局、今後人間の寿命を決めていくのは、治安面での犯罪の少なさと、不慮の事故や天災の頻度の低さ、そして自殺率の低さになると思う。

 そのために、あたしたちは余ったお金をそうした会社に投資していくことに決めた。

 寿命が延びる会社に勤めているのだから、やっぱり投資先は更なる長寿を期待できる所にしたいわね。

 

「んじゃ、行ってくる」

 

 朝ごはんを食べ終わった浩介くんが席を立ち、あたしが見送る。

 もちろんあたしも立ち上がって玄関まで送り迎えをすることになっている。

 

「うん、いってらっしゃい」

 

 あたしは、妊娠してから、今まで以上に「家庭」を意識するようになったっと思う。

 もちろん、今までも「家事ができなきゃダメ」と言われて過ごしてきたし、「優子ちゃんは家庭的」と言われたこともあった。

 でも、妊娠してみたら、今まで以上に家庭を気にするようになったと思う。

 

「ふう、じゃあ、あたしも行ってくるわね」

 

 浩介くんを送り迎えしたら、あたしも荷物をまとめて総合病院に向かうことになった。

 

「うん、優子ちゃん、気を付けてね」

 

「分かってるわ」

 

 あたしは、電車を幾つか乗りかえて、駅から朝ラッシュとは逆方向の、小谷学園時代の懐かしい空いた電車に乗り込んだ。これなら、「お腹に赤ちゃんがいます」も要らないわね。

 高校時代は、こうした空いた電車に何度も乗り込んでいたけど、佐和山大学時代以降は、ラッシュ時のそのままの方向に進んでいた。

 車内をよく見ると、小谷学園の制服も見えた。

 10年前にあたしたちが在学していた時と同じ制服に、男女が身を包んでいた。

 今や小谷学園は恵美ちゃんとあたしたちの出身高校ということで入学願書が殺到している。

 更に、校則がほぼないに等しく、唯一の校則がとても重要な校則になっている高校だったのも、人気に拍車をかけているとか。

 ここからいくつか乗り換えれば、あたしたちの懐かしい沿線へと躍り出る。

 おかしいわね、懐かしいといっても、まだ引っ越ししてから半年くらいしか経ってないはずなのに。

 

 

「次は──」

 

 あたしの生まれた実家の最寄り駅、今は桂子ちゃんの家のみが最寄り駅になっている。

 そういえば、以前までの家は売れたのかしら?

 もしかしたら、2軒に分割されているかしら?

 ……まあ、今気にしても仕方ない話よね。

 あたしたちはもう、あの頃には戻れないんだから。

 でも、ここを通る度に思い出しそうではあるけれども。

 

「次は──」

 

 電車はその数駅後に、小谷学園と佐和山大学の最寄り駅に到着した。

 結局、あたしがこの駅に降りたのは、大学院の博士の授与式以来のことで3ヶ月ぶり程度だった。

 蓬莱カンパニーと蓬莱の研究棟での絡みは、基本的に蓬莱教授の方がこっちに来てくれるため、この駅に行く機会も今後はどんどん減っていくと思う。

 

 あたしが電車を降りると、小谷学園の制服を着ていた生徒たちも降りる。

 そして、小谷学園側の出口へと向かっていく。

 

 思い出の詰まった小谷学園の制服を見るだけでもあたしの中で色々な思いが込み上げてくる。

 今にして振り返ってみると、あたしは、TS病の知名度や理解が低かった時代としては、最末期の患者だったことになるわね。

 

「こっちね」

 

 長い間行ったことのない道でも、体は道のりを覚えている。

 小谷学園の制服を見なくても、自然と歩みが進む。

 そして、道の途中に、総合病院が見えてきた。

 その向かいにあったはずのハンバーガー屋さんは、今はうどん屋さんになっていて、また小谷学園の頃の記憶にはない、別の牛丼屋さんも視界に入った。

 

 そして、病院の奥にあるリサイクルショップは、案内掲示板もろとも健在だった。

 また、高そうなお寿司屋さんも軒を連ねていた。

 

「変わりもする。変わらないのもある。のね……」

 

 あたしの独り言は、冬の寒い空気にかき消されてしまった。

 

 あたしは、小谷学園への道を更に進めていく。

 平日に来賓としてここに来るのは、初めての出来事になる。

 卒業生としても、浩介くんと制服デートをして以来だから、6年ぶりということになる。

 

 あたしは、来賓用の入り口に向かい、一旦職員と来賓用のトイレに向かう。

 小谷学園の校内は、あたしたちの在学中と全く同じ。

 もちろん、メンテナンスと補強工事はきちんとしてあるし、永原先生も資金援助しているみたいだけど。

 トイレは誰もおらず、あたしは個室に入って鞄から制服を取り出す。

 

「ふふっ」

 

 自然と笑みが浮かぶ。

 やっぱり、この制服を見ると、あの頃を思い出してしまうわ。

 それと同時に職員専用のトイレに勝手に入っているという背徳感と、来賓なのに生徒に扮しているという背徳感の2つが襲いかかってくる。

 

 今着ている服を脱ぎ、下着姿になる。

 そして、スカートとブレザーを着る。もちろん、リボンが曲がっていないかどうかも注意する。

 そして、この冬の季節なので生足ではなくストッキングを履いていたので、今履いているストッキングはそのままの状態にする。

 あれ? ちょっとだけ胸がきついような? もしかしてあたし、また巨乳になったかしら? それとも妊娠したせい? うーん、分からないわ。

 ともあれ、着れない大きさではないので、あたしは全て着替え終わると、鏡で自分の顔を見る。

 

「うん、バッチリだわ」

 

 あたしは、全て問題ないことを確認すると、何もしていないトイレを流さずに出る。

 念のため大きな鏡でももう一度チェックし、トイレからこっそりと出る。

 

 今は授業の時間で、あたしがここにいるのは変なんだけど、そんなことは気にしない。

 

  コンコン

 

「はい」

 

 職員室の扉をノックすると、中から永原先生の声が聞こえてきた。

 

  ガララララ……

 

「あら、篠原さんいらっしゃい。これ、まだ取ってたの?」

 

 永原先生は、あたしがいまだに制服を持っていたことに驚いていたらしい。

 

「あはは、うん、それに、あたし老けないからこの学校の中はこの服じゃないと落ち着かないのよ」

 

 浩介くんとの夫婦生活でも、よく使うからとは言えないわ。

 

「あはは、篠原さんらしいわね」

 

 永原先生も深くは突っ込んで来ない様子だった。

 もう卒業して9年になるんだけどね。

 

「それでね、記念館なんだけど──」

 

「永原先生、その子──」

 

 初老の男性の声がした。

 その先生は──

 

「あれ? 体育の草津先生! あたしですよ。篠原優子です」

 

 そう、あたしのこともよく面倒見てくれた、温厚な体育の草津先生だった。

 9年前の、あたしが在学中の時と比べて、少し白髪が増えていたけど、それでもあたしは顔をはっきりと覚えていた。

 確かに、2年生の時に補講を受けたあの体育の草津先生だった。

 

「おあっ、本当だ。いやあ本当に、うちの出身の生徒がノーベル賞だと知った時には小谷学園はお祭り騒ぎだったよ」

 

 草津先生は、あたしを見るなりとても驚いていた。

 すると、空き時間と思われる先生方も騒ぎ始めた。

 あたしの記憶にない先生も多く、大分職員が入れ替わっている様子だった。

 

「うーん、ノーベル賞と言っても、ここの生徒の頃とあまり変わってないはずなんだけども」

 

 実際、あたしの容姿は、10年前に女の子になった頃の写真と全く変わっていない。

 

「中身が変わりすぎているからなあ。あのときは高校生、今は世界一の金持ちのノーベル賞夫妻だもの」

 

「あはは、うん、そうですよね-」

 

 草津先生が言っていることは最もだった。

 ともかく、あたしはあの青春に戻ることは出来ないらしい。

 まあ、今の方が幸せだけれどもね。

 

「さ、篠原さん行きましょう」

 

「ええ」

 

 草津先生と別れ、あたしは永原先生と横に並んで廊下を歩く。

 歩き出してすぐに、「相談室」の部屋が目に入る。

 

「懐かしいわね、篠原さん」

 

「ええ」

 

 相談室に首を向けたあたしに、今度は永原先生が話しかけてきた。

 510歳になった永原先生でさえ、10年前を懐かしく思う。江戸時代の頃は100年200年でさえあっという間に感じたと言うのに。

 それくらい、今は時代の流れが速まっている。

 あの相談室は、あたしと永原先生との間で、いくつもの思い出を作ってきた場所だった。

 永原先生にとっても、人生の転機になった相談室よね。

 

「こっちよ」

 

 見慣れない出口から、在学中はほぼ記憶にないくらいの裏手に出る。

 そして、その一角に、「永原先生と篠原夫妻の記念館」が見えてきた。

 周囲を見る限り、記念館建設を契機にこっち側にも出入り口を作る予定らしい。

 

「あ、お疲れ様です」

 

 永原先生が高年の男性に挨拶する。

 

「えっと、篠原優子さん、ですか?」

 

 男性は、制服姿のあたしを見て困惑している。

 無理もないわよね。

 

「はい」

 

「驚きました。不老というのは本当なんですね!」

 

 男性は「合点」という感じでやや大きめの声で話す。

 確かに、もう普通なら28歳と名乗ったら逆サバを疑われること間違い無しになっている。

 

「近くにもっとそれを体現している人がいますけどね」

 

 永原先生が冷静な表情で突っ込みをいれる。

 

「いやほら、永原先生はあんまりに長生きで現実感無いといいますか」

 

 そしてそれに対して再び男性が弁解の声をあげる。

 

「あはは……あー、紹介が遅れたわ。こちら小谷学園の理事長先生の──」

 

「よろしくお願い致します」

 

「蓬莱カンパニーの篠原優子ですよろしくお願い致します」

 

 永原先生の紹介と共にあたしたちは頭を下げあって名刺の交換を行う。

 この「常務取締役」の名刺も、もうすぐ肩書きを変えなくちゃいけないかしら?

 

「それでは、ご案内いたします」

 

 理事長先生の後についていき、あたしたちは中へと入った。


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